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-モイライが差し伸べる手- 2

何も言わないままエールが向かったのは自分の部屋。

( ……何の用だろう? )

部屋に入り、中庭に面したガラス戸をエールは開ける。閉めきっていた部屋に夕方の風が心地よい。

いつも座っている椅子をテラス土間に引っ張り出してそこに腰掛けたエール。

ガラス戸に背を預け、話し出すのを暫く待ってみたが、エールは中庭に視線を向けたまま、こちらを見ることもない。


やっぱり怒っているのか、いつもより機嫌が悪いようなその姿に、仕方ない。と、佳大(ケイタ)は戸から背を離しエールの側に歩み寄る。

「用事って何?」

「………何もないよ」

「は?」

「だから、何もないって」

「はっ!? ………、…はぁ」

佳大は大きくため息をつく。

( 何なんだ、一体…… )


そのまま回り込んで正面に立てば、エールはふいっと顔を背けた。

( ……拗ねているのか? )

その顔に浮かぶのは怒っているというよりも、どちらかというとそっちの方で。

その理由は分からないが、膝を抱えそっぽを向いたエールの姿に、同じ施設で育った子供達が重なって、

本当にそんな長い年月を生きてきた魂なのかと、佳大はまたため息をついた。


でもどちらかというと、そんな態度は子供達よりサーシャを思い出す。

何だか分からないけど、忙しそうだし疲れてるのかなと、佳大はエールの前に屈むと、サーシャ(彼女)にしてたように、

「……何か甘いものでも飲むか?」

尋ねてみれば、小さく「…うん」と、返事が返った。



食事の用意で慌ただしい台所の隅を借りて、甘いカフェオレを入れた佳大はまた部屋に戻った。


中庭はもう薄暗くなっていて風は少し冷たい。テラスに設けられた灯りが椅子に座るエールを浮かび上がらせている。

「はい。夕食前だからあんまり食べちゃ駄目だけど」

イリアナが作ってくれていたお菓子も添えてエールに渡す。

ありがとう。と、受け取ったエールの肩にブランケットを掛けて、佳大は自分のコップを持つと、エールの椅子の前、テラス土間の階段に腰掛けた。



「佳大って……、女性に甘いよね」

背後からエールが言う。言い方にちょっとトゲがあるような気もするが。

サーシャ(この体)にだけ、優しいのかと思った」

今度はあきらかにトゲを含んで。

「俺は女性と子供には基本的に優しいんだよ」

「ふーん…」

佳大の回答に、鼻白んだ返事が返った後、ふふふ。という笑い声。


「――何?」

振り向いた佳大に、エールは椅子から身を乗り出して、

「基本的に、ね」と、

笑顔で言う。わざと同じ目線の高さで。


( ……顔が近い )

思わず視線を反らしたが、でも、間近で見たその顔は。機嫌は、直っているようだ。

後ろではまだエールが笑っている。

確かに、エールに対しては基本的ではないかも知れない。頼まれてもいないのに無意識にブランケットを掛けていた。寒いかと思って。

( いやいや、でも普通のことだろう? )

そう思ったけれど、好意のない相手にそんなことはしないな、と。それじゃあただのナンパ野郎だ。


でもそれは仕方ないことで。

エールの、その姿は、頭では分かってはいてもやはり自分の調子を崩す。

ひとしきり笑った後、

「さあ、夕食に行こうか」と、

機嫌の直ったエールの声が、背後から佳大を誘った。




そのままにしてもらっても大丈夫だと、女性は一旦村に戻って行ったけれども、食べ終わった食器を集める佳大に、

「カティアも手伝うー」と、少女が手を伸ばす。

ただ、カティアが持つには重すぎるので、

「ここはいいから。ほら、カティアはもう寝る準備をして」

少女から食器を取り上げて佳大は言う。

はーい。と、ちょっぴり不満そうに返事をして、カティアは部屋を出ていった。


「佳大はやっぱり優しいねー」

トゲはなく、今度は皮肉を込めてエールが言う。行儀悪く頬杖を付きながら笑顔で佳大を見て。


そんなエールを無視して佳大は片付けを続ける。テーブルには手付かずのまま残った一人分の食事。

マティスは夜はそんなに食べない。いつものように軽く摘まんでもう部屋に戻った。

李真(リーヂェン)は今日は本土なのか?」

尋ねた佳大にエールが、うーん。と唸って、

「この時間に帰って来てないならそうかも?」

「…そうか」

しょうがない。と、残された食事にラップをして冷蔵庫へとしまい、

「エールももう部屋に戻ったらどうだ?」

佳大が聞く。


「――なんで?」

「え? いや、別に…。後は待っとくだけだし」

「それなら私が代わるよ。彼女が来るの待ってたらいいんでしょ? 佳大はシャワーでも浴びて来たら?」

ひどくにこやかな、どこか有無を言わせないような笑顔で告げられて。


確かに今日は汗もかいたし、エールがそう言うなら、まぁいいかと。

「じゃあ、よろしくエール」そう言って、

部屋を出ていく佳大には、背後の、呆れを含んだ小さなため息は聞こえなかった。


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