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俺の騎士道!  作者: 多摩川
幼年期編
9/147

キリング・キャット(前)

(うわっぷ……くっさぁぁ)


屋敷の外に出た俺は、早速路上に漂う異臭に顔をしかめる。

どうやら付近の羊毛業者が、近所の公衆便所から糞尿を汲み取った様で、家の周りの路上は一時的に大変臭かった。

ちなみに羊毛業者が、なぜそのようなモノを回収するのか?と、言うと。

刈り取ったばかりの羊毛から、脂分を抜く為に、おしっこに含まれるアンモニアを使うからだ。

公衆衛生の為になるとかで、王からきちんと業者に認められた権利でもある。

とはいえ、凄い臭いですよ、コレ。


まぁそんな事はイイ、マリーはまだ早い時間にとぼとぼと町を歩く。

俺はソレを見ると着替えて来なかった事を思い出して、すぐに上のシャツを脱いで小脇に抱えて格好を崩した。




家の近くの下町は、冬の終わりを予感させる光に満ち溢れ、ベージュにくすんだ家々の漆喰が、日差しに焼かれて黄色に輝いていた。

そんな明るい風景の中、石畳をとぼとぼと踏みしめるマリー。俺はその後ろをこそこそと追跡していく。


(ただのガキの悪戯(いたずら)であったらいいのだけド……)


そう思いながら後ろからしばらくついて行く俺、やがてマリーの家の近くまで尾行していると、いきなり誰かがマリーに声をかけた。


「いよぉ、マリアゼル……

今日は働けなかったのか?

ずいぶんと早いお帰りじゃねぇか」


口調から見た目まで、見事な黒毛のDQNが慣れ慣れしくマリーの本名を口走る。

マリーは嫌そうに「お願いだから向こうに行って……」と答えて振り抜こうとした。

ところが男は見事な壁ドン!を決めてマリーの行く手を遮りマリーの足を止める。


(なんだ、あのクソ野郎……)


俺がこのチンピラに憤って居ると、マリーが迷惑そうに言った。


「兄さん、お金ならもうありません!」


に、兄さんだって!

……それなら僕はパパ。じゃないや、どう言う事なのか話を聞いてみよう。

マリーのクソな兄貴はおどけた様子でこう言った。


「おうおう、俺はなんて可哀相なんだ。

昔はあんなに遊んでやったのによう、それにお前のお袋が病気で寝込んでいた時、俺が薬代を工面してやって居たって言うのによぉ」

「そ、それは感謝していますけど……」

「いいや、お前は感謝なんてしてないね。

お前は薄情な女だ、親父がお前達を引き取って育ててやったのに。

その家の嫡男である俺には、礼儀一つ払おうともしない……」

「そ、そんな……」

「恩知らずじゃないって言いたいのか?マリアゼル……」


底冷えする声で恫喝するマリーのクソ兄貴、話から察するに、マリーはこの兄貴の親父が再婚した時の連れ子だったらしい。

そしてマリーはこうした縁から出来た、悪縁に苦しめられているのだ。

恩知らずと言われ、薄情と言われて苦しめられていく俺のマリー……あのクソ兄貴にはお仕置きが必要だ。

兄貴は相当な糞っぷりを発揮してさらにマリーを脅していく。


「マリー、お前も相当な幸運を掴んだ様じゃないか。

年収6万フローリンの御曹司と深い仲なんだってな」

「どうしてそれを……」

「ミランダ……」

「えっ?」

「フン、あの女から聞いたよ。

おおこわっ、女の嫉妬は怖いねぇ。

まぁ俺も鬼じゃないんでね、俺みたいなロクデナシが親族に居たんじゃ、お前も大変だろう?

そのなんだっけ、オオクラさんとやらとの仲も上手く行かないだろうしな」


オオクラじゃねぇよ、ホークランだよ。

何処の日本人だよ、このデコすけめ!

