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エクレアは舞う

 商隊が去っていくのを見送る形になる。もう一度彼らに顔を合わせるのは気まずいし、商隊が十分に離れた所まで進むまで待つ間、時間を持て余すかたちになる。丁度良い場所が道端にあるし、少し早いが昼食をとることにしよう。


「少し早いけど、お昼にするね。パンとコーヒーくらいしかないけれど」


 僕は魔法で火を熾すと、鍋でお湯を沸かし始める。


「魔王様いけません。そのような事はわたくしがいたします」


「今は魔王じゃないからね。早く服を着ちゃいなよ」


 エクレアは取り戻した荷物から服を取り出して着ているが、淡いブルーの服は透明感のあるシルクのようで、先ほどまでの下着のような服装と大差ないように思える。アクセサリーの類を身に着けると、最後に左右の腰に短剣を吊り下げる。エクレアの他の持ち物は着替えが入る程度の鞄だけであった。着替えおわったエクレアにコーヒーとパンを手渡す。


「これが魔王様が淹れてくださったコーヒー……。 ハァハァ」


 僕はエクレアに聞きたいことがあったことを思い出した。巨人の事、人狼の事、それに魔族と人間が共存している理由など聞きたいことは山ほどある。昔は魔族と人間が通じ合うなどという事は絶対にありえず、ただただお互いを憎みあい殺しあう関係だったはずだ。


「エクレアに聞きたいことがあるのだけど」


「分かっております。わたくしはもちろん未通女(おぼこ)にございます」


 斜め上過ぎる返答に、コーヒーを吹き出しそうになる。


「ちょっとなに言ってるか分からないんだけど」


「この体を早速お試しになりたいというお話ですよね?」


 エクレアはマグカップを大切そうに脇におくと、先ほど着たばかりの服に手をかけて脱ごうとしはじめる。ダメだこの人全然話が通じていない。僕は慌てて大声で叫ぶ。


「ちがう!そうじゃない!!」


「では、どういったお話でございましょう?」


 僕は一番知りたかった魔族と人間との関係について聞いてみることにした。


「わたくしもそのあたりの事は一切分かりかねます。なにしろ七百年程の間封印されておりましたので」


「封印?」


 封印されるとは穏やかではない。刑罰の一つとして封印することはあるが、エクレアは一体どんな罪を犯したというのだろうか。封印されている間は意識はあるが、身動きもできず老いることもない。その精神的な苦痛はもちろん、封印が解けたときにも世界に一人取り残されているという残酷な刑罰だ。


「ええ、逆賊の宰相をその場で討ち取ったのですが、宰相の工作が隅々まで行き届いて居たようでして。わたくしが魔王様と宰相を暗殺した犯人だという事に――」


 魔王と宰相の暗殺という事なら封印刑になるのも理解できる。しかし、そうなるとやはり学園にある図書館で調べてみるしかなさそうだ。


「しかし、凄い偶然だな。千年もたってこんなところで出会うなんて」


「奴隷になれば再会できると託宣たくせんがございましたので……」


 託宣というのは予感のようなものだが、ただの予感とは違っていて必ず的中する。かなり珍しく強力な能力なのだが、知りたいことが分かるわけでは無いし、いつどのような託宣が下るかもわからない。


「つまりワザと奴隷になったって事?」


「その通りでございます」


 エクレアはそんなに昔を知っている人に会いたかったのだろうか。自分から奴隷になりたい人間なんているわけがない。さっさと奴隷から解放してあげようと思う。


「じゃあさっそく、奴隷紋を解除しようか」


 解除するために奴隷紋に触ろうとしたら避けられてしまった。場所が腰だからね、そんなところに触ろうとすれば恥ずかしがるのも仕方ない。


「ごめんね。でも、触らないと奴隷紋の解除ができないから……」


「お断りいたします!」


 きっぱりとした口調で断られてしまう。まだ未通女(おぼこ)だって言ってたし男に触れられるのが怖いのかな。やっぱりさっきのあれは、いわゆるヴァンパイアジョークというやつだったのだろう。


