閉ざされた廃墟
あれから馬術の訓練が毎日行われる様になった。
そして今日も又、いつもの様に鞍と鐙、そして轡をダーブランに食めた。
愛馬の口元から手綱が伸びる。
そんなダーブランだが、これまたいつもの様に“さっさと乗れよ……”と言いたげに、ブスッとした表情で俺を見下ろし、そして直立していた。
場所は孤児院の広い庭、芝生の青が目に優しい。
そしてその周りを、キラキラと輝く目の子供たちが取り囲んでいた。
その中の口さがない男の子が俺に言う。
「ラリー、どうせ今日もヴィーゾン様に勝てないよ?」
……どうせって何だよ、どうせって。
「男がやる前から結果なんて決めるもんじゃない!
今日こそギャフンと言わせられるかもしれないだろ!」
俺がそう言うと、マスカーニ達悪ガキッズどもが俺を見て大笑いする。
くっそーあいつらめ……俺が万が一にも勝てないと思ってやがるな。
こうなったら、是が非でも今日はいい勝負をしてやる!
俺は気合を入れ、ダーブランと目を合わせる。
そしてその首を撫で回しながら俺は自分の決意を、口に出してこう言った。
「よし、今日こそ一本取ってやる……」
やがて俺は、完全武装した体とその左足を、愛馬の左からぶら下がる轡に載せた。
そして右足で強く地面を蹴り、ヒラリとダーブランの背中にまたがる。
次の瞬間、愛馬は俺の重みとその反動で、少し態勢が泳いだ。
「どうどう……よーしよーし」
視点が高くなり、それが独特の恐怖を俺に授ける。
そんな俺に孤児の女の子達が『頑張ってぇ、ラリーちゃーん!』と声を掛けた。
俺はそのまま手綱を引き、ダーブランを落ち着かせる。
「ふふふ……」
遠くではヴィーゾンが、得意げな笑みを何時もの様に斜に浮かべ、そして俺の様子を見守っている。
ヴィーゾンも又完全に武装しており、彼はヨルダンの愛馬ファボーナの手綱を取ると、彼女の体に備わる鐙を踏みしめ、まるで羽の様な身軽さで馬に乗った。
感心するほど洗練された身のこなしだ、乗り方一つとっても、俺よりも上手いのが分かる。
(俺が一番下手っぴかよ……)
ヨルダンが上手いのは当然だとして、俺の実力は一兵士であるヴィーゾンよりも劣る。
……て、言うかあのおっさんは何者だ?
ただの兵士ではないようだ……
謎の実力者、ヴィーゾンの様子に首を傾げていると、そのヴィーゾンが俺に声を掛けた。
「ラリー、剣での馬上戦だ。
今日ばかりは得意の“撓め斬り”は出来ないからな!」
子供たちの前で響く、ヴィーゾンの挑発。
俺はカチンとしながら「分かってるよ!」と返した。
地上での剣術勝負なら、俺は最近では良いところまでこのおっさんと戦える様になった。
……だけどもまだ勝利するところまではいっていない。
このおっさんは相当強いのだ……
補足すると、実はこのおっさんは何と聖騎士流の、剣士免状持ちである。
剣士免状を持つというのは、いっぱしの剣士であることを聖騎士流宗家から認められたという事を意味する。
そして、これを持つ者は相当な手練れである。
ゴッシュマもそうだが、この資格を持つ者から、だんだんと怪物的な剣士が出てくる。
剣士として一段上の世界の住人である証だ。
そんな彼はヨルダンが忙しい時には、俺の教師として色々剣を教えてくれた。
そして俺が軍馬を買った時から、彼は剣ではなく主に乗馬を教えてくれている。
……実はこれには理由が存在した。
我々騎士団に所属している者は、基本いつか来る戦争の為に存在している。
で、その出撃した戦争の際。
もし俺の乗馬の腕が未熟のままなら、いつか戦場でヨルダンに追いつけなくなり、見失う可能性が大きい。
戦場は広い、数万の軍勢が激突する会戦ならば、軍隊は数キロ幅の横隊を組んで相手と激突する。
ましてや騎兵は特に移動距離が長くて速い。
