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-水底のオフィリア- 3

「せっかく面白いことになりそうだったのに…」と、呟く金髪の男は無視して。李真は再びクライス卿へと向き合い言う。

「とりあえず、場所を移動しませんか? 明日の事で打ち合わせをしたいこともありますし。宜しいですか?」

有無を言わせないような、にこやかな笑みを復活させて。

男はエールの存在(確信したのか?)を気にしながらも、目の前の、李真の横で憮然とした顔で立つカインの方が今は気に掛かるみたいで、金髪の男を一度睨みつけた後諦めたように「分かった」と頷いた。


「では、行きましょう」

面倒くさいので気が変わらないうちにと、李真はさっさと行動に移す。

まだ立ち尽くしているカインを、「――おい、邪魔だぞ」と、佳大達の方に押しやり道を開け、こちらを見ながら口を開く。

「佳大、とりあえずこの男も連れてい――…」

だけど最後まで言わずに途切れた言葉。

その視線の先には、据わった目付きで李真を眺める佳大の顔。

「…………」

その無言の問い掛け。

「………、……まあ、言いたいことは分かる。が、こいつは色んな意味で牽制になるから」

対しての李真の回答。

「なんだ、またつれない態度なのか?」

元凶であるカイン本人は、さっきまでの憮然とした表情から一変、また面白いものを見つけたとばかりに満面の笑みになり、

背後からはそれを威嚇するエールの気配。


「……――ま、そういうことだ」

何に対してなのか? よく分からないそんな適当な言葉ひとつで、李真は会話を締め括った。

( うん……投げたよね? これ… )



そんな李真と連れ立ち、その場を後にしようとしたクライス卿だったが、やはりまだ名残惜しそうにエールへと視線を送り、

「晩餐会もありますので、宜しければ是非」と、最後までしつこく言い残し立ち去って行った。

そして、それを囲むように付き従うSP達と、

その後ろには、クライス卿の服装から豪華な装飾品を全部取っ払ったような、少し違いはあれど同じ服を着た人々。

その集団が佳大達の横を通り過ぎる時に感じた視線――。

「………?」

その中に、何か不穏なものを感じた気がした佳大。既にこちらに背を向け去って行く人々に視線を送れば、「どうしたの?」と、

佳大の横、彼らが去りやっと声を出したエールが、こちらを見ながら尋ねる。


「……いや、何でもないよ」

覗き込むエールに佳大はそうは言ったが、もしそれが気のせいでなければ、あれは…、


―――悪意。

ではなかったか…?




自由な身となったエールは、集団へとまた視線を戻そうとした佳大に、李真が言っていたことなど全く聞いていなかった様子で言う。

「さっ、佳大。()()()街でも見学しよう!」と、

カインを無視して佳大の手を取りさっさと引っ張って行こうとする。

佳大はだけど、一応律儀に金髪の男へと視線を向ければ、男は同じように去って行った集団の背を見つめたままで。

さっき自分が感じたことも気になって、「佳大!」と、怒るエールの声を聞きながらカインを呼ぶ。


その呼び掛けた声に、ゆっくりとこちらを向いたカインは、何か少し考え込むような。

いつもの人を馬鹿にしたような表情は見当たらない。

振り向いて、ただ何となく佳大に視線を止め、一旦エールへと向かいまた佳大へと戻す。そして、

「………面白い」

そう小さく呟いて笑った。

佳大を見ているようで見てはいない。浮かべた笑みも言葉通りとは言い難いもの。


「お前、何か…、」言い掛けた佳大に、

「――よし! ちょっと用事思い出したから行くわ」

やっと佳大に焦点を合わせた男は、急にそんなことを言う。

「――はっ!? いや、用事って…」

「うん、用事。すんごい忙しいから、行くわ」

「いやっ、でも、エールを護るのが仕事なんだろ!?」

佳大は思わずそう言ったが、でもよく考えたらこいつがエールを護るってのも、そもそも可笑しなことだよな?と、そんなことも思う。

「えーーー、まぁそうだけど…。

お前と違ってエールは自分の身は自分で護れるぞ?」

グサッと突き刺さる言葉。

佳大は振り返りエールを見るが、先程の、自分の声を無視した佳大にご立腹のせいか、

「そうだね、佳大と違って」との返事。今度は凹む案件。



「――じゃあ、まぁ、そういうことで」

やはり何か男の興味を引くものが、あの集団にあったのだろう。

カインは李真と同じく、よく分からない締め括り方で、ヒラヒラと手を振り彼らと同じ方向に去って行った。

結局、最後に残された二人。

佳大は去って行く男の背中を見つめたまま、エールへと会話を振る。

「………、……あの、エール?」

「…何?」

横から聞こえる声は若干低い。

「いや、ほら…、その………」

話掛けてはみたが、続ける言葉が見つからずに、また黙り込む佳大。


暫くして――、

「……はぁ」と、大きなため息が聞こえた。

「――ったく、ホントに…。 大半は()()のせいだけど、融け合ってるからなぁ。半分は自分のせいか…」

多分、独り言なんだろう言葉の後、

「―はい」と佳大の目の前に出された手。

佳大はその手を一旦見つめて、その持ち主であるエールへと視線を送る。

「………?」

「デート! …するって言ったでしょ?

お腹減ったし、さっさと行こう」

いつもと同じ口調に戻り、諦めたような、でも笑顔を作ったエールに。




手が伸ばされ掛けて、一度躊躇ったように止まる。そして、迷ったようにこちらを見て、「エール…」と、改めて名を呼ぶ佳大の顔。浮かぶ想いに。

エールは自らが手を伸ばしその手を取ると、笑顔のまま少し困ったように笑う。

「あははは…。もう―、ホント、仕方ない。

……いいよ、全部。 佳大はそのままで」

それさえも全て全部。


目の前で怪訝な顔をする佳大に、

心の奥底で沈んだままの彼女へ向けても、

「――さ、行こう!」

エールはそう言ってまた笑った。




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