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-水底のオフィリア- 10

「あ、佳大もう起きてるー!? ダメなんだよ!エール様に言っちゃうからね!」

ベッドから起きた佳大が部屋を出たところで、丁度通りかかったカティアに見つかった。

起きたと言っても、日はもうとっくに傾き始めている。島には昨日帰って来たが、血が流れ過ぎたせいでまだ安静にしているようにきつく言われていた佳大。

そのお目付けでしっかり働くカティアに、

「そのエールに会いに行くんだよ」

それに、流石にもう大丈夫。と、

ポンと少女の頭に手を置き伝えれば、

「――うん、ならいいよ!

エール様はさっき中庭にいたよ」

笑顔の、小さなお目付け役からの許可は貰えた。

「ありがとう、カティア」

佳大は苦笑して、少女の伝言をもとに回廊へと向かった。




あの後、意識を失った佳大が次に気づいたのは、島に帰って来る直前。

「佳大、ごめん。流石に私の力では運べないから起きれる?」と、エールに起こされて。

船を降り、彼女の手を借り何とか自室へと辿り着いた。

そのままベッドへと体を横たえれば、

見上げた先、窓から差し込む月明かりを受けたエールが見えた。


意識を失う前の、やっと手に入れたはずの、

彼女と同じ瞳がこちらを見下ろして、佳大の瞼に手を当て視界を遮り言う。

「さぁ、また眠って。今はとりあえず安静にね」

暗くなった視界、半覚醒の曖昧な意識の中で。それでも尋ねなければならないことは。

「エール……、……サーシャは…?」

あれは全部夢で、現実ではなかったのだと、

エールが、ただ気休めに見せた幻なのだとは思いたくなかった。

サーシャに会えたのだと、確証が欲しかった。


そんな佳大の閉ざされた視界の片隅で、エールがフッと笑った気配を感じた。

「大丈夫、心配しないで。 サーシャは…、眠ってるよ。だから佳大も今は眠って」

ちゃんと元気になったら話をしよう。と、柔らかいエールの声。それを聞きながら、その話す声色に安堵して。意識は再び暗闇の中に沈んでゆく。

だけど最後に、佳大の意識が完全に落ちる前に聞こえたのは、

静かに響く愛しい人の、その声。


そして、朝日と共に目覚めて起き上がろうとした佳大だったが、イリアナとカティアのタッグに半ば強制的にベッドに押し戻されて、夕方となり少女の許しを得て今に至る。



回廊から、中庭を見渡したがエールの姿はなかった。

庭へと降り、開けっ放しのテラス戸から部屋の中へと声を掛ければ、

「佳大? ごめん、今手が離せないから適当に入ってて」と、部屋の奥からエールの声。

でも、何となく中には入らずに、そのままテラス土間に置かれた椅子へと座り空を仰ぐ。

赤と紫と青と。複雑に混ざり合い少しずつ色を変えてゆく空を、ただ茫然と見つめている佳大に、

その背後から声が掛かった。


ゆっくりと振り返れば、夕日の影を纏うエールの姿。影はこちらを見つめるエールの顔にも落ちて、その表情を曖昧にする。

確信に…、触れたいと思い、だけど、それが出来ずに「李真は?」と問えば、

「あー……。うーん、まだ2、3日は帰って来れないかもね…」と、

肩を竦めて佳大の横に並んだ。



赤く燃える太陽を並び見つめる。

この前とは逆の、今は沈みゆく太陽。

徐々に赤みは消え失せ、いつしか深い青が迫る。


沈黙を破ったのは佳大。

「エール…、サーシャは、もう……、」


昨夜とは違い、今度はちゃんとした意識の中で同じ言葉を繰り返し、

そして、続ける。


「………会えないんだな…?」



エールは何も言わない。

その沈黙は肯定。

自らが口にした問いも、実際は否定を聞きたかっただけの願望。

瞼に残っていた月明かりのサーシャの顔が。意識の落ちる前に聞こえた彼女の言葉が。

それを告げていた。


「愛してるわ、佳大。大好きよ…。

私を望んでくれて、求めてくれて、ありがとう。

忘れない、ずっと……。


だから、いつか先の未来で、

また出会うことが出来たら……、」


見えないはずなのに、何故か彼女の泣きそうな笑顔が見えた。


「また、私のことを愛してね?」


佳大、私の愛しい人。

ありがとう愛してくれて。

サーシャの笑顔が、


太陽の、最後の輝きが、

佳大の瞳の中でぼやけて滲む。



「個としてのサーシャは消えてしまったけど、想いは私の中に残ったままだよ」

静かに告げらるエールの言葉に、ただ俯く佳大。

そのまま感情を込められることのない、どこか遠くから響くような声で、エールが続ける。「――だけど」と。


「いや、だから、かな?

また君に問うよ。


佳大はどうしたい? 何を―――、


…………望む?」


それは、幾度となく問いかけられた、

エールの言葉。


俯いたままの佳大は、少し皮肉げに笑う。


エールはズルい。さっき自分で言ってたではないか。その中にサーシャの想いはあるのだと。

なら、望むことなんて決まってる。


混じり合い融け合って、その想いはある。だから、

「それでも…、俺はエールといるよ」

視線を上げてそう告げた時に、エールが微かに浮かべた安堵。

そこにサーシャの想いもあるのだと、度々見せるエールの自分への執着も。

そこにサーシャがいる。


エールがサーシャとしての肉体を終えるまで、共にいる。

そして、いつかの未来で再び出会うんだ。

愛しい君に。

でも、今は君を含めた、その身の全てを。

「――エールの側にいる」

自分の返事に、安堵と共に少し嬉しそうに微笑んだ彼女を大事にしたいと、そう思う。


「俺の望みはそれだけだよ、エール」



太陽は沈んだ。

けれど、宵を迎えた藍色の空には、淡い月と煌めく星々があった。






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