このような事情もあって……もしヨルダンと戦場ではぐれてしまうと、俺は彼の装備品を携えたまま、失踪しかねないのだ。
これでは、騎士にとって何のために盾持ちの従士を従えて、戦場に赴いたのか分からなくなる。
当然こんな事態を引き起こしてしまえばこれは従士にとっては失敗では済まされない。
……当然だが最悪首である。
もしくはカッとなった騎士に、半殺しにされる従士だっている。
なのでヴィーゾンは今、剣技以上に俺に馬術を教える事を重要視しているのだ。
さて話を訓練で使われる、孤児院の庭に戻そう。
ヴィーゾンは俺にからかうような笑みを見せると尋ねた。
「ラリー、この前教えたことを覚えているか?」
……俺はこれまでも、幾度となく尋ねられた質問の答えを返す。
「分かってるよ、カッとなって手綱を振り回すな……でしょ」
「そう言う事だラリーちゃん、足だってバタつかせるなよ、ダーブランが混乱するのは見てられないからな」
(くっそ、俺の事を“ちゃん”付けで呼びやがって……)
未熟者は悲しい……
軽んじられたくはないから、早く上手くなりたい。
……いつになったら一人前になれるのか。
そう思ってダーブランの背中で溜息を吐く。
そしてこれから始まる戦いに緊張したのか、ダーブランとファボーナが、俺やヴィーゾンをその背に乗せたまま右へ左へと歩き回る。
それに合わせて俺は自分の首を回転させ、そして、目で常にヴィーゾンを捉えた。
掴んだ手綱を引っ張り、やがて俺はダーブランの馬首をヴィーゾンへと向ける。
ヴィーゾンも同様に、ファボーナの首を俺に向けた。
……そしてお互いに、腰に下げた練習用の木剣に手を掛ける。
「……ハイッ!」
手綱を鳴らし、ダーブランを早歩きでヴィーゾンに向かわせる、ヴィーゾンも同じ。
こうしてたちどころに俺は敵に接近し、そして抜剣して構えた。
いよいよ始まるという頃、子供達の歓声が庭の中で響き渡った。
俺は左手で手綱を握り、右手で握る剣の刃をその左手の上に乗せて構える。
騎乗構え……第一。
対するヴィーゾンは左手に手綱を持ち、そして右手の剣の切っ先を、下から俺の顔めがけて伸ばした。
騎乗構え……第三。
攻撃は接近し、交差した一瞬……
下から俺の顔をめがけて延びるヴィーゾンの剣。
そのタイミングを見計らって俺は左手に乗せた剣を使い、ヴィーゾンの剣を下から押し上げる。
そしてそのまま頭部を切りつけた!
騎乗戦闘術、袋斬り。
ところがヴィーゾンは面頬の奥で”ニッ”と笑うと、俺の“袋斬り”を力づくで抑え込んだ。
次にすれ違いざまに、剣の柄頭で俺の側頭部を強打し、そしてさらにダーブランの尻を剣で叩いて通り過ぎる。
グンと一瞬早くなったダーブラン、そして響く軽い音。
木剣ではなく真剣であったら、ダーブランは負傷していただろう。
……つまり相手が有利を得たということ。
その優勢の中で、ヴィーゾンが馬首を返しながら、俺をからかうように言った。
「なって無い、なって無いなぁラリーちゃん。
剣で攻撃出来るのは、刃だけじゃないんだぜ?」
「くっ!」
「馬の事もしっかり見ろ、相手はお前だけじゃなく、馬だって攻撃してくるんだぞ」
「解ってるよ!」
俺がイライラしながらそう言うとヴィーゾンは「解って無いから言っているんだがな」と言い、やがて俺にファボーナの首を向ける。
「見てろよ……」
俺もまたダーブランの馬首を返して、ヴィーゾンを見た。
そんなダーブランだが、こいつも俺とよく似て短気だからもうかなりカンカンだ。
ヴィーゾンを見ながら前足の蹄鉄で地面を何度も引っかき“ぶっ殺してやる!”と言わんばかりの振る舞いを見せる。
この時ばかりは頼りになる馬だ……
『ハイッ!』
俺とヴィーゾンは再び対決をするべく早歩きで馬を歩かせ接近を始める。
互いに構えは“第三”の構え!
