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夏が来る

 後は期末試験を残すだけとなったリタは、今日も僕と中庭で魔法の練習をしている。かなり高度な魔法を覚えようとしているため、なかなか上手くいかなくて苦労している。


 リタだけでなくライカの弓術とエクレアの短剣術は、既に完成の域に入っていることもあって急成長は望めない。一番はかどっているのがライカの計算の勉強というような状況だ。


「参ったな……」


 今の状況ののままコンスタンティンの部隊と戦う事になれば、全員無事というわけにはいかないかもしれない。あまり考えたくはないがみんなを逃がす事も考慮しておいたほうが良いのだろうか。


 魔王城に置いてあった武器が手に入れば楽になるのだろうけど、いくら侵入防止の罠を隠し部屋とはいっても、千年もの間誰にも見つからずに残っているとは思えない。なにしろ今の魔王城は冒険者達に踏破されてしまっていて、今ではもう何も残ってないという噂だしね。


 僕が考え込んでいる間に疲れてしまったのか、リタは椅子に座って休んでいた。そろそろライカとエクレアの仕事が終わる時間も近づいているし、切り上げるにはちょうどいいだろう。


「今日はここまでにしようか。僕はライカとエクレアを迎えに行ってくるよ」


「あー、ウチも一緒についていく」


 王都もめっきり夏らしくなってきていて、大通りに植えられている木々にはピンクの花が咲き誇っている。王国では一般的な植物で、僕の故郷にも自然に生えていた。子供のころから見慣れた花のはずなのだけど、人の手を掛けて観賞用に育てているせいか花の密度が段違いに多く、全く別の植物かと思うほど美しい。


「凄いな、こんなに綺麗に咲くものなのか」


「うーん、これやとまだ五分咲きくらいやな。週末位がピークになるんやないかなあ」


 これだけ綺麗に咲いているのに、まだ五分咲きだというなら満開になればどれほどのものだろう。


「ウチほんまにレオには感謝してるんやで」


 リタが少し速足で隣に並びながら言う。考え事をしながら歩いていたせいでペースが速くなっていたらしい、リタに合わせるために少し歩みを緩める。


「急にどうしたの? なんか感謝されるような事したっけ?」


「目見えへんかったの治してもろたことや。それまでは花を見るどころか、まともに歩くのも大変やったからね」


「そんなのお礼を言われるほどの事じゃないよ」


 リタが急に立ち止まって僕腕をひく。立ち止まった僕の目をリタがじっと見つめる。あの時とは違ってリタの大きな黒い瞳にははっきりと僕が映っている。ふわりと花の香りがした。


「あのままやったらウチ目も見えへんまま売られてたかもしれへんのやもん。だからなウチはレオの――」


 しかし、リタは言葉を最後まで言い終える事は出来なかった。僕は脇道から現れた人物からリタを守る様に引き寄せたからだ。リタも気づいたのか少し震えているように感じる。


「こんなところで出会うなんて奇遇ですねえ。運命を感じでしまいますよねえ」


「白々しい事言っても駄目だよ。君たちの嗅覚で気づいてないわけがないからね」


 僕の言葉をきいて、コンスタンティンは嬉しそうに口角を上げる。


「偶然なのは本当ですよ。まあ、気づいてはいましたけどねえ」


「用が無いなら、僕たちは行かせてもらうよ」


 先を急ごうとする僕たちの前でコンスタンティンは大げさに腕をひろげて、とうせんぼのようなポーズで引き止める。


「そんなに急がなくてもいいじゃないですかねえ。ワタシとしては君たちとは仲良くしたんだけどねえ」


「ウチはごめんや!!」


 心底嫌そうな顔をするリタを見て、コンスタンティンは傷ついたような表情を浮かべる。


「なぜだか分かりませんが嫌われているようですねえ。どうすれば信じてもらえるのでしょうかねえ」


「うーん、じゃあ巨人の事を色々教えてもらえるかな?」


「わかりました、なんでも聞いてくさだい。ワタシの答えられる範囲なら何でも話しましょう」


 巨人社会でそれなりの地位にいるらしいコンスタンティンなら、僕の知らない事情を色々と知っているはずだ。完全に信用するなんて事は絶対にできないけど、嘘が混ざっているにしても色々と情報が得られる事には間違いない。


