第一夜 マウストゥマウス
夢を見る。
毎日毎日同じ夢を…
いや、正確には同じじゃないな。
同じ世界、同じ人物ではあっても、毎回シチュエーションは違ってる。
時には険しい山に登り、そこに待ち受ける巨人を倒す
時には湖に潜り、その先にある古代都市の遺跡を探索する
時には灼熱の溶岩地帯を美女と二人で踏破し
時には俺の帰りを城で待つ、健気な姫を抱きしめる
そんな夢をここ数週間毎日夢に見る。
子供の頃憧れた、剣と魔法の世界で勇者として世界を旅し、美女と愛し合う。
そんな理想の世界だ。
そしてそんな夢の世界が、今や俺の生きる上での唯一の糧となってしまっている。
現実の俺には家族はいない。
友人はいるが、そのほとんどが結婚し、家庭を持っているため疎遠になりつつある。
今の俺の人生は、会社と家の往復がほぼ全てと言っていいだろう。
そんな夢も希望もない生活を送っているしがない30台のおっさん、それが俺だ。
いい年して冒険の夢見るとか恥ずかしい?
それは勿論分かってるさ。でも他に生きがいがないんだよ!!
誰に迷惑をかける訳でもなし、夢の中ぐらい好きに生きさせろよ!!
ああ、いかんいかん。俺はいったい誰に言い訳してるんだ?
恐らくは自分自身にだ。
おっさんになると体面ばかり気になってしまう。
自分を納得させるのにも理由が必要になる、そんな難しいお年頃だ。
年を取るって恐ろしい。
よし!こんな時はさっさと寝るに限る!いざ参ろう!甘美な夢の世界へ!!
夢の世界に行くために、俺は風呂にも入らず勢いよくベッドに潜り込み目を瞑る。
…
……
………今日もちゃんとあるよね?
なかったらおっさん泣いちゃうから…
そんな情けないことを考えながら俺は眠りに落ちていく。
▼
「勇者様…勇者様!……勇者様!!!!!」
「うわ!びっくりした!!急に耳元で大声出すなよ!」
「急ではありません!何度もお呼び致しました!」
「え?そ…そう?悪い悪い、ちょっとぼーっとしてたよ」
「勇者様、最近ぼーっとされることが多いですよ。ひょっとしてお疲れですか?」
「まあ、そうだな。所で今って何してるんだっけ?」
少年が信じられないというような目でこちらを凝視する。
そんな見つめんな、照れるじゃねーかよ。
「我々は姫様を救うべく、アルビダの船に乗り込んで来たのではありませんか!」
アルビダ?ああそういえば、昨日は姫様がアルビダに連れ去られたって報を受けた所で目が覚めたんだっけ?これはその続きか…
「すまんすまん、それで首尾の方は?」
「首尾も何も、手下は粗方片づけて後はこの奥に立て籠っているアルビダを倒すだけですよ」
少年が額を押さえながら大きなため息を吐く。
仮にも勇者様が相手なんだから、そういう失礼な行動はもう少し隠す努力しろよな。
ま、俺は器が大きいから許すけど。
先程から失礼な態度をとっている少年の名はポエリ・クワ何とかだ。
長いうえに覚えにくい名前だったので思い出せないが、下の名前だけ分かってりゃ十分だろう。
なにせ勇者様だしな!
少年は短髪の黒髪に黒い目をしていて、上半身は長袖のシャツの上に皮をなめした簡素な鎧を着こみ、下はズボンに、長時間はいていると臭くなりそうな皮のブーツを履いている。
きっと水虫に違いない。
因みに少年呼ばわりしているが、人類学的には雌に分類されてたりする。
つまりこう見えても女というわけだが、男にしか見えないため少年呼ばわりしているのだ。
化粧の一つでもすりゃ化けるのかもしれないが、してる所を見た事がない。本人が女を意識していない以上、別に無理に女扱いしなくてもいいだろう。
「それでどうしましょう」
「ん?突っ込みゃいいだろう?」
「駄目ですよ!姫様が人質に取られてるんですから!」
姫という単語を聞いて姫様の事を思い出す。
透き通るような白い肌、顔立ちは愛らしく、愁いを帯びた瞳はサファイアのような深い蒼色に輝いている。腰まで伸ばしたブロンドの髪はまるで……ん?まるでなんだ?