ここで俺達はただ交差する事が出来なかった。
と言うのもダーブランがわざとヴィーゾンの足に馬体をぶつけ、自分の体とファボーナの体で挟んで粉砕しようとしたのだ!
もちろん俺はそんな指示を出してはいない。
思わずファボーナを制御して体を遠ざけるヴィーゾン。
奴は今、俺を剣で攻撃するところではない。
(でかした!そして逃がすかよっ)
ひるんだヴィーゾンを見逃すまいと、俺は手綱をふるって必死に、馬首を相手に向けようと制御する。
……ここで思わず視線を切ってしまったのがいけなかった。
このわずかな時間の間に、相手を見失ってしまった。
俺が再度ヴィーゾンの姿を見ようと目を上げた時、見えたのはファボーナの尻尾だけになってしまったのだ。
それを見て(しまった!)と思った俺。
次の瞬間、俺は背中から木剣で頭を強打され、続けて首根っこを掴まれると、そのまま地面に放り出された。
「ぐはっ!うぐ……ゲホ、ゴホッゴホォっ!」
背中を強打し、激しくむせる。
そんな俺を馬上から見下ろし、ヴィーゾンが言った。
「今の馬体寄せは、お前の指示じゃないよな?」
「げほっ、げほっ……ゴホ、ゴホ」
俺は衝撃のあまり答えられず、ただ頷いて返事をした。
「まぁ、そうだよな……まだそんな腕でもないだろうしな。
(ラリーとダーブランは)似た者同士と言ったところか」
ヴィーゾンはそう言うと馬から降りた。
そして息を整え、ようやく立ち上がった俺の頬を叩きながら言った。
「ラリー、手綱をバタつかせるなと言ったが聞いていなかったのか!」
「……すみません」
「いいか、ダーブランはよく頑張った。
今の敗北の原因はすべてお前のせいだっ。
あの時はお前が自分の首を動かし。
そして俺を常に捕捉するべきだったんだ。
相手が早く動いているなら、別に無理に相手の動きに合わせる必要はない。
馬首を返したり、急に動かしているとたちまちのうちに馬が疲労しきって動けなくなる。
それならあえて直進を続け、俺から距離を置いて、それからゆっくり馬首を返せば良かったんだ。
それ(判断する事)が騎乗の士たるお前の役割だろうがっ。
お前たちは二匹とも浅慮が過ぎる!
短気を抑えなきゃ死んでしまうぞ!」
こうして俺は激高したヴィーゾンに人ではなく“二匹”と馬扱いされ、そしてこっぴどく怒られる。
いちいちごもっともなので反論もできず、俺は項垂れて殊勝に怒られ続けた。
フィロリア語が分からないダーブランも、心配そうに俺を見て“俺のせいじゃないよね?”と言いたげだった。
……後で、フォン語で“お前のせいではない”と言ってやろう。
さてどうして俺がバタバタと手綱を振り回したのかには言い訳がある。
実は騎乗戦闘術に於いて、後方に相手が回り込むと、非常に不利になる。
と、言うのも自分が右利きで右手に剣を持っていたら場合の話だが。
体の構造上、左後方から攻撃されると、全く対処できないのだ。
つまり一方的に攻撃されてしまう。
この様に馬術が優れていると、自分と馬のポジションを、相手に対して有利な場所に置くことができる。
……それを恐れて思わず心が逸ってしまったのである。
ついでに馬術の話をもう少し……
剣の上手い下手より、馬術の巧みさが勝負を決めると、騎士の世界では言われる。
だから皆馬術が巧みだ。
その巧みな馬術の中で、さらに剣や槍、斧槍の技量を上げ、その腕前の優劣で勝負を決して行く。
得意ではない者は、下馬して戦う場合もあるが、そう言う世界だという事は紹介させていただく。
こうして僅か2回の対決ではあったが、手も足も出ず惨敗した俺達“2匹”は、ヴィーゾンの許しを貰ってこの場を離れた。
そして井戸で水を飲み、そして汗だくでお疲れのダーブランに、ポケットの中に忍ばせておいた、大麦を一掴み食べさせる。
俺はそんな愛馬の首を撫で回しながら、乗馬と言う、新しい壁の前でもたつく自分に頭を抱える。
そんな俺の髪をダーブランがムシャムシャと食べ……
ぬわっ!俺の頭が奴の涎まみれやん!
