狂った犬と呼ばれて 4/4
「うわぁぁぁ!」
「逃げろ、逃げろぉぉぉっ!」
辺りを漂う血の匂い……これまでの勇ましさはどこへやら、敵は一目散に逃げだす。
それでも戦利品である鎧覆いを大事に抱えて逃げる奴が居て、そいつを目ざして俺達は貧民窟の奥へと向かう。
「騎士達が剣を抜いたぞ!
騎士達が剣を抜いたぞぉっ!」
血まみれの男が逃げながら叫び、貧民窟に俺達の蛮勇を知らしめる。
「逆らう奴は斬れ!
切り捨てろっ!」
血の匂いに俺の心は昂揚し、言葉で仲間の狂気をさらに駆り立てた。
俺が口にした蛮勇の言葉は、仲間以上にまさか襲われないと思って高をくくっていた、貧民達をパニックに落とす。
白刃を振りかざす俺達から逃げようと、貧民窟の住人が狭い路地を走り回る。
その勢いに煽られ、家が倒壊し、火事が発生し始めた。
広がる騒乱、その中を俺達が恐怖の象徴として、鎧覆いを追って街を疾駆する。
やがて、鎧覆いを持って逃げ回る奴が、一軒の大きな酒場に逃げ込む。
バーン!
酒場と外を隔てるオンボロの扉を蹴破り、中に入った俺達。
中には唖然とした表情を浮かべる酔客と、安い香水で身を飾った女が何人……
そしてトカゲみたいな顔をした店主と、鎧覆いを持ってガタガタ震える男が居た。
『…………』
俺は黙って鎧覆い(バーク)を持つ男を見つけると、そいつの傍に行き、ドスの利いた声で「テメェ随分と舐めた真似してくれたなぁ」と囁いた。
男は「殺さないで、殺さないで……」と呟く。
俺はそいつから鎧覆いを奪うと、それをビトに渡しながら「こいつを捕まえて館長に渡せ」と告げた。
早速仲間が酒場の中にあった紐でそいつの手足を縛る。
それを見ていると、トカゲによく似た顔の店主が俺にいちゃもんを付けてきた。
「あんた!その紐はうちの紐だぞ。
勝手に使うんじゃねぇよ」
「あん?」
血を見た事でカリカリしている俺相手に、クレームをつけるこの店主。
思わず目がヒクヒクと、痙攣し始めた。
加えてコイツは、俺に色々言い始める。
「お前たち聖騎士はいつだってそうだ!
いきなり襲撃して、お前たちは皆獣以下のクズ野郎だ!」
「…………」
「あの扉だってどうしてくれるんだ!
タダでは済まさねぇぞっ!」
一瞬殴ろうか?と考えた俺。
だが、ここでビトが何故か聖甲銀の粉をコイツに投げつけた。
「テメェなにしてやがる!」
店主は目くじらを立てて怒り、そして……リザードマンになった。
ドス!
俺はすかさず奴の太ももにダガーを突き立てる。
「ギャァァァァァァァッ!」
絶叫しながらこの場に転げまわるリザードマン。
俺はビトに「良くこいつが魔物だって分かったな」と尋ねた。
「たまたまだよ、なんかトカゲっぽいからもしかしてと思って……」
「……お手柄だよビト」
俺達はこのままこのリザードマンを縛り上げる。
「痛い、痛いよぉぉぉ、うわぁ、うがぁ……」
リザードマンは痛みを訴えてのたうち回り、床をその緑色の体液で汚した。
俺はそんなリザードマンを見下ろすと、ダガーをコイツの鼻先に突き付けながら尋ねた。
「テメェ、さっきは散々俺をコケにしてくれたなぁ」
するとリザードマンは痛みに苦しみながら呟いた。
「あぁぁぁ、痛い……
痛いよぉ、くるってる……」
「あん?」
「狂ってる、お前は狂ってる!」
「……うるせぇトカゲ野郎、そんな事より知っていたらで良いんだけどよぉ。
昼間聖騎士団から情報を盗んだ女が、ここ逃げてこなかったか?
