秘匿された過去への旅行計画 4/6
驚きを持って、そんなことを言ったサリワルディーヌの顔を見た。
そんな俺に、サリワルディーヌが厳しい顔を浮かべる。
「これが普通の人が抱えている感情だよ。
君はこれまで傷つく事も、傷つける事も恐れたりはしなかった。
……その性格は戦士向きだ」
「……そう」
「深く追求するつもりは無い、ただ正直不愉快ではあるがね……君が何かを隠しているかもしれないと思うと、な。
まぁいい、ラリー。
昔と違い今や私にはスマラグダの命は必要無くなった。
以前のお前が、実に独創的なやり方で、この世から王剣を隠したからだ。
王剣はフィーリアを殺すことができる剣だ。
私は私を脅かし始めたラドバルムスを止める為、フィーリアに助力を頼んだ。
そんなとき彼女が出した条件と言うのが、彼女を殺すことができる剣、王剣グイジャールから力を奪う事だった。
だからこそ神の血をひくスマラグダの体を使ってあの剣を汚し、神剣としての役目を奪い取ろうと思ったのだ。
だが、アキュラはそのような事をせずとも剣を使えなくさせた。
これでフィーリアは心置きなく、聖地にて戦争をすることができる」
「…………」
「しかし、問題はその後だ。
私は名前と力を封じられ、ついに私の持ち物だった“あの聖域”を追い出された。
裏切ったセクレタリスが何かをした。
だが何をしたのかは、今も昔も分からない。
お前も一枚噛んでいた筈なのだ!
もっとも、今のお前には関係はないし、分からない話だがな。
……しかも、ラドバルムスが何かをしたのでは?と思い続けていたのだが、どうやら違うらしい。
……それはこの前分かった。
今この世界では、私やフィーリア、そしてラドバルムスも分からない、何かが蠢いている。
まぁいい、話が変わり始めているので戻そう……
当時このまま聖地に残ればいずれ消されてしまうと思った私は、タチアム・ルブレンフルーメに加護を与える代わりに、私を逃避行に同行させるように依頼した。
賢明な彼女はそれを承知した。
と言うのも王剣7臣達は復讐を叫び、リンドス家に縁がある者達の族滅と、王剣グイジャールの奪還を図っていたからだ。
ルブレンフルーメ家とリンドス家の人間は次々と死んでいったよ。
禍根を残さない為とは言え、セクレタリスのやり口は常に非情だ。
……エルワンダル大公家の末路と同じ事が、あの日も聖地では繰り返された。
とにかく王剣7臣からの追撃を振り切るには、手を取り合う事が必要だったのだ。
もはや一刻の猶予も無かった二人は私と共に海を渡った。
……これは私が知る限りの、あの時期の出来事だ。
以降あの神殿に捧げられた祈りの力は私ではなく、どこか知らない何かの力となり、私には関係も無い」
「……なるほど」
俺がそう相槌を打つと、彼は俺を値踏みするような目で見てこう言った。
「さて話を聞いてもらったことで、本題に入ろう。
今日はその為に来たのだ。
ラリー……以前言った事を覚えているか?
