内裏
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王の住まう「内裏」は、「飛鳥の宮」の最奥、塀を隔てた大極殿の東側にある。
広い敷地には樹木や草花が多く植えられ、高床式の建物には板ではなく、深支子の瓦が葺かれている。
板張りの床や、格子の天井、軒を支える雲を模した斗は「和様」と呼ばれ、大陸の様式を和国の風土に合わせて独自に進化させたものだ。
今の王は十二歳で即位し、今年で三十二歳になる。
即位式に現れた王は少女のように小柄で可憐な容姿をしており、その姿を見た者は皆「こんな子供に王が務まるのか」と、口にせずとも思っていた。
だが、多くの不安を裏切って、彼は見事に国を治めて見せた。
街道を整備し港を造り、大陸から得た知識と文化を広め、戸籍を整備し、煩雑だった税制を改めた。
ニ十年振りに飛鳥を訪れた大陸の使者は、「ここは本当に飛鳥か」と驚き、目を丸くしたという。
玉座についた王は御簾越しにしか謁見を行わず、その姿を知る人間は限られていた。
ある者は「人前に出られないほど醜いのだ」と言い、ある者は「天上人のごとく見目麗しいのだ」と真しやかに噂した。
「それで」
返ってきた声にひやりとしたものを感じて、男は一瞬息を止めた。
壇上に卸された御簾の向こうにある視線から逃れるように、背を丸め、視線を落とす。
左右を見れば皆、自分と同じように背を丸めている。
誰もが火の粉を浴びたくないと思っているのだろう。
朝議の場に現れる王は御簾越しに座し、声を発することはあまりない。
感情を顕にすることは稀だ。
しかし、今朝の王は機嫌が頗るよろしくない。
呆れを含んだ怒りが短い言葉からでも明確に感じられた。
「『雨が降ったから、予定どおり工事が終わらない』とはどういう事だ? 私は『梅雨までに工事を終わらせろ』と命じた筈だ」
「それは…………」
「長雨」を理由にすれば許されるだろうと高を括っていたのだろう、思わぬ叱責に、責任者である「土工司の正」はしどろもどろになっている。
「土工司」は土木工事を担当する部署で、「正」はその長官だ。
「言っておくが、お前が下からの奏上を無視したことは知っている。雨の影響が出るかもしれないから、作業の人数を増やして欲しいと要請があったのだろう?」
「…………」
なぜ知っているのかという表情で、男は王を見上げた。
「告発した者に害をなそうとは考えるな? 工事に携わる者達が傷のひとつでも負ったら、そなたの責としてその腕を切り落とす。私は全て見ているからな。式部省、大輔」
「はい」
「土工司の正は更迭、邸にて禁足を命じる。土工司、佑」
「はっ」
「次の正が決まるまで、そなたを正の代理に任じる。予定通り工事を完了させるために必要な費用と資材、人員を纏めて報告しろ」
「畏まりました」
土工司の正は呆然としたまま朝堂院から退出させられた。
その後は特に問題なく朝議は進み、王が口を開く事もなかった。
深支子…………柔らかな橙色
斗…………柱上にあって、軒を支える構造
佑…………司の副官
大輔…………省の長官