この町の女だ」
「知っていたって言う訳……」
俺はダガーの切っ先を、そいつの鼻の穴にわずかに入れる。
……その鉄の冷たさと匂いに、リザードマンは素直さと、俺への敬意を思い出した。
「ああ、知ってる……」
「そうか……」
「そいつはもうとっくにここから逃げ出したさ、今頃遊牧民と一緒に砂漠を横断しているだろう。
ざまぁ見ろ……」
「……連れて行け」
俺がそう言うと、仲間はコイツを担いで、外へと出た。
外は聖騎士がどんどん貧民窟に入っているようで、パニックに落ちた民衆が、逃げ惑っているのが見える。
民家のいくつかは燃え上がり、その延焼を防ごうと、家を引き倒す者が炎の光に照らされた。
俺達は奪われた鎧覆いを取り戻し、そして事情を知っている魔物を捕縛して帰還する。
ガン!ドサ……
帰還した俺を待っていたのは、誉め言葉ではなく、叔父貴の鉄拳だった。
殴られて地面に横たわる俺。
『…………』
青ざめた顔色の仲間が俺を見守る中、俺は地面から体を起こし、そして低い所から叔父貴を睨みつけた。
(野郎!)
頭に血を上らせ、明らかに反抗的な態度を示す俺に、叔父貴が叫んだ。
「いいかラリー!
その性格を改めない限り、俺はお前が“狼の家”を継ぐのは認めないからな!
お前は剣術の前に、騎士道を学び直せ。
これは命令だっ!」
「何がいけないんだよ……
俺の何がいけないんだよ!」
「何?」
口答えを始めた俺に、思わずビトが「やめろよラリー!」と叫ぶ。
だけど俺は止まらなかった。
「誰かが汚れ役をやらなきゃいけなかった。
それ以外で14・15(歳)の子供に、大人たちの鎮圧なんて出来る筈が無いじゃないか!」
「それはお前の判断か?
そのような命令を私は下した覚えはない!
お前の判断は間違えてるぞっ!」
「だったらどうしたら良かったんですか?」
俺は食って掛かった、普段なら絶対にしない事。
叔父はそんな俺を凄い形相で睨むと、歯を食いしばりながら、そっぽを向いた。
これ以上怒る事を堪えている様子である。
「……くぅ」
俺も歯をくいしばって耐えた。
我慢をし慣れない心が、余計な一言を俺の口から出させようと蠢く。
それに抗う様に俺は心の中で(言ったら終わりだ……)と呟く。
目を合わせたら張り合ってしまいそうだった。
そんな俺を助けるようにヨルダンが口を開いた。
「館長、ラリーは“形”はもう大人ですが、まだ15歳です。
まだ騎士道に至らない所があるのです。
私の手元で鍛え直しますから、ここは許して貰えないでしょうか?」
「…………」
そんなヨルダンの言葉にも、そっぽを向いたまま黙る叔父。
やがてヨルダンは俺の頭を叩きながら「お前も謝罪をしろ!意地を張る奴があるかっ」とたしなめる。
ヨルダンの目の色は、俺を案じる思いで溢れていた。
それを見た俺は、自分の意地を飲み込み、叔父に「叔父さん、申し訳ございませんでした」と頭を下げる。
俺が謝罪をした事で、叔父は歯を食いしばりながら溜息を吐き、そして怒りで肩を震わせながら俺に言葉を掛けた。
「……騎士道を学び直せ、剣術よりもそれが優先だ。
分かったな?」
「はい……」
次の瞬間彼は俺を見ながら悲し気に溜息を吐き「お前は私の父、つまりお前の祖父に似すぎだ……」と呟いて涙を流す。
俺はその涙を見て、やっと心を落ち着きそして彼に「叔父さん、すみません……」と再び頭を下げた。
彼は黙って涙を流しながら、俺の目をしっかと見据えこう言った。
「ラリー、お前は男爵の息子だ。
すなわち貴族の家の子供なのだ。
それなのに、今日のお前はまるで狂犬の様な振る舞いをした……
私はお前をグラニールから預かり、そして立派に育て、エウレリアの元に送り返す事が役割だと思ってお前と向き合っていた。
いずれは祖国アルバルヴェの守り手として、立派に務めを果たせる騎士にする為だ。
お前には剣士としての見込みだってある、しかしそれ以上にお前は狂暴すぎる。
どうしてなのだ?ラリー……
お前は多くの人から愛されてここまで来たのに、どうしてそんなに壊したがる?
