-象徴《しるし》を持つ者- 2
唖然とその光景を見ていた佳大は、男の足を懸命に叩くカティアの姿を見て我に返る。
「エール様を離して!もうっ!」とカティアの声。
だけど腰の高さまでも満たない少女の抗議では、男には何の影響も与えないようで、
今更ながらに、エールを抱きしめている男に怒りを覚えた佳大も直ぐに加勢に入る。
「おいっ! あんたっ!!」
男の肩を掴もうと延ばした佳大の腕先は、
でも、何故か途中でピタと止まる。
「―――!?」
焦った表情を浮かべる佳大。
( なんだ…!? )
自分の意思で止めた訳ではない。だけど力を込めても腕はそれ以上動かない。
そうこうしているうちに、男の包囲を押し退けたエールが、
「い…、い加減にしろって!!」
大きく、怒りの声を上げるのが見えた。
安堵と共に解ける腕の硬直。そして、部屋に飛び込んで来る李真。
「カイン!! お前、何勝手に……、」
言い掛けて、男を取り囲む三人の表情とその姿に、黙って口をつぐんだ。
「…――李真」
エールの冷たい声がする。
「このくそ男をさっさと連れて行って」
ものすごい笑顔で、でもこめかみをピクつかせながら。
はぁ…。と、ため息をついた李真は、
また先程の凶悪顔に戻り男を睨むと、再びエールの側に近寄ろうとする男を無理矢理引きずって部屋を出て行った。
男が連れて行かれたと同時に、「エール様!」と、駆け寄るカティア。
普段の笑顔に戻ったエールは、少女の頭を撫でながら言う。
「ありがとう。もう大丈夫だから。
イリアナも心配するだろうから、カティアはもう戻っていいよ」
「――でもっ!」
「大丈夫、今度はちゃんと佳大が守ってくれるから」
エールの言葉に、心配そうな顔でカティアは佳大を振り仰ぐ。
「……ほんと? エール様食べられちゃわない?」
…カティアにはどう見えているんだあの男?
佳大は少し笑うと、大丈夫。と口にする。
さっきの謎の硬直のことは黙ったまま。
それでも心配そうに何度も振り返り、トボトボ出ていく少女の背を見送りながら、佳大は背後にいるエールに尋ねる。
「何…、あの男?」
「李真の眉間のシワの原因」
「――ああ。なるほど…」
簡潔なエールの答えに頷きながらも、李真が口にした男の名前、『カイン』という名が気にかかる。
「知り合い……、なのか…?」
振り返えることなく尋ねた佳大への、エールの回答は。
「そうだね。 ――遥か昔のね」
「だってさー、エールなかなか会ってくれないじゃん?
別にご飯食べに来た訳じゃないよ」
カインと呼ばれた男が、お腹が空いたと言うので今は食堂にいる。そしてイリアナが即席で作った軽食をかっ込みながら男はそんなことを話す。
来客用の食堂はちゃんと別にあるが、エールがそんなもんはいらないと。
なので李真にここに連れて来られたのだが、
「食べたらさっさと帰れ」と、
素っ気ない態度のエールに対しての返答がさっきの言葉だ。
カインに対してエールは始終冷たい。李真は気にもしていないのか、目の前でコーヒーを片手に書類らしきものに目を通している。
軽食を用意したイリアナは、カティアが足元からカインを威嚇するので、少女を連れて台所へと引っ込んだ。
佳大も一緒に台所に引き揚げようとしたけれど、エールに引き留められて、今は三人とテーブルを囲んでいる。
佳大は、ついでに向かいに座る男をそれとなく観察する。
李真より長身で体格も良い、金髪碧眼の所謂美丈夫な男。
年齢的には佳大と同じくらいか、少し上か?
だけど長い年月を生きてきた者のようにも見える。
要するに、得たいの知れない――、
ふいにその薄い青い瞳と目が合った。
「何、これ?」
うっすらと笑みを浮かべ佳大を指差すカイン。
この男に対しては、初対面からあまり良い印象はないのだが、
「佳大・ハーディング。 今は訳あって島に住んでる」
憮然とした表情で、それでもとりあえず礼儀として名乗れば、
ふーん。と、面白いものを見るのような目付きで佳大を眺めた男は、何かを言おうと口を開く。――が、
「カイン――、」
それを遮るようにエールが男の名を呼んだ。
「で、結局何しに来たんだ? お前」
そのまま続きで尋ねるエールに、
「それを聞くのか?」
カインがエールを見て笑顔で言う。途端に、不機嫌に眉間にシワを刻んだエール。
「……多分、これだな」と、
横で書類の束に目を通していた李真が、読んでいた一番上の紙をエールに渡す。
受け取って、ざっと視線を走らせたエールはチッと舌打をして男を睨んだ。
「何の冗談だ?」
「――さあ? 俺は伝えに来ただけだから」
「エール…。 この男が来たということは、既にこちらに拒否権はない。諦めないと」
「……………」
ニコニコとした顔のカインとは対照的に二人の顔は暗い。
全く状況が読めない佳大には、その理由はわからないが、暗いというよりはどちらかと言うと、二人の表情はうんざりが正しいか?
現に眉間にシワを刻んだままのエールは盛大にため息をつき、その後、
「ちょっと疲れたから部屋に戻る。話はまた後で」
そう言って立ち上がると、
「佳大、行こう」と、こちらを見た。
「……、―――ん?」
そう急にふられて、困惑の表情を浮かべた佳大に、
「佳大?」と、エールは怪訝な顔を向ける。
「あっ、ああ…!」と頷いて、反射的に立ち上がった佳大。
それを眺めてから先に部屋を出て行くエールに、佳大はとりあえず良くわからないままその後を追った。
背中に、男の意味ありげな視線を感じながら。