とにかくマリーは彼氏との仲を壊される“アキレス腱”が眼の前の男であると脅されて顔を青ざめる。

マリーのクソ兄貴は勝ち誇ったように更に悪い顔でにやりと笑うとこう言った。


「そういや今日お前の服が近所のガキによって汚されたみたいじゃないか」

「な、なんで知ってるの?」

「俺は何もしてないぜ……」

「……ウソ、貴方がけしかけたのね」

「いやいや、何もしてないって。

ただ、まぁお前が少し俺に恵んでくれたら、今回の様な事は無くなる……か・も・なぁ」


ぬぐぐぐぐぐぐっ!

ミランダの知り合いは揃いも揃ってクソぞろいかよ!

許さん……マジであの男は許さん!

イケしゃぁしゃぁと嘘ばっかり付きやがって。

口ぶり、表情から、明らかに自分が犯人だと伝えてるじゃねぇかッ。

初めて見た時から嫌いだったが、話を聞いてますます嫌いだわ、マリーの兄貴とやらが。

俺は、必ずアイツに天誅を喰らわせてやるっ!


「マリー、お前あの男爵家の事について詳しいだろ?

お前あそこから金目の物を盗んでこいよ」

「えっ?」

「そうしたらよぉ、俺はお前の目の前から消えてやるわ」


男はそう言うと、勝ち誇ったように笑う。

マリーは「できるわけがないわよ!私が何年お仕えしてきたと思っているのっ」と、激しく拒絶した。

彼はそれを見てマリーを(あざ)(わら)い、そして傲慢にもこう言った。


「ふんっ、忠臣づらしやがって。お前はただのメイドだろうが」


……ただのメイド、そういわれてマリーの唇がわなないて止まる。

そして流れる涙、響き始める嗚咽の声。

マリーは絞り出すようにこう言った。


「私は……私はあそこでよくしてもらっているのに。こんなことを言うなんて」


マリーはそういうと涙を浮かべて悔しそうに顔をゆがめた。

マリーの兄貴はそれを見ると「わかったよ、だがな俺は本気だぞ。マリー……」と言い、彼女とすれ違うようにこの場を立ち去る。

そしてすれ違いざまに「俺は口先だけの男じゃないからな」とマリーを脅迫した。

足音を響かせ遠ざかるマリーの兄貴、そして立ちすくむ俺のマリー。

この言葉がとどめとなり、やがて彼女はこの場で泣き崩れた。


「うわぁぁぁぁぁ、ㇵッ、わあああああっ!」

 (く、クソがぁぁぁぁっ!)


響き渡るマリーの慟哭……

俺はこの状況を見て怒り心頭だった。

俺にとっては肉親に等しいマリーに対してあの無礼は決して許せない!

俺は一瞬マリーに近寄ろうか?と思った。

だが、ここで心を鬼にする……俺はマリーには悪いが彼女をこのままにして置き、そしてあのクソ兄貴の行方の方を追った。

マリーは別に命を狙われているわけではない、チンピラじみた自分の兄に脅され、支配されようとしているだけだ。

それならば悪の元凶であるあの男が、一体どういう奴なのかを知る方が先だ。

俺は近くの家の壁をよじ登り、屋根の上に登った。


(見逃してたまるかよ、クソ野郎めっ!)


わずかなでっぱり、金属のポール、様々なものを足場に飛ぶように疾走する俺。

屋根から屋根へと飛び移りながら、俺のマリーのクソ兄貴がどこに行くのか、奴の目線のはるか上からその行方に寄り添っていく。




男は我が家からそう離れていない場所の瀟洒なアパートにたどり着いた。

奴は周りを念入り何度も見まわして、そして部屋の一つの扉を叩く。

その様子を別の家の屋根からこっそりのぞく俺。

あの扉の部屋は。女の家かな?

ちらりと見えるカーテンが、どこか女性を連想させる色合いだ。

そうこうしていると、扉が開いて……


あっ、エロババァだ、ミランダが出てきた!

ああっっと、二人はいきなりチューし始めたぞ!熱いベーゼを交換してるやん。

……パパさん、ユーはショック!


