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-誰が為になされる罪- 1

「李真見なかった?」

キッチンの扉から顔を覗かせたエールが言う。

外庭の菜園から収穫した夏野菜をテーブルに並べていた佳大は、「見ていない」と答えて、台所に立つイリアナを振り替えるが、彼女も首を振り見ていないようだ。

「どこ行ったんだろ? 聞きたいことあったんだけどなぁ…」  

困ったように呟いた後、仕方ないと腰に手を当てたエールは、

「まぁ、いっか…。 ―――ねぇ、佳大、ちょっと散歩に行かない?」

急にそんなことを言う。


「エール……、俺はイリアナの手伝いが、」

「あら、そんなの別に大丈夫よ?

エール様、佳大連れてっちゃって下さいな」

「そう? ごめんね、イリアナ。ちょっと借りてくね」

( ――いや、本人の了解は? )

真っ赤なトマトを掴んでいた佳大(本人)の意思は関係ないようで、ニコニコと送り出すイリアナと、同じく笑顔で佳大の腕を引くエール。

まぁこのパターンはいつものことだとため息一つ。トマトをテーブルに置いた佳大はエールに腕を引かれるまま部屋を出た。



散歩――と言っても、海に囲まれたこの島には別段何も無いわけで、いつもの浜辺を二人で歩く。

まだ夏と言える季節だが、強烈だった太陽は幾分なりを潜め、夕方頃には心地好い風も吹くようになった。


途中、空を飛ぶ大きな鳥を仰ぎ見る佳大に、

「オオグンカンドリじゃないかな?」

お腹の模様からしたら。と、気づいたエールが佳大と同じように手をかざし空を仰ぐ。

名前を聞いてもピンとこない佳大は、「ふーん…?」と返事をして、まだ空を見上げたままのエールへと視線を向けた。

遠くへと飛び去る鳥を追うように、顔を傾けるエール。

「…鳥は昔から変わらないね」

そう言って、視線を戻し佳大を見る。ね?と笑って。

その笑顔が、何となく寂しげに見えて。

佳大が差し出した手を、エールは一瞬微かに瞳を開け、そして緩め、取った。


手を繋ぎ浜辺を歩く。

何気ないゆっくりとした時間。昼下がりの午後。時折吹く風がエールの髪を揺らして、海からの光がその隙間を通り踊る。

こうやって、二人で過ごす時間は増えた。そこに言葉はあったり無かったり、ただのんびり過ぎて行く日常。ふいに重なる情景に、漠然とした想いが胸を掠めるけど。




浜辺から外れて船着き場へと向かう道、見慣れた背中がその先に見えた。

それを指差すエール。

「あれ李真じゃない?」

「だね」

「一緒にいるのは…? 村の人かな?」

「……さぁ」

何となく声の掛け難そうな雰囲気を感じた佳大だったが、エールは気にしていないのか、それともわざとか、

そんなに離れてもいない距離なのに口元に手を添え大きな声で男の名を呼べば、

振り返った男は、黒い瞳を細めてこちらに視線を止めた。


近づいてくる二人に、「エール、声が大きい」と顔をしかめる。

先ほど佳大が感じた雰囲気は既に消えて、

李真と話していた男も、こんにちわ。とこちらに一度挨拶をすると、再び李真を見て、

「では、もう行きますね」

「――ああ、頼んだ」

会話を終える為の短い言葉を交わし、船へと乗り込んだ。

去って行く船に全員が視線を向けたまま、

「何か用事なの?」

尋ねるエールの声に、李真はこちらを向くことなく「そうだ」とだけ答えた。



戻る道すがら、エールは李真を探してたこともあって二人は話しながら並び歩く。

一歩後ろを歩く佳大は、その当たり前のように馴染んだ二人の後ろ姿を眺めながら、やはり少しもやもやする心に一つ息を吐く。

サーシャとしてではなく、エールとしての付き合いは李真の方が遥かに長い。()()エールの時を足したら、自分がサーシャと過ごした時間よりも、それはずっと長くなるかもしれない。

だからか、二人の姿はとても自然に佳大には見えた。


ただ――、少し、本当に少し。

最近の李真は、様子がおかしいように感じる。自然ではあるが、その中に何か一本線を引いたような。それが時折垣間見える。

さっき男と話していた時、振り返りこちらに視線を向けた時のように。


( さっきの人って新しく島に来た人だよな… )

佳大に次いで二週間程前に新しく島に入った住人。ここには、当たり前だが、受け入れられない限り住むことは出来ない。それと、

徐々にわかってきたことだが、エールはどこにも縛られない代わりに、そのバックには宗教的な後押しとして非営利団体の組織がいる。

ただ、その団体が島に入ることをエールが拒んだ為、その本拠地は本土に設けられていて、島の住人になるにもその組織の審査を通らなければならない。

例外は李真と、佳大。

李真に関しては、今は団体とエールの架け橋として働いているが、それこそ佳大には団体との接点などない。

( 俺の方がよっぽど不審者だよなぁ )

改めてそんなことを思いながら足元に向けていた視線を上げれば、ちらっと後ろを振り向いたエールと目が合い、口元に笑みが刻まれる。

つられたように佳大も微笑むが、それは少し苦笑いに近かったかもしれない。


そう、今自分がここに住めるのはエールのおかげだ。

彼女に請われた、李真と同じく。



この章がラストな予定です。(・・・たぶん)

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