狂った犬と呼ばれて 2/4
―月の神殿の戦いから50日後。
「そっちはどうだ?」
「居ない……
いよいよ神殿区域を当たるしか、ないようだ」
同じ同盟騎士館の同僚従士が、首を振り、そして物憂げに溜息を吐きながら俺の問いかけに答えた。
そして同僚は目頭を押さえると、瞼をさすりながら悲しげに言う。
「おそらく奴は、迷いも無く被保護権で守られた神殿区域に逃げ込んだ。
潜伏先はおそらく貧民窟だろう。
手慣れた奴だ……地元がココの女だから、事情をよく知っているんだろうな。
ラリー、マジで厄介だ。
今日は帰れないことも覚悟しておけよ」
「マジかぁ、はぁ……」
俺はその悲しいお知らせに思わず溜息を零す。
やがて同僚は、この結果を報告するために、俺を伴って現場を指揮する騎士の元へと向かう事を決めた。
これが俺達の長い一日の始まりになる。
……さて本日の事情を説明しよう。
最近テュルアク帝国の人間が、方々(ほうぼう)に出没して色々と嗅ぎまわっているというのは、アイナさんから聞いていた。
そこで俺は怪しい奴が、孤児院に近付くのをここ最近警戒していたのだが、連中が狙っていたのは俺達だけでは無かった。
なんと聖騎士団副総長が館長を兼務する、ヴァンツェル騎士館に潜入していたのだ。
しかもこのスパイは、騎士館長……つまり副総長が不在の隙をつき、館長の執務室に侵入し書類を漁っていたのだ。
相手は掃除婦として潜り込んだ、50歳代のこの町の女で、館長の執務室に居た所を見られ、そして逃亡した。
……それが今日の話である。
この事態に我らが聖騎士団の総長は激怒する。
その怒りに触れて、幹部や騎士達が震え上がったのは想像に難くない。
当たり前だが、犯人を逃がした失態を、なんとしてでも償えとの厳命が飛んだ。
この結果、騎士や従士達の大半が、このスパイを捕縛しようと、ルクスディーヌの街を走り回る。
そう言う訳で俺は同盟騎士館の従士仲間と、その掃除婦を探していたのである。
ところが、逃げ込んだ方向と、その周辺の聞き込みの結果は先述の通り。
……この女はサリワルディーヌ大神殿傍の、貧民窟に逃げ込んだ。
この貧民窟は、市や貴族、そして王が管理する土地ではなく、サリワルディーヌ大神殿が管理する土地だ。
なのでこの区域を我々(聖騎士団)が捜査したかったら、大神殿の許可が必要になる。
ところがだ……その許可はなかなか得られない。
……サリワルディーヌ大神殿の連中が、俺たち聖騎士団を目の敵にしているからだ。
奴らのサポタージュの仕方はいつも同じで。
毎度毎度、連中はもったいぶって重々しく集まってから協議をし、威儀を整えてから恭しく許可を俺達に下す。
……明確な嫌がらせだ。
他宗教の奴の言う事を、大人しく聞く事はないという事なのだろう……
軍事力があるからと言って、お前が全てを支配するわけではないと言う事だ。
こんな理由もあり、貧民窟捜査の許可が下りるのは、申し込んでから大概数日後。
その為、今日もこれ以降捜査の進展が遅くなる。
「この先に居るのは分かっているのに。
大神官はいつだって俺達の邪魔をする」
俺がイライラしながらそう呟くと、同僚も同じく苛立ちながら「まったくだ……」同意した。
大神殿が毎回こうも非協力的なのには、もう一つ理由がある。
……連中は腐敗しきっているのだ。
ここまで話したのだから、ここで貧民窟と、神殿の関係性を解説する。
神殿に保護される貧民窟の住民は、大神殿の入り口近くにたむろう、あの高利貸しの客や、高利貸し側の人間であるゴロツキが多い。
他にも貧民窟には、高利貸し以外にも、賭博場に娼館、違法建築で出来たオンボロ住居に、怪しげな飲み屋、正体不明の店など、この町のゴミが集まっている。
では、なぜそんな連中が大神殿に保護されているのか?