あの日から20年、つまりあと15年以内にグイジャールを始末せよと言ったのを」
「ええ覚えてます、俺が白銀の騎士になった日ですから……」
「だとしたら結構、ではそのやり方を教えよう。
やらないという選択肢はない、もしそれをしなければ、騎士ヨルダンとその家族は殺される」
「!」
サリワルディーヌは荒んだ目で俺を睨みつけ、俺はワナワナと怒りに震えながら奴の目を見た。
「脅しか、テメェ……」
「そうだ」
次の瞬間俺は奴の顔を殴りつけた、ところが手は空を切り、奴の顔をすり抜ける。
……驚く俺。
サリワルディーヌは、そんな俺を睨みつけながら言った。
「無駄な事だ、お前の力は届かず、私の力はお前に届く。
神とはそう言うモノだ……」
「(ヨルダン達に)指一本でも触れてみろ……」
「安心しろ、ラリー。
私は彼等に害を及ぼしたりはしない。
それをするのはセクレタリス達だ。
そしてそれを防ぐ術はある、それはお前がするのだ」
「…………」
「いずれにせよ、このまま放っておけば、騎士ヨルダンは殺されるだろう。
彼はセクレタリス達にとっては、邪魔な存在だからな」
「マスターまでも狙うのか!」
「私が……では無い。
解って無いようだからもう一度言うが……騎士ヨルダンは、セクレタリス達の前に立ち塞がる宿命なのだ。
そして彼はその為に命を投げ出すだろう」
俺はその言葉の意味が分からず首を傾げる。
それを見たサリワルディーヌは、首をわずかに横に振って答えた。
「ああ、何も知らないラリー。
もっと力をつける必要がある、そうしたら全てがお前の前に姿を現す……」
見くびられている……言われた瞬間そう思って唇を噛んだ俺。
俺がヨルダンに比べて不出来な男なのは認めるが、だからと言って何もできない男じゃない。そう思った。
そんな俺にサリワルディーヌは微笑んで言った。
「今日来たのは、他でもない。
お前にさらなる力を授ける為だ。
その為にもう少し話を続けてもいいかな?」
そう言われて俺は、心に浮かんだ憤怒を沈め、折り合いをつけようと幾度か頷く。
そして頷きながら「気が短くて申し訳ない」と答える。
「分かってる……」
俺の声にそう返したサリワルディーヌ。
……何故か俺は思いつくままに言葉を口にした。
「さっきもそれでレミと喧嘩した!」
「分かってる、若者よ、全て分かってる」
そう言って彼は、俺の心を宥める。
……その言葉で不思議と落ち着きを取り戻し、言い訳を口にするのを俺は止めた。
代わりに頭を占めていく、先程見せた自分の短慮な振舞い(殴り掛かったこと)への後悔。
そんな俺にサリワルディーヌが語り掛けた。
「強くなるやり方を教える前に、そもそも王剣7臣とは何なのかをもう少し説明しよう。
理解が足りなければ、奴らとどう戦えばいいのか分からないからな。
……話を戻すがグイジャールは元々、一柱の神だった、魔神グイジャールと言う。
私がそれを倒した時、グイジャールから神としての性質、つまり神性を奪い取った。
そしてその神性を鍛え直して一振りの剣に直した。
それが王剣グイジャールだ。
そして残ったグイジャールの躯体部位は、細かく分かれ、そして剣の一部へと姿を変えた。
この様に剣の一部分でありながらも、召喚獣となる稀有な存在。
それこそが王剣7臣だ。
そして今、グイジャールの剣刃はこの世界では無い場所にある。
なのでこれの始末は考えなくてよい。
そこで始末するべきは鞘、柄、鍔……
それらは王剣7臣の本体でもある。
……そしてココから話すことが重要なのだが。
つまり連中の本体は、別の場所にある。
だから目の前に現れた奴ら……
例えばバルドレであったら、ミノタウロスの姿の事だが。
ソレを斬っても、傷つける事が出来ない」
「え?」
「7臣は王剣グイジャールの、これらの部位の一部が、現世では仮の実体を持って現れたものだ。
ポンテス達7友は、本体そのものが動物化したものだが、7臣はそこが違う。
だから7友は子供がいるが、7臣には居ない。実体の有る無しがソレを分けている。
その為、他の魔物と違って、7臣を攻撃しても奴らは傷がつかない。
しかしだ、神性を帯びた武器だけは違う。
……神からの攻撃とは、世界を越えて他の世界へと届くからだ。
つまり王剣や聖剣で与えた傷なら、それは本体への攻撃となる。