「ああ、男と女は世知辛い。

苦いねぇ、ほろ苦いよォー」


俺はこれを見て思わずパパさんのことを思って感想を述べた。


「何がほろ苦いだ!」

「いやぁ、もうねパパさんかわいそう……

うん、うんんんんんっ?」


俺誰としゃべってるの?

右見ても左見ても誰もいない、後ろ?

いや誰もいない……

わかった、あれだ……夜を待てないせっかちな幽れ……


「こっちだ、ゲラルド」


背筋をぞーっとさせながら、幽霊の存在を信じ始めた俺の頭上で聞きなれた声が響く。

見上げてみると……シリウス兄さん!


「何やってるんです?兄さん」


俺と17歳も離れた、23歳の大学生みたいな兄貴が宙を浮いている。

兄貴は「それはこっちのセリフだ!」と言って俺を見下ろす。


「兄さん、とりあえず降りてください、そんなところいたらあの二人に見つかりますっ」


兄貴はパパさん譲りで魔法が上手なので、たぶんそういう魔法を使っているのだろう。

……兄さん空を飛べたんだね。

兄貴は溜息一つ吐くと、俺のそばに降り立った。


「ゲラルド、お前はいつからこんな事をしていたんだ?」

「えっと、こんな事とは……」

「実は今日、あの裏通りで男爵家の令嬢とすれ違う事になっていたんだ。

そうしたらマリーは泣いているし、お前は壁を蜘蛛のように登って行くし、俺はびっくりしたぞ!」


あっちゃぁ……何と言う事だ。間が悪いところを見られてしもうた。

実はこの世界でお見合いはちょっと変わっていて、こんなささやかなすれ違いだけで終わるケースがほとんどである。

貴族の家同士は、庶民の家と違って、なかなか異性と知り合うことが少ない。

そこで同好の士が集まるサロンに行ったり、仲人さんが用意したお膳立てに従って、すれ違うだけのお見合いをセッティングしたりするのだ。

なんでこんなメンドクサイ事をするのかと言うと……はしたないと思われるのが、ムッチャ不名誉だからだ。

特に女性ははしたないという評判が立つと、なんか陰険な小姑みたいな顔したほかの家の貴族令嬢に「聞きまして?あのお方大胆にも……」「キャッ、噓ぉ」「まるで庶民みたいじゃございませんこと、恥じらいは無いのかしらねぇ」と。さんざんに影で叩かれてしまう。


……らしいです。

兄貴からはそう聞きました。

……そんな兄貴からのお言葉です。


「お前は貴族の家の子供だぞ!そんな山猿みたいになって恥ずかしくないのかっ」


思わずビクッとなった俺、怒鳴られて心が委縮する。


「それにお前はいったい何を見ているんだ?見たところ娼婦みたいな女と、ヒモ見たいな奴を盗み見ているようだが……

なんであんなものを見ているんだ?」

「に、兄さん。あの女を知らないんですか?」

「知っていない。

……知り合いなのか?」

「あれ、パパの愛人のミランダですよ」

「えっ!」

「しかも隣の男はマリーから金をたかり続ける、ろくでなしのマリーの兄貴です」

「ええっ!」


兄貴はそれを聞くと、俺の隣で屋根の上で腹ばいになり、そしてイチャイチャしだす、ろくでなしカップルのラブオードブルを食い入るように観賞しだす。

あ、二人とも部屋の中に入った。

……これからラブメインディッシュですな。


「破廉恥な、なんてはしたないんだ……

ああ、くっそぉ」


シリウス兄さんはそういうなり、顔を真っ赤にし、そして食い入るように見つめ始める。


「あいつらの道徳は歪んでいるまったくどうかしてる……」


ミランダとマリーの兄貴はカーテンを閉めるのも面倒になったのか、昼間っからフルオープンで愛を部屋の中から周囲に垂れ流している。

……なので、俺と兄貴は見放題だ。

オッとぉ!今マリーの兄貴がミランダの胸元にある、ダブルマウンテンでアースシェイクを起こした!

