序
「後宮の女官が死んだらしい」
「またかっ、此れで三人目だぞ……」
「二ヶ月で三人とは…………やはり、怪異の仕業か?」
回廊を早足で歩きながら、弓月は小さく息を吐く。
最近あちら此方から聞こえてくる噂は、怪異のことばかりだ。
それは王宮の中に限らず、商家でも茶店でも、都を歩けば幾つも転がっている。
弓月が生まれた頃、この地は遷都されたばかりだった。王宮が建てられ、南北を貫く通りこそ賑わっていたが、城郭の周辺は人家も少なく、原っぱの真ん中にぽつんと都を置いたような状態だった。
それから僅か数年で、ここ「飛鳥」は驚くほどの発展を遂げた。
街道が整備され、各都市との往来は活発になり、今では物と人が溢れている。南には港が造られ、隣国の大型船が運んでくる珍しい品が当たり前に市に並ぶ。
その基礎を造ったのは遷都を断行した前王であり、花開かせたのは齢十二歳で後を継いだ現在の王である。
とは言え、下っ端官吏の弓月が天上人を目にする機会などある筈はなく、これらは全て人から聴いた話だ。
「なんで宮仕えなんてする羽目になったんだか……」
それは弓月の生家がそれなりの家柄であるからなのだが、弓月自身は官吏など向いていないと思っているし、興味もない。
何なら、一日中鍬を持って畑を耕していた方が気が楽だ
何せ王宮は油断のならない場所で、ちょっと気を抜けば思わぬところで足を掬われる。
弓月のような下っ端を気にかける人間はいないだろうが、用心は必要だ。
暮れかけた空は黄昏色に染まり、東からの風が衣の袖を揺らす。
大極殿の甍が日没前の最後の光を弾いて輝く。
何処からか飛んできた薄紅の花弁に眉をひそめ、弓月は足早にその場を後にした。