30歳を超えたら何か人のために尽くしたい
寺坂は、北広島市から電車で札幌市の球団事務所に通っている。しかし、所詮臨時雇いだ。来年の3月末には辞めざるを得ない。かといって、来年4月以降の、新しい就職先はまだ決まっていない。もう今年も暮れる。後がない。やはり決めるべきことは決めなくてはならない。
12月12~13日、出張のため、事務局長の吉田は出張で、机には居なかった。12月14日にはこの職場に出られる。その時には、アメリカに行くかどうか、局長に返事をしなければ、と寺坂は考えている。
12月12日の夕食の時、寺坂は母に言った。
「おれ、今、アメリカに行かないかと誘われているんだが、どうだろう?」
「おまえが、行きたいのなら、そうしてもいいよ」
母の顔をじっと見る。母の表情に悲しさや困惑さは見られない。むしろ、明るくて、少し微笑んでいるようにも見えて、寺坂は救われたような気になる。母は55歳になるが、まだスーパーマーケットのレジ係でがんばっている。
寺坂の祖父は、昭和の初めの頃、広島県の呉市から北海道の「ひろしま」という村に移住していた。父は2年前に肝臓がんで亡くなった。それで寺坂は東京から郷里の北広島市から戻った。父親の3回忌が終るまでは、母の許に居たかった……。
「でも、これでまた、結婚が遅くなるね」
母親がぽつりと言った。
寺坂には東京の大学に進んだ。その学生時代から付き合っていた子がいた。しかし、別れた。理由は何という事はない。ただ、寺坂の心の中に、経済的な安定よりも、自分のやりたいことを自由にやっていきたいという気持ちが強かったのだと思う。しかし、彼女にはかわいそうなことをしてしまった、という気持ちを今も引きずっていて、新しい子との付き合いがはじめられないのかもしれないと、寺坂は思う。
「かあさん、わるいね、一人にして……」
「大丈夫だよ」
「臨時雇いなのに、上の人に認められたんだ。一年はがんばってみる。そしてだめなら、解雇してもらう。やるなら、そういう気持ちでやりたい」
「そうかい……」
母の顔は終始明るかったように思う。これなら、母を残してアメリカに渡ることも、可能かもしれない、と思う。
12月13日の朝、電車に乗る。駅の売店で買ったスポーツ紙を広げる。
すると、紙面には、うちの宮本選手が、この十月に右肘の治療をしていたことが書かれていた。それはどうやら、向こうのスポーツ新聞社の電子版に載っていたことを、日本のスポーツ紙が見つけ、それを今朝の紙面に掲載した模様だった。記事には、さらに、右肘の関節内に、大きさとしては、小さいながらも軟骨の遊離体が見られる、とも書いてあった。
寺坂は、こんなことは、個人情報に当たることであり、誰がこんなことを電子版の記事にしたのだろうと、怒りを覚えた。アメリカ社会は、民主的、合理的主義に満ちているはずだった。つまり、アメリカは訴訟社会とも言われており、それほど個人の権利は保障されている、と寺坂は思っていた。誰なのかはわからないが、アメリカの大リーグ関係者の中で、宮本選手が東海岸の大都市を選択せず、西海岸のロスアンゼルスよりは小さい都市に球場を持つ球団を選んだことに、やっかみを感じているのだろうかとすら、寺坂には思われた。
球団事務所に着いた。始業時まで、あと30分ある。自分の机の上のパソコンを開けた。そして、右腕の肘の構造図で、内側側副靭帯の位置を確かめた。肘の靭帯には、内側の靭帯のほかにも、外側側副靭帯があった。あえてこの二つの靭帯の違いを言えば、内側側副靭帯は、上腕骨と内側の尺骨をつないでいて、外側側副靭帯は上腕骨と外側の橈骨をつないでいる。そして、これら二つの靭帯は、肘関節がずれないよう、内から外からと、両側からしっかりとガードしていた。
このほかにも、橈骨と尺骨を陸橋のように上からつなぐ橈骨輪状靭帯があった。
そもそも、靭帯は、関節がぶれないように、左右、上下から関節を保護する役割を持っている。そういうしっかりとした靭帯のことだ、心配は要らないと寺坂は思った。それに内側側副靭帯の損傷といっても、ファースト・ステージのものだから、靱帯を構成する、たくさんの繊維のうちの何本かに、ひびが入ったという程度のものだろうと、寺坂は胸を撫で降ろした。
日本のスポーツ紙には、さらに、肘の関節内に、軟骨の小さな遊離体が見られたとあったが、寺坂がインターネットで調べたところに依ると、ある意味、その遊離体というのは、関節内の上側の骨と下側の骨との間にあって、上下の骨同士が直接ぶつからないよう、クッションの働きをする関節軟骨が、母床から剥がれ落ちて、できたものであるという。
さらに、遊離体においても剥がれ落ちた初期段階のものであれば、魚や鶏などの軟骨から抽出した成分の栄養補給で、補修・修復が可能であることを知った。つまり、剥がれ落ちて関節内で遊離している初期段階の軟骨のかけらは、まだ骨化して固まっておらず、それゆえに、関節軟骨の母床に吸い取られるものもあれば、老廃物としてリンパ腺や静脈を通り、さらに最終的には腎臓で処理されて、からだの外に尿などとして排出されるらしい。
提供される情報も、それを鵜呑みすると危険なことがある。情報を自分の知識や思考でもって消化する必要がある。寺坂は、ともかく、肘関節内の遊離体(=関節ねずみ)問題についても、自分の心の中で納得が得られ、『よし、これくらいなら、大丈夫だ』とつぶやいた。
