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ライカの決意

 あれから二年経ってぼくは八歳になっていた。あれ以来人前で魔法を使わないように注意している。神敵だとかいわれて、わけのわからない理由で処刑されるなんてまっぴらごめんだしね。


 だからといって一切魔法を使っていない訳では無くて、山奥でこっそりとどの位の魔法まで使えるのか試してはいる。パニッシュメントもレトリビューションも問題なく発動したから魔法に関しては魔王だったころと変わりがない位になっていた。レトリビューションを試した時は山の形が変わっちゃって調査団とかまでやってきてバレないかひやひやした。


 魔法と言えば自信満々だった割にヘロヘロな火の玉を撃っていたダドリーだけど、あれでもやっぱり凄い魔法の才能を持っているという事になるらしい。ライカにも魔法を少し教えてみたのだけど一番簡単な薪に火をつけるような魔法ですら使えるようにはならなかった。ダドリーは少し前から王都の魔法学園に入学したので居ない。


 魔法を使える人が減ったせいで技術がどんどん失われていっているようだった。おかげでパニッシュメントやレトリビューションのような大規模破壊魔法はおとぎ話に出てくるほら話だと思われている。


「レオ君みてみて!」


 ライカは嬉しそうにぼくの前でくるっとターンしてみせる。炎のような赤毛も着古しているが清潔感は感じられる服装もいつもどおり。いつもと変わっているところは見当たらない。


「いつもと一緒じゃない?」


「ぶーっ、ちゃんと見てよね。これよこれ」


 そういってライカは弓をみせつけてくる。言われてみれば確かに昨日までの弓よりは一回り太くなっているように見える。


「たしかに、一回り大きくなったのか?」


「うん、背も伸びたしおじいちゃんが新しいの作ってくれたんだよ」


 ライカは嬉しそうに弓を引いて立て続けに四射して見せる。ライカの放った矢は遊び場に置きっぱなしになっている四か所の的を正確に射抜いていく。いや、一本だけ的からかなり離れた場所に刺さっている。的までは二十メテル(約二十メートル)はあるので外すのも仕方ない。


「一本はずしたな。ライカにしては珍しい」


「ぶーっ、外してないよ。よくみて」


 外していると思っていた一本を回収しにいくと、その矢は毒蛇の頭を見事に射抜いていた。矢を抜くとほぼ同時に毒蛇は小さな魔石を残して塵になって消えてしまった。小さな魔石も拾い上げて矢と一緒にライカに手渡す。


「毒蛇が居たんだな。さすがライカ」


「えへへー、もっと褒めて」


 実際ライカの弓の腕は半端ないレベルに達している。まだまだ子供で強い弓は引けないが技術だけなら達人の域に達していた。強い弓を引ける筋力が身に着けば両親の仇を取るために人狼族と戦う事も難しくないだろう。そしてそれはライカが弓を練習し続ける理由でもある。


「レオ君の魔法も見せてよ」


「昨日も見せたじゃないか。昨日と一緒だよ」


「いいの。見たいの」


「仕方ないなあ……」


 氷の矢が四本出現しライカが狙ったのと同じ的の中心を正確に射抜く。この程度の初級魔法なら完全無詠唱で楽に打てる。ライカは飽きもせずに毎日のようにこれをやらせるがいったい何の意味があるんだろうか。


「よく魔法を見せてくれっていうけど、これって結局なんの意味があるの?」


「戦いの練習だよ」


「ん?どういうこと?」


「レオ君の魔法より早く弓を射れるようになれば人狼族にも勝てるはずだから……」


 なるほど納得だ。人狼族といえば昔は人の姿をしているだけで知能のないただの魔獣だったのだけど、言葉どころか魔法まで使える個体も多くいる。そのうえ雄叫びを上げるくらいで力だけが取り柄の巨人族も同じように進化していて、人狼族と激しい領土争いをしているらしい。


 ライカは夢中で弓の練習を続けている。右手にまとめて持った矢を連続で放っていく。ライカが弓の練習を始めたころに、女の子だから速射と命中精度で勝負するのが良いとすすめのだ。ライカの上達は予想をはるかに上回る勢いで、今では三つまで数えるくらいの間に十発は打てるようになっている。


「ライカなら勇者パーティーにでも弓で参加できるだろうな」


「勇者って、あの伝説に出てくる勇者?」


「そう、その勇者」


「レオ君は魔王だったんだっけ」


「そう」


「ふうん……。じゃあライカは勇者がいいー」


 魔王も勇者も今は伝説上の存在になっていて、歴史上はぼくが最後の魔王という事になっている。色々とぼくが知っている世界とは様子が変わっている。ライカにはいきなり色々バレてたし魔王とか転生とかの話もしたんだけど全然信じている様子がない。


「その弓かしてみて」


「うん。いいよ」


「こうだったかな……」


 ぼくの放った矢は狙いを外れてあさっての方へ飛んでいく。昔配下にいた弓使いの言ってたことを思い出して試してみたくなったのだが、今のぼくにはまねできないという事が分かっただけだった。魔法で済むし弓を使う機会はなかったからな。

