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父親 一

 十二歳になった僕にとって、月に一度カウフマンの元へと向かうのはひそかな楽しみになっていた。カウフマンは商人だけあって各地の情報に詳しく世間話が面白いのだ。例えばコショウを作っているはるか彼方の国の話や、とある島にしか居ない奇妙な鳥の話などいくら聞いていても飽きることはない。


 特に僕を驚かせたのは、今では人間と魔族が共存していることだった。魔族と人間の混血も進んでいて純魔族や純人間を探す方が難しい位だという話だった。集落では分からなかったがそんなことになっていたとは予想していなかった。


 今日は朝からリタに魔法を教えている。この四年程の間に魔法の腕はかなり上がっていて、中級レベルの魔法までは使いこなせるようになっている。


 予想通り光系統は苦手だったみたいでまだ初歩だけしかつかえない。あとは加工といった工作系の魔法も苦手で全然できるようにならない。攻撃魔法一辺倒な感じになってしまっているのが少し残念なところだ。


「これ見て!アイスランスを三本まで同時に出せる様になったんよ」


 カウフマン邸の裏庭で魔法の実習をしている。


「なかなかやるね」


 リタは初めて会った時と同じ黒髪をツインテールにしているが、以前より髪を短くしていて今は肘まで位の長さになっている。服装もおしゃれなデザインなのだけど、色が黒系に統一されているせいでいかにも魔法使いという感じがする。


「レオが使える最強魔法ってどんなん?」


「うーん。威力だけならレトリビューションかなあ」


 レトリビューションは闇系統の魔法で威力は最高なのだが、いかんせん使い勝手の悪い魔法なのだ。敵陣丸ごと吹き飛ばすとか、城ごと焼きはらうとかそういう使い道しかない。


「それ教えて!」


「無理だよ」


 つっけんどんな僕の返事にリタは口をとがらせてみせる。


「なんでなん」


 僕はリタの魔力がまだ全然足りないからだと理由を説明する。


「どういう事なん?」


「魔法を使う時に必要な魔力が足りなかったらどうなると思う?」


 リタは少し考えた後きっぱりという。


「それは、魔法が発動しないんやろ?」


「発動するんだよ。足りない魔力はここから補ってね」


 僕はリタの胸のあたりを指さす。そこは魔石のある場所だった。


「すけべ!」


「は?!ちがうちがう魔石の魔力が消費されるんだよ」


 確かに十三歳のリタは少しづつ女の子らしくはなってきているけど、どんなに贔屓目にみてもまだまだ子供だ。まだまだ子供だと思っていたのに成長したなあと親戚のおじさんみたいな感想を抱いてしまった。



 午後からはカウフマンの話を聞きながら、珍しいデザインのポーチに、収納魔法をかけるという作業をする。なんでも貴族相手に季節ごとの新商品ポーチを売りさばいているらしい。貴族は見栄のために最新商品を競うように買ってくれるらしく良く売れているらしい。収納魔法を使える職人が少ないおかげもあって、ほぼ独占市場で儲かっているという話だ。


「――と、いうわけで東の果てにある国には八つの首をもつドラゴンが住んでいるという話です」


「へえ、ヒュドラとは違うんだ?」


「大蛇のような体で、普通のドラゴンとは全く違うみたいですね」


 そのような体を持つドラゴンなんて聞いたことも見たことも無い。世界というのは思っていた以上に広いようだ。


「では、今月分のお金を渡しておきますね。それとこれも食べてみてください」


「これは?」


「新大陸から伝わったもので、チョコレートというお菓子です。王都の貴族達の間で流行ってるんですよ」


 いかにも高そうな装飾の入った紙箱に丸く茶色いお菓子が均等に並んでおさまっている。不思議な質感でほのかに香ばしく甘そうな匂いがした。明日にでもライカと食べてみるとしよう。



 

 翌日、ライカといつもの遊び場に来ていた。馬上弓を構えたライカは真剣な表情で僕の合図を待っている。


「いくよ!」


「うん!」


 僕は手に持った四つのドングリを投げ上げる。ライカは空中のドングリに狙いをつけて次々と矢を放つ。四つのドングリのうち三つには空中で矢を当てることができたが四つ目は間に合わなかった。十分すぎるほどの精度と速度だと思う。


「ライカはやっぱりすごいな!」


「でも、四つ目は射てなかったから……」


「それを当てられるようになれば、国内随一の弓の名手を名乗れるよ」


「できるようになりたいなあ」


 燃えるような赤毛を揺らしながらライカは悔しがる。短く切りそろえた髪の左側にひとふさの三つ編みを編んでいる。おしゃれなのかと思いきや聞いてみると弓を射るのに邪魔にならないようにという理由だった。服装もこざっぱりとしているが動きやすさを重視したものをいつも選んでいる。


「あ、そうだお土産があるんだった」


「お土産?」


 僕は鞄から昨日もらった箱を取り出してライカに見せる。箱のなかには宝石のように美しくデコレートされたチョコレートが整然とならんでいる。


「なにこれ綺麗……、こんなのが本当にお菓子なの?」


「そうだよ。チョコレートっていうお菓子で王都で流行ってるらしいんだよ」


 ライカは目を輝かせてチョコレートを見ていて、早く食べてみたくて仕方がないようだ。僕も初めて食べるのでどんな味がするのか楽しみになってくる。


「美味しいのかな?見た目はとても綺麗だけど」


「リタも美味しいって言ってたから、かなり美味しいはずだよ」


「リタって誰?女の子よね?」


「前に話したカウフマンさんの娘さんだよ。魔法を教えてる」


「そんな子が居るなんて聞いてないんだけど――」


 ライカの口にとりあえずチョコレートを押し込み、ついでに僕も一つ食べる。口の中に少しの苦みとそれ以上の甘さが広がる。


「ふにゃあああ……おいしぃ……」


「本当に美味しいな。ライカもう一個たべる?」


「うん!」


 口を大きく開けて待っているライカにもう一つチョコレートを食べさせる。さきほどの物とはデザインが違っているから味も違っているのかもしれない。


「こっちもおいしぃ!」


 やはり味が違っていたようで、ライカは早くも次のチョコレートを食べたそうにしている。また別のデザインのものを食べさせてあげるのだけど、なんだか小鳥に餌をあげる親鳥の気分になってくる。結局、残りのチョコレートすべて食べさせ終わるまで大した時間はかからなかった。


「美味しかったあ。もうないの?」


「他にはもうないなあ。また今度ね」


 少し残念そうな顔をするライカをなだめる。すぐにライカはぱっと明るい表情を見せる。


「ねえレオ君、この後どうする?」


「うーん、明日には父さんも戻ってくるだろうから野兎でも獲りにいこうかなあ」


「じゃあ、今日もまたどっちが沢山獲れるか競争だね」


 ライカと狩りに行くときは大体競争形式になる。僕は魔法で、ライカは弓で、最終的にどちらが多く獲ったかで勝負するのだ。始めたころはかなり手抜きしてても僕の勝ちばかりだったのだけど、最近はライカの弓もかなり上達していて五回に一回は負けることがある。狙いの正確さと速さという点ではライカの弓は既に達人の領域に達しようとしていた。


 いつもの遊び場から野兎が多く住んでいる山の方へと移動しようとしようと準備をしていると、遠くからライカの祖父が走ってくるのが見えた。ただならぬ様子に僕とライカもお爺さんに向かって駆け出す。走ってきたライカの祖父は息を切らせながら叫んだ。


「レオニード!君のお父さんが――」

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