もちろん我々は恐れられるべくして、存在する。
騎士団とはそう言うモノだ、我々は破壊こそ使命だからだ。
……しかしだ、それは国や王、あるいは大公と言った自分が守るべきものを守るために行う行動なのだ。
もちろん野心だって否定はしない、それだって、自分の国や、自分に従う者たちを豊かにする為には必要だからだ。
だけど……その為に何をしても良いという訳ではない。
してはいけない事、しても良い事の分別はつけるべきだ。
……ラリー、このままだとお前はよくできた戦士で終わってしまう。
“狂犬”で終わりたいのか?」
俺は小言が苦手だ……
思わず心の中で(狂犬と呼ばれても、侮られるよりもずっと良い!)と叫んだ。
そんな俺に叔父は言った。
「お前は、侮られるよりもソッチの方が良いと思っているだろうな」
まるで心を覗き見た様にぴしゃりと言い当てる、叔父貴の言動に思わず俺は目を見開く。
「ルバーヌ(現ガーブ男爵、ラリーの叔父のガルボルム・バルザックの愛称)が昔、私に言った言葉だ。
アイツにも相当手を焼かされた……
アイツは私よりも親父に似たからな。
……ラリー、お前にもバルザック家の血が流れている。
心根にそう言った気性が秘められて居るのも当然なのだろう。
だがな、お前は何よりもグラニールの息子で、エウレリアの息子なのだ。
もしお前をこのまま祖国の守り手として十分通用する男ではなく、ただのよくできた兵士として帰してしまえば。
私はグラニールに顔向けができない。
一体何の為にここに、武者修行に出したのかと言われてしまう。
……グラニールの事だから、何も言わずに仕事場に籠ってしまいそうではあるがな」
ああ、確かにパパならソッチかなぁ……
そう思ってパパの姿を思い出す。
パパは浮気ばっかりするクズではあるが、人間味あふれ、優しくも強い魔導士であり、貴族だった。
俺は彼から怒られたことも無いのに(実はある)どうしてこんなに、怒りっぽい性格になってしまったのだろう……
そう思うと、申し訳なさが心に湧いてくる。
そんな俺に叔父が言葉を続けた。
「ラリー、ただの乱暴者で終わるな。
このままだとただの乱暴者で終わってしまう。
騎士の心の分かる、名誉ある男になってくれ。
強さだけが必要なのではない、優しさも愛も、勇気も、誠実も、全てを兼ね備えなければダメなのだ。
それが“狼の家”で我が一族が教え伝えた剣術であり志だ。
いつの日かお前がソレを誰かに伝えられるように、今から修業をやり直せ。
いいな?」
「……はい」
叔父の頬に、乾いたばかりの涙の痕が一筋走る……
俺はそれを見ながらもらい泣きをした。
パパや、ママ、そしてお兄様やお姉さま、ポンテスに……悪魔三姉妹。
思い出さなくていいものも含まれたが、とにかく故郷に残した大事な人たちの顔がありありと思いだされる。
心に沸いた里心、そしてこの人達をがっかりさせたくないと、俺は思い始めた。
そんな俺に叔父は「分かってくれ、ラリー……」と告げ、俺を下がらせた。
こうして俺の長い一日が終わりを告げる。
俺を連れてヨルダンが帰宅するのは、それから間もなくだった。
彼は帰りの道すがら、俺にこう言った。
「ラリー、しばらくお前は謹慎だ。
館長に食って掛かったんだ、二週間は俺の前にも姿を見せるな。いいな?」
「はい……わかりました」
「馬の世話もしなくていい、孤児院の方で預かる。
だから町の外に行っても、俺は分からない訳だ。
そう言えば、アシモス達が薬の素材を探しに出たいとか言っていたっけ。
アイツら戦えないから心配だな。
