-誰が為になされる罪- 14
「結局俺が間違っていたのか…?」
それは、どこから――?
母と共に…、雪蘭と共に、逃げればよかったのか。
あいつらを蹴落とし、頂点に立ち全てを手に入れればよかったのか。
何もかもを投げ出し、自分さえも捨てようとしたからか。
「でも、お前は死ななかっただろ?」
面白くなさそうな声がする。
顔を上げれば、金髪の男が青い眼を細め自分を見下ろす。
よく知っている男だ。死に場を求めた戦場で、肩を並べたことが幾度もある。またその逆も。
「戦場では人は簡単に命を落とす。でもお前は生き残った。
運もあるかも知れない。けど、それだけじゃないだろ」
何故か不満げなカインの顔。
李真の中に生きたいと言う想いがあったのだと、カインは言う。
「なんでお前が…?」
そんなことを言うんだ?
とは最後まで言わず。嫌そうな顔で鼻を鳴らした男は、
「お前やっぱり馬鹿だな」とそっぽを向いた。
「俺から見たらあんただって充分そうだと思うけどな」
皮肉気な口調でカインに告げる声。
「だからそいつに近付かない! それと佳大、傷!見せて!」
「ちょっ…待って、待って。 ―――なぁ、」
まだ若そうな男がこちらを見て言う。
軽い憤りを顔に浮かべて。
「なぁ、李真。さっき後悔って言ったよね?
それならばさっさと死ぬなんて駄目だろ」
「………?」
「自分のしたことに悔んでんだろ?
なら正せよ。やり直せよ。今はまだ生きてんだから!」
流れでる血と共に、黒い瞳に宿っていた光も消えた。
雪蘭は、ゆっくりと自分の腕の中で冷たくなっていった。
「だが…、もういない彼女には何もしてやることは出来ない…」
それはお前も同じだろう、佳大。
小さな痛みが佳大のブロンズの瞳に走った。その肩に――、
置かれた白い手。
「……多分、今の李真を見れば彼女は満足すると思うよ」
佳大の横に並んだ亜麻色の髪の女性。翠の瞳が李真を静かに見つめる。
「………どういうことだ?」
労るように、少し眉を寄せたエール。
「李真は消えない傷を負ったんだよ。それこそ一生、それを抱えてかないといけない。
自分の死で、ましてやその手を汚させて……。
愛する男に永遠の罪と罰を与える」
それが彼女の望みなんだから。
「雪蘭が…望んだのか?」
「そう、傷を抱えて生きろって」
「…………そう、か…」
自分の後悔で曇らせていた、雪蘭の最後の笑みが鮮明に蘇る。
一瞬だった――…。
苦痛に彼女の顔が歪むことがないように的確に刺し貫いたので、それは本当に一瞬――。
浮かべた笑みの口元が何かを告げた。
声にならなかった、それは。
『ごめんね、李真』
「――ごめんなさい…」
「! ……?」
李真の思考に重なるように声がした。見れば、
一度柔らかい笑みを浮かべたエールが李真を見つめ、そして、視線を伏せた。
滔々と紡がれる言葉。
「ごめんなさい。私は何をしても貴方の枷にしかならない。なら……。
せめて貴方の手で死にたい。貴方の傷になりたい。私が居なくなっても貴方の心に残るように」
これは私の罪、だから、
李真、貴方は自由になって。でも忘れないで。
言い終えて、視線を上げたエールを今度は李真が見つめる。
「それは……」
「消える間際の彼女の想い。言うつもりはなかったんだけどね。雪蘭は望んでなかったから」
「何故……?」
「――さぁ? 何でだろ」
「………」
ゆっくりと、視線を落とす。手の中の銃が酷く重く感じる。
その重さに耐えきれないかのように、落ちようとした腕は捕らわれる。
視界の端には佳大。李真の手から無言で銃を奪って。
抵抗することもなく空になった両手を眺め、握りしめる。
裂けたカーテンの間から射し込む光。海に顔を出した太陽が李真を照らす。
眩しさを遮るように、握りしめた手を持ち上げて瞼に当てた。
「…………っ」
人の後悔も、嘆きも、過ちも。
罪も、愛も、悲しみも。
そんなものは関係なく、太陽は昇る。当たり前のように。
時は刻まれる。戻ることはない。
「ほんと、酷いね……彼女は」
エールの声は苦く、とても優しく聞こえた。
多分、ラスト2回!




