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-象徴《しるし》を持つ者- 3

「何なんだ、あれ?」

興味深げにカインが言う。

二人が出て行く姿を振り返り最後まで見送った後、姿勢を戻して、面白いものを見たという顔付きで横に座っている李真に尋ねた。

再び書類に目を落としてた李真は、視線を上げることなく言う。

「知らん。お前に教える義理もない」

「えーーー、つれないなぁ。一緒の部隊で飯食った仲じゃん?」

「敵である時の方が多かったけどな」

「そうだっけ?」

男の素気無い返答にカインは、あははと笑う。


「――で、どうなの? あまり強そうにも見えないけど」

エールと共に出ていった濃いブロンズの髪と瞳の青年を思い浮かべて、

頬杖をついたカインは、食事で使っていたフォークを弄びながら言う。

「弱い…訳ではないが」と、書類から視線を外し目頭を押さえた李真は答える。

「強くもない。圧倒的な実践での経験不足と、……あいつは甘い」

何度か手合わせしてきた中での李真の判断。佳大はどこまでも非情となることは出来ないだろうと。


「うーん。でもそれじゃあ、面白くないなぁ。もっと頑張ってもらわないと。


じゃないと、()の目の前で痛め付ける甲斐がないよね。あっさり殺しちゃったら」


カインはそう言って笑うと、持ってたフォークを軽く投げる。抵抗もなく、それは硬いオークの柱に深々と突き刺さった。

「カイン――」

李真は横目で男を睨み、諫めるような低い声を出す。

フォークのことか、前者の男の発言に対してか。


軽く肩をすくめた男は、

「だって弱かったらエールを護れないだろ?」

思ってもいないだろうことを口にする。

「お前が言うのか、害為す者のお前が」

更に声を低くして、李真はカインに告げる。


李真の強い瞳を受け、一度真顔になった男は、フッと口元を歪め、

「その言葉、そのまま返すぞ、李真」と、

嘲るように言った。

その言葉に――、李真の顔に痛みが走る。

それは、何故(なにゆえ)の痛みか…?

「それに大体さー」と、口調を戻したカイン。

「俺に害があるって言うなら、この島には入れないよね?

もちろん――、お前もね」

クスクスと笑う男の声。


止まることのない笑い声を聞きながら、

李真は、突き刺さったままのフォークの、その横の窓へ視線を向ける。

視界に映った空は薄暗く、今にも雨が降りだしそうだった。





「――エール」

廊下の先を行く姿に、佳大は声を掛ける。

「何?」

歩みを止めることなく返すエール。

その背を見つめて、開きかけた口を一度躊躇ってやはり閉じる。そして、

「いや、何でもないよ」と。



エールは自室の扉を開けると、

「佳大も入って」

それだけ言って、自分はさっさと部屋の奥に消えた。

( ……相変わらずだな… )

さっきの今で、ちょっと逡巡はしたが諦めて、佳大は部屋に入ると扉を閉めた。

何度か入っている部屋だ、佳大は通路を抜けて居間に出ると、何となく密閉空間を避ける為に中庭に面したガラス戸を開けた。

外のテラス土間に雨粒が丸い模様を描く。いつの間にか雨が降りだしたようだ。


エールは居間にはいない。きっと奥の部屋にいるのだろう。

勝手知ったる感じで、佳大はソファーに腰掛けると外を眺める。

テラス戸の向こう側はシトシトと、しっかりとした雨に変わっている。

それにしても――、

エールと李真、二人の顔を曇らせた用件とは何なのか。あのカインという男も関わっているようだが。


( 俺はやっぱり蚊帳の外なのだろうか…? )

少ししんみりとした佳大に、奥から呼ぶ声がする。

「佳大ー、ちょっとこれ持って!」

さっきの機嫌の悪さは何処吹く風、エールの声は何だかとても元気だ。


そして、呼ばれはしたけれど、その声は奥の部屋。寝室からなので、佳大は向かうのを少し躊躇う。

だけど、早く早く!と急かされて、仕方なく立ち上がり廊下を覗けば、扉を背で押さえ大きな荷物を抱えるエール。

「何やってんだ!?」

佳大は慌てて荷物を受け取って、

「届いてたの忘れてた。それテーブルまで運んどいて」

エールはそう言うと、また部屋に引っ込んだ。


何だかわからないまま居間に戻り、テーブルに荷物を置けば、今度はトレーを抱えたエールもやって来る。

食器などが載ったトレーを置き、ハサミを掴むと佳大の顔を見てフフフと笑う。それからテーブルに置かれた荷物の梱包を鼻歌交じりに開封して行くエール。

えらくご機嫌で、ジャーンと自ら効果音までつけて箱から出したのは銀色の四角い機械のようなもの。


「これって……」

「そう、エスプレッソマシン! ミルクコンテナ付きでふわふわのカフェオレも作れるやつ!」

「………、へぇ」

「うわ、反応悪ー」

先程からのエールのテンションの差に戸惑い気味の佳大に、エールは少し不満の様子だ。だけど――、


「佳大、嬉しくないの? だっていつか言ってたじゃない。

毎日二人でカフェで飲んだみたいなカフェオレが飲めたらいいなって」

言ってたでしょ?と、エールは佳大を見つめ微笑んで言う。


その瞬間、脳裏に暖かな光景が浮かんだ。

「―――それは…っ」

驚き目を見開く佳大。


「…エール、それは………」

上手く出ずに掠れた声は途中で消える。


エールが言う、そのいつかの会話は――、



それはサーシャと、……交わしたものだったから。




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