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市場の聖者

 数えてみると革袋には金貨が五十枚入っていた。金貨か……。集落では何かを貰ったら何かをあげるという物々交換ばかりだし、村で手に入らないものはまとめて代表が買いに行くからお金を使う機会はこれまでなかった。両親に渡すというのも考えたけど、どうやって手に入れたのか聞かれると面倒だ。


 うん、ライカにお菓子でも買って残りはぼくが王都の学校へ行くときにでももっていけばいいか。このあたりの地図は頭に入っている。市場のある街までは普通に歩けば半日以上かかるが、強化魔法を使えばすぐにたどり着ける。夕方には帰ってこれるはずだし早速行こう。


 市場という場所には初めて来たが人が、ものすごく多くて活気にあふれている。物売りの客を呼ぶ声や買い物を楽しむ人たちの声でやかましいくらいだ。ぱっと見える範囲だけでもぼくたちの集落全員よりも沢山の人が居る。これだけの数の店が出ていれば、ライカへのお土産になるお菓子も見つかるだろう。


 市場をうろうろと見て回っていると、りんご飴を売っている屋台を見つけることができた。飴もリンゴも好きなライカの事だから、好きなものが二つも入っているりんご飴ならきっと喜ぶだろう。せっせとりんご飴を作っている派手なおばさんに注文する。


「りんご飴を一つ」


「あいよ」


 収納魔法をかけてある鞄から金貨を一枚取り出しておばさんに手渡そうとする。金貨を見たおばさんはみるみるうちに表情を変える。


「小銅貨四枚だよ。そんな玩具おもちゃじゃ売ってあげられないね。仕事の邪魔だよ!さっさと消えな!」


 怒り始めた派手なおばさん追い払われてしまった。銅貨ってなんだよ。魔王だった頃の事を思い出してみるが白金貨と金貨はよく目にしたが銅貨なんてものは見た覚えがない。


 他の人たちが買い物をしている様子を見ると、取引の中心になるのは銅貨で銅貨も大中小あることが分かった。銅の重さで価値が決まるようだ。他にも銀貨というのもあるらしいけど相当に高価らしくほとんど使っている人はいない。


 金貨ではりんご飴を買えなかった以上は金貨よりも銅貨の方が価値が高いのは明らかだった。


 どうやら魔王として死んでから千年程の間に貨幣価値は大きく変わってしまっているようだった。銅貨を手に入れる為にはもっと金貨を集めないとダメってことだ。頑張るしかないな。


 市場に居てもすることも無いので帰ろうとしたその時騒ぎが起こった。商人風の男が小さな店から蹴りだされてくる。それに続いてチンピラ風の男が出てくる。


「期限はまだのはずですけど……」


「うるせえ!どうせ払えないんだからいつでも変わらねえだろ!」


「それでも約束は約束でございます。約束の日にもう一度来てくださいませ」


「ゴチャゴチャうるせえ!!」


 チンピラは商人風の男を力任せに殴りつけると、商人の手を取り指輪をあらぬ方向へと無理やり曲げる。


「ギャア」


「嫁さんも娘も可愛いんだから売り飛ばせばいいだろ?」


 もう一度殴りつけようとするチンピラの腕を掴む。この手の連中もいつまでたっても居なくならないんだな。


「なんだあ?ガキが」


 チンピラは振り払おうと力を入れるがそんな程度ではびくともしない。ぼくがさらに力を込めて握りしめると、チンピラは苦痛に顔をゆがめる。


「今日はもう帰ってくれますか?」


「わかった、わかったから離してくれっ」


 手を放してやると「覚えてやがれ」というありふれた捨て台詞ぜりふを残してチンピラは市場に消えて行った。


「ありがとうございます」


 商人風の男は礼を言いながら立ち上がろうとするが、怪我が痛むようでうまく立ち上がれないでいる。近くにいた人が手を貸して、店の奥へと運んでいき寝かせる。ぼくも商人風の男の近くに陣取って野次馬たちが帰るのを待つ。興味を失った野次馬たちが居なくなるのを見計らって男に回復魔法をかける。


「ヒーリング」


 ぼくのてのひらから淡い光が放たれる、男の傷をみるみるうちに癒していく。完全に折れていた指もすぐに元通りに戻った。


「大丈夫ですか?一体なにが……」


「実はあの男は金貸しに雇われてるんですが――」


 話によればこの商人の名前はジョージ・カウフマンで、仲の良かった商人仲間に騙され借金を背負わされたのだという。ぼくも自分の名前をカウフマンに教える。


「私はドナイシュタンの出身でして」


「商業都市ドナイシュタンだっけ?」


「ええ、私のもつドナイシュタン商業組合の権利が目当てで無理な取り立てをしてくるのです」


 商業都市ドナイシュタンは魔王だったころの記憶にある。どこの国にも属さない商業都市で金の力を背景に自律性を保っていた。昔と同じくドナイシュタンの商業組合に所属する商人は、各国で商売をする際に税などの優遇を受けられるのだろう。


「レオニードさん、飲み物をお持ちしました」


 カウフマンの奥さんらしき人が飲み物を出してくれる。レオニード・バルクホルンとしては初めての珈琲だった。


 カウフマンと奥さんは部屋の出口付近でひそひそと話し合っている。幾ら小声で話していても目と鼻の先である。聞くとは無しに会話が耳に入ってくる。


「でもあなた期限までになんとかなるの?」


「なんとかするしかないだろう……」


「金貨五枚もだなんて……」


 なんだ、たったの金貨五枚なのか。りんご飴すら買えない金額だというのにカウフマン一家は相当お金に困っているんだろう。袖すりあうも他生の縁というし助けてあげよう。


「カウフマンさん」


「はい、なんでしょう?」


 ぼくは収納魔法の掛けてある鞄から貴族に貰った革袋を取り出してカウフマンさんの手に乗せる。


「これは?」


「金貨が五十枚入っています。これで借金を返済して残りは商売の足しにしてください」


「!?」


 カウフマンは慌てた表情で革袋の口を開いて中を覗き込む。わなわなと手を震わせながら袋の口を閉じて顔をあげる。


「本当に金貨だ……」


「お客さんがきてるの?」


 かわいらしい声と共にぼくと同い年くらいの女の子が部屋に入ってきた。腰に届くほどのきれいな黒髪をツインテールにしている。どうやら目が見えないらしく手さぐりで歩いていたがつまづいて転びそうになったが、すぐにカウフマンが手を差し伸ばして抱きろめたおかげで転ばずにすんだ。


「お父さんありがとう」


「目が見えないんだから、気を付けないとダメじゃないか」


 やはり目が見えないらしいが、どうしてそのままにしているのだろう。黒髪で目が見えないと言えば理由は大体決まっているはずだけど。


「ちょっとごめんね」


 ぼくはその黒髪の子の顔を正面から見つめる。やはり想像通りだった。


「目見えないと不便だよね。いま治してあげるよ」


「え?ウチ見えるようになるん?」

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