弾正台(だんじょうだい)
そんなことがあって二日後の事である。
このところ吉野は忙しいようで、深夜に帰宅する事が増えた。
ここ数日、葛城は弓月と二人で夕餉をとっている。
「あれから妖に逢うこともないな」
「まあ『羅羅』みたいな妖は、本来和国には入れないからな」
「結界があるから?」
「ああ。大陸と和国の間には海もあるし、態々こんな遠くまで来なくても餌はあるだろうし」
「餌って…………」
弓月は呆れたように呟く。
「叔父さん、大丈夫かな……」
「吉野殿ほどの霊力があれば、『羅羅』なんて片手で祓える」
「そっか……」
葛城の言葉に、弓月はほっとしたように微笑んだ。
「八雲」の一族は霊力が高いと聴くが、吉野の霊力は抜きん出ている。「姓」の中にも吉野ほどの霊力の持ち主はそうはいないだろう。
そろそろ夕餉を終えようかという頃、邸の扉が叩かれた。
対応に出ていた老爺が耳元で来訪者の名を告げると、弓月は僅かに眉をひそめて、箸を置く。
「どうした?」
「客が来た、ちょっと出てくる。今夜は帰れないかも知れないから、先に休んでいてくれ」
そう言い置いて、弓月は部屋を出ていった。
「何があった?」
「弾正台の者が訪ねて来ました」
「弾正台?」
葛城は眉をひそめる。
弾正台は行政の監察、官吏の不正の摘発を行う部署で、中でも「霞台」は「姓」の監視を担っている。
「姓」はその権力の大きさ故に不正を働くことも容易だ。
それを未然に防ぐ抑止力として置かれたのが「霞台」だった。
「理由は?」
「さて、主は色々なところに手を出されておりますので、何処から妬みを買ったのやら……」
「なるほど…………」
吉野の商才は大したものだ、茶や香油など、富裕層が求める物にいち早く目を付け、規模を広げている。それらは雇用を生み、自らが育てた孤児達の居場所となっているのだ。
本来「姓」とはそうあるべきで、権には相応の義務が付随する。
吉野自身は「姓」を返上しているが、未熟な甥の後見として、その義務を果たしているのだろう。
ただ、それを快く思わない者、その利を横取りしようと企む者がいた。
態々、吉野が不在の時を狙って霞台を寄越した。
「いいのか、一人で行かせて?」
「吉野様不在の当家の名代は弓月様ですから」
老爺はいつもと変わらぬ笑みで言った。
吉野が連れていかれたのは、王宮にある一棟だった。
退出して数刻で戻ってくることになるとは……と、弓月は心中でため息をつく。
ここに呼ばれた理由については見当がついている。
以前から、吉野に言われていたからだ。
『順風に進んでいれば必ず、難癖をつけてくる輩は出てくる』
吉野の言葉の通り、その輩は弓月に目を付けた。
目の前の男が共犯なのか、職務に忠実なだけかは分からないが、吉野がいない時を狙って弓月を連れ出した事には悪意を感じる。
「そなたの叔父について話を聴きたい」
男の濁った笑みを見た瞬間、弓月は前者であると確信した。
「何をお聴きになりたいのでしょう?」
「そなたの叔父は、茶葉を栽培しているらしいな?」
「はい。邸の裏手と、都の外れの土地で栽培しております」
「それは、真に茶葉なのか?」
「どういう意味でしょうか?」
「とある筋から、『密かに大麻を栽培している』との通報があった」