「ダーブ……」
思わず怒ろうと顔を上げたら、次は奴の長い舌でベロリンと顔全体を舐められる。
「…………」
思わず何も言えなくなった。
そして笑ってしまい怒れなくなる俺。
顔が唾液と麦カスまみれだ……
その後、井戸水で顔や頭を洗った俺は、文字通り頭を冷やした事で新しくやるべき事が見つかる。
「やったなぁお前……
ふぅ、まぁお前にもっと乗って、慣れるのが一番だよなぁ」
思わずニヤニヤしながらそう言うと、ダーブランは面白そうに尻尾をふるった。
「よーし、今度ペッカーも誘って遠出するか……
どこが良いかなぁ?」
そう思って一人で呟くと、近くに在った孤児院の門が開き、そして俺と同い年の兵士のアマーリオが飛び込んでくるのが見えた。
奴はそのまま、敷地内に入った瞬間へたりこみ、そして肩で荒々しく呼吸をしながら芝生の上で寝そべりだした。
「お、おい……アマーリオどうした?」
普段別に仲が良い相手でもないが、さすがに気になる俺は、あいつの元に近寄る。
「どうした?何かあったのかっ」
声を掛けながら、改めてアマーリオの様子を確認した。
……アマーリオの様子は異常だった。
地面に寝転がる彼は、荒げた息、そして青ざめた唇を持ち……その眼には異常な程の恐怖が漲る。
その怯えた眼差しを俺に向けながら、アマーリオは俺に懇願するように言った。
「あ、ああ……はぁ、はぁ。
ヨルダン様を呼んできて……」
「騎士ヨルダンなら夕方まで戻らないぞ。
ヴィーゾンならいるけど……」
「一大事なんだ……
このままだと神官様が危ない」
「わ、分かった、ヴィーゾンを呼んでくる。
話が分かったら俺が(現在ヨルダンが居る)同盟騎士館に行ってくるから」
「ハァハァ……」
アマーリオは返事をする力も無いのか、息を荒げたまま頷いた。
このただ事ならない様子に、俺も焦った。
急いでヴィーゾンを呼んできた俺は、彼と一緒にアマーリオを抱えると、近くの四阿に運ぶ。
やがて異変に気が付いた孤児達が、ワラワラと集まって、女の子が水を汲んだり、タオルを持ってきたりしはじめる。
「マーロ(アマーリオの愛称)大丈夫?」
「ねぇ、朝神官様と一緒に出て行ったよね?
神官様に何かあったの?」
集まった男の子や女の子は、不安げな表情を浮かべたまま、各々アマーリオに問いかけた。
こうして気が付いたら四阿内が好奇心と、心配そうな瞳で満たされ、これに慌てたヴィーゾンが「お前たちは家に入りなさい!」と言ってこの子達を返す。
この言葉を聞き、子供達は皆心配そうに四阿内のアマーリオを何度も振り返りながら、家の中に入っていった。
……ここの孤児たちは皆、良い子だ。
こうして子供達が居なくなった後の事だが、やがて落ち着いたアマーリオが語りだした。
「ヴィーゾン様すみません、実は神官様が大変なんです」
「アシモス殿の事だな?
アシモス殿に何かあったのか?」
「はい、実は“月の神殿”に取り残されてしまったのです」
「どういう意味だ?