ラリー、お前はちゃんと留守番して、アイツらの無事を祈っておけよ」
そう言うとヨルダンは、俺の目を意味ありげに覗き込み、そして道の先を見つめる。
……つまり護衛をしろと言う事だ。
俺はなので「分かりました、彼等の為に全力でお祈りします」と答えた。
するとヨルダンはニヤッと笑い「ああ、全力で無事を祈れ“素材を集める!”とうるさくてかなわん」と言った。
こうして俺は変な会話と共に、明日からアシモスについて行く事が決まった。
これがどれだけ重要な事なのかもわからないで……
◇◇◇◇
こうして聖騎士団の、貧民窟襲撃事件は山場を過ぎ去った。
この事件は大きな問題となる。
貧民窟は被保護権が停止された瞬間、火事となり、そして騎士団を嘲ったものが次々と虐殺されたと噂になったからだ。
……もちろん誰一人殺されてはいない、しかし貧民窟は元々どれぐらいの人間が住んでいるか、良く分からない場所だ。
あの日を境に消えた者がいれば、皆殺されたと話題になってしまう。
そもそも噂と言うモノの性質上、話しはよりセンセーショナルで面白い方向に転がるものだ。
こうしてあの日、白刃をかざし、人を切りつけ、暴力を煽り、躊躇いも無くリザードマンの太腿にダガーを突き立てたラリーと言う従士が、人々の話題に上った。
末恐ろしい15歳の従士。
人を殺すことも傷つける事も躊躇いなく行う生まれついての、殺人鬼。
人家に火を放ち、ほんの数十人で街を壊滅させようとした暴力の申し子。
侮辱を受けたら瞬く間に相手を半殺しにしてしまう、血に飢えた男。
こんな噂と共に、ラリーはルクスディーヌの人々からこう呼ばれるようになった。
血塗られた従士“狂犬”ラリー。
たった一晩で貧民窟を恐怖のどん底に落とした彼を、人々は恐れるようになる。
これ以降貧民窟の住民は、聖騎士団の服や旗を見ると姿を隠すようになった。
かつての様に聖騎士団に対し、侮辱を働く者はもう居ない。
そしてもう一つ、この騒動が残した爪痕が貧民窟にはある。
ここの母親は、子供が泣き止まないと「そんなに泣いているとラリーが来るよ!」と言って子どもを泣き止ませるようになったのだ。
後にそれを知ったラリーは「俺はあの日、誰も殺してない……」と言って、俯いたそうである。
こうして騎士団(と、言うかラリー)は暴力と恐怖で、反抗的な者を鎮圧した。
加えてサリワルディーヌ大神殿の被保護権設定区域に、魔物が潜んでいる事を白日の下に晒す。
この為聖騎士団は、聖地フォーザック王国政府にこの事を報告し、被保護権の設定に条件を付ける事を要求し始めた。
今の状況ではサリワルディーヌ大神殿の、専有区域がスパイ組織の温床である疑いが濃厚だからだ。
王国もこれの規制に乗り出すが、しかしサリワルディーヌ大神殿も、抵抗を示し一筋縄ではいかない。
この駆け引きが、この年ずっと続く事になる。
だがこれはスパイ事件の終わりではなく、むしろ始まりであり、聖地の動向は、ますます怪しくなっていく。
お読みくださり、ありがとうございます。
ストック無しでアップしている関係上、次回の投稿はまだ未定です。
出来上がり次第通知がいきますので、よろしければブックマーク等を戴けたら幸いです。
そしていつもご覧いただきありがとうございます。
話を細かく分割するのは初めての試みなので、どうなのかな?とも思っています。
感想やご意見等がございましたら忌憚なく、感想欄又は活動報告の方に残してください。
それではうちのアホの子、ラリー君をよろしくお願いいたします。