魔王城へ
「では、四人分の冒険者ギルド年会費、確かに頂きましたので手続きはこれで終了です。良い冒険を」
受付の女性がにこやかに出来たばかりのカードを手渡してくれる。ギルドカードは見るからに安っぽい羊皮紙に、やたらと手の込んだ印が押してある。これがあれば遺跡やダンジョンへの立ち入りと内部で見つけたアイテムの所有権が認められる。そのほかにも旅先での食料確保の為の狩猟や興行も認められる。
「ご自分の城に入るのに他人の許可が必要だなどと、わたくし納得ができかねます」
「それは仕方ないよ。僕が魔王本人ってわけじゃないし千年も放置してたわけだしね」
「それは、そのとおりでございますが……」
エクレアは納得しきれないようで、不満そうに頬をふくらませている。
「あと、必要なのは買い物くらいだね」
「ウチ値段交渉は得意やけど旅はしたことが無いから、何が必要かよくわからんわ」
大商人の一人娘らしくリタは値切り交渉が本当に上手い。普段はそこまで無茶な根切はしないが、吹っ掛けてくるような悪意のある相手にはかわいそうになるくらいえぐい値切りをしたりもする。
「わたしも王都までの旅だけだから、どんなものが必要になるのかよくわかんないや」
「わたくしにお任せくださいませ。だてに旅をし続けていたわけではございません」
必要な物資はエクレアに任せておけば間違いないはずだ。
「じゃあ、買い物はみんなに任せていいかな?」
「ああ、レオ君の楽器出来上がったの?」
「うん、先週中には完成してるはずだからね。折角だから旅に持っていきたいんだよ」
「そんなら、買い物の後にみんなで一緒に寄ればええんちゃうの?」
リタの言うことはもっともだけど、一緒にいっても結局は先に帰ってもらうことになる。
「いや、楽器の練習もしないといけないからね」
「そういうことでしたら、わたくしたちに買い物はお任せくださいませ」
「じゃあ、よろしくお願いするよ。夕食には間に合うように帰るから」
そういってみんなに手を振ると、僕は楽器工房のある道具屋横丁の方へと向かって歩き出す。もちろんいつも通り麦酒を途中で買い求めるのも忘れない。
楽器職人のオルグさんは麦酒の入った樽を渡すと上機嫌で樽を抱えて奥へと消えていく。それと入れ替わりに彼の娘のスピカが、巨大な胸をゆさゆさと揺らしながらやってきた。
スピカの身長は僕の肩まで程しかないが、ドワーフの女性としては平均的だ。彼女はその小柄な体に不釣り合いな大きさの楽器ケースを工房の隅から引っ張ってくると、「これがキミの楽器だよ」といって中身を見せてくれる。
「これが、僕の楽器……」
中には見事なハーディ・ガーディが入っている。キーボックスからペグボックスにかけて入っている彫刻は、何かの物語を表しているように見える。
「それ、昔のドヴェルグの王様の物語の彫刻だよ。いろんな魔法の道具を作った偉大な王さ」
スピカは無造作に後ろで束ねている栗色の髪がこぼれてくるのを鬱陶しそうに時々かきあげながら、彫刻の一つ一つを指さしてはどういうシーンなのかを説明してくれる。
説明が終わるといつも通りの厳しい練習が始まった。一時間もする頃には自分の楽器が完成した喜びも忘れてしまうくらいの厳しさだ。
「ストーップ!! キミ、そこは三連符だからターン、ターン、タタタだよ。ターン、ターン、タンタタになってるから!」
演奏でミスをするとスピカは遠慮なくストップさせる。この数時間の間に何度ここで止められたか数えきれない。この部分で何度もミスを続けている。頭では理解しているつもりなのだが、実際にやるのはとてつもなく難しいのだ。
「ごめん、なかなか難しくて……」
剣でも魔法でもこんなに苦労したことはなかったし、もしかしたら僕には音楽の才能がないのかもしれないと残念な気持ちになる。
「謝る必要はないよ。この曲は難しい曲だしね。それにキミは上達の早い方だからもっと自信もっていいよ」
スピカはそういって励ましてくれるが、これだけ失敗している最中に言われてもピンとこない。
「こんなに苦労してるのに早い方に入るの? 単に僕を励ますだけ言葉だよね?」
「早い方で間違いないよ、ここまで弾けるようになるのに半年以上かかるのが普通だから。キミなら呪歌もできるようになるかもね」
スピカはドワーフらしい人懐っこい笑顔をみせて早い方だと断言する。それは喜ばしいことではあるのだけど、それよりも気になることがあった。
