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海を渡る二刀流  作者: 沢村俊介
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先輩のおかげで何とか方向性が見えてきた寺坂

「寺坂、どうした。おまえ、さっきからため息ばっかり吐いておるぞ」

 席についている寺坂が横を見上げると、そばに松尾主任が立っていた。

 寺坂は照れ笑いをする。自分はそんなにため息を吐いていたのだろうか?。

「どうだ、これ?」

 松尾に差し出されたものを見ると、それは小型のビデオカメラだった。

「これはな、スマホやタブレットなんかよりはるかに鮮明な画像が撮れるすぐれものなんだ。俺が会社の経費で購入した。これをおまえが持って行け」

 寺坂は不思議そうに、松尾の顔を見上げる。

「これで、宮本の練習風景やら、トレーナーの施術の模様を撮って、俺のパソコンに送れ」

 寺坂はニコッと笑った。文章で宮本選手のピッチングフォームを綴ることは自分にはむずかしい。さらに、右足首とか右肘とか、そういうかつて損傷したことのある患部の状態を文章で他者に伝達することはむずかしい。しかし、宮本選手とコミュニケーションを良くとり、宮本選手の了解を取ることができたなら、そういう撮影は許してもらえるかもしれない……。

「あと、パソコンも購入した。これもおまえがあちらに持っていけ。パソコンはちゃんとパスワードでないと勝手に入れないようにした。ともかくこれらは宮本専用の重要アイテムってことだな」

 そういうことが、そんなに重要なことなのか? 寺坂は不思議そうに松尾を見る。

「うちのオーナーはワンマンらしい。大胆なところがあるくせに、一方では心配症みたいところがあるそうだ。特に宮本のことに関しては神経質なほど気にかけておられるらしい。だから、特別に宮本には専属のマネージャーをつけたり、通訳をつけたりして向こうへ送り出すようにと、本社から細かい指示がある。このビデオで、宮本の元気な様子をオーナーに見せてみろ。オーナーはたぶん機嫌が良くなるだろう。オーナーのご機嫌取りのためかよなんて、おまえは思うだろうが。オーナーが元気になってくれれば、会社も発展していくってことよ」

 松尾主任の顔がほころんでいる。この人も単純な人だな、と寺坂は思う。でも、大きな荷物を背負わされて、気が重くなっていた寺坂だが、何となく、『重い荷物の一部を、たまには、俺が背負ってやる』と松尾先輩が言ってくれているように思われた。

 昼休みになった。寺坂は松尾主任と事務所を出た。少し遠いのだが、一膳めし屋に行く。

ここは、ご飯一杯が税込で100円。味噌汁が50円。おかずは一皿どれを取ってもやはり100円だった。寺坂は、ご飯とみそ汁、焼き塩鮭、ジャガイモのコロッケだった。松尾主任のトレイを見ると、おかずには、鯖の煮つけ、ハンバーグの二皿が載っていた。

 テーブル席での食事のあと、二人50円を払い、ドリップ式の機械からコーヒーを紙コップに落とし、それを窓際の席に持って行って飲む。

「先輩、色々と配慮していただいて、ありがとうございます」

 寺坂は、自らの海外派遣に伴い、高性能のビデオカメラやタブレット型パソコンを用意してくれた松尾先輩にお礼を言った。

「おまえは真面目だからな。しかし、あんまり肩に力を入れ過ぎてもいけんぞ。第一、向こうへ行っても、おそらくおまえの給料は、住居手当や海外派遣手当を含めても25万円くらいだろう。しかも、それから所得税や社会保険料を引かれるから手取りは20万円程度だ。無理をすることはない。じっくりとやることだ。まあ、おまえ一人で、給与の3倍の60万円くらいの収益はうちの会社にもたらしてくれんといけんがな」

「それで先輩としては、今どんな情報が欲しいですか?」

 寺坂は、真剣な顔つきで松尾に聞いている。

「まぁ、まずは宮本のフリーバッティング、ブルペンでのピッチングの様子かな?。おまえは、そういうのが生で、しかも無料で見れるんだからいいよな」

 松尾さんもほんと野球が好きだからな、と寺坂は思う。

「もっとも、それは先輩の個人的趣味じゃないですよね」

「あたりまえや。それは、即本社の秘書室長の許へ送るさ。すると、すぐにそれがオーナーの机のパソコンに行く手はずになっている」

「じゃ、それはオーナーの趣味のために、ということですか?」

「まぁ、俺はそう思うんだが。もっとも、本社の秘書室長は、そうは言われないらしい。うちの事務局長はな、あれで本社の秘書室長と懇意らしくてな。事務局長の話によると、秘書室長は電話なんかではよく『うちのオーナーは、実際心配性なんで実に困る。もっとも、周囲にそういう迷惑をかけることはかけるんだが、宮本選手が元気にプレーしているのを見ると、本当にオーナーの目が輝き、うれしさで頬がほころび、元気を出される。そういうトップの明るい前向きなバイタリティーは、会社経営にとって有形、無形の利益をもたらすと俺は思う』と言われているらしいぜ」

「へぇーっ、うちのオーナー、変わっていますね」

「まぁ、そうだな。もうちょっと野球のことは横に置いておいて、会社経営一筋に取り組んでもらいたいところだが……」

「そうでしょうね。社員としては、野球と会社経営の二足のわらじではなく、会社経営一本に絞ってもらいたいですものね」

「しかし、あのオーナーにすれば、野球という趣味を取られたら、何のための人生か、と思われるだろうが」

 寺坂は、それほどのめり込めるほどの趣味を持てる人がうらやましくもある。

「あと、おまえに頼みたいのは、各球場の様子だ。何か特徴的な設備があったら、ビデオに納めておいてくれ、球場整備の担当者の了解を得てだぞ。うちも新球場の建設を控えているからな、国内の球場の研究はもう進んでいるが。アメリカの球場の状況は、おまえが直接見て、いいと思うものはこちらに送れ」

 寺坂は松尾先輩の要望に頷いている。向こうへ行けば、色々と見ておかなくてはならないものがたくさんあるような気がする。例えば、球場の天然芝の管理だとか、向こうの球団事務所の広報部の人たちがファン・サービスのために、どんなことを考え、実行しているか、とか。

 宮本選手には専属通訳がつく。その通訳の人に全面的に頼るわけにはいかない。やはり英語はしゃべれた方がいいな、と寺坂は思った。(つづく)


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