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新しい朝

 息苦しさを感じて目を覚ますと目の間にライカに頭を抱えられていて、ちょうど胸に顔をうずめているような形になっていた。あまりの驚きに跳ね起きると、その動きでライカも目を覚ましたようで、半分寝ぼけたような表情を見せる。


「んぅ……。あ、レオ君おはよう」


「えっああ、うん。おはよう。じゃなくて!」


 色々とあった誤解は昨夜の話し合いで綺麗に解決して、ライカとエクレアは同室って事になったはずだ。なのにどうして僕のベッドにいるんだ。ライカは下着の上にキャミソールを着ただけという恰好をしていて目のやり場に困ってしまう。


「どうして僕のベッドにいるのか――」


 ライカに事情を聞こうと言いさしたところで、布団がもぞもぞと動いているのに気づく。慌てて布団をめくりあげると、今まさに寝間着のズボンを脱がそうとしていたエクレアと目が合う。


「えーっと、エクレアはそこで何をしてるのかな?」


「朝になりましたので、起きて頂こうかと」


 どうして二人とも僕のベッドに入り込んできていて、そのことに対して全く悪びれる様子がないのだろう。


「二人ともそこに正座!」


 僕の大声に驚いたのか、ぴょんとベッドの隅の方にライカとエクレアが並んで正座する。


「じゃあ、ライカはどうして僕の部屋にいるの?」


「夜中に目が覚めたらエクレアさんがレオ君の部屋に行くって言ってたから」


「別に一緒に来なくても、引き止めればいい話だよね?」


 ライカは両手の人差し指を胸の前でつんつんと合わせながら、ほんの少し不満そうに口をとがらせている。


「だって昔よくうちに泊まりに来た時には一緒に寝てたし、久しぶりだなあって」


 確かにそういう事もあったけど、魔王の記憶を取り戻す六歳より前の話だ。流石にこの歳で一緒に寝るっていうのは問題がある。


「それに、レオ君を追いかけて旅をしてるときはすっごい不安で全然眠れなかったし……」


 よく見るとライカの目の周りは赤く腫れが残っていて涙の跡があった。十四歳の女の子に一人旅は過酷だったのだろう。今日だけは大目にみてあげてもいいのかもしれない。


「じゃあエクレアは?」


「開錠魔法を使わせていただきました」


「いや……。手段を聞いてるんじゃなくてね?理由を聞きたいのだけど」


 エクレアは不思議そうに首を傾げる。その動きに合わせて綺麗な髪がさらさらと煌めく。


「メイドがご奉仕するのに理由などございません。当然のことでございます」


 メイドの仕事だと言いたいらしい。でも、どう考えてもメイドの仕事の範疇じゃない。


「とりあえず今朝みたいにズボンを脱がそうとしたりするのはやめてもらえるかな? 僕はメイドにそんな奉仕は求めていないんだから」


「気分を害してしまい申し訳ございません。二度と無断では致しませんのでお許しください」


 意外にもエクレアはあっさりと非を認めて両手をついて頭を下げる。こうなってしまうと僕は言う事が無くなってしまった。


「うーん……。 まあもういいや朝食を食べにいこうか」


 窓の外に目をやると既に陽が高くなりはじめていて、朝食のオーダーストップの時間が迫っているはずだ。急いでライカとエクレアを部屋から追い出して着替えを始める。


 部屋を引き払って一階の食堂で、なんとか間に合った朝食を食べる。トーストに目玉焼き、それにイノシシ肉のベーコンという簡単なメニューだった。少し奮発してコーヒーも頼んであった。


「このイノシシのベーコン美味しいね。獲った直後の処理が決め手だね」


 ライカが狩人らしい感想を言う。僕とエクレアはうなずいて同意をしめす。食堂で食事をとっているのは僕たち以外には数組しかいなくて殆どの客は既に出発した後のようだった。しかし、その数少ない宿泊客のあいだから「昨日の修羅場三人組だぞ」とか「仲直りしてる!あの子のテクニックは相当のものね」とか聞こえてくるが、僕は魔王として鍛えた鉄の精神力で聞こえなかったことにする。



 朝から時間を食ってしまったせいで、大手門へとたどり着いた時には既に、門番の検査を受けるための行列は結構な長さになってしまっていた。この様子だと街を出た後はかなり急がないと次の宿場町に着くのは夜になってしまうかもしれない。野宿の覚悟もしておいた方がよいかもしれない。


「あー、すっごい混んでるね。これは時間かかりそう」


「さようでございますね。やはりもっと朝早くから並ぶべきでございました」


 いや、君たちが僕の部屋に忍び込んできてたせいで遅くなったんだからね。僕にはもうツッコミを入れる元気もない。


「そういえばライカとエクレアは、王都に着いた後はどうするつもりなの?」


「どうする?って言われも、そんなの決まってるよ」


 二人は迷うことなく同時に言った。


「レオ君と一緒に生活するんだよ」

「レオニード様のお世話をさせていただきます」


 そうなんだろうなと思ってはいたけど、本当に二人とも王都についても一緒に居るつもりらしい。


「でも、僕は学園に入学して働きながら生活するから二人の面倒はみれないよ?」


「だからだよ!レオ君、一緒に住めば家賃も安上がりになるし。わたしも自分の分はちゃんと仕事するし」


「さようでございます。王都で流行っているというルームシェアをしたほうが賢いというものでございます」


 うーん、なんか二人に上手く乗せられてるような気がしないでもないけど、確かに家賃が三分の一になるのは魅力的な話だ。学費を稼ぎながら学園に通う生活の助けになることは間違いない。


「レオ君、エクレアに聞いたんだけど本当に昔の魔王だったんだね。わたしも何かあるのかなあ?」


 どうだろう。人の魂がどうなっているのか僕には分からない。もしかしたらみんな思い出せないだけで転生しているのかもしれない。


「どうだろう?もしかしたらそういう事もあるかもしれないね」


「わたくしは長く旅をしてきましたが、レオニード様以外にそういった例を存じ上げません」


 そういえば二人の女神も特別だというような事を言っていたな。あのときの祝福とやらは一体なんだったのだろう。謎は増える一方で解決するものが少ない。王都に行けば幾つかは解決するだろうか、もしかしたら更に謎が増えるだけかもしれないな。そんなことを考えているうちに順番が来たようで門番から声がかかる。


「つぎの人、荷物の中身を申告してください」

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