第一話 自然
南雲弥生は地球で死に、所謂転生を果たした。しかし、転生を果たした場所は地球ではなく、この異世界だった。
「どこ、ここ?」
疑問しか浮かばない弥生の眼前には雄大かつ豊かな自然が広がっていた。どうやらここは崖のようだ、と弥生は考える。
崖下には非現実的な風景。自分は死んだという事実。そのことから弥生は答えを導き出す。
「天国なの?」
だが、それにしては、寂しい場所だ、と弥生は思う。月光と無数に輝く星の光だけが地面を照らしつけ、人工物や人工光は全く見えない。
ここが天国なら、きっと花が咲き乱れ、陽光が空から降り注ぎ、報われず死んでいった人々が笑って過しているはずだろう。だが、実際はどうだろう。
眼下に広がる深い森林は、苔と蔦が生茂り、月光が微かに降り注ぎ、報われず死んでいった骸が転がっているのだろう。
大きな偏見と共に、弥生は眼下に広がる樹林を睨むようにして見つめる。
――そろそろ、弥生には現実が見えてきた。
月光に照らされた夜の森を眼下に眺め、座り込む。
(これは紛れもない現実)
弥生は考える。
(こんな場所で生き抜く……だけど……できる。私なら)
半ば強い確信を込め、いや強い決意を込め、地球とは異なる世界――異世界を眺める。
非現実的な風景。昔、海外旅行に行った時に感じた疎外感。それに似たようなものを感じた弥生。
「聖也……」
弥生は愛しい人の名前を呟く。
彼と会うためまでは……と自分自身で鼓舞し、元気を取り戻す。
(人間は一人では生きれない……当たり前の理だよね)
ということは……、弥生は自身の中の答えに至る。
「人里……を見つけないと」
だが、こんな雄大な自然溢れる世界で、そもそも人がいるのすら怪しいと、弥生は自嘲する。
(轍《わだち》でも都合よく見つかればいいのだけどなぁ)
もしかしたら、火すらまともに扱えない原始人が洞窟暮らしをしているのかもしれない、と弥生はいよいよあり得ない考えに至ってきて、またまた自嘲した。
「今回は鳥の目じゃなくて、虫の目だね。校長もいいこと言うじゃんか」
昔、校長先生が朝会で語った鳥の目と虫の目の話。それを思い出して、懐かしむようにして笑う。
「さてと、じゃあ、流石にここに留まり続ける訳にもいかないし、移動しますか」
そう言って、崖下へ向けて、走り出した。鬱蒼とした森の中へ……
薄暗い森の中。鬱蒼とした木々が弥生の頭上を埋め尽くしているため、開けた場所でもない限り、美しい月光が木々の間から木漏れ日のように輝いているだけである。
弥生は地面を歩いてたが、木々の上からの方が早くないという考えに至り、軽く木に登った。
そこからは駆け抜けるだけであった。
地面を走っている速度と遜色なく、空中を疾駆する。そうして、見えてきたのが、湖である。
そこには都会では見ることのできなかったあり得ないような美しい風景が広がっていた。
そこは幻想的で、見る物を虜にするような場所だった。湖の水は透き通るような蒼であり、地面までくっきりと見ることができる。月光の加減によっては、瑠璃色に見えたり、薄緑色に見えたりと、美しさを加速させていた。
少し大きめな月が二つあるように錯覚させるように、湖面は夜空を反射している。青みがかった夜空と巨大な湖。水平線のように空との境界線を見失ってしまいそうである。
美しい湖面を眺めていると、ふと月光の光が弥生を湖面に映し出す。
そこにいたのは全くの別人――銀髪美少女だった。
眼は夜空のように透き通った綺麗な黒とスターサファイアのように美しい青い色。髪は白色――銀髪だった。
「何これ……?」
弥生は自分の髪を掬うようにして持って、眺める。黒い艶のある自慢の髪は、洗い落とされたように真っ白になっていた。
まるで自分が自分で無くなってしまったような寂寥感に襲われた弥生は思わず、夜空を見上げた。
数多の星たちは自分たちを主張するように激しく光っている。燃えるような赤い色だったり、冷気のような青白さだったりと、色はバラバラだが、どれもどれも輝いている。その中でも一切を引きつけないような魅力溢れる金色に光る月があった。
地球の月と比べては大きい月。重力比だの、その他諸々の理系チックなことを考えるのは無粋だろう。ただただ見る者を惹きつける魅力があった。
眼前に広がる風景のあまりの美しさに「はぁ」と弥生は思わず、溜息を吐いた。
宇宙の壮大さを表現するように輝き放つ、遠く離れた無数の星々を見た弥生。彼女は自分が抱いていた寂寥感が、とてもちっぽけなものだと思った。
陳腐な言葉だろう。だが、弥生は「宝石箱」のようと評した。
まるで「宝石箱」。開かれた瞬間に、無数の美しい「宝石」というの名の「自然」が広がる未知の世界。
弥生はそんな世界をもっと見てみたいのと願った。
「願うなら、聖也と一緒に……二人きりで、この世界をもっと」
弥生は思わず呟いていた。
それが叶うのは遠い未来だった。