-寛容という戯言、の結末-
レイチェルを乗せた高速船はスピードを上げて島から遠ざかって行った。
それを暫く見送って、カティアの声が聞こえないことに気づいた佳大は振り返り、いつの間にか背後いたエールに驚く。
「―――うわっ!! エ、エール!?」
佳大の驚く姿に、不審げな翠の瞳を向けて。
「……何でそんなに驚くの?」
「いや、知らない間に黙って背後に立っていられたら、誰だって驚くだろ!普通」
尋ねるエールに、佳大は焦ったように言う。
そう、間違ってはいない。今のは当たり前の反応だ。でも――、
エールは、いつからここにいたのだろうか? さっきのレイチェルとのことを見られていたのか……?
「……ふーん」と、まだ不審げな顔のままエール。だけど、
「エール様ー!!」
大きな声を上げて、こちらに向かって駆けてくるカティアの姿に、佳大から視線を外した。
カティアは新しい袋に、また満杯に集めた貝殻を持って満足顔だ。それを見て笑顔をみせるエール。
佳大は何となくホッとする。
まぁでも、キスなんてただの挨拶だ。もちろん、…恋人でないなら普通それは唇にではないだろうけど。
でも突然―――、
「あのね! さっき佳大、レイチェルとキスしてたんだよ!」
満足げな顔のままのカティアが、エールにそんなことを言う。
「―――はっ!!?
なっ……、カティア!?」
「………………――へぇ、そうなんだ?」
ひどく間をためたエールが、こちらを見て言う。半眼で。
「いやっ、ほら、キスなんて挨拶で…」
「んー? でもお口にしてたよ?」
( カティア!? 今それは……!! )
佳大は心の中で叫ぶ。が、後の祭り。
「へぇ? …………ふーん」
エールの佳大を見る瞳が、更に細くなる。もはや糸のよう。
静かに、佳大は視線を反らす。
( …見えてるのだろうか…? )
――いやいやいや、今はそんなこと考えている場合ではなくて。
でも…、そもそも何故自分は焦せらなければならないんだろうか?
別にエールはサーシャではないのだから。
開き直って視線を戻せば、向けられているのは明らかに軽蔑の表情。
それは、その表情を浮かべるのは、
当たり前だがサーシャの顔で。
( そうか……、そういうことだよね… )
ちょっと自分のバカさ加減に涙が出た。
「さっ、カティア。 一緒に戻ろうか」
エールはカティアの手を取り歩き出す。
「あ、俺ももう戻るよ」
話しかけた佳大に、エールが向けた視線は冷たい。
「別にゆっくりと別れを惜しんでてもいいんだよ」
「いやっ、別に――、」
「行こう、カティア」
佳大の話しを最後まで聞かずに、スタスタと歩いて行くエール。
「佳大は置いてきぼりなのー?」
遠く、尋ねるカティアに答える、エールの声が聞こえる。
「大人なんだから、ほっといても勝手に帰ってくるでしょ。
自分の居たい場所に――」
海風を渡って届くその澄んだ声。
( 自分の、居たい場所か…… )
佳大が望むそれは、考えるまでもなくひとつしかなく。
「おーい、待ってくれよ。俺も戻るって!」
小さくなる二人の姿を追って、佳大は駆け出した。




