表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あんず飴の味

作者: 桜里

自分の記録用ですがもし読んでいただけたら幸いです。

その日も、部室には私と先輩の2人だった。月に一度の集会以外、この部室に部員全員が集まる事はほとんど無い。私たち文芸部は図書館棟の小さな部屋で作品を書いたり本を読んだり、こっそりお菓子パーティーをするのだ。

その日も私は放課後になると自販機でミルクティーを、先輩には緑茶を買い、部室の扉を開けた。先輩はいつもの様に端の席に座り、本のページを捲っていた。「私は湯水のように活字を浴びるのに、絞り出すには脳みそをこれでもかと絞らねばならない、何故だ。」と先輩はよく言っていた。今月のノルマは書けたのだろうか。ちなみに私は序盤で筆が止まっている。登場人物が中々頑固者なのだ。

「先輩、ミルクティーと緑茶、どっちにしますか?」「緑茶で。」先輩はミルクティーのカロリー見たことある?と言った。私は絶対見ない。おいしいものはそれだけで正義なのだ。そういえば、と先輩はカバンをゴソゴソして小さな容器を取り出した。

これあげる、と言われて渡された容器を開けると、金木犀の香りがふわりと広がる。リップバームですか?と聞くと、先輩は練り香水だという。

先輩は容器のクリームを白くて細い指につけ、その指をわたしの首に伸ばした。ひぇ。変な声が出た。

先輩は耳の後に指を数度撫で、手首もススッと撫でた。そして容器の蓋を閉めて、にっこり笑った。

心無し顔が熱い。ふわり、と甘い、金木犀の香りがする。ドキドキする。先輩はなんでこんな余裕そうなんだ。

私はいたたまれなくてトイレ!と大声で言って走って廊下に出た。特に意味無く鏡の前に立ち、髪を結び直す。そういえばこの櫛も先輩から貰ったものだ。また顔が熱い。ひんやりした水で手を洗ってなんとか気持ちを落ち着かせた。なんだこれは。まるで、こんなの、恋みたいじゃないか。

部室に戻ると先輩は読書に戻っていた。今日は終了時間になるまでこのままだろう。私はルーズリーフを取り出して、作品の続きを書くべくシャープペンをにぎった。これはもう、あれだ、造り手によくある、感情を作品にぶつけるという手を使うしかない。

私は考えていた登場人物を全部女の子に変えた。舞台は女子校、美術部で、後輩が先輩に淡い恋心を抱くも、そのまま卒業式を迎える、といったありふれたものだ。本当は男女の恋物語にするつもりだったが、恋愛経験のない私には無理そうだった。文字を書き連ねていると、放送部が帰宅を促すアナウンスを流した。先輩は、帰るかー。というと荷物をまとめ出した。私も慌てて帰る用意をする。先輩は徒歩通学で、私は電車だ。坂を下る所まで一緒に帰る。では、また明日!と家路に着いた。

ぱちり、と目が覚めた、真夜中の天井だ。蓄光の星のシールがうっすらまだ光っている。私は気がついたのだ。今書いている作品は、先輩が卒業してから各自宅に郵送される形の冊子に載るということを。私が今苛まれている熱量は、先輩に知られないまま忘れられてしまうのだ。それはなんだか嫌だった。どうしよう。そうだ。いつも顧問の先生にしてもらう添削を、先輩にしてもらえば、私の作品を目にしてもらえる。そう思い至った私は机の電気をつけた。まだ22:48。今から書き上げても睡眠時間はなんとかとれるだろう。私は今までにないスピードで話を完成させた。いつもこのくらいで書けたらいいのに。書いてる最中筆が乗って、キラキラした金色の波に包まれ揺らいでいるような気持ちさえした。

翌日の放課後。私は先輩に書き上がった作品の添削をお願いした。勢いだけで書いたので不安だ。と言えば先輩は引き受けてくれた。先輩は雑食なので活字であればなんでも読むのが幸いした。先輩がカサ、カサ、とルーズリーフをめくる。読み終わると、ふふ。と笑った。そしてシャープペンで誤字脱字を直して返してくれた。

