-ある愛の讃歌- 2
食後にエールが部屋から持って来て、机の上に置いたのは、
手のひらに納まる程の小さな木の箱。
横に金属の取っ手がついたそれは、豪華な装飾などないとても質素なオルゴール。
エールが取っ手を回せば、箱は音を奏でる。先ほどエールの部屋から聴こえていた音色。やはり聞き覚えのある曲。
「これ何て曲なんだ?」佳大は尋ねる。
「Hymne à l'amour」
「――え?」
瞬時に聞き返した佳大をエールが笑う。
「フランスの古いシャンソンだよ。有名だからね、みんな一度は聴いたことがあるだろうね」
エールが教えてくれたのは、どうやらフランス語の題名らしい。英語圏でしか生活したことのない佳大には、それを聞いてもピンと来ない。
「で、それをどうにかするのか?」
早々に曲について尋ねることはあきらめて、エールが持つオルゴールに視線を向けて佳大は言う。
だけど――、エールは無言でオルゴールを回し続けるだけで。
少し物悲しげな旋律が、穏やかに吹く風に乗る。
エールが何も言わないので、佳大は中庭の壁に四角く切り抜かれた青空を見上げて、
暫くそうして響く音色に黙って耳を傾けた。
「このオルゴールはね、私が作ったんだ」
ふいに声が聞こえる。時間は沢山あったからね、要するに暇だったんだよと。
「作るならこの曲がいいと言われて作ったんだけど、なんせ素人だから。彼女が島を離れるまでには間に合わなかったんだ」
そんな声に、外へと向けていた視線をエールに戻して、急な話の流れに佳大は怪訝な顔をする。
「何か関係があるのか? 今日の客と」
エールは、オルゴールを回していた手を止めこちらを見て、
「これを渡しに行くんだよ、今から」と、
ついさっきまで音を奏でていた小さな箱を、指先でトンっと軽く叩いた。
「ああ…、なるほど。 それが約束か」
佳大は李真が言っていた言葉を思い出す。
「――李真から?」
聞いたのかと、エール。頷く佳大に、
「約束…というより、それが彼女の望みだったから。――まぁ、仕方ないよね」
不服そうな顔であきらめたように言う。
そんなエールに、佳大はまた怪訝な顔を向け、
「島にいた人で、その人の為に作ったのに、会うことが嫌なのか?」
不思議に思い尋ねれば、エールは一瞬キョトンとした顔をして、直ぐに表情を崩した。
「違う違う。今日来るのはマリーじゃなくて、彼女の孫なんだよ」
エールにオルゴールを頼んだのはマリーという人物らしい。
可笑しそうに笑った後、エールは、
「彼女はもう自分の足ではここまで来れないよ。多分もう…、時間がないのだろうね。
あの男が責っ付いてくるということは」
しんみりとした表情はその女性へ向けて、最後の言葉はきっとその孫だろう男に向けて。
「エールは会ったことあるのか? その孫って男に」
そこまで嫌われる男を、興味本意で聞けば、エールは、まさかという顔で、
「島に来れないんだから、会う必要ないでしょ。今回はマリーの為だから仕方ないけど。
私が彼女に渡すものを何か凄い物だと勘違いしてるんだよね、彼は。だから何度も何度も…本当にしつこい」
エールは眉間にシワを寄せる。続けて、
「いつもは李真が適当にあしらってるよ」と。
それならば、やっぱり李真の方がいいんじゃないのか?と、尋ねる佳大に、
「だからー、言ったでしょ。今回は佳大がいいって」
「……なんでさ?」
「なんでも」
ニコニコと即行で返事を返すエール。
やはり理由は言わないまま、
「さっ、そろそろ出る準備でもしようか」
そう言ってエールは立ち上がった。
「李真から船のキーを貰って来て。正面玄関から、左側の小道を下りたとこにある小屋に船があるから」
先に行ってていいよ。とエールが言う。佳大は、昼食のトレーを再び抱えて、
「結局どこまで行くんだ? 本土まで行くのか?」
それでは時間的に厳しいのではないかと、自室へと戻ろうとしているエールに尋ねる。
「そんな遠くまで行かないよ。船で小一時間かな」
「……? それじゃ、海の上じゃないか?」
「そうだよ、海の上」
エールは笑う。
「大丈夫。行けば分かるから」
適当なエールの回答に、ため息をついて。
ついでに李真に聞けばいいか。と、佳大は中庭を後にした。