再びバルドレで例を挙げれば、あのミノタウロスを王剣で斬れば、本体である鞘に傷をつける事が出来るという事だ」
俺はこの言葉を聞いて目を大きく見開いた。
そして金色に輝く、立派な長剣の姿を思い出す。
その瞬間何処か、焦がれるような思いが胸に満ちた。
そして会った事が無い、親愛なる戦士の顔が目に浮かぶ。
彼の様になりたいと……俺は願っていた気がする。
「思い出したのか?」
「あ……はい。
俺は、誰かのように金色の剣を上手く使える人間になりたかった気がします」
「……そうか、そうだな。
それが王剣士の記憶なのだろう。
金色の剣の名前こそグイジャール……
100年の眠りを覚まし、これからお前が蘇らせる剣だ」
「……え?」
俺は思わず呆けたような顔で、そう彼に尋ねた。
するとサリワルディーヌがこう言った。
「良く聞くがいいラリー。
アシモス達と明日出発する素材探しの旅の打ち合わせがあるだろう?」
それを聞いて俺は驚いた。
そう、実は昨日ヨルダンから、それとなく申し付けられた通り、彼等の護衛で出発する事になっている。
今日の夜はその打ち合わせをする予定なのだ。
「さすがに何でもご存じですね」
「ああ、そうだな。
その時なのだが、お前はスマラグダをここに残していく気じゃないのか?」
「もちろんです、女性に危険な旅をさせるつもりはありません」
「それは優しいが、彼女の事を思うなら私は反対だな」
「どうしてです?」
「まず彼女はそれを聞き除け者にされたと思うだろう。
次に男が居なくなった家に、年頃の女が一人で居ると聞いて、悪い虫が寄り付かないとは限らない。
……ちなみにそれを考えたことはあるか?」
……悪い、虫だ、と?
男が居なくなった瞬間、ワラワラと寄って来るって言うのか!
「そんなのは嫌だ!」
「だとしたら連れて行った方が良い。
ああ見えて彼女は非常に優れた魔導士だ、きっと邪魔にはならないだろう。
もし君が良ければ、彼女に同行するかどうか尋ねてみると良い。
きっと彼女は幾つか条件を付けて、同行をしても良いと言う。
全て叶えてやると良い、ああ見えて彼女は博識だ、魔導士だから魔導にも明るい。
特定の領域に限ってはお前の父親よりも詳しいだろうな……」
パパよりも詳しいと聞かされて、俺は思わず負けてなるモノか!と思ってサリワルディーヌに言った。
「パパよりも?まさかそんな。
パパは魔導士として相当に詳しいですよ、あんな若い女の子がまさか……」
サリワルディーヌはそんな俺が面白かったらしく「フフッ」と笑ってこう言った。
「父親を貶めているつもりは無いぞラリー。
ただあの子は出来る、想像以上に力になってくれるだろう」
「…………」
信じられん……王国一の魔導士と呼ばれたうちのパパが、あの小娘に後れを取るなんて。
ある筈ない、ある筈が無いぞ……
俺がそう思っていると、サリワルディーヌが俺にこう言った。
「まぁ私は強くあの子を推薦するよ。
もし同行したいなら、話し合いでお前は彼女にこう尋ねてみると良い。
“剣の訓練も出来るような、良い素材集めの旅の旅程は組めないかな?”と。
すると彼女は、意地の悪そうな顔で笑って『ある』と答えるだろう。
それを採用して、旅の計画を組むと良い。
そして必ずペッカーを同行させよ、そうすればお前は記憶の一部を取り戻し、王剣士へと近付く」
「え……もしかして。
俺が、王剣士になるんですか?」
俺が思わずそう聞くとサリワルディーヌが頷いた。
「そうだ、7臣を始末し、グイジャールを破壊するにはそれしかない。
剣刃だけでは心許ないがやむを得まい。
後は他の才能をより合わせてどうにかするのだ。
……そういえばフィーリアから何か力を授かったと、聞いたが何を授かったか知っているか?」
「へ?……ああ、そういえば。
でも、なんでしたっけ?思い出せない……」
「ふうむ、だがまぁ戦の神である彼女の力だ、何かの役に立つだろう。
……ああ、誰か帰って来たようだ」
「え?」
彼がそう言ったので玄関に目を向ける。
特に誰かが館に入った様子はなく、俺は再びサリワルディーヌに目を戻すと、彼の姿はどこにもなかった。
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