「君たち巨人の歴史を教えてもらえるかな?」


「そんなことですか。今から丁度千年ほど前に、今のワタシたちにつながる原初の巨人が生まれたのですねえ」


「なんや巨人は、急にどっかから沸いてきたんか?」


 リタのいう事にも一理ある。原初の巨人というのは一体どこから現れたというのだろう。


「まさか、それ以前はもっと体も小さく、言葉も理解できないような獣のようなものだったようですねえ」


「ふうん、急に群れの中に原初の巨人が生まれたんだ?」


「不思議な事ですが、実際そうなんですよねえ。人狼の連中も同じころに出てきましたからなにか関係があるのかもしれませんねえ?」


 人狼も昔とはかなり変わってたけど、同じころに急激に変化したというのか。確かにコンスタンティンの言う通り何か関連性があるのかもしれない。


「なるどどね。じゃあもう一つ質問してもいいかな?」


「どうぞどうぞ、答えられる事ならなんでも答えますよ」


「君が使っている人間に化ける魔法は誰でも使えるものなの?」


 巨人なら誰でも使えるような魔法なら、人間に化けた巨人がコンスタンティンのほかにも街中に潜伏している可能性がある。


「うーん、これは答えるべきか悩みますねえ。ネタバレになってしまいそうですし……。楽しみが減っちゃうと困りますしねえ……」


 コンスタンティンは考えをまとめているのか、ブツブツとなにかを呟いている。


「このくらいならいいでしょう。これはワタシだけのオリジナル魔法ですねえ」


 僕は内心驚きの声を上げる。オリジナルの魔法というのはそう簡単に作れるものではないからだ。コンスタンティンは思ってる以上の力をもっているのかもしれない。


「へえ、オリジナル魔法を作れるなんて優秀なんだ。自由な大きさになれるのかな?」


「そうですねえ。どんな大きさにだって変われますよ。それこそ豆粒サイズから山のような巨大な姿にまでね」


 褒めた事で気を良くしたのか、コンスタンティンは得意げに話す。


「ふうん。思ってたよりずいぶん便利な魔法なんだね」


「そうはいっても、大きくなっても強さは変わりませんけどねえ。小さくなると弱くなるのに上手くいかないもんですねえ」


 つまり小さくなっている今のコンスタンティンは、本来に比べて弱体化している状態だという事になる。なんとかここで倒してしまわないと本来の実力を発揮されると面倒だ。


「じゃあ、大きくなると目立っちゃうから、豆粒みたいに小さくなって見せてよ」


「見てみたいのですか? いいでしょう」


 コンスタンティンはそういうと、おもむろに呪文を唱え始める。呪文まで必要だなんて、想像以上に高度で複雑な術式のようだ。僕は呪文の内容を忘れないようにしっかりと耳に焼き付けておく。あとで解析すれば何かしらコンスタンティンを倒すためのヒントが見つかるかもしれない。


 呪文の詠唱が続きそろそろ発動するかと思われたその時、コンスタンティンは呪文の詠唱をピタリとやめる。


「おっと、騙されるところでした。さすがのワタシでも小さくなって弱くなったところを、一気に襲われるとどうしようもありませんからねえ」


「気づかれちゃったか。僕としてはここで倒しておきたかったんだけどね」


「残念や。ちっさくなったらウチが踏みつぶしたろと思ってたのに」


 リタは大げさになにかを踏みつぶすようなジェスチャーをして見せる。それを見ていたコンスタンティンは眉をひそめる。


「女の子がそんなことすると、下着が見えてしまいますねえ。はしたないって言われますよ」


「ウチの下着見ながら死ねるんやから本望やろ。踏まれとき?」


 コンスタンティンはおどけた様子でリタと距離をとると、僕たちに向かって大げさに一礼する。


「まあ、これ以上話すと楽しみが減ってしまいそうですねえ。今日の所はこのくらいで帰るとしましょう。次こそ仲良くなれるといいんですけどねえ」


 コンスタンティンはそう言い残すと、学園の寮のある方向へと歩いて行った。


 コンスタンティンの部隊というのがどれほどのものか分からないが、一体一体があの時の一つ目の巨人(サイクロプス)より強いとすると、苦戦するのは間違いないだろう。やっぱりあの場所がまだ荒らされていない事に期待して行ってみた方がいいのかな。


 ライカとエクレアに先ほどの話をしている時だった。エクレアが急にぼうっとして立ち止まる。心配して様子をうかがう僕たちにエクレアはゆっくりと口を開く。


「レオニード様、魔王城にいったい何があるのでございましょうか?」


「うん? どうしたの急に?」


「いえ、今は廃墟になっている魔王城に行く必要があると、託宣がございましたので……」


 エクレアの託宣なら信頼できる。魔王城にはまだ、レーヴァテインをはじめとした魔王のコレクションが残ってるという事で間違いないのだろう。


「なるほど、これは魔王城へでかけるしかないね」


 僕たちの旧魔王城行きが決まった瞬間だった。リタが夏季休暇に入ったらすぐに旅立つとしよう。そうすれば長めに見積もっても、入学試験までには余裕をもって戻ってこれるはずだ。

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