表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/59

-誰が為になされる罪- 10

あの時に気付くべきだったんだと思う。

気付けた、はずなのに。


だって李真は…、

サーシャと同じ瞳を、――していたのだから。




風もなく、空気も滞ったような夜更け。

佳大は寝苦しさに目が覚めて、水でも飲もうと台所へと向かう。

氷を入れた冷たい水を一気に飲み干し、少しでも涼しいかと食堂から続くバルコニーへ出れば、自分を見下ろすのはもう直ぐ満ちる月。

そのまま視線をずらせばエールの部屋にまだ灯る明かり。


( まだ起きてる…? )

エールも眠れないんだろうか?

もう季節は秋だというのに、潮の匂いを運ぶ蒸っとした風に、台所に戻りもう一度水で喉を潤してから、冷蔵庫から瓶をひとつ掴んで廊下に出た。




「こんな時間にどこ行くの?」


廊下の影から急に掛かった声に、佳大は一瞬ビクッと身を強張らす。

月明かりの下にひょいと姿を表したのはダニー。佳大のように驚く訳でもなく、いつものようにニコニコ顔で。


( び…、びっくりした… )

全く気配を感じなかった。

李真もカインも気配を消すのが上手いのだが、こいつもか。

( ほんと、なんなんだ。こいつら… )

ちょっとムッとしながら心臓がバクバク鳴るのを宥めて、佳大は口を開く。


「ちょっと目が覚めて…、台所で水飲んでたら、エールの部屋の明かりが見えたから…」

ちょっと言い訳がましいかなとは思ったけど、手に持った瓶を掲げる。


ダニーは笑顔の中に、何故か少し困ったような表情を混ぜて、

「ああ――、…そう」との返事。

「……どうかしたのか?」

「いや、何でもないけど…、」

うーん。とひとつ唸った後、

「俺もついて行っていい?」

ダニーが言う。


別に断る理由も権限もないし、

「エールが起きてるかわからないけど?」

ダニーが何しにくるのかもわからないまま答えれば、

「それは大丈夫」と、何故かの断言。そして、


「ありがとう。――佳大」

意味のわからないお礼を口にしたダニー。浮かべている表情はさっきと変わらない、

はずの笑顔。なのに――、


一瞬の違和感。


……背筋に走ったのは、警戒か?


蒸し暑く感じていた空間が瞬間に気温を落としたように感じる。

ヒヤッとした首筋に思わず手を当てた佳大だったが、目の前のダニーに変化はない。

「どうかした?」と、逆に問われる。


「…何でも、ない」

小さく首を振って誤魔化すが、足が進まない。

エールの元へと向かおうと、そう思っていたはずなのに、今は行ってはいけないような気がする。その反面、早く行かなくてはと急かす何かがある。


何にせよ、今目の前でニコニコと笑う男の前を歩くことに気が進まない。

背後に着かれたくない気持ちが強い。


何か言おうとして躊躇する佳大に、

「――じゃあ、行こっか」

ダニーはそう告げて、そのままくるっと背を向けた。

その男の背に、とりあえず佳大はホッと息を吐き、後ろに着いた。



廊下に差し込む月明かりは、壁と窓とを交互に繰り返し床に光と影を作る。 

前を歩くダニーの背を見つめ佳大は歩く。

男への違和感は消せない。李真の身内だというこの男は一体、

()()()、なのだろうか?


二人が鳴らす足音と遠く聞こえる波音。静かな空間。


「あ、そうそう。ちゃんと聞いた?」

そこに交ざったのは、思い出したふうな問い掛け。

ダニーは振り替えらない。だけど、声から察するに浮かべているのはきっと楽しげな笑み。

問いかけに返事もせず、何となく口をつぐんだままの佳大に、ダニーは気にせず続ける。


「あはっ。やっぱり聞かなかったかぁ、当事者には…」

ダニーは後ろ手に後頭部で指を組み、首だけこちらに向けた。

「――教えてあげよっか?」

そう言って立ち止まったのは影の中。月明かりの下にいる佳大は、男に視線を止めたまま一度ぐっと口を引いてからゆっくりと開く。


「いらない。俺には必要ない」

「――そう?」

意外と残念が顔に浮かぶ。

「だって、それは過去の話だろ」

続けた言葉に男の細い目が開かれる。



想いを引き摺るのはしょうがない。やり直したいと、もう一度望むのは誰でもあること。

だけど囚われては先に進めない。過去は過去だ。やり直すことなんて出来ないんだから。


初めてサーシャを失った時、それでも彼女を求めた。

彼女からの断罪を受け入れる覚悟で。

2回目の喪失で、でも諦められずに無様だろうとエールの側に居ることを望んだ。


3回目の喪失………。

彼女の笑顔に、思い出に、足を止めることもあるけれど。

自分は信じているから、信じたいと望んでいるから。その先を――。



「あは……、あははははっ! なんてっ……!」

体を折り曲げて笑うダニー。目の端に指を添えて佳大を見る。

「あはっ………、………なるほど。

李真があんたには構うなと言うはずだ。


……俺達とは決定的に違う」

今までとは違う低い、低い声。嫌悪感を含んだ。


その意味を問おうとして、だけど男の声が先に遮る。

「とりあえず、早くしないと見逃しちゃうから行こうか?

舞台はここじゃないしね」

ダニーが向けた視線の先。

見えるのは、中庭からエールの部屋に続くガラス戸。カーテンで中の様子は見えないが、灯る明かりははっきりと分かる。


「――さぁ、楽しいショーの始まりだよ、佳大」

ダニーの言葉に怪訝に眉を潜めたが、

誘う声に佳大は庭へと足を向けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