それに、なんでまた“月の神殿”なんかに行ったんだ?」
「はい、実は……」
◇◇◇◇
―今から7時間前。
「神官様、ご相談したい事があるのですがよろしいですか?」
アマーリオは自分のこれからに不安を覚え、朝食前に元神官のアシモスに相談しようとした。
そこで扉をノックもせずにアシモスの部屋を開けたのだが、そこで見たのは、旅装に身を包み、今これから旅立とうとしているアシモスの姿である。
『!』
見られたアシモスもびっくりである。
「えッ、もしかして逃げ出す……ムグッ!」
アシモスは急いで喋りかけるアマーリオの口を塞ぐと、彼を急いで部屋の中に引っ張り込んだ。
そして扉を閉める。
「はぁ、はぁ……」
吐息を繰り返すアマーリオ。
それを前にして、バツが悪そうなアシモスが言った。
「いいですかアマーリオ、私は逃げるのではありません。
ですがこれから砂漠……とまではいかないですが、荒れ地に向かわないといけないのです」
「へぇっ?」
「ここまで来たら、アマーリオ貴方も来るのです」
「へぇっ?
どうしてですか?」
「実は私は今夜、神様に会うのです」
アマーリオは一瞬(この人は何を言っているのだろう?)と思った。
……と、言うか急展開過ぎて頭が付いていかない。
少年は、アシモスが悩みすぎて狂ったのではないか?と思った。
だが、目の前の男の目に狂気の光は無い。
ただ逃がすまいと、自分を鋭く見つめるだけである。
その気迫に押されて、目線も外せず黙る彼に、神官アシモスは指をアマーリオと自分の顔の間に立てながら言った。
「アマーリオ、私に何の用があって来たのです?」
「あ、いえ……別に大した事があったわけじゃないのですが」
「うん?」
「あ、ここに来てから4年になるのですが。
どうも兵士になるにしても、あの新入りの様に強くもないし、それで自分に何が向いているのか相談しようと……」
「それだけ?」
「……それだけです」
アマーリオがそう言うとアシモスは彼の肩をパンと叩いていった。
「相談に乗ってあげますよ、アマーリオ。
その代わり荷物を半分持ってついてきてくれませんか?」
「荒れ地にですか?
どこに行くんです?」
「月の神殿です」
そう言ってアシモスは優しく微笑んだ。
◇◇◇◇
―時間を戻して四阿の中。
「神様に会うと、そう言っていたんだな」
そう言ってヴィーゾンはアマーリオの言葉に頭を抱えた。
「神官殿はずっと悩んでおられたからな……」
「そうなんですか?」
俺がそう言うとヴィーゾンはちらっと俺の顔を見た。
次に、重い溜息を吐き、こう語りだす。
「実はな、俺とアシモス殿、そしてアマーリオはエルワンダル戦争の生き残りなんだ」
……この告白を聞いた時、実は意外な気はしなかった。
常日頃、俺はヴィーゾンが、砂漠の国で一兵士に終わる様な男に思えなかったからだ。
きっと過去がある男なのだろう、だからこんなところに居るのだろう、そう考えていた。
なのでこの告白を聞いた時と正直思った。
……ヴィーゾンの言葉は続く。
「アマーリオは漁師の息子で、戦争に参加はしてないが、それでも被害者である事に変わりはない。
……そして肝心のアシモス殿だが。
エルワンダルでは、彼は神官として、戦争の犠牲者を弔い、戦士の魂を導いて下さっていたんだ。
だけどそれが彼の信仰の妨げになってしまったんだ」
「はぁ……」
「だから神に会って、皆が救済を受けられたのかどうか確かめたいと常に言っていた」
……え、それで悩むの?
そんなの“救われますから!”で俺なら押し通しちゃうけど……
あの人は真面目かっ。
因みに俺の中での僧侶のイメージなのだが。
こんな真面目な僧侶では無かったりする。
俺のイメージする僧侶の印章の大部分を占めるのは、実は前の人生での幼馴染だ。
奴は、カラオケボックスでマイクを握りしめ、ポニーテールの歌をアイドル張りの手つきで歌い踊った豪傑である。
う、頭の中で……
―ポォニィッテェールゥ、フゥワッフワっ!
て、歌ったアイツの声がフラッシュバックしてきた。
……いやもちろん私服で、非番の日だったんだけどね。
あの人に、そんな悩みは微塵も感じなかったな……
そう、はるか昔見た珍百景に心を通わせているとヴィーゾンが「気にしなくてもいいのによ」と言って涙ぐみ……
あ、いかん。珍百景の事を思ってましたとは言えない雰囲気です、これ。
俺は改めて神妙な表情を作り、ヴィーゾンの顔を見る。
……あ、ファボーナが俺の尻を鼻でプッシュしてくる。
向こう行ってファボーナ……よし良い子だ。
ダーブラン、お前は来なくていい!
