休日
目を覚ますと、日はだいぶ高くなっていた。
この日は公休日で、少し遅めに起きた弓月は寝巻きに上衣を羽織っただけのだらしない格好で寝室を出た。
広間に入ると古参の家人に朝餉を所望し、卓子に行儀悪く肘をつく。
吉野がいたらとうに叱られているだろう。
「おはよう、ひどい格好だ」
「いいんだよ、休みなんだから」
からかうような葛城の言葉に、弓月は面倒そうに言い返す。
吉野は既に出掛けた後で(勿論、それを見越しての行動だ)、葛城も朝餉を終えていた。
「あんたの叔父さんて、何の仕事をしてるんだ?」
「……なんだろう…………」
運ばれてきた粥を啜りながら、弓月は首を傾げる。
「いや、知らないわけじゃなくて、何て言ったらいいのかな…………」
呆れたような葛城の視線に、弓月は慌てて言葉をついだ。少し考える素振りをして、弓月は開いた窓から見える畑を指差す。
「あれは?」
「茶畑」
茶は大陸から伝わったばかりで、王宮でも貴重な品とされている。
それがこの邸では夕餉の後や眠る前に普通に飲まれていて、葛城は驚いた。
「大陸から苗を買いつけて育ててる」
手入れをしているのは若い娘達だ。茶摘みには、手指の細い少女達が適しているのだと、弓月は言った。
「それから、あれ」
「…………花?」
開いた折戸からは、庭一面に植えられた花が見える。
「香油を採るんだ。『姓』のご婦人達は渡来品の香油を好むけど、海を渡って運ばれる品は高価だろう? 安価で質のいい物を作れば売れる」
「姓」は王家に次ぐ身分を持つ一族に与えられる。
高い霊力を持ち、幾つかの特権を対価に都を守護し、子弟は官や采女として王宮に仕える義務を持つ。
弓月が箸を置くと家人は膳を引き、新しい茶と水菓子を二人の前に置いた。
「ここは実験場なんだ」
「実験場?」
「珍しい農作物を育てて、うまくいったら広い場所で育てる。茶は高い山の斜面で、香油の原料である花は南の平地で、それぞれに適した場所で栽培するんだ」
葛城は二股に削った竹の先で紫の実を挿し、口に入れた。甘酸っぱさと瑞々しさが口内に広がる。
「わかさまぁ」
甲高い声がして、見れば幼い少女が花を抱えて走ってくる。
「危ない、走るな萌木」
弓月は折戸を出て、段差に躓いた少女を抱き止め、ほっと息を吐いた。
「わかさま、お花をどうぞ」
にっこり笑って少女が差し出す花束を、弓月は「ありがとう」と受け取った。
「いい香りだ」
「まろい頬を撫でれば、「ふふ」と少女は擽ったそうに肩をすくめ、花の中へと走っていった。
「あの子は?」
「叔父上が拾ってきた」
「え?」
「珍しいことじゃない、茶畑で働いてる子達もそうだ」
何でもないことのように言われ、葛城は戸惑う。
「今の王が即位してから、『和国』は豊かになった。不正な税の取り立ても減ったし、大きな怪異の被害もない。だけど、都の外には土地を持たず仕事もない人達がまだ多くいるんだ」
弓月は少女から受け取った花束を家人に渡す。
「親を亡くした子供は商家か『姓』の下働きとして雇われることが多いけど、見目のいい娘は主人の妾にされることも少なくない」
「姓」はその血を守るため、一夫多妻が認められているが、妾にされた少女達の多くが不幸になることを、弓月も葛城も知っている。
「叔父上は拾ってきた子供達を働き手として育ててる。邸である程度躾てから、地方の農場に行かせるんだ。衣食住は補償して、文字や簡単な計算も教える。十五歳になったら本人の希望を聴く。独立するもよし、此処に残るもよし、他家へ行くもよし。纏まった金子を渡して送り出す。まあ、殆どの子は此処に残りたいと言うんだけど」
「凄いな、吉野殿は……」
「うん。他人には言うなよ」
「わかってる」
家人から声がかかり、弓月は広間を出ていった。
残された葛城は萌木の明るい声を聞きながら、竹筒で揺れる花を見つめていた。