「そんなに僕に触られるのイヤ?」


「いいえ、お触りになりたいのでしたらこの体のどこでも何時間でもご堪能いただいて結構ですが――」


 ならば何がそんなにいやなのだというのだろうか。奴隷紋の解除だなんて主人としての権限を持っているから、失敗することない簡単な手続きなんだけど。


「――魔王様の奴隷というポジションを手放すのは絶対にイヤでございます!」


 斜め上だった。記憶によると目立たない大人しい子だったはずだけど、この千年の間にいったい何があったのだろう。なんにせよ奴隷紋は所有者と奴隷双方の同意がないと解除することができない。


「とにかく街へ急ごうか」


 荷物を片付けて街に向かって歩き始める。山道を登り切り下りに差し掛かった頃、見晴らしが良い場所に差し掛かった。これから向かう街のほかに王都らしき大都市も見える、その向こうには青々とした海が広がっていた。


「海だ」


「海は体がべとべと致しますし、髪も痛むので嫌いでございます」


「エクレアは海に行ったことがあるんだね」


 エクレアと色々と話しながら街を目指して歩き始める。そのほとんどは他愛のない内容だったが、人狼や巨人それに魔王と勇者といった話題もでる。言葉の端々《はしばし》からエクレアが並々ならぬ苦労してきたことが感じ取れた。



 目的の街にたどり着いた時には、既に陽が沈み始めていて空には赤みがさし始めていた。本当に今日は色々とあって魔王だったころを知っているエクレアに会う事もできた。でも、それもここまでだ。僕は学園に行かないといけないし、エクレアにもエクレアの人生がある。


「じゃあ僕は学園に行かないといけないから。奴隷紋を解除したくなったら王都にあるカウフマン商会を通して連絡してね」


「魔王様?わたくしはおそばを離れるつもりはございませんが……」


 託宣を受けたとはいえ、奴隷に身を落としてまで僕に会おうとしていたくらいだ。やっと会えた知り合いと離れるのは辛いのかもしれない。でも、自分の学費と生活費すらどうなる事か分からないのに面倒みてあげることなんてできない。


「でも、僕はそんなにお金を持ってるわけじゃないからね。学園に入学するのにもお金が必要だし働かないといけないから、エクレアの面倒まで見てあげることはできないよ」 


「お金でございますか……」


 エクレアは少し不思議そうな顔を見せた後、あたりを軽く見渡す。


「魔王様、ここで暫くお待ちくださいませ」


 そう言い残して歩いていったエクレアは吟遊詩人に話しかける。吟遊詩人はひとつうなずいたあと、手に持ったリュートをかき鳴らして音楽を奏で始める。南方風のリズムをもったとても情熱的な曲だった。突然始まった派手なメロディに、道行く人々は足をとめて何事かと様子をうかがい始める。


 エクレアは集まった人々に向かってお辞儀をすると、腰に下げていた二本の短剣を抜いて踊り始めた。


 エクレアはリュートの奏でるリズムに髪を躍らせて剣を振るう。夕陽を反射して煌めく短剣もエクレア美しさを引き立たせる小道具になっていた。時に激しく、時に穏やかにステップを踏み見るものを魅了していく。ぴたりと動きを止めて踊りが終わった時、見物人たちから割れんばかりの拍手が送られる。


 吟遊詩人が手にもった帽子を観客の方へと差し出すと一斉に小銭が投げ入れられる。拍手は吟遊詩人が観客の間を回る間響き続けていた。


「お待たせ致しました。路銀でございます」


 エクレアが差し出してきたお金は、宿に泊まって食事をするのに困らない金額だった。これで同行を断る理由は完全に無くなってしまった。


「凄いな……」


「路銀が心もとなくなるといつも、こうやって稼いでおります」


 僕はこんな芸はもってない。特技を持っているエクレアを少しうらやましく思ってしまう。


「魔王様も楽器を練習されてはいかがでございましょう?」


「楽器を?僕が?」


 エクレアの提案を聞いて、僕が音楽を奏でてエクレアが踊る姿を想像する。旅に出る時にはライカもついていくと言っていたから、ライカは弓の技を見せてもいいかもしれない。まだ見ぬ旅への期待が否応なしに盛り上がってしまった。


「それもいいかもしれないね。考えておくよ」

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