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-寛容という戯言- 1

私はそれなりにモテていたし、ボーイフレンドに困ることもなかった。父親の仕事関連で上流階級との付き合いもあり、そんなハイスペックな彼氏だっていた。

「レイチェル、彼は佳大(ケイタ)だ。仕事で分からないことがあれば彼に聞け」

父親の仕事を引き継ぐ上での実務の経験をと、連れて来られた先にいたのが佳大()だ。


父は各都市部に5つのホテルを経営するオーナー。その一番の都市部にあり、大きくはないが立地的に回転も良く売り上げが一番いいホテルで働く、父からの信頼も厚い彼だったが、自分の身元を保証するものもなく。

フロントやコンシェルジュとして表には立たずに、常に裏方で仕事をサポートしていた彼。

だけどそれに不満を言うこともなく、ただ黙々と仕事をこなす。

「日本人ってやっぱり勤勉なのね」

混血であることも承知でレイチェルが皮肉を込めて言えば、

「どうでしょう? 僕は日本に行ったことがないので」

気にすることもなく、そう笑って言うだけだった。


濃いブロンズの髪と瞳。ドラマで見るような所謂日本人的な感じではないが、やはりどこか東洋的な整った優しげな容貌。身長も10センチヒールを履いたレイチェルよりまだ少し高い。

そして、実際に彼は優しかった。私の無謀なわがままにも、怒ることもなく静かに付き合うような。――ただ、それは…。


レイチェルを思っての優しさではなく、ただ私に興味がないのだと気づいた時には、既に彼から目が離せなくなっていた。




「良かった、本当に……。 貴方の船が大破して見つかったって…、心配したのよ」

「――…ごめん、レイチェル。君に折角紹介してもらった船だったのに…」

佳大は胸元に飛び込んだレイチェルに一瞬驚いたものの、直ぐにこちらを認識すると謝罪の言葉を口にした。


久しぶりに聞く佳大の声。そして生きていたのだという安堵で、涙ぐみそうになり、彼の胸に押し付けた頭を小さく振る。

「船なんてどうでもいいの!」

そんなこと、本当にどうでもよい。自分は口添えしただけだし、実際にお金を払い購入したのは彼だ。援助しようとした私の申し出を断って。

「そんなことじゃなくて、貴方がっ…!」

言葉を詰まらせた私に、佳大が落ち着かせるように、トントンと肩を優しく叩く。その腕が背に回されることは決してないまま。



李真(リーヂェン)、お客様なんだよね? 広間に案内してあげたら?」

ふいに澄んだ高い声が聞こえた。

その声に、佳大の体がビクッと揺れて、肩に置かれていた手がゆっくりと離れた。


「………佳大?」

どうしたのだろうと見上げたレイチェルは、前方を見たまま顔を強ばらせている佳大を見る。その視線を追って振り替えれば、

背後には、美しく儚げな少女。まるで実体でないような。

ただその翠色の瞳は、姿とは違いしっかりとした意思を宿していて、微笑んで佳大を見ている。


「あのっ、エール…、」

「――李真」

呼び掛けた佳大の声を遮るように、エールと呼ばれた少女は彼の斜め後ろに立つ男の名を呼ぶ。視線は佳大に向けたまま。

( ……エール…? この子が……? )


「早く、案内してあげて」

少女はそれだけ言うと、佳大から視線を外し、横をすり抜けるとエントランスの奥へと向かった。


私を連れてきた李真という名の男は、深くため息をつき、

「レイチェル譲、こちらに」と、手を差し出し移動を促す。

「――佳大?」

ためらって、再び見上げたレイチェルに、

顔をそらせ少女の姿を目で追っていた佳大は、あきらめたように笑みを浮かべてこちらを向き、

「そうだね、移動しようか、レイチェル」

そっと背を押し佳大は言った。



船を手にしてから、暫くして彼が父親に仕事を辞めることを告げ、引き留めるのを拒み、何も言わずに姿を消した。

レイチェルは金とコネを使い必死に調べた、佳大の行方を。

彼が船を購入してまで、誰を、何を追い求めていたのかを。


――そう。佳大の眼差しはいつも何かを渇望していた。それが私に向くことはないことが、ひどく寂しかったけど。


そして大破した船が発見され、レイチェルに連絡がきた。直ぐに現地に飛び、捜索に乗り出したが彼は見つからず、ただそこで別の噂を耳にした。

それがエールの存在と、最近()()()()()()()()()()がいるという噂。

その時は意味を理解出来なかったが、更に調べた結果、島で働くイリアナという女性に行き着いた。その女性が語ったその者の容姿は、

( 佳大が、生きていた…! )

レイチェルは思わず「神」に感謝した。そのエールと言われる存在に。


関係ないのかもしれないが、その時は何故かそう思った。



「貴女は佳大に会いに来たみたいだけど、ここに来れたということは一つ望みを叶える権利があるんだ」

そのエールがレイチェルに告げる。


凝った装飾の椅子に座って、肘掛けに腕を付き、白い指先は自らの細い顎を捉える。少し傾けた顔に短い亜麻色の髪が揺れて。

まるでルノワールの絵画に出てくる少女のような見た目だが、少年ともとれる。そしてその年齢も曖昧だ。

その横に立つのは、コネを使って繋ぎを取った男、李真。


レイチェルは少し離れた場所に立つ佳大を見る。彼は少し複雑な表情でこちらを見ている。

レイチェルはまた視線をエールに戻して。

調べている内にエールの存在の意味を知った。自分がここに来れるかどうかは賭けでしかなかったが、受け入れられたのなら、

願うことなど一つだろう。


「私は、佳大が欲しい」


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