あ、ヴィーゾンが顔をそろそろ上げてくる。
「あんな悲惨な戦争は、これまで体験した事も無いくらい酷い有様だった。
豊かさで知られたエルワンダルは死と業火で埋め尽くされた。
広大さで知られたリズネイ湾のどの入り江に行っても、醜く膨れた水死体が浮かんだ。
貴族も、騎士も、そして大公様だって皆死んだ。
国が滅ぶというのがどれ程辛いか、お前には分かるまい……」
ヴィーゾンはそう言って、目線を再び落とした。
アマーリオもあの日の事を思い出したのか、ともに涙を流す。
やがてヴィーゾンが「話の腰を折ってすまない、それで何が起きたんだ?」と、アマーリオに話の続きを促した。
「はい、実は……」
◇◇◇◇
―5時間前、月の神殿。
孤児院があるルクスディーヌの街から東に1時間半ほど歩いたところに、それはあった。
地元の人間が“月の神殿”と言う廃墟である。
一体何時、誰が作ったのか全く分からない物で、そもそも神殿だったのか、城だったのかもわからない。
ただ現在だと、死者が集まる場所と噂される場所だ。
二人は、目印となる岩の形や、地形を確認しながら、たっぷり2時間かけてここに辿り着いた。
……こうしてやってきた月の神殿は、目の前で砂に半分埋もれてそびえている。
その周りには幾つもの尖塔が、斜めに傾ぎながら林立している。
その見慣れぬ異様な光景を目の当たりにし、アマーリオがアシモスに言った。
「神官様、なんか不気味な場所ですね」
「そうですね、昔ヴァンツェルの方で、かつての邪教の神殿の遺跡があったのですが、それに似ていますね」
「へぇ……」
「かつての神は3神(サリワルディーヌ・フィーリア・ラドバルムス)との戦いに負けて滅び去ったそうです。
完全に消滅し、二度と復活する事もないそうですがね」
「そうなんですね、だとしたら安心ですね」
「ええ、ですがゴブリンなどの魔物達は、彼等が滅んでからこの世に現れたそうですよ。
死んだ邪神達が最後にはなった、精液から生まれたと言われております」
「なるほど……」
「さぁ行きましょう」
そう言って二人は月の神殿の内部へと足を踏み入れた。
月の神殿の内部は、ところどころに屋根の崩落が見られ、そこからこぼれる太陽の光が中を明るく照らしていた。
月の神殿は一つの建物で構成されているわけではなく、サリワルディーヌ神殿同様に、いくつかの小神殿と巨大な大神殿で構成されている。
これを見ると、ルクスディーヌの住民がここを“神殿”と呼ぶのが良く分かる。
見慣れたサリワルディーヌ大神殿と類似性があるからだ。
二人は所々が瓦礫で埋まった通路を選び、何とか通れる場所を通って奥へ奥へと進む。
その途中でアマーリオはアシモスに尋ねた。
「神官様、先程どうしてここに来たのかはお聞きしました。
だけども、どうしてその男の言葉をあっさりと信じたのですか?」
この場所に辿り着く道すがら、アマーリオはアシモスから例のラドバルムス教徒の話を、雑談がてらに聞いていた。
なので彼は、ここでなんとなく、更に深く事情を聞いてみたくなったのである。
「どういう事です?」
質問の意図が十分に分からなかったアシモスが問い直すと、アマーリオが言った。
「だって、そんなに凄い事なら、見知らぬ他人では無くて、自分の信用する知り合いにやらせればいいじゃないですか?
なんでその人は神官様に、この事を依頼したんでしょう?」
確かに言われてみればその通りなので、アシモスは「え?……ああ」と言って首を傾げた。
その様子を見て、アマーリオの胸に不安が過ぎる。
アマーリオはざわつく胸を抱えながら、急ぎアシモスに質問を重ねた。
「その人の名前は何だったのですか?」
「名前?そう言えば聞いていなかったですね……」
それを聞き(嘘だろ!どうして?……)と、アマーリオは思った。
「神官様、本当にしっかりしてくださいよ!