まあ要はあれだ、ブロンドの美女って事だ。
あれだけの美女を死なせるのは惜しい。
まあ仮に不細工だったとしても、姫様死なせたら勇者としての沽券にかかわるから、一応助けるけど。
俺は中の様子を確認すべくスキルを発動する。
サーチアイ!
すると壁が透けて仲が丸見えになる。
どうやらこの先は荷物倉庫だったらしく。いろいろな物が乱雑に転がっていた。
俺の部屋よりはまだましか。などと思いつつ部屋を見回すと、荷物の陰になるような位置にアルビダが身を潜めていた。
左手にしっかりと青いドレスを着た姫を抱え込み、右手のナイフで姫の喉元を押さえている。
やばい!やばいぞ!やばすぎる!!
余りの事態につい狼狽えてしまう。
アルビダめっちゃ美人やん!!!!!!
やっべ超好みだ。
吊り上がった切れ長の赤い瞳に、扇動的で色っぽいぷっくらとした真っ赤な唇。髪は長く、真っ赤なウェーブがかかっており、ボンキュッボンという言葉は彼女の為にあるのでは?と思える最高の体つきを包むのは、腰までスリットの入ったタイトな赤いドレスで、胸元は大きく開かれていた。
今まで生きてきた中で断トツ一位だ。
もはや姫様の事など微塵も頭になく、どうやってアルビダを捉えるふりをして、お触りするかしか考えていない。
よし!決めた!
「ポエリ、扉を開けろ。アルビダがお前に気を取られている隙に、透明化して近づいて取り押さえる」
「わ…分かりました…」
言われて少年が慎重に扉を開ける。
少年が動くよりも早く透明化していた俺は、音を立てずに素早く部屋に入り込む。
部屋に入り込んだ俺はジャンプして天井に張り付き、アルビダが隠れている物陰の真上に、かさかさと移動する。
なんかヤモリみたいだなとは思ったが、勇者もヤモリも大した違いはないだろうと、気にしない事にする。
!?
俺はある事実に驚愕する!
これは…ひょっとして…まさか…
ノノノノノノノ……ノーブラじゃねぇか!!!!!
余りの出来事に思わず混乱する。よもやこれほどの幸運が訪れようとは夢にも思わなかったからだ。
しかしこの位置からでは良く見えないな。
俺はアルビダの胸元を覗くべく、体と首を仰け反らせる。
極限まで仰け反ったが、あと一歩のところでぽっちに視線が届かない。
諦めればいいのに、欲張って更に仰け反った結果、俺は見事に手を滑らせアルビダ達の上に落っこちてしまった。
「いてててて」
落下の際、思いっきりアルビダの頭に頭突きをかましてしまったので、ずきずきと頭部が痛む。
周りを見渡すとレディー二人は少し離れた所で倒れていた。
落ちた際にラッキースケベでも起こるかと思ったが、アルビダと頭をぶつけたことで横に吹っ飛び、見事にフラグがへし折れてしまったようだ。
無念。
倒れているアルビダ達に近づき、頬をペチペチする。
よし!完全に気絶してるな。
アルビダに色々と尋問しなければ!という体で、マウスツーマウスによる蘇生を試みるが、ポエリに見事に邪魔をされる。
「何をしようとしてるんです?」
「ふむ、良い質問だ。アルビダを尋問するために蘇生をな。ほら、海で気絶したらマウスツーマウスが基本だろ」
「それは海で溺れた場合であって、ここは船の上ですよ」
信じられないぐらい汚いものを見るかのような目で、少年が此方を見つめてくる。
心なしか声も冷たい。
とてもじゃないが偉大な勇者様に対する態度とは到底思えん。
だが俺は寛大だから、お前のすべてを許そう!