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学園見学

  いよいよ明日は学園が見学者に解放される日だ。それが終わればリタは九月まで続く長い夏休みになり、八月の中旬には入園試験が行われる事になる。だから今日はいつもよりも早めにベッドにはいった。


「明日見学来るんやろ? ウチはクラスの代表で魔法の実演みせるから見逃さんといてよ」


「分かってるから。ちゃんと見に行くから」


 夕食前からうんざりする位繰り返されているやり取りだ。もう何度目になるのか数える気にもならない。


「リタちゃん、その話何度目よ」


「そう繰り返されると、わたくしの耳にまでタコができてしまいます」


 ライカとエクレアも聞き飽きているらしい。


「ライカはもう計算できるようになった?」


「大体できるようになったけど……」


「けど?」


「ライカさん、今日お客様にお渡しするお釣りの計算を、間違えていたではありませんか」


 ライカが答えるより早く、エクレアが代わりに答える。前よりは随分と出来るようになったようだが、まだまだ計算は苦手なようだ。


「う……。だって六の掛け算むずかしぃ……」


 ライカは叱られた犬のようにしょんぼりしている。でも、六は特別な数だし、一番最初の完全な数だから出来るようになってほしいな。


「六の段以外は大丈夫なの?」


「あとは七もちょっと……」


「六と七だけ?」


「八と九もじつは……」


「ほとんどあかんのやないかい!」


 僕とライカのやり取りを聞いていたリタがツッコミを入れる。僕もツッコもうと思っていたけど今日もリタに負けてしまった。ツッコミの鋭さでは僕はリタの足もとにも及ばない。


「まだ入園試験まで二か月くらいあるから、ゆっくり覚えて行けばいいよ」


 そのあとお互いに今日あった出来事を色々と話す。ライカとエクレアが出会った変なお客さんの話や、カウフマンさんの所で取り扱った異国の商品の話。リタの学園での話。最近は眠る前にこうやって色々と話すのが日課になっていて、話しているうちに誰からともなく眠ってしまうというのが習慣になっている。


 昼近い時間から始まった学園の見学会では、普段の授業の様子や、士官科・魔法科・普通科・商業科の各学科の特徴や特典などが説明されていく。


 士官科の生徒は模擬戦闘を見せていたし、普通科の生徒は国の政治について熱く語っていた。商業科の生徒は模擬店を出していて、僕たちは異国の料理だと売っていたウドンというものを食べたりした。


 もちろん約束通りリタの魔法も見た。内容は魔法教師がアイスランスで一つの的を打ち抜いたあと、生徒たちが順に同じように的を打ち抜いていくという流れだった。のだけど、張り切ったリタが雷の範囲魔法で全ての的を打ち砕いて一瞬で終わってしまった。そのあとリタは魔法教師に引っ張られていったので、今頃は説教されている事だろう。


「リタちゃん凄かったね。最初に説明してた先生より凄い魔法使ってたよ」


「リタの魔力はなかなか大したものだからね。あそこにいた人たちの中でもずば抜けているよ」


「さようでございますね。リタ様程の魔力をもった方となると、ここ数百年の間でもほとんど見かけませんでした」


 その時グレーの髪に氷のような青い瞳の青年が僕たちにむかって近づいてくる。風体からして学園の生徒のようだが、僕は違和感を感じて足を止めた。違和感の正体を探っていると、突然彼は僕たちに向かって強烈な殺気を放った。