「呪歌?」
「そっか、知らないのが普通だよね。ボクはドワーフだから余り得意じゃないけれど、見せてあげるよ」
スピカはいうが早いか楽器をかき鳴らして不思議な歌を歌い始める。楽器の旋律と歌に呼応するように魔力が導かれていくのがわかる。こんな方法で魔力を制御する魔法なんて今まで聞いたことがない。
「すごい……。音楽を使って魔力を誘導するなんて」
つぶやいた瞬間、演奏がストップして魔力は拡散してしまう。スピカは驚いたような表情を浮かべて僕の顔をまじまじと見つめる。が、すぐにニコニコと人懐っこいあ顔を見せて話しはじめる。
「キミは魔力の流れがわかるんだね。だったら練習次第ですぐに呪歌も使いこなせるようになるはずだよ」
「本当に? それは楽しみだな」
「でもそのためにはたとえキミでも、最低一年くらいは練習を頑張らないとだよ」
釘を刺されてしまった。中断した呪歌の効果が何だったのかをしりたかった僕は、スピカにお願いしてもう一度呪歌を聞かせてもらう。その歌は気分を高揚させて能力を引き出すという戦いの歌だった。そのほかにもいろんな効果のある歌があるらしい。
「じゃあ、今日はキリがいいからここまでにしよっか。来週はいつなら来られるのかな?」
「あー、ちょっと小旅行に出るんだよね。帰ってきたらまた挨拶に来るから、その時に決めるってことでいいかな?」
「へえ、うらやましいな。お土産期待してるからね」
家にたどり着くころには既に日は完全に落ちていた。部屋に一度戻るのも面倒だし、僕は楽器ケースをぶら下げたまま食堂に入る。それを目ざとく見つけたライカが話しかけてくる。
「楽器! 見せて見せて!」
ライカは最初の時に一緒に居たから、僕が買ったのがどんな楽器か知っているはずなんだけどな。リタとエクレアも興味があるらしく近くで楽器ケースを見ている。
楽器ケースについている地味だがつくりの良い留め金を、カチャリと音をたてて外すと蓋をもちあげてお披露目する。そこに入っているのはつい先ほどまで練習に使っていた楽器なのだけど、これが自分の楽器だと思うとどうしてもわくわくしてしまう。
「なんやそれ? けったいな形やな」
「ハーディ・ガーディでございますね。習得が難しいと聞きますが大丈夫なのでございますか?」
初めて見たリタの反応は当然だと思う。しかし、さすがのエクレアはハーディ・ガーディという楽器を知っていたようだ。
「うん、まだ一曲だけだけど演奏できるようになったよ」
「ほんと? レオ君聞かせてよ」
「うちも聞きたいわ」
「わたくしも聞かせていただきたく存じます」
僕はさっきまでスピカと練習していた曲をみんなに披露する。演奏が始まってすぐにエクレアの表情が変わる。そうなのだ、エクレアがあの時に踊っていた曲を最初に練習する曲に選んだのだ。所々失敗しながらも何とか演奏を終えると、エクレアが少しうるんだ声で言った。
「あの時の曲……、覚えていてくださったのですね」
「まだ、彼のように上手くは演奏できないけどね」
「十分でございます。わたくし短剣を取ってまいりますので、もう一度演奏していただいてよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
短剣を取って戻ってきたエクレアが踊り、僕が演奏をする。まだまだぎこちない演奏でエクレアには迷惑をかけているのだろうけど、それでも僕は心から楽しかった。
「レオ君、エクレアさんばっかりずるい! わたしもなにかしたいよ!」
「ええっ……、じゃあ、ライカは音楽に合わせて弓の曲射でもする?」
僕の提案を気に入ったようで、ライカはニコニコとしながら「どんな技がいんだろう?」とか言っている。それを見ていたリタが言う。
「うちかてなんかやりたいわ」
「じゃあ、リタはえーっと……。歌でもうたう?」
「なんでウチだけ子供の発表会やねん」
リタは頬をぷうっと膨らませてそっぽを向いてしまう。その様子をみた僕たちは誰からともなく笑いだしてしまう。最後にはリタも笑い出す。
明日からは魔王城へ向かう旅が始まる。
取り合えず今のところはここまでです。
個人的には思い入れもあるしかなり先の話までプロットは出来ているのですが、
他に書きたい話が沢山あるので、先にそちらに取り掛かろうと思います。




