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-寛容という戯言- 2

レイチェルの言葉に、目の前に座るエールは一瞬目を見開いたが、直ぐに翠の瞳をスッと細める。その姿はどこか少し怖い。

「レイチェル!?」

横から慌てたような声が聞こえて。

視線を向ければ、佳大(ケイタ)が呆れた顔で、

「何、馬鹿なこと言ってるんだ?」と。


レイチェルはそんな佳大を睨む。

……馬鹿な、ことなんかじゃない。ずっと思ってきたことだ。

父は佳大を買っていた。実力を重んじる男であるから。

けれどそれは仕事においての、一人娘である私の相手となれば話は別だ。そこは能力とは別にそれなりの家柄を求められるだろう。

恋人ならまだ許される。だけど、私が求めているのは。


「馬鹿なことじゃないわ。 ……叶うというのなら、どんな形でもいい。共に生きるパートナーとしての佳大が欲しい!」

佳大を睨んだまま上げた声に、何故か彼は痛みを堪えるような顔をして、無言で足元に視線を落とした。



「ふーん、なるほどね」

エールが細めたままの瞳でレイチェルを見て口を開いた。

「それは、相手の意思を無視した形でもいいのかな?」

薄い紅色の唇を綺麗な笑みの形に持ち上げて言う。


「………え?」

「そういうことじゃないのかな? 貴女の言うことは。

彼の想いは無視して、貴女だけを見るようにすればいいってことだよね?

その上で周りに認めさせればいいってことでしょ」

「そういう、ことでは……っ」

レイチェルは言い澱むが、エールは言葉を止めない。

「いや、そういうことだよ。

彼にはとても愛している人がいた…、けれどもそんなことはどうでもよく。 君は自分の思いを貫きたいってことでしょ?」

感情を込めない淡々とした口調でエールが言う。

「………っ!」


確かにエールの言うことに間違いはない。佳大の心は決して私には向かない。それは、経験上から何となく理解していた。

彼女が言うように、彼には心から思う人がいるのだろうことも。

動揺した心ではエールがその人物を過去形で話したことには気づかなかったけれど。


「エール…」

横に立つ李真(リーヂェン)が少し咎めるように声を掛ける。エールは分かっているというように手を振ると、

「出来るよ。 彼の記憶から()()を消すことも、信用に足る戸籍を作ることも全部」

「―――!!」

「――エール!?」

驚くレイチェルと同じく佳大も声を上げた。


「エール! 俺はそんなことっ!」

大きく抗議の声を上げる佳大。

こんなに声を荒げる彼を見たのは始めてではないだろうか? レイチェルはエールの言葉よりも佳大の言動により驚く。

エールは眉間にシワを刻み一歩前に出た佳大に、一度視線を送ってから直ぐにレイチェルに視線を戻し、

「だけど、それは叶えられないかな? まだ佳大からの望みを聞いていないから」

エールは困った顔をする。


「優先順位は彼なんだよね。その彼に干渉するような願いは聞き入られないんだよ、ごめんね」

「そ、そんなの……っ、」

期待をさせておいて突き放す。何だか煙に巻くようなエールの返答に、レイチェルが口を出そうとしたけれども、

「今日はもう戻る船もないし、ここに泊まればいいよ。食事は後で持ってくるから。

――李真、案内してあげて」

それを許さないような雰囲気で、矢継ぎ早に言う。


エールの言葉に、李真はまた深いため息をつくと、今度は先ほどのこちらを伺うような動作ではなく、あくまで穏やかだが拒否することは叶わない力でレイチェルを促した。


連れて行こうとする男から助けを求めるように佳大を振り替えるが、彼は思い詰めた表情でエールを見つめたままで。

それを受けたエールの顔は自分の位置からでは伺うことは出来ない。

「佳大……」

呼び掛けたレイチェルの声は、彼には届かずに虚しく消えた。




手入れの行き届いた、一流とは言わないがホテルのスイートルームと言っても過言でない部屋にレイチェルは案内され、食事は佳大のことを教えてくれたイリアナという女性が運んでくれた。

食後に、食器を引き揚げに来た彼女に佳大の居場所を聞けば、「あら、まぁ?」と、イリアナは謎の笑みを浮かべ、一緒について来ていた小さな少女が、

「佳大ならさっき裏の浜辺にいたよ。お姉ちゃんは佳大の恋人なの?」

無邪気に尋ねる。


それに対してレイチェルは苦笑しながら、「そう、だったら良かったんだけどね…」と呟いて。

「でも、佳大にはとっても大事な人がいるみたいなの」

「――あっ! カティア知ってる!!

サーシャって人でしょ? エール様と佳大が話してたもん!」

「こらっ、カティア!」

そうだろう。と自慢気に話すカティアをイリアナがたしなめる。


「…サーシャ…?」

ポツリとこぼしたレイチェルの言葉に、イリアナが慌てたように謝る。

「すいませんっ、この子ったら…」

「えー、でもカティアちゃんと聞いたもん」

「ほらっもういいの! はい、テーブル拭いて!」

渡されたフキンを膨れっ面で受けとると、カティアは背伸びをしてテーブルを拭く。急いで食器をまとめたイリアナは、

「――じゃあ、失礼しますね。 朝食は8時半頃にお持ちしますので、ゆっくりお休み下さい」

「……ええ、お休みなさい」

食器と共に、不満げなカティアを引きずりながら部屋を出ていった。



( サーシャ……? )


少女が言っていた、それが佳大が追い求める人物なのだろうか?


佳大が裏方で気にしなかったのも、私に、いや他の人達に優しかったのも、それは彼が寛容ということではなく。ただ――、


無関心なだけ。他のものには。

だから何もかも一切を簡単に捨て去れた。きっと私の想いも知っていながら。


レイチェルは海に面した窓に手を添える。視界に映った砂浜に人影を見つけて。

寝間着のまま、ためらうことなくレイチェルは外へと飛び出した。



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