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-モイライが差し伸べる手- 5

モイライは運命の女神、その手を、あの時選んだのは自分。


とても幸せだった。サーシャと共に過ごした時間。ささやかな日々。

でもその幸せというものは、その時には気づくことが出来ないもの。

どんなに大切かということなど。


サーシャにもっといい暮らしをさせたい。こんな暗くみすぼらしい街でなく、綺麗な彼女に相応しい、そんな場所に。

だから彼女が選ばれた時、何かはよく理解していなかったけど、サーシャがここら抜け出せるチャンスなのだと。そこがどこだろうとここよりはきっとマシだろうと。

たとえ離れ離れになっても、今は力がない自分だけど、大人になって迎えにいけばいいんだと。

――そう思った。


彼女の思いに気を留めることもなく。



「――おはよう」

台所には朝日を浴びたエールが一人座っている。テーブルには並べられた朝食。

「おはよう。 エールが?」

声を掛けた佳大(ケイタ)に、

「昨日、彼女が用意してくれてたからね。並べるだけだし」

エールはそう言うと立ち上がり、コーヒーサーバーへと向かう。

「佳大はブラック?」

「ああ、そのままで。少な目でいいよ」

佳大の言葉に、コップに半分も満たない量のコーヒを入れてエールは渡す。

それを受け取って、佳大はテーブルの上のピッチャーを引き寄せると、コップに並々と牛乳を注ぐ。砂糖は入れない。佳大は昔からこれだ。

ふふ。と声が聞こえて、見上げるとエールが笑っていた。



「さ、じゃあ行ってくるよ」

笑顔のままエールは言う。

「マティスは?」

「シーザーと一緒に朝の散歩に行った。カティアは後で起こしてあげて」

シーザーはあの白猫だ。

「分かった」

頷いて。食事を続ける佳大を残して、エールは部屋を出ていった。



昨日のことはお互いに何も言わないし、聞かない。

佳大はコップの中で混ざりあったカフェオレを見る。牛乳を入れられるように、量を計算されて入れられていたコーヒー。

サーシャがよく佳大に入れてくれていたカフェオレ。

彼女自身は甘いそれ。昨日、佳大がエールに入れてあげたもの。


熱いコーヒーと冷たい牛乳で、丁度良い適温となったカフェオレを飲みながら佳大は思う。

エールには、本当にサーシャの記憶がないのだろうか?と。



「………ふぅ」

考えたって答えが出ないことに、ため息がこぼれた。

エールに直接問えばいいが、はぐらかされる可能性の方が高いだろう。

でも言わずに隠すワケは。


昨日、最後に自分がこぼした言葉が重くのしかかる。

エールが何も言わないのなら……今は。


佳大は食べ終わった食器を流しにまとめると、カティアを起こしに部屋を出た。





イリアナは午前中には帰ってきたが、同じ船で帰って来てるだろう李真(リーヂェン)は、エールと一緒なのか姿は見えない。


用事が終わった佳大は、台所でカティアと共に大量のエンドウ豆と格闘している。

「こんなに沢山どうしようかねー」

ボールいっぱいになったエンドウ豆を目の前にイリアナが言う。

「カティア、エンドウ豆きらいー」

口をへの字にする孫を、好き嫌いしない!とたしなめながら、

「そう言えば、向こうで佳大のこと聞かれたんだけど?」

イリアナが急に思い出したように言う。


「えっ? ――俺?」

「ああ。若い女性だったけど…?」

「……?」

イリアナが言う向こうとは本土のことだろう。

そんなとこに佳大の知り合いなどいない。

そもそも施設を飛び出して以降、極力、人とは関わらないように生きてきたのだから、特に親しい知り合いなどいない。

( ……誰だろう )

思い当たる人物も浮かばずに、佳大は首を傾げる。

「恋人とかじゃないのかい? 佳大、見た目はいいんだから」

イリアナがにやっと笑い、

「佳大はカッコいいよ! 李真の方がイケメンだけど」

続くカティアの言葉に佳大は苦笑する。


「そんな人はいないよ」

恋人はサーシャだけだ。後にも先にも。

自分が他の女性に心を奪われることなどあり得ない。彼女以外に。

……そう、だからエールの存在は自分にとってはとても複雑で。


そんな会話に割り込むように、

「――佳大はここか?」と、李真が台所に顔を覗かせた。

佳大が返事をする前にこちらに目を止めて、

「お前の知り合いだという女を連れてきた。今、下にいる」

李真は着いて来いと言うように顎をしゃくった。

( ……知り合い…? )


「おや? まさか…」

イリアナが再びにやっと笑う。その忍び笑いを背中に感じながら、男について階下に降りた佳大はエントランスの椅子に座る人物を見る。年は自分とそんなに変わらないだろうか? 若い女性。

気配に気づいた女性は振り返り、勢いよく立ち上がると、そのまま佳大に飛び付いた。


「佳大! 良かった…! 生きてたのね!」と。



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