表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/59

-水底のオフィリア- 8

完全に開け放たれた扉の前に立つのは、昨日より更に装飾品の増えた衣装を着たクライス卿。

だが、今回の主役は彼ではなく、その正面。

広場から海へと続く石畳の坂から、聞こえる鐘の音、そして祈りの声。

地から現れるように徐々に見え始めた隊列に、誰からともなく歓喜の声が上がる。


それを冷めた目で見つめながら。

「ほら、お前が気になってた主役のお出ましだぞ?」

李真の皮肉に、 

「ふーん…」と、やる気のない返事で返すカイン。


連なる隊列は、扉へと一直線に割れた人の垣根を進む。その列の真ん中、粗末なローブを纏い進む主役。その者を聖者として周知させる為の茶番劇。

所謂、クライス卿の派閥の男なのだろう。

宗教だろうと、結局のところはそれが全て。信念も祈りも、登り詰めれば詰めるほど最初の想いからはズレてゆくもの。

隊列が向かうその先、満足げな笑みを称えて主役を迎える男も、一番最初のそれは、

ただの小さな祈りだったのではなかっただろうか。



そして――、

歪んだ宗教劇は、もう既に始まっている。


この時期の太陽は、広場に佇む建物の正面を差すことはない。

登り始めた太陽の光は扉横の壁に遮られて、内部中央の祭壇を差すことなく斜め右へとずれる。

扉前で跪き頭を垂れる男、その前に立ち、垂れた頭に手を翳す男、そして集まる人々の影も同じく。 


気付いたのは誰からともなく。

自分達の影が動きだしたことに。それはゆっくりと、だけど確実に。


「………!?」

驚きと、畏怖と、不安と。

ざわめきが人々の中を走る。

だが、この劇の役者達は予め分かっていたこと。

動き始め出したのは影ではない。その影をもたらしたもの。

理解した者達が振り向き、手を翳しその赤い光へと目を向けるが、太陽(それは)揺るがず昇り続けるだけ。

だけど確かに、先ほどまでは暗く影を落としていたはずの祭壇が、扉から差し込む太陽の光を真っ直ぐに受け、輝くように浮かび上がりだした。

今は並び立つ二人の男達を導くように結んで。



それは不可思議ではあるが、信仰を再燃させるには充分の光景。

李真にとっても驚異であることは事実なのだから、その過程を知らぬ人々にとっては絶大な効果をもたらすだろう。

エールが言うには、

「流石に太陽を動かすなんて無理」

だそうで、太陽の熱と海を使って光を屈折させているんだ。と簡潔に話していたそれは、

ここに来る前にエールが佳大に言っていたこと。

( …まぁ、説明が面倒だったんだな… )


どうせ、奇跡というものに説明は要らない。だからこそ奇跡なのだ。

そしてそれは、やはり計り知れぬもの。

計り知れぬからこそ……、





―――……ふいに今、


その、目の当たりにした奇跡が、


皆の背を照らしていた、その太陽が、



姿を消した。

そう…、本当に突然。




一瞬で黒い雲が太陽を覆った。

急に、強く冷たく吹き出す風。

驚くほどの速さで薄暗くなった広場に、集まる人々は急転した空を戦き見上げる。


( エール………? )

予定には無かったはずの演出に、眉を潜めた李真。その横で、周りの人々と同じく空を見上げた男は、「はは…」と、微かな声を洩らした。その声に――、

李真が低く問う。

「…おい、…………何があった?」


カインは何かを知っている。それは絶対な確信。

事実その通りに、李真の声に反応してこちらを向いた男は、他の者とは違う色を瞳に浮かべて、口を開く。

「エールの、ご乱心?」

「どういうことだ?」

「んー…まぁ、とりあえずはどっかの城壁の上で銃を持った人間が絶命してるのは確かかな?」

一度言葉を切り、再び、

「後は、ヤツが討たれた」

楽しそうな口調でカインは言う。


「ヤツ……? ――佳大か!?」

直ぐに港に向け走り出そうとした李真。

だが、のんびりとした声でカインは続ける。

「エールが側にいるんだ、あいつが死ぬことはないだろう。それよりいいのか? あちらはパニックになっているぞ?」

急激な気圧の低下は、夏だというのに小さな氷の粒を広場にもたらした。体に打ち付けられる冷たい礫にあちこちで悲鳴があがり。

その声にうるさそうに目を細めたカインは、慌てふためく広場に顎をしゃくる。


「――ほって置けばいい」

そう、李真は言い切る。

一度広場の喧騒に目を向ければ、建物内へと人々を避難させる指示を出している男が、こちらを認めて顔を歪める。

「どうせ、元はエールを狙ったのだろう。

晩餐会でも思ったがクライス卿(あの男)の周りには不穏しかなかったからな。内部の争いなどこちらは知る由もないが、本人よりエールを狙う方が騒ぎが大事になるとでもおもったのだろ?

何しろ後ろには大国がいるからな。

寧ろとばっちりを受けたのはこっちの方だ」

歪めた顔を赤らめこちらに近づいてくる男に視線に止めたまま、李真は言う。

「ふーん…」と、何故か少し残念そうなカインの声を耳にして、李真は今度は横に立つ男を見やる。

「お前……、全部知っていただろ?」

先ほどからの男の言動がそれを肯定している。

だけど笑みを浮かべたカインはそれについては何も言わず、「来たぞ?」とだけ告げた。


伴も引き連れず、強くなる氷の礫にめげることもなく、その象徴である衣装を存外に扱い、身をかばいながら李真の元まで来たクライス卿。

「どういうことだ! 予定と違うぞ!!」

そう怒鳴る男。


ある意味この男こそ、自らが望んだ元の本筋からはあまりズレてはないのかも知れないな。と、男を目の前にそんなことを思いながらも、

「身内を纏めることが出来なかったそちらが悪い」

顔を赤くした男に、李真は冷たく言い放つ。

「………何を言ってる…?」

「貴方を良く思わない者がエールを狙った。それだけだ」

「――なっ…!?」

それだけ言って背を向けようとした李真に、男は慌てて声を掛ける。

「おい、待て……、どうするんだっ!?」

クライス卿も現状の深刻さを理解したようだが、次の手をどうすべきなのが分からないのだろう。

男の顔には焦った動揺が見られる。

だけど李真には知ったことではない。今はエールの暴走を止めることが最重要案件だ。

「それこそ……、神にでも祈るんだな」

そう言い残し、李真は今度は振り替えることなく駆け出した。




氷の礫は止んだが、黒雲が蠢くように島全体を覆い、雷鳴が鳴る。


取り残された男は、暫く俯きその場に佇んでいたが、ふいに、拳を握ると顔をあげ建物へと歩き出す。その背へ――、

もう一人、取り残されていた男が声を掛ける。

「おい、城壁の上をなるべく早く調べた方がいいぞ?

……その場に固執したいのなら」

その声は嘲りを含んで。

だけど、クライス卿は少し振り向きはしたが歩みを止めることはなかった。


そのまま歩き去る男を見て、一瞬、興味深げな色を瞳に浮かべたカインだったが、

再び、ゆっくりと視線を海へと下ろす。


「……さて、どこで何を眺めるのが一番楽しいか?」


瞳を細め見えない先を眺めるように。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