……彼等はあの大神殿の養分だからだ。
利息が払えない場合でも、数年間の奴隷生活をすることで金を工面する制度が、この国では認められている。
これは自分自身を数年間の期限を切って、他人に売却する制度なのだが、これを年季奉公と言う。
五体満足ならどんな奴でも、金に換えられるスキームで、俺の祖国アルバルヴェでは禁止されている。
他にも神殿がやっている収益事業として。
こうした貧民窟の住人を酒屋に入り浸らせる事で酒屋を儲けさせ、代わりにその酒屋から寄付金を徴収するという事もやっている。
その他様々な貧民窟の活動の多くが、最終的に大神殿の懐に入る様になっていた。
その為この区域に余所者が来るのを、殊更大神殿の人間は嫌う。
……収入が減るかもしれないからだ。
だから俺達が中に入ろうとしても、なかなか許可を下さない。
……勿論連中がサリワール(サリワルディーヌ信者)で、俺達がフィロリアン(女神フィーリア信者)である事も理由だろう。
信じる神が違えば、互いに仲間だとは思えない。
……俺はこの町で、そんな現実を嫌と言うほど突き付けられた。
俺達は、現場を指揮する騎士の元に辿り着くと、今しがた確認した事を説明した。
こうして俺達や、他の従士達から報告を受けた騎士達は、迅速に指示を飛ばす。
彼等もやはり何処に逃げ込んだのか、元々見当をつけていたのだろう。
やがて他の聖騎士団の騎士や従士が、兵士を従えてここに集まり、やがて神殿の周囲を包囲し始めた。
こうして武装した戦士に包囲された貧民窟、怯えた目の民衆が、剣や槍を煌めかせる俺達を見つめる。
「止めよ!包囲を解くのだっ」
やがてそんな俺達に向かい、数十名の神官が現れた。
「おいラリー、クズ共が来たよ、クズ共がさぁ……」
「ああ、人を地獄に落としながら救済者面した、イケ好かない野郎達だ……」
仲間とそう話しながらやってくる連中を見る。
やがて彼等は現場で指揮を執る、ヴァンツェル騎士館の騎士を相手に大きな声で叫び出した。
「この区域はサリワルディーヌ大神殿の所有する聖域の一つである。
ここは被保護権が王からも認められた、場所でココに辿り着いたものはどんな者でも、神の庇護下にある。
早々に立ち去るがいい!」
毅然とした振る舞いで騎士を叱責する神官達。
その振る舞いに騎士も動揺する。
普段偉そうにする彼等は、意外とこんな高圧的な素人が苦手なのだ……
……さて解説ばかりで申し訳ないが。
ここで聞きなれない単語“被保護権”について説明する。
ざっくばらんに言うと、人を保護する権利の事だ。
例えば権力のある男の友人が犯罪を犯したとする、そうしたら権力者は、その友人を自分の家の中で保護する権利を有するという考え方であり、権利の事。
もちろん友人の家の外においては、そいつは普通に捕まる。
日本でも力がある人の元に逃げ込んで、安全を図る人がいるから、それを法的に認めると言う話だ。
これもまた人間の欲望を満たすという意味においては(なるほど、これを権利として認めさせるというのもアリなのか)と思う。
因みに被保護権はこのように権力や名誉がある男が持つだけではなく、神殿が持つ場合もある。
例えば墓地に逃げ込んだら、墓地から出るまでは捕まえられないとか。
凄い所では靴を投げて、被保護権が設定された場所にその靴が入れば、捕まえられてもセーフと言う、信じられないルールもあったりする。
……少し脱線したから話を戻そう。
そうこの貧民窟が厄介なのは、この被保護権が設定された区域だからだ。
騎士もこの厄介さを重々承知しており、苦々しい思いで神官の言葉を聞くしかない。
その様子につけあがったのが貧民窟の連中。
アイツらは自分達がどうやら、守られた存在らしいと知るや否や、俺達を罵倒し始める。
「何が聖騎士団だ!
いつも俺達を見下しやがってよぉ!」
「そうだそうだ!
ここではサリワルディーヌの恩寵があるんだ!
聖騎士ごときが偉そうな顔してるんじゃねぇぞ!」
「お前らは凡人、こっちは神様のお墨付きなんだよ!」
ここには書きたくも無い、卑猥で低俗な言葉で俺達をヤジる連中もいて、散々(さんざん)に俺達をコケにする。
そんな状況に俺は我慢がならなかった!
「野郎、ぶっ殺してやる!」
「落ち着けよラリー!
