人狼族
朝から釣りをしようと街道沿いの大きな川のあたりまで来ていた。釣り餌にするミミズに回復系の魔法をかけてから針につけて水面に落とす。ウキをじっとみながらさなかがかかるのを待つ。
魚がかからないまま下流に流されていく仕掛けを回収して上流側に投げなおす。山間部な事もあって川の流れが早いので意外と忙しい。ただそれを繰り返すだけだというのにこれが楽しくてしかない。魔王だったころには味わえなかったのんびりした生活にとてつもない満足感を感じている。
すっとウキが水中に引き込まれる。ほんの少し待って餌を完全に食べるのをまって合わせるんだけどダメ。剣や魔法と違って釣りをするのは初めてのせいでどうにも感覚を掴みきれないでいる。上手く釣りあげられる事もあるが、同じようにしてるつもりでも餌だけ取られてしまったりする。その絶妙な難しさがとても楽しくて釣りは大好きなのだ。
「うーん、朝からやってまだ五匹かあ……。夕食にするにはもう少し欲しいなあ」
お昼を過ぎて持ってきていたお弁当も食べ終わり、場所を移動しようかと考えていた時の事だった。兵士らしき武装をした遺体が上流から流れて来たのだ。
これは良くない。ぼくは素早く釣り道具を片付けると川沿いの街道を上流に向かって走り始めた。しばらく走ったところで七体の人狼が数台の馬車を取り囲んでいるのが見えた。
人狼達は小さいものでも三メテル(約三メートル)以上で大きいものだと五メテルくらいの大きさだ。記憶にある人狼というと、どんなに大きくてもせいぜい二メテルを超えるか超えないか位だった。記憶にある人狼と本当に同じ種族なのかと思うくらい大きさが違っている。
護衛と思われる兵士たちは武器を構えて馬車を守ろうとしているが難しいだろう。既に何人かはこと切れている様子で全滅するのも時間の問題だ。
このまま見過ごすわけにもいかないが、魔法を使うところを見られるのも困る。ぼくは外套をすっぽりと頭からかぶり口元を布で隠す。これなら小柄な大人の女性に見えない事もないはずだ。あとは声色と口調も変えておかないとな……。
「アイスランス!」
目の前に現れた四本の氷の槍は手前にいた二匹の人狼を正確に射抜く。他の人狼が異変に気付くより早く馬車にたどり着き、倒れている兵士の片手剣を拾い上げる。残り五体の中で一番大きな人狼がぼくを睨み付けて言う。
「下等な人間風情が我らの仲間をよくも……。不意打ちはもう聞かぬ、覚悟しろ」
話すとは聞いていたが実際に話している所を見るとやはり違和感がある。
「見なかったことにするのも、寝覚めが悪いからな。助太刀するぜ」
一番近くにいた人狼のひざを蹴って駆け上がりながら逆袈裟に斬り上げる。あまり切れ味が良い剣とは言えないが刃筋をきちんと立ててやればそれなりに斬れる。体が巨大なので一刀両断とはいかないが命を奪うには十分だ。人狼はそのまま倒れてすぐに動かなくなる。残り四匹。
「か、勝てるぞ!うおおおおおおおお!!!」
士気を取り戻した兵士たちが残りの人狼に突撃していく。けど、見るからに動きが悪い。対して人狼族のほうは二メテル以上ある大剣をまるで枯れ枝のように軽々と振り回している。兵士の一人が盾で人狼の攻撃を受けるが、盾ごと吹き飛ばされて馬車に激突する。死んではいないようだが後で治療するのが面倒だから大人しくしておいて欲しい。
「邪魔だ。大人しく下がって馬車を守ってろ」
兵士たちは我先にと馬車の方へ駆け戻り、武器を構えなおす。群れの中で一番大きな人狼に向かって突っ込む。人狼は剣で水平に薙ぎ払ってくるが大した速さではない。縄跳びの要領で飛び越えざまに人狼の右手首を斬り落とす。人狼の右腕は剣を握ったまま遠くへと飛んでいく。
「ギャアア」
「遅すぎるよ。お前」
少し離れた所にいた杖を持った人狼が魔法の詠唱を完了したようで、魔法を発動する力ある言葉を叫ぶ。
「ウィンド・ブレイド!!」
風によって発生した見えない刃が襲い掛かってくるが、それは片腕を失った人狼にとどめを刺すだけだった。
「馬鹿かよ。味方ごとやるつもりにしても雑過ぎる。風の魔法はこう使うんだよ」
その瞬間、杖を持った人狼は荒れ狂う風に包まれる。風がやんだ後にはズタズタに切り裂かれた人狼の肉片が残っているだけだ。
「ヒ、ヒィィィィィ」
残りの二匹の人狼は戦意を失って逃走を始める。だが、このまま逃がすつもりは毛頭ない。
「逃げられると思っているのか?」
逃げる二匹の人狼は雷の魔法に撃たれて倒れると、もう二度と動くことは無かった。
「うおおおお!!!人狼たちに勝ったぞ!俺たちの勝利だ!!!」
兵士たちが勝どきをあげる。何もしてないだろうとツッコミたい気持ちになるがぐっと我慢する。死を覚悟して戦っていたのだからはしゃぎたい気持ちはわからないでもないしな。
馬車の中からベルの音が聞こえたかと思うと、兵士たちは一斉に膝をついて臣下の礼をとる。どんな人物が降りてくるのかと見ていたら貴族本人ではなく執事服を着た初老の男が下りてきた。
「ありがとうございました。些少ではありますがお納めください」
ずっしりと重そうな革袋を取り出し、押し付ける様に渡してくる。
「別にお金は要らないんだけど」
「命の恩人を手ぶらで返したとあっては家名に傷がつきますので」
そういって強引に革袋を手渡すと、先を急ぐと言って馬車に乗り込んで立ち去って行った。いつの時代も貴族というのは横柄でつまらない体面を気にして生きているんだな。
街道に残っている人狼たちの魔石を拾い集めて道端の石にすわって眺める。大きさ的にあの人狼たちは四、五十年くらい生きていたのだろうとわかる。もしかしたらこいつらがライカの仇なのかもしれないし魔石に残っている記憶を読み解いていく。
「ふうん、脱走兵か」
先ほどの人狼たちは、巨人との戦争で乱戦になった際に軍から脱走した元兵士だという事が分かった。自分たちより弱い人間を狩っては食料等を手に入れていたらしい。かなりの悪党ではあるがライカの両親に関する記憶は持っていなかった。
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