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-赦されざるもの- 1

サーシャの回想話です。

覚えている一番古い記憶は、

「お前など生まなければ良かった!」

そう言い放った美しく醜い母親の顔、その記憶。


捨てられた当時の、子供の時にはわからなかったが、今なら分かる。

年々色褪せてゆく自分の容姿に怯え、でもその容姿を使ってでしか他者に接することが出来なかった哀れな人。

私の母はそんな人だった。鏡に映る自分と良く似た。


「……サーシャ? 」

鏡を覗き込んだまま固まっていたサーシャに、背後から愛しい人の心配そうな声がして、

伸ばされた腕に体を抱きしめられ肩にキスが落ちる。

鏡越しに、ブロンズ色の瞳が、どうしたんだ?言うようにこちらを眺めて、

「眉間にシワが寄ってる。 何かあった?」

顎を肩に乗せて佳大が尋ねる。

その振動がこそばゆくて、サーシャは笑いをながら何でもないと、佳大ごとベッドへ再び寝転んだ。


大好きで、愛しい人。

鼻が触れそうなほど近くからその瞳を見つめ、頬に手を添え軽いキスをかわす。

そしてまた見つめ合い微笑む。そんな幸せな時間。大切な。だから――、



打ち明けることが出来ずに、ズルズルと引き延ばしてしまっていた。

「――選ばれた? 何それ?」

フードトラックで買ったミートパイにかぶり付く佳大に、やっと打ち明けたのは返事をしなければならない期限も差し迫っていた頃。


「ふーん……」

サーシャの話しを聞き終えた佳大は、考えるように暫く黙り込んだ後、視線を上げて言う。

「それって、チャンスなんじゃない?」

「……え?」

「だってこの生活から抜け出せるんだろ?」

「でもっ……」

「やっぱりチャンスじゃん!」

「――でもっ!! 」

サーシャの強い口調に、佳大は驚いたように一瞬大きく目を開く。

「会えなく…、なるんだよ…?」

伝えて、唇を噛むサーシャ。

佳大と離れ離れなんて堪えられない。ずっと一緒にいたのに。



母に捨てられ、保護されて施設へと連れて来られた。

綺麗な服を着せられても、痩せ細りみすぼらしい姿のままだったサーシャ。

佳大は心を閉ざし俯いていた私に唯一手を差しのべてくれた人。大人達でさえ諦めたというのに、根気よくずっと話し掛けてくれた少年。

「サーシャのみどり目も、この髪の色も大好きだよ。昔読んだ本に出てきた妖精さんみたい!

ん?……お姫様だったっけ?」

どっちでもいいや。と笑い、

「サーシャは綺麗だよ。 ほら、顔をあげて」と、覗き込むキラキラとしたブロンズの瞳。

私からしたら彼の方がずっと、ずっと綺麗だった。その笑顔も、眼差しも。



気づくと、その瞳が間近にあった。

コツンと額がぶつかり、見慣れた彼の笑顔。そのまま、ぎゅっと抱きしめられ、

「大丈夫。直ぐに会いに行くよ」

耳元で響く大好きな人の声。

「俺がサーシャに嘘なんて付いたことないの知ってるだろ?」

腕の中でサーシャは小さく頷く。

フフとくすぐるような彼の微かな笑い声と揺るぎなく告げる言葉。

「絶対、迎えに行く。 俺にはサーシャしかいないんだから」

胸を打つ言葉。


でもそれは―、絶対というそれは、

必ずしも守られるものではないということを知っている。

人の心というものは、簡単に変わるもの。状況に流されるもの。

血を分けた親でさえも子を捨てるというのに?

佳大も同じ境遇であるはずなのに、何故にそんなにも真っ直ぐなのか?


彼の言葉を、彼の心を、手放しで信じることが出来ない自分は、

( やっぱり、私はあなたが言うような綺麗とは程遠い… )

母と同じく何かにすがり付くしか出来ない、哀れでみすぼらしいままの人間なのだ。





そして――、

彼の思いと私の思いはすれ違ったまま時が迫る。


彼は語る、望む。私の幸せを。

それが一番いいのだと。


「………何で…?」

ポロリと漏れた言葉に、

「……サーシャ?」と怪訝な顔をする佳大。

「何でもないよ」と笑顔を作ってみせるが、きっとそれはとてもそう見えない代物だったのだろう。

納得がいかないのか何か言いたげに佳大の顔が曇る。

だから思わず口に出た。


「佳大、私と死んで」と。



大きく見開かれた佳大の瞳。

そりゃ、驚くだろうな。と、逆に冷静になり、思わず笑みも浮かぶ。

でも、言葉を撤回することはなく微笑んだまま告げる。

「愛してるなら、一緒に死んで」と。



もしかして最初から、私が壊れていたから、捨てられたのかも知れないな。と母の顔が浮かんだ。

でも思い浮かべたその顔は、佳大のブロンズの瞳に映り込む私へとすり変わる。歪んだ笑みを浮かべた。



………絶対など、ない。


離れれば、会えなければ、何れ彼は私を忘れる。愛なんてそんなもの。

逆に憎しみの方がより深くより長く刻まれるかも知れない。

でも彼に憎まれたくはない。愛されたい。愛している。ならば、

今、その気持ちのまま共に死ねば、

それは絶対だと、永遠だと呼べるものになるんじゃないのか?

私も彼もそれ以上どこにも進むこともなく、同じ時の中で止まる。

忘れることも、忘れられることもない。


「佳大――、お願い」

何て素敵な、完成された愛。



いつの間にか自分の両目から溢れていた涙を、伸ばされた手が拭う。

見開いていた佳大のブロンズの瞳は穏やかに細められて、

「俺も君を愛してるよ。だから君が望むなら」

一緒にいこう。と、

少し悲しそうに笑った。




次で終わるかな?

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