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休日 二

 楽器工房を出た僕たちはそのまま道具屋横丁をブラブラと歩く、そこかしこにある工房からは槌音やのこぎりを使う音など、様々な音が聞こえてくる。職人向けの店には何に使うのか想像もつかない道具や、見たことも無い色つやで輝く動物の皮などの不思議なものがそこかしこに並んで居て、まるでおとぎ話の世界に迷い込んだような気分になってくる。


「次はどこへ行こうか? ライカは行きたいところある?」


「特にこれといってないけど、おなかが空いてきたかな」


「じゃあ、何か食べにいこうか」


「港の方の露店がいい。面白い食べ物も多いし」


 港に向かう大通りには異国帰りの船乗りが始めた露店もあって、中央大陸にはない変わった料理を出している店も多い。また、旅商人の店もまた多く、入れ替わりも激しいので来るたびに様子が全く変わっている。平日なので仕事で行き交う人が多く、三十メテル(約三十メートル)先に何があるのかもわからないくらいに混雑している。


 田舎育ちで人混みに慣れていなかったはずのライカはここ二か月ほどで完全に慣れたようで、すり抜けるようにして器用に進んでいくのだが、それに比べて僕は混雑しているのが好きになれなくてライカの後をついていくのが精一杯だ。


「レオ君! あれ! あれを食べてみようよ」


 ライカの指さす先にある露店には何人か人が並んで居て、巨大な蒸し器の前で料理が出来上がるのを待っているようだった。僕とライカも続けて並ぶ。店の看板には『肉まんじゅう』という文字と白い蒸しパンのような絵が描かれている。よく見ると価格表に東の国で一般的に食べられている肉入りの蒸しパンです。という説明が書かれていた。


「肉まんじゅうだって。わたしは初めてだけど、レオ君は食べた事ある?」


「いや、僕も初めてだよ」


 蒸しあがった肉まんじゅうはこぶしよりも大きく、アツアツと湯気を立てていて、見るからにおいしそうだった。僕とライカは三つずつ買って、店の脇に置いてある椅子に座ってその場でかぶりつく。肉まんじゅうの中にはひき肉と野菜が詰まっていて、口の中に濃厚な肉汁があふれ出してくる。僕のとなりで、ライカもはふはふと口の中を冷ましながら、凄い勢いで肉まんじゅうを食べている。


「おいしい!」


「僕の一個あげようか?」


「ほんと? いいの?」


 まだお昼を少し過ぎた時間だったので、時間をかけてゆっくりとライカと二人で露店を見て回る。この辺りは本当にいつ来ても新しい驚きに溢れていて飽きることがない。混雑してなければ最高なんだけどね。


 変わった服を着た男性が西国風のコーヒーを出している露店があった。これは飲んでみるしかないと、店に立ち寄って早速注文する。ライカはコーヒーの気分では無かったらしく、もう一つのおすすめであるアイランというミルクから作った飲み物を頼んだ。


 細引にしたコーヒー豆と砂糖を同じ分量水に入れ、それを煮立てて上澄みを飲むのだけど。濃厚なコーヒー豆の風味を味わえてこれはこれでなかなか美味しい。この方法でコーヒーを淹れて、例の魔法でカスを取り除けば飲みやすくて美味しいコーヒーになるかもしれない。


「うへえ……。なにこれ酸っぱいし、しょっぱい……」


「美味しくなかったの?」


「レオ君も飲んでみれば分かるよ」


 そういってライカは白い液体の入ったカップを僕に押し付けてくるのだが、中身は殆ど減っていないのが見て取れる。一口飲んでそれっきりらしい。


「こっちのコーヒーは美味しかったよ。カスを舞い上げないように気を付けて飲んでね」


 代わりにコーヒーを差し出してアイランとやらを飲んでみる事にする。ライカの反応からかなり覚悟をしていたのだけど、実際には意外と飲みやすい発酵乳だった。


「僕はこれもわりと好きだよ」


「じゃあ残すのも悪いから、レオ君が全部のんでいいよ。わたしはコーヒー飲むから」


 そういってライカはコーヒーを飲んでいく。まあ淹れ方は分かったしアイランは苦手みたいだし仕方ないか。諦めて飲むのだけどこれはこれで美味しかった。


 楽器工房の事を教えてくれた吟遊詩人に、お礼を言おうと思っていたのだけど彼は居なかった。他の大道芸人に聞いたところによると、既にどこか別の土地へと旅立っていったらしい。