「これ、いいと思う。あんず飴みたいなお話だね。」と言ってくれた。

私はありがとうございます!と言って訂正をして、そして職員室でコピー機を借りて自分の手元に残るようにしてから、先生に添削をお願いしに行った。先輩が見てくれたままの作品を、持っていたかったのだ。なんだかとてもスッキリした気持ちになった。現状は何も変わってないけれど。でも、これでいいな、と私は思った。

そしてまた、何気ない日常を先輩と過ごすのだ。

それから数ヶ月がたった。とうとう明日は卒業式、先輩がいなくなってしまう。そう思うだけで涙が出てきた。私2年生で苗字がア行で良かった。卒業生を近くで見ることが出来る。

先輩は泣く素振りは無かった。いつもの様に背筋を伸ばして卒業証書を受け取り、校歌を歌っていた。私はこんなに泣きそうなのに。涙をあまり流しすぎては酷い顔になってしまう。私は天井を仰いで涙を堪えた。

式が終わり、みんながちらほら帰り始めた頃、私は部室に向かった。今日は最後のお別れパーティをしようという計画だった。部室の扉を開けると先輩がいた。他の3年生も来てくれている。

私は持っていた袋からお菓子を取り出し机に並べた。すぐ終わる、小さなお茶会。他の部員たちも集まってきてくれた。普段2人しか居なかったが全員か収まると少し手狭だ。私たちはお茶とジュースで乾杯をし、お菓子を食べた。先輩たちにプレゼントを渡し、握手をして、お茶会は終わった。兼部している人が圧倒的に多いので、あっさりとしたものだった。私は先輩と2人で最後にお話するチャンスをもぎ取った。先輩は先程貰ったプレゼントを開けている。「先輩」「ん?」「私、先輩に以前添削して貰ったあの、あんず飴って言ってくれた話、とてもお気に入りなんです。私、恋物語とか苦手だったんですけど、この話だけはするする書くことが出来て、自分の感情をありったけ込めて、書いたお話だったんです。私のその時体が支配してた気持ちの、お話なんです。でも、その、恋愛関係になりたい、とかではなくて、あの、」私はしどろもどろで長台詞を吐いた。自分でも何が言いたいのか分からなくなってきた。

先輩は何も言わず私が言い終わるのを待っていた。じわり、また涙が滲んだがここで泣いたら更に迷惑だ。私は必死で堪えた。

「私は、恋愛についてはすこぶる不得意だけど、貴方のそれは恋愛感情じゃない気がするよ。でも、一緒に過ごせた時間や、貴方が私に懐いてくれたことは、とても嬉しかったよ。私は先輩として、とても良い後輩を持てて、幸せだったよ。」と言ってくれた。嬉しくて涙がまた滲んだ。誤魔化すように何度も頷いた。

「私も、先輩が私の先輩で、良かったです。」声が震えた。言い終わる前に涙がどんどん出てきた。先輩は優しい笑顔で、私を見てくれていた。目元に少しだけ、涙が滲んでいた。

その後、自販機でお茶を買い、お菓子を食べた。先輩は珍しくミルクティーを飲んでいた。少し話をして、帰る事にした。先輩と一緒に坂道を下る。これが最後だ。と思うと何もかもが愛おしく感じてしまう。坂道が終わる。先輩は、またね。と言って信号を渡って行った。その背中に向かって、私は大声で

「先輩ーーー!ありがとうございましたーー!大好きーーー!」と叫んだ。先輩は笑顔で手を振ってくれ、「ありがとうーー!」と、大きな声で返してくれた。そういえば先輩の大きな声、初めて聞いたな。それがとても嬉しく思えて、手をぶんぶん振ってから私は駅の方に走り出した。

これで、私のあんず飴のようにちょっと酸っぱくて甘い、淡い恋心に終わりを告げたのだった。


ミルクティーのカロリーは見たくないです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