すぐに切れるな!」
一瞬で頭に血が上った俺を、同僚が必死に押しとどめる。
そうこうしている内に、現場を指揮している騎士が神官から離れ、喚き続ける神官をよそに、何事かを従士に伝えた。
やがて従士が俺達の元にやってきて「おいお前ら、騎士クラバが道をバリケードで塞げってさ」と伝えて、別の従士の元へと立ち去った。
このメッセンジャーの役割をした彼の言葉で、全員が動き出す。
被保護権が設定された場所を避け、様々な場所から木材やらゴミやらをかき集めた俺達は、あらゆる道を、即席のバリケードで塞ぐ。
この様子に神官達は激怒するが、そんなものは我々にとっては怖くもなんともない。
……コイツ等如きがヨルダンや叔父貴よりも怖い筈が無いからだ。
我々従士は、ボスに対して忠実な生き物なのである。
こうしてあらゆる道を封鎖した俺達は、恐れも知らずに物を投擲してくる貧民達を無視して完全に貧民窟を包囲した。
こうして神官と貧民、そしてゴロツキが敵対心も露に俺達を見つめたり、思い出したかのように時折石を投げつけてきたりする中。
俺達は長丁場を覚悟する。
……事態が動いたのは夕方だった。
「ここまで来たら、もうスパイを捕まえるとか何とかって話じゃねぇ。
騎士団を舐めてる奴が居るって話じゃねぇかよ!」
黄昏時に響く、激高したヨルダンの声。
聞いてしまった俺は思わず「うわ、ボスが早速キレてるじゃん……」と呟いた。
仲間は無言で苦笑いだ。
騎士ヨルダンと言う男は、普段はそっけないが気の良い男である。
ところが戦闘中や、このように機嫌が悪い時など、とにかく気持ちが高揚しだすと破壊的で、暴力的な男に生まれ変わってしまう。
彼のそんな性格を、俺はここ最近でようやく掴んだ。
そして今……そんな鬼のヨルダンが俺の元に近づこうとしている。
やって来るのは全部で3人。
騎士ヨルダンとヴィーゾンを従え、ニフラム館長がこちらに向かってくる。
そんなヨルダンはやって来るなり、剣呑な目で俺を睨んでこう言った。
「ラリー、アイツらを蹴散らしたか?」
繰り返し言うが、戦いの時のヨルダンは、普段のあの穏やかなヨルダンではない。
今の彼は血を見ないでは済まない、危険な男である。
それを知る俺は「連中は閉じこもって出てきません」と答えた。
もし彼がこの答えを聞いて『だったら斬って来い!』と言ったら飛び出さなければならない。
緊張しながらその返事を待っていると、ヨルダンは無言で頷き、そしてバリケードの向こうの貧民窟を見た。
その隣では、ヴィーゾンとニフラム館長が話をしている。
「ヴィーゾン、これをどう見る?」
「総長の交渉待ちでしょう。
サリワルディーヌ大神殿が被保護権を盾に、犯罪者を守っているというなら、こっちも同じ事をすればいい訳ですし、解決は出来ますよ」
「どのような?」
「聖騎士団は、各地の荘園の保護を引き受けている訳です。
当然サリワルディーヌ大神殿の荘園も保護していますから、これを停止すると脅すわけです」
「弱くないか?」
「……たまたま、貧民の一団がやってきて、その荘園に入り込み、そして大いに略奪を働くわけです。
ただその日はちょうど、我々が保護権を停止した日なので、それを取り締まる武装勢力が荘園内にありません。
また荘園の外に、略奪した鹵獲品を持ち出したとしても、それが略奪品なのかどうかなんてわからない訳です。
法で私有財産権は認められてますから、彼等の持ち物が略奪品かどうかはっきりさせないと捕まえられない……」
「なるほど。貧民を守る連中に、貧民をぶつけるのか。
各地の荘園に目を付けるのは面白いな」
「いえ、たまたま貧民の一団が通りかかれば……と、言う話です」
「まぁ、詭弁だな。
だが口先ばかりで実力がない連中には、良い薬になるだろう。
良く献策してくれた、俺は総長に進言してくる」
そう言うとニフラム館長はこの場から姿を消した。
次回投稿は21日12:00から1:00の間です。
よろしくお願いいたします。




