-誰が為になされる罪- 12
ガシャンッ!!
――と、
大きな音を立てたのは、エールの持つ銃ではなく横のガラス戸。
「―――!?」
驚き咄嗟に身構えた二人の元に、音を立てさせたであろう物体、欠けた瓶が転がり込む。
割られたガラス戸の破片はカーテンで遮られて部屋の中に散乱することはなく。
「あはは、…意外とやるなぁー」
カーテンの向こうから聞こえたのは、多分ダニーの声。
そして、ガラス戸の鍵を外し、カーテンを引いたのは、酷く不機嫌な顔をした――佳大。
外の暗さには、カーテンの隙間からの明るい室内がよく見えた。
苦しそうに終わらせて欲しいと願う李真。
悲しい笑みを浮かべて銃を向けるエール。
その前後の会話の流れは佳大には分からなかったが、咄嗟に持っていた瓶でガラス戸を叩き割った。
いつの間にか追い抜いてしまったダニーが後ろで何か言っている。けれど、佳大はそれを無視して、鍵を開けカーテンを引き、パキリと落ちたガラスを踏み室内へ入った。
二人は少し驚いた顔を向けていて。
「何…、やってんの? ……それ、何?」
佳大は二人を眺めた後、エールが手に持っている銃に目を向ける。
見れば分かる、言われずとも知っている。前はダウンタウンに暮らしていたのだ、護身用に持つことも当たり前だった。
聞きたいことはそういうことでないことは、二人も承知だろう。
李真がため息を吐く。
「何で止めなかった…」
それは佳大の後ろのダニーに向けて。
「えー……、保険かな?」
「………?」
李真がその意味を理解する前に、佳大の声が響く。
「ちゃんと答えろよ! おかしいだろ!
そんなの…っ!」
「――佳大……」
エールが困ったように名を呼ぶ。まるで無茶を言うなというように。
苛立ちが駆け抜ける。
「―――っ!!
……エール…何で……、何でさっ!
李真はずっと一緒だったろ!? 俺よりも長くずっと…」
隙間から見えたエールは悲しそうな顔であったが銃を握る手に躊躇いはなかった。
「何でそんなに躊躇いなく銃を向けれる?」
「それは…、李真が望んだから」
「――じゃあ! もし俺が死にたいと望めば、エールは、俺も殺すのか?」
「………多分」
「躊躇いなく?」
「………佳大がそう、望むなら…」
瞬間に胸の中に沸き起こった感情をどう表現すればいいのか?
心臓を鈍く激しく貫く痛み。分からない感情が体を掛ける。
眩暈のように霞んだ目を無理に開けば、目の前で俯く、エールの……顔。
そこに走る痛みに、激情は一気に萎む。
……追い詰めてしまった。
話の本筋はそこではないのに。
エールはエールたる者、人の望みを叶えるのが使命。
使命なくしてその長き生の意味はない。
それを否定するのは存在意義の否定に他ならない。なのに。
「……佳大。エールを責めるな」
李真の静かな声がする。
全ては俺の責任なんだからと。
俯いたままのエールを見つめ、佳大は唇を噛む。今はまず話を本筋に戻さなければいけない。
佳大は見たことないような穏やかな表情を浮かべる李真に向き合う。
「……何1人、悟ったような顔してんだよ」
眉間のシワさえない。
「そうだよ。全部李真のせいだ!
そう思うなら責任ちゃんと取れよ!」
「………責任?」
「そうだ。死ぬなんて馬鹿げたことするな! 生きて償え!」
「生きて、償え……?
お前はほとんど何も知らないくせに?」
穏やかだが険のある声。
「死んでしまった相手に償うのに、生きてどうしろと?」
「それは……っ」
「ただの甘い戯れ言だな」
李真は笑う。
佳大は咄嗟に答えられなかった。確かに、
2度目の、サーシャはもういないと告げられた時、償うことが出来ないと知った時。
襲われた虚無感。
そこに、エールとしてのサーシャの肉体がまだあったから救われた。
けど、李真が償いたいといっている人物はきっと雪蘭だ。
彼女は、もういない。
何も言えずに黙ってしまった佳大に、李真は穏やかに目を細め、そしてまだ俯いているエールへと視線を向ける。
「さあ、エール」
促す声に顔を上げたエール。
「李真……っ!」
止めるすべを探し、名を呼ぶ佳大。
「俺の望みだ。お前の手で終わらせてくれ」
酷く静かな李真の声。
そして――、
「ねぇ、そろそろ加わってもいいかな?」
場違いな程のんびりした声。と同時に、
佳大の首筋に当てられた冷たい何かと――痛み?
「――!?」
「ああ、やっと仲間に入れた。すっかり蚊帳の外なんだもん」
「お前……、何やってる? ナイフを放せ」
李真の言葉から察するに、佳大の首に当てられているのはナイフで、後ろから羽交い締めにしているのはダニーだ。
「それは出来ないでしょ? 今放したらエール様に瞬殺じゃん」
ダニーは笑う。さっきまでとはまるで違う激しい怒りを瞳に宿したエールに向けて。
「いらないことしないでね。エール様が一瞬で俺の息の根止めれたとしても、この状態じゃ佳大も無事ではないよ?
それに俺、これでもプロだから、一瞬で充分だからね」
「ダニー…、お前…」
「ゴメンね、佳大。暫く辛抱してもらえる?」
後ろを振り返ることも出来ない佳大には、ダニーの顔は見えないが、エールから立ち上る殺気が佳大の斜め後ろを射ぬく。
「―――用件は?」
冷たいエールの声。
声にも力は宿るのか空気が鋭く肌をさすようにさえ感じる。
だけどダニーは少しも怯むことはなく笑う。
「はは、怖いねー。
用件は簡単で単純、
死んでもらえるかな? エール様」