昼になった。寺坂は総務課で予算担当をしている松尾主任に、「飯でも食いに行くか」と声を掛けられ、外に出た。
松尾主任は寺坂より七つ年上。いつも寺坂は助けてもらっている。今年の夏頃だったか、寺坂は出入りの新聞記者と揉めていたことがあった。寺坂にすれば、新聞記者は歩いて何ぼの世界の人。それをしないで、ただ文句を言ってくる人間は腹正しかった。それに前々から、この記者はうちの事務所の女の子をからかうし、喫煙指定をされていないところでタバコを吸うし、寺坂は好きではなかった。
「そんなうちの球団の選手のプライベートなことまで、うちでは把握しておりません。詳しいことがお知りになりたかったら、ご自分でお調べになったらいかがですか?」
寺坂の言葉に、その新聞記者は切れたらしい。
「上司を出せ。事務局長はどうした。お前なんか、ここを首にしてやる」
しかし、不思議なことだが、松尾主任がその記者にひたすら頭を下げ続け、何んとか大問題に発展することはなかった。
寺坂はそれ以降、新聞記者に対する態度を改め、そして松尾主任を先輩として立てるようになった。
球団事務所から歩いて2分程度、二人はファストフード店に入る。松尾は牛丼の大盛りを、寺坂は牛すき丼を食べる。それからコンビニのカフェ・カウンターに行く。そこは背もたれの椅子が用意されていて、コーヒーもおいしい。
窓の外を人が歩いているのが見える。最近は歩きスマホをする人が多くなったなと寺坂は思う。
「しかし、何だな。アメリカといったって、まだ人種差別はあるんだな」
そばから松尾主任の声がした。寺坂は、松尾が、アメリカ東海岸に本拠地を置く大リーグの関係者が、宮本選手のことを揶揄していることを言っているのだとわかる。このあいだ、宮本選手が、西海岸に本拠地を置く球団を選んだので、東海岸のある球団の関係者が、思わず自分のところを選んでくれなかった、腹立ちまがいに、『宮本選手は、もっと度胸を持って東海岸に来るべきだ。そんな弱虫だとは知らなかったよ』と言ったのだった。もっとも、宮本選手は臆病でも何でもなく、ただ投手と打者の二刀流をやらせてくれる球団を選んだだけなのだが。
「しかし、それにしても、えらいところを選んだよな、うちの宮本は……」
松尾がため息まじりに言う。
「どうして、ですか。僕は、いいところだと思いますよ。あそこ辺りは、地中海性気候のところで、暖かいらしいじゃないですか」
寺坂は、横に座っている松尾の横顔を見ながら言う。
「まあ、そういう見方もできようが。ただ、俺は、ああいうところは乾燥しているだろ。海岸線から奥に入った山際では、けっこう山火事というのが多いって言うじゃないか。きっと、本拠地スタジアムのピッチャーズ・マウンドは硬いぜ」
「確かに。宮本選手は何しろ、右足首の関節を痛めたことがありますから、僕もちょっと心配してはいますけどね」
寺坂の言葉に、松尾も頷いている。
「宮本は球団の要望にもよく応えてくれたよ。俺の給料の何分の一かは、宮本のおかげだと思うよ。だってそうだろう。宮本が試合に出ると球場には、たくさんの人が入ってくれる、そして、宮本のグッズもよく売れる」
「そうですね」
寺坂は、自分がどれだけ球団に貢献しているのかと思うのだが、それは全くのゼロではないだろうか、と思われる。実に情けないと思う。
「海外に行っても、宮本にはがんばって欲しい。しかし、それにしても、事務局長は最近、機嫌がいいな。前は、本社が色々なことを言ってくると、ぼやいておられたが。今は、本社の無理難題も、『はい、はい』と機嫌よく受け答えておられる感じだな」
「どうしてなんですか、それは」
「そりゃ、今年のドラフト会議で、うちが高校のスラッガーを引き当てたからだろう。まさしく、当たりくじを引いた、GM補佐の左手は、神の手だったね」
「しかし、すごいですよね、高校時代に、練習試合も含めてでしょうが、111本もホームランを打つなんて……」
「何といってもプロは確かに実力主義で、勝ってなんぼの世界さ。でもなぁ、一方で人気商売でもあるわけで。うちの球団だって、観客動員数に関わる、スター選手というのは欲しいよな」
「確かに、人はパンのみにて生きるにあらず。事業収入がなくては、球団とて成り立ちませんよね」
「ところで、吉田局長は、おまえのこと、かなり買っていたぞ。おとなしいそうに見えるが、案外あれで芯がある、ってね」
「そうでしたか……」
寺坂はちょっと照れている。
「あとは、なかなかの勉強家でもある、と褒めていたな」
松尾の言葉に、寺坂は『事務局長は、あれで、けっこう僕のことを買ってくれているのかな』と思う。
「俺も、おまえのことは買っている。仕事はできるし、性格も素直だからな」
「そんな……」
寺坂は照れている。
「しかしまぁ、おまえも最近、30歳の坂を超えただろ。自由もいいが、やはり、組織の中に入り、組織のために何かをやる、というように考え方を少し変える時期に入ったかもしれんな」
寺坂は、松尾先輩の言葉を噛みしめている。
自由も確かにいい。しかし、多少枠に嵌められたとしても、何か人のために、そして、人が喜んでくれるような仕事をしてみたいな、と思う。(つづく)