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-誰が為になされる罪- 2

建物へ帰ると、李真が佳大を呼び止め、

「ちょっと付き合え」と、トレーニングルームへと向かう。

怪我のせいもあり、ここ最近はトレーニングもサボりがちな上、手合わせもめっきりしてなかったので嫌な予感しかない。案の定、

「ちょっ……、ちょっと待って、一旦休憩させて…」

完全に息が上がった佳大は、早々に李真にストップを掛けた。


「お前……、前よりダメになってないか?」

「ぐっ……!」

床の上に大の字になった佳大を、見下ろす李真の呆れたような呟きが耳に痛い。

一度小さくため息をついた李真が言う。

「俺に勝てないようじゃ、カインになんて到底無理だな。それではエールも守れんぞ?」

やはり耳が痛い。

「エールには李真がいれば大丈夫だろ!」

うつ伏せになり少し僻むようにそう言えば、何故か落ちた沈黙。


「…………?」

怪訝に思い顔を上げると、

見下ろす男の黒い瞳は僅かに揺れ、佳大に視線を止めているようで、だけどその心は遠くにあるような。

「………李真?」

呟いた佳大の声に李真は一度目を瞬くと、口元を歪めた。

「それは…、どうかな……」


小さく呟かれたそれが、何に対してなのか?

意味が分からずに、もう一度「李真?」と尋ねれば、

「俺がずっといるとは限らないだろ?」

いつもの表情に戻った李真が、眉間にシワを寄せて言う。

「えっ…! 李真出て行くのか!?」

驚いて思わず起き上がった佳大。

その反応に、少し目を開いた男はでも再び眉間にシワを刻む。

「……さあな」と答えて、トレーニングルームを出て行く素振りを見せ、だけど顔だけこちらに向けて。

「お前は後一時間は自主練な」

「―――は!?」

そう言い残し出ていった李真の背中に、佳大は盛大に不満の声を上げた。





それから、5日ほど経った日。李真が一人の男を連れて来た。

エールに呼ばれてマティスと共に中庭での昼食の後、仕事に戻ろうとしたところに現れた李真。その、見覚えのない男と共に。

男は、見た感じは佳大と歳の変わらない東洋人。横に立つ、普段でもしかめ面の李真とは対照的にニコニコと笑みを浮かべた顔は逆に幼く感じる。

エールでさえ何も聞いていなかったのか、椅子に座ったまま怪訝な顔を向けて。

「李真、誰?」と問えば、

「私の後を引き継いで貰おうかと」と。


5日前の、李真の言葉を思い出し、ぎょっとする佳大。直ぐにエールの冷たい声が聞こえる。

「どういうこと?」

「そのままの意味です」

簡潔に答える李真にエールの目が細まる。

当の男はニコニコ顔のままだが、二人の間を流れる雰囲気に、マティスと佳大はそそくさとその場を離れようとして、

「佳大、お前は残れ」

こちらを見ないまま告げる李真の声に、ポンと佳大の肩を叩いたマティスは、軽く首を振り憐れみの眼差しを残し去って行った。

( 何で俺だけ…っ! )

少し温度が下がったような空間に、佳大は心の中で嘆きながら、浮かした腰をまた椅子へと戻した。


「……へぇ、初耳だね。何? 本土からの斡旋?」

冷たい声のままのエールが続ける。エールが言う本土とは、そこにある団体のこと。

「打診してたのは確かですが、この男は私の方の()()でもあるので」

「打診…してたんだ? ……ふーん」

( 身内…? 何だろそれ? )

その場に居ることを余儀なくされた佳大は思う。

確かに同じ東洋人ではあるが、李真とは全く似ていない男。言葉を通りの身内の意味ではないのだろう、笑顔を刻んだままの男は二人の雰囲気を気にすることもなく挨拶の為の口を開いた。

「初めまして!エール様! ダニー・イェンリーと言います。今後とも宜しくお願いします!」

あ、ダニーで構いませんので。と、あっけらかんとした口調で言う。


エールは、李真に向ける視線よりかは幾分和らげた視線をダニーと言う男に向けて。

「……そう…。ここに来れたんなら別に勝手に居ればいいんじゃない。ただ――、」

言葉を切り、また李真を見据える。

「それはまた別の話。 李真――、私は認めないから」

「………」

そう言われるだろうことは李真も分かっていたのか表情を変えることなく、向かい合う二人の間に瞬間落ちる沈黙。

何か言おうとした李真を、「私は――、」とエールが遮り、

「これ以上このことについて話をする気はないよ?

――で、他に何か用事でも?」

机に頬杖を付きながら、いっそにこやかと言っていいほどの笑顔で言う。


それを受け、ゆっくりと視線を伏せた李真。

「………いや、用事は終わりました」

静かにそれだけ告げて、そのまま視線を上げることなく中庭を後にした。


置いてきぼりとなったダニーは、「あれ…?」という顔で李真の背を見送って。

急にクルっとこちらを振り返り、

「エール様! ……と、えっと……、あっ!そうそう、佳大!」

そう言って、握手なのか何なのか?

佳大の手を両手で掴むとブンブンと振り、そして、

「では、また後程!」と、二人に勢い良く頭を下げると、また方向を変え李真の後を追った。


その勢いに、思わず「何だ……あれ…?」と呟く佳大の横で、エールのため息が聞こえた。



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