「見つけた。キミがあの時の術者ですね」


 僕は思わず飛びずさり、剣の柄に手を伸ばして今日は学園見学の為に帯剣していないということを思い出す。エクレアとライカも同じように身構えている。


「おっと、そんなに警戒しないでください」


 言い残して一瞬で間合いを詰めてライカの腕をつかむと、顔を近づけて犬のように鼻をつかう。ライカは全く反応できずにされるがままになっている。


「この子の匂いも矢尻に残っていました。間違いないみたいですね」


 この男人間の姿に化けているが間違いなく巨人族だ。それもあの時の一つ目巨人(サイクロプス)などより数倍は強い。


「ライカを離せ。あれをやったのは僕だからね」


 彼はライカの手を離すと両手を上げてみせると、おどけたような口調で言う。


「勘違いしないでください。ワタシは君たちと敵対したいわけじゃない。むしろ仲良くしたいくらいです」


「どういうことなのか説明してもらおうかな?」


 僕はライカを後ろに誘導して安全を確保する。視線は彼から離さない。いざとなったら相打ちにしてでもライカとエクレアだけは逃がすつもりでいる。


「君たちは、巨人族の恨みを買っている事は理解してますよね?」


「逆恨みだと思うけどね」


 彼は僕の警戒心を解くつもりなのか、笑顔を貼り付けたままゆっくりと後ずさっていく。


「その通りです。でも巨人族が恨んでいる事には変わりないです。エサの分際で生意気だとね」


「餌だって? 聞き捨てならないな」


「一般論です。ワタシは人間を食べるのは嫌いなんです。美味しいとは思えませんから」


 僕の後ろからライカが叫ぶ。


「そんなのニンジンが嫌いとかいうのとかわらないじゃない!」


「でも、ニンジンと友達になるためには、ワタシは食べないって事は重要だと思いますよ?」


 彼はライカに答えると、僕に視線を向けなおす。対するライカは黙って睨み付けている。


「話がそれてしまいました。ワタシは君たちの事を気に入っているんです。巨人の軍団をあっさり壊滅させられる人間なんてまず居ませんから――」


 言葉を切った彼は、楽団を率いる指揮者のような動きで両手を上げる。


「だから、君たちにはチャンスをあげようと思っているんです。逃げるか戦うか。ワタシは手を出すつもりは無いけど、ワタシの部隊の連中は殺したくてウズウズしてますから」


「どういうことかな?」


「あなた達は学園に入学しようとしているのでしょう? 入学式くらいまでは猶予をあげます。つまりそれ以降になればワタシの部隊が君たちを襲うという事です。その前に姿をくらますもよし、巨人族が誇る精鋭部隊を相手に戦うもよし」


「なるほどね。でも、どうしてそんなことをするのかな?」


「君たちの事を気に入ってるというのは本当です。生かしておいた方が色々と楽しそうですから。楽しいという事は重要です」


 この男は、たったそれだけの理由で仲間を売ろうというのだろうか。理由に納得できないでいると、彼は思い出したように言葉を続ける。


「それともう一つ、上の連中には飽き飽きなのです、自分たちはなにもしないのに命令ばかりして。だから、ここで死んだことにしておきたいのです」


「レオー! ウチの活躍ちゃんと見てくれたかー?」


 リタが手を振りながらこちらに駆けてくるのが見える。


「あらら、リタさんも来てしまいましたか。今日はここまでにしておきましょう」


 それだけ言うと彼は背中を見せて校舎の方へと向かって歩いて行ってしまう。それと入れ替わるようにリタが僕たちの所へとたどり着く。


「なあレオ、あいつと知り合いなんか?」


 駆けてきたリタが息を弾ませながら聞いてくる。


「いや知り合いじゃないよ。彼の事で知ってることを教えてくれるかな?」

 

「あいつの名前は、コンスタンティン・ルガンスキーっていうんや。本気出せば学年主席とれるはずなんやけど、いつも一か所手を抜いて主席には絶対にならんのや」


「えー、なんでそんなことするんだろ?」


 ライカが不思議そうに言う。


「主席なんて面倒が増えるだけや言うてたわ。そのくせ毎回手を抜いたところ以外はトップの成績をとって、自分が一番アピールするようないけすかん奴や」


 コンスタンティンね。本名かどうかもわからないけど、面倒な事になったのだけは間違いない。

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