クソ兄貴のダブルハンドが、今大きく揺れていますっ!

エロババァは、エッチな微笑みを浮かべた!


「ミランダめっ!お父様という存在がありながら、あのような……あのようなことを!」


謹厳な俺の兄は、二人の様子を見ながら苦々しげにそう吐き捨て続ける。

彼には目の前で行われる、不道徳な一部始終に、何か呪いを発しないと気が済まないのだ。

だけどね兄さん、僕は知っているよ。

……あなたがどうして腹ばいになったのか。

体の一部が元気になって、立てなくなったんだよね。


……あ、兄貴がチンポジ直した。


「ゲラルド、詳しく話を聞かせてくれ」

「わかりました兄さん、逆にマリーを助けてください。

お願いします、マリーは悪い兄貴のせいで破滅してしまいそうなんです」

「わかった、とりあえず話せ」

「わかりました、実は……」




「……と、言う訳なんです」

「なるほど、マリーは忠誠心があるのか」

「兄さん、どうかマリーのことを……」

「何とかしてやりたいが、家の経営のことはお母様が管理している。

メイドの管理も執事(ハラルド)がやるが、最終決裁者はお母様だな」

「なるほど……」

「家に帰ったら早速お母様に相談だ……」

「マリーは首にならないでしょうか?」

「分からないよ……ゲラルド、俺と一緒にお母様のもとに行こう。

悩んでいてもしょうがない、さっそく動こう」


俺も、何か良いアイデアがあるわけでもなく、兄貴の提案に従って自宅に帰り、ママさんに相談することにした。


◇◇◇◇


「……お母様、こう言う事だったのです」

家に帰るなり、早速ママさんの部屋に向かった、俺と兄貴。

物わかりの良い俺の兄貴は、俺を自分が外に連れ出したことにして、二人で見た一部始終を話してくれた。

……俺は隣でうなずくだけである。

ママさんは二人の報告を聞くと、かつてなかったほど、寒々とした微笑みを浮かべ、冷たい声でこう言った。


「いよいよあの泥棒猫がつけあがり、我が家にちょっかいを出しに来ましたか……」

『…………』


俺と兄貴は、まるで殺人鬼のような顔で微笑む母親の姿(ちなみに実子は俺だけ)に、思わず黙りそして揃って床に目を伏せる。

ちなみにパパさんは今日も残業で遅くなるそうである。


……今日だけはそれで正解だろうね。


「庭師のヘーゼルを呼びなさい、急ぎの用事です。直ちに……」


兄貴はそれを聞くなり「ハイッ」と言って部屋の外に……

兄さんが、俺を置いて行ったッ!


「あの忌々しい泥棒ネコめ、貴様にはたっぷりと復讐をしてやる……」


……ぐぅぉ。

怨念が、俺に向けられているわけでもないのに、怨念が……重い。

ママさんの目を見れない、怖い、怖すぎる。


「ゲラルド」

「ハイッ!」

「ママが若い人のほうがいいのでしょうか?」

「い、嫌です。僕のママは一人だけです」


俺の返事は合格点だったようで、ママは満足げにうなずき、大王のように椅子に踏ん反り返りながら「ゲリィ、執事(ハラルド)を呼んできて」といった。

この場から逃げれる口実ができた俺は、渡りに船とばかりにここから離れ、そしてハラルドの居室に向かった。

俺はハラルドを呼ぶと、彼を連れてママさんの元に戻り、兄貴から宿題をもらったことを告げてから自室に戻った。

兄貴なら口裏を合わせてくれるだろう。


さらに夜も更けると今度はマリーも呼ばれ、そしてみすぼらしい出入りの業者も呼ばれた。

ここまで動きがあると、さすがに俺もママさんが何かを企んでいるんだと気が付いた。

ママさんが命令を発するたびに、イイエも言えずに恐れるように動き出す、我が家の使用人たち。

さらに深夜になると、兄貴が黒づくめのマントを羽織って、どこかへと向かった。


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