-水底のオフィリア- 4
佳大はよく知らないのだが、この島は今、宗教的な祭りの真っ最中なのらしい。明日がその最終日で、エールの出番もその時。
「観光の一端も担っているから、やっぱり人が多いね」
街の中腹にある通りの、空に張り出すように作られたテラス席。昼食を食べ終えたエールは頬杖を付きそぞろ歩く人達を眺めて言う。
たしかに道を歩く人々の人種は様々で、それを目当に沢山の土産物屋が通りを彩る。
その中に、時折混ざる明らかに軍関係者だろう男達を見つけて、佳大は疑問に思ってたことをエールに尋ねた。
「さっき、あの男が言っていた件だけど…、何で軍が出てるんだ?」
ん?と、通りに向けていた視線を一度こちらに向けたエールは、
「――ああ…、その事ね」
手に持ったグラスを揺らして、皮肉げに口を歪める。
「あいつの言った通り牽制だよ。 私は何処にも属してはいないのだけど、居る場所が場所だけにあの国は私を自分の物と主張したいらしい。
だから、仕方ないから貸してやるって態度なんだろうね。こちらの人達は私を取り込みたいって思惑があるから。
…だけど実際は、私をダシにした政治的な牽制で、その為の圧力なんだろうけど」
ホント面倒くさい。と、揺らしたグラスの中、カランと氷が鳴った。
「…………何だ、それ…」
その話に佳大は顔をしかめ声を低くする。エールは頬杖を外して改めてこちらを見ると、人差し指を佳大の眉間に当て、
「凄いことになってる、李真みたい」と笑った。そして、また頬杖を戻し、人が行き交う通りとは反対、キラキラと太陽の光が泳ぐ海を見下ろす。
「…まぁ、言うほど私は気にしてないけどね。エデンにいる限りは嫌なやつは来ないし」
「でもっ! …こうやって、駆り出されてるじゃないか」
不満げな声を出す佳大に、
「あははは、そうだね。
……うん、でも。 そのおかげで、今回は佳大とデート出来たんだからいいんじゃないかな?」
エールは視線だけをこちらに向け、
「そう思わない?」と、楽しげに翠の瞳を細めた。
なので、それ以上の不満は飲み込んで。
「…エールがいいなら、それでいいよ」
渋々と発した佳大の言葉に、
何故か突然エールが突っかかる。
「えーーー……、何それー?
佳大はデートしたくなかったっていうの?
ひっどーい」
「――はっ!? 何で急にそうなる!?」
「だってそういうことでしょー? 佳大自身は別にどーでもいいんだー」
私と一緒には居たくなかったんだね……。と、しおしおと肩を落とすエールに、
「はぁ!? そ、そんな訳ないだろ! 俺だって二人でデートしたいし、デートだけじゃない何だってしたい!
ずっと君と一緒に、どこにだってっ…!」
慌てた、何だかよくわからない佳大の熱弁。
急に―、顔を背けたエール。揺れる肩。
「――ふっ…、ふ…」
「…………………………エール?」
心なし低くなったかもしれない声で、彼女を呼べば、
こちらを向いたエールは目尻の涙を拭って、
「好きだよ、佳大」と、笑った。
どさくさに紛れたように告げられたそれは、
欲しかった、言葉。
エールから、サーシャから、…いや、彼女からの。
思わぬところで与えられた言葉。
一瞬驚きに目を見開き、だけど、
状況が状況だけに、思わず綻びそうになる口元を押さえ、憮然とした表情を作り直した佳大は、
「エール、いい加減俺で遊ぶのは、」
言い掛けた、佳大の言葉にエールが被せる。
「『何だってしたい』んだ?」
「よせ――、………ん?」
続ける、含みを持たせたその声。
「――ふーん…。
『何だって』って…、………何?」
向けられたエールの満面の笑みに、
佳大は固まる。
「…………、…………、…………」
意図して言った訳ではなかったが、誘導されるように思い浮かんだ場景に今度は思考も固まる。
「――ねぇ、佳大。 何で顔が赤いの?」
ニコニコとこちらを見て、更なる追い討ちを掛けるエールに、
佳大は徐々に俯き両手で顔を覆って。
そのままランチタイムが終わるまで、楽しげなエールの問い掛けに、ひたすら無言の抵抗を試みた。
( ……俺ってバカッ…! )
車も通れないこの島の路地は複雑に入り組んでいる。
見覚えのある服を着た男達は、観光客に紛れるようにその道へと足を向けた。
人が生活していない島では、土産物屋が並ぶ通りを外れれば、奥に行けば行くほど人の影は見えない。
それこそ祭りの期間以外は、さながらゴーストタウンの有り様。
現在は期間中なので遠く人のざわめきは聞こえるが、男達が踏み入れたこの場に人の気配はない。
「――守備は?」
「問題ない。で、あの女がそうなのか?」
「報告通りであればそうだと思う」
「では予定通り、明日祭儀中の決行でよいな?
一応、監視は付けてはいるが変更があるのなら早めに」
「ああ、わかった。
まぁ、殺すことは出来ないだろうが、傷でも負ってくれれば。
多少動きにくくはなったが、軍を派遣してくれたおかげで逆に上手くいきそうだな」
男達は笑う。
「どちらに転んでもそれはそれで、神の御心のままに」
「ああ、御心のままに…」
男達は去り、路地には静寂が戻った。
残ったのは遠く聞こえるざわめきと、カチャッという音と共に見えた、赤い灯火と立ち上る紫煙。
路地の影に溶け込むように佇む金髪の男は、煙草を咥えたまま口元を歪め。
「……さて、どうしようか?」
僅かに、愉悦を含んだ声で、ひとり呟いた。




