王宮
王宮である「飛鳥の宮」は、都の北にある。
南の正門である「朱雀門」を入って正面には執務や式典が行われる「朝堂院」があり、南門の奥には特別な儀式が行われる「大極殿」がある。
右手には行政を行う各省の建物が並んでいて、弓月がいるのもそのひとつだ。
「…………何がそんなに楽しいのかねぇ」
山と積まれた書物や竹簡に嬉々として囲まれる弓月の向かいで、東雲は呆れたように呟く。
二人は中務省、図書寮に属している。宮中の図書の保管や国史の編纂等が主な仕事だ。
貴重な紙を使って綴られた書物は高価な物で、それらが詰まった符庫は、弓月にとって宝物庫に等しい。
「東雲、書物には人の歴史と叡知が詰まっているんだよ。この紙と墨の香り……堪らない」
書簡の文字をなぞりながら、うっとりと呟く弓月に東雲は若干、引き気味だ。
東雲から見た弓月は、童顔で人見知り、不器用で嘘がつけず、気弱なくせに理不尽を許せない面倒な奴だ。それでも、傷つく者を放っておけない優しさや、自分を貫く芯の強さが東雲は好きだった。
「大体、何で図書寮に来たんだよ? 東雲なら式部省か民部省の方が合いそうなのに……」
「式部省」は文官の人事、育成を、「民部省」は財政を司る。どちらも行政においては国の根幹をなす部署で、交渉力や判断力、広い視野が求められる分、目に見える成果を上げやすい。
雑用や地味な作業の多い「図書寮」より東雲には合っていると言う弓月の言葉は正しい、がーー
「あんな伏魔殿、真っ平ごめんだね」
東雲はべぇと舌を出す。
「式部省」、「民部省」、武官の人事を司る「兵部省」は、「選ばれし者」が集まる部署だ。優秀な人材が多く、禄も高い。
その分、残業、早朝出勤は当たり前、しかも癖のある人間が多く、配属された新人の八割は、半年経たずに転属願いを出すと噂されている。実際、東雲も上司から打診を受けたことがある。
「俺みたいな繊細な人間には無理だ」
「東雲くらい図太かったら、大丈夫だろ?」
「…………」
「…………」
「この口か、そんな可愛くないことを言うのはっ」
「い、いひゃい、はらせ、ひののめ」
符庫を覗いた男は、互いの頬を引っ張り合う部下を見て眉間の皺を深くする。
「仕事は終わったのか、弓月、東雲?」
怒気を含んだ上司の声に、二人はサッと席を立ち、姿勢を正した。
「竹簡の写本は八十一巻まで終わりました」
「昨年度の儀式、祭礼の纏めは此方です」
仕事はきっちりこなす二人に、男は深く息を吐いた。