「レオ君、あそこにアクセサリーを売ってるお店があるよ」


「ちょっと見てみようか」


 その露店にはなかなか繊細な銀細工の施されたペンダントやリングが並んでいた。


「この羽のとか、狩をするライカに似合うと思うよ」


「ほんとう?」


 銀で出来た羽には細かな毛彫りが施されていて、鷹の羽だろうか繊細な中にも力強さを感じるデザインになっている。


「うん、僕が買ってあげようか?」


「いいの? ありがとう」


 この露店の店主はなかなかの腕前らしく、ほかのアクセサリーも素晴らしい出来栄えだった。これならお土産にしてもリタもエクレアも喜んでくれるだろう。魔法文字をかたどったものはリタに似合いそうだし、こっちの短剣型の物はエクレアによさそうに見える。


「こっちのはエクレアに似合いそうだな。リタにはこれかなあ……」


「え? リタちゃんとエクレアちゃんの分も買うの?」


「うん。お土産買って帰るって言ってあるし」


「あー、えーっとお土産ならさっきの肉まんじゅうのほうがいいんじゃないかな? 珍しいし蒸す前のも売ってたから蒸したてを食べられるし!」


 アクセサリーの方がいいような気がするけど、確かに肉まんじゅうも美味しかったからなあ。


「うーん、どっちがいいんだろう? こっちの方が喜びそうな気もするけど」


「みんなで食べられるし、あっちの方が絶対にいいよ」


「ならそうしようか、じゃあペンダントの事はみんなに内緒だからね」


 時間的もそろそろリタが学園から帰ってくる時間が近づいてきていたので、僕とライカは蒸す前の肉まんじゅうを買って帰る。蒸し方のコツなどを聞いてみたのだが特に注意する点などは無く、表面のつやで蒸しあがりを判断すればいいらしかった。


 家に戻りライカとリタに肉まんじゅうを任せて、エクレアを迎えに行く。いくら治安がいい王都でも暗くなってから女の子が一人で歩くのは良くないからね。


「レオニード様、わざわざ迎えに来てくださったのですか?」


「うん? いつも迎えに来てるけど?」


「いつもライカ様を迎えに来ているのだと思っておりました。わたくしは一人になれておりますので」


 そういえば大体いつも休みが重なる事が多くて、エクレアだけを迎えに来たのは初めてだったかもしれない。


「エクレアも女の子だからね。一人はやっぱり危ないよ」


 帰りながらエクレアに肉まんじゅう職人が、あっという間にあんを包んでいく手際の良さはすごくて、見る見るうちに大量の肉まんじゅうが完成していくのは圧巻だったという話をする。


 突然、並んで歩いていたエクレアが僕の腕に抱きついてきた。僕と殆ど身長が変わらないこともあって直ぐ近くにエクレアの紅い瞳が見える。


「急にどうしたの?」


「わたくしは今、幸せなのでございます。魔王様が復活するという託宣をうけてより数百年ずっと待っておりましたから」


「そうか、長く待たせてしまったな」


 久しぶりにエクレアから魔王様と呼ばれたせいだろうか、口調が少し魔王のものに近い感じになってしまった。エクレアの瞳に見る見るうちに涙がたまっていく。


「数百年の間にも、楽しい事や嬉しい事は当然ございました。それらすべてを合わせも、今の一日分にもなりません。これからもお傍に置いて頂けるようお願いしたします」


 一口に数百年と言っても本当にいろんなことがあったのだろう。魔王という地位での数百年なら僕にも分かるけど、流浪の旅を続ける数百年だ。その苦労はとても言葉に表すことの出来るようなものではないだろう。


「もちろんだよ。エクレアが自分から離れる気になるまで居ていいよ」


「それでしたら、一生お傍に置いて頂くことになります。覚悟をしておいてくださいませ」


 家につくころにはエクレアはいつもの調子にもどっていて、肉まんじゅうを早く食べたいと歩みを速めるのだった。

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