 ほくは再現するのは諦めてライカに弓を返す。ライカは目をぱちくりとさせて言う。


「なにがしたかったの……?」


「昔の部下が弓の名人だったのを思い出してね。彼の技を再現できるかな?って思ったんだけど……」


「どんな技?!」


 ライカがもの凄い勢いで食いついてきた。本当に弓に関する事には貪欲でちょっと怖い位だ。


「えっとね。矢をつがえる時に斜めになっちゃうと変な方向に飛ぶでしょ?」


「うん。最初はまっすぐ飛ばすのに苦労したもん」


「わざと斜めにすると矢が曲がって飛ぶんだけど、それを利用して物陰に隠れてる的に当てる技だよ」


 ライカはうんうんと考え込んでいたが「わかった!」と小さく言うと的とは違う方向を向いて矢を放つ。矢は曲線の軌道をたどって見事に的に命中した。


 そのうち出来る様になるかなとは思っていたけど、まささ聞いてすぐその場で再現して見せるとは思わなかった。ライカの才能は本当にすごい。


 遊び場のすぐ脇にある林から五匹のゴブリンが飛び出してきた。ゴブリンというのは小型の魔物で大人のゴブリンでも身長はライカと同じくらいにしかならない。昔は作物を荒らす鼠とかと同じ扱いで普通の農家のおっちゃんでも魔法でプチプチ倒していた。しかし、今はそれなりには怖れられる存在だ。


「レオ君ゴブリン!」


「どうも様子がおかしい。弓の準備をしておいて」


「うん……」


 ゴブリンはぼくとライカには目もくれずになにかから逃げるように一目散に走っていく。続いて林の中から飛び出してきたのは体長四メテルはあろうかという巨大な灰色熊だった。そのうえ手負いで狂暴化していた。どこかの冒険者が討伐の依頼を受けたはいいが倒し損ねたのだろう。


 このくらいなら魔法であっさり倒せるけど、折角だしここはライカの弓の練習相手になってもらおう。ぼくは腰のさやからいつも持ち歩いている作業用の鉈を引き抜いて構える。灰色熊もぼくを敵と認識したようで立ちあがって威嚇してくる。


「ライカ、ぼくが引き付けるから目を狙うんだよ。その弓でも目なら熊を倒せるから」


「う、うん。レオ君大丈夫なの?」


 さて、どうやって攻めるか悩ましい。今の身体能力でも灰色熊位なら一瞬で制圧できるけど、ライカには戦いの恐ろしさを体験しておいてほしいんだよなあ……。いざ人狼族と戦う時になめた戦い方をして返り討ちなんて事にはさせたくないし、ぼくが王都の学校へ行くときからは別の道を行くことになるわけだしね。


 考え事をしてる隙をついて灰色熊がその巨大な腕を振り下ろしてくる。掌だけでぼくの胴体くらいある巨大さでふつうの人ならもう死んでる攻撃だけど、ぼくを殺すには全然たりない。あっさりとかわすこともできるけど、あえてほっぺたの皮一枚だけひっかかれるくらいギリギリで躱す。


「きゃああああああ!!!レオ君が死んじゃう!!!!」


「落ち着こうライカ!!よく狙うんだよ」


 ちらりと様子を見るとライカは今にも泣きだしそうになってはいるが、弓をしっかりと構えて必死に熊を狙っている。八歳の少女にしては上出来以上だ。必殺の一撃を躱された灰色熊はもう一度攻撃するため隙を伺っている。


「つぎ、熊が殴ってきたときがチャンスだからね。絶対に外すんじゃないよ」


 ライカは返事はしない。気配でわかる、唇をぎゅと噛んでその瞬間を待っているのだ。


 ぼくはほんの少しだけ鉈を動かし隙をつくる。灰色熊はその隙を見逃さずに、今度こそ僕を殺すための一撃を繰り出してきた。


 熊の攻撃を軽々と躱したぼくは、灰色熊が完全に体勢が崩しているのを確認して言う。


「ライカ今だ!」


 ライカの放った矢は寸分たがわず灰色熊の黒目を打ち抜き、頭蓋骨の中でもっとももろ眼窩がんかを突き破り脳に到達する。


 どう、という大きな音を立てて倒れた灰色熊はそのまま動かなくなる。


「やったな、ライカ」


「うえええええええええええええん」


 緊張が解けたのだろうライカは大声で泣きながらぼくの方へ走ってくる。ちょっとやり過ぎたかもしれない。ぼくはライカを抱きとめて背中をさすってあげる。


「えっぐ……。レオ君が……、死んじゃうかと思った……」


「ライカの弓のおかげで大丈夫だよ」


 ライカがひとしきり泣いて落ち着いた頃には、倒した灰色熊の居た場所にはライカの射た矢と魔石だけが残っていた。


「結構大きい魔石だな。しまっておこう」


 ぼくは拾った魔石を収納魔法をかけた鞄に入れておく。


「あのねレオ君、わたしお父さんとお母さんのかたきがとりたかったの」


「うん、知ってるよ。人狼族でしょ、その時はぼくも本気で手伝ってあげるよ」


 ライカのおかげでなかなかに楽しい子供時代を送れているんだし、当然仇討ちは手伝うつもりだ。


「ちがうの。そうじゃなくて」


「どういうこと?」


「さっきレオ君が死んじゃうかもって思ったの。だからねわたしは仇討ちよりも、レオ君を守れるような弓使いになりたいの」


 ライカはこの日から今まで以上に一生懸命弓の練習をするようになった。

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