そんな怪しい奴の話を真に受けたんですか?」
アマーリオがそう抗議すると、アシモスはバツが悪そうな顔を見せた。
その表情に引き出されるように、アマーリオは更に抗議を重ねた。
「絶対変ですよ神官様。
普段あまり人をすぐに信用しないじゃないですか。
なんで今回限ってあっさり他人を信じたんですか?」
アシモスはそれを聞くと首をふるって道の先へと足を向けながら答えた。
「自分でも判りません……」
「神官様!」
「誰だってそんなときはあります!
アマーリオこの話はこれで終わりです!
先に進んでくださいッ」
アシモスにそう言われるとアマーリオは何も言い返すことができず、黙ってついていくしかない。
かくして二人は見慣れないレリーフやら、壁の彫刻やらを見ながら奥へ奥へと足を進めた。
……やがて、そんな二人の耳に誰かの話し声が聞こえてきた。
「バルドレの旦那、本当に此処なんでしょうね?」
アシモスとアマーリオはその声を聴いて顔を見合わせる。
自分たち以外に誰か居る!
まず二人の脳裏を過ぎったのは(ここが実は野党どもの隠れ家であるかもしれない)と言う事だった。
実は聖地では身を焦がすほどの激烈な太陽と、肌を削るヤスリの様な砂嵐から身を隠す為、人里離れた遺跡を、隠れ家として利用している野盗が多かった。
つまりこの月の神殿は、こうした野盗の隠れ家にうってつけなのだ。
そしてアマーリオは、別の重要な事にも気が付いた。
「神官様、連中の言葉、フィロリア語です」
聖地で話される言葉は、フォン語である。
殆どの人間はフィロリア人の言葉である、フィロリア語なんて喋れない。
つまり、こいつらはフィロリア人であるという事だ。
アシモスもこの事実に気が付くと、アマーリオの服の袖を引いて、今来た道の方を指さした。
……いったん退こうという合図だ。
こうして二人はそろりそろりと来た道を引き返し、そして隠れるのにふさわしい部屋を探し始める。
やがて狭くて都合のいい空間が見つかった二人は、ここに身を潜めた。
ここでアマーリオは口を開く。
「神官様、荷物を持っていて下さい。
中に水と食料がありますから……」
「アマーリオ、あなたはどうするんですか?」
「あいつらの様子を見てきます」
「一人で?」
「もし、神官様に何かあったら大変です。
私一人で行った方が安心できます」
「ですが……」
「大丈夫です、いざとなったら走って逃げます。
その時荷物があったら邪魔ですし、それに私は足に自信があるんです」
一人で行かせることにアシモスは躊躇いを覚えているようだったが、他に妙案があるわけでもないし、それに自分では足手まといになると思ったアシモスは無言で頷いた。
それを見てアマーリオも「行って来ます」と言って外に飛び出す。
こうして足音を立てないよう、靴を脱いでゆっくりと忍び足で声がした場所に戻るアマーリオ。
あの場所に戻ると、物陰から彼等の様子を盗み見る。
やがて6人組の武装した男達が、道を喋りながら歩いているのを視界に捉えた。
そして彼らの会話にも耳をそばだたせる。
「バルドレの旦那、本当に此処であっているんですか?」
先程と同じことを聞かれているバルドレと言う中心人物。
バルドレは強面でどこか野卑な表情をした男だった。
彼は隣に居る、猫によく似た男の頭を手で叩きながら軽妙に答える。
「馬鹿野郎、同じ質問を何度もするんじゃねぇ!
仕方がねぇだろ、セクレタリスがここでアキュラの野郎をここで仕留めたって言うんだからよ」
「だからって、今回も此処に現れるんですかね、あの洞窟は?」
「それも知らねぇよ、だけどセクレタリスはたぶん此処だろうって言うんだ。
この廃墟だけは100年に一度か、もっとの割合で忘却の洞窟が出現する。
それに最後のエリクシールが死んでから間もなく10年が経つ。
ジスパニオもそろそろ新しい運命の男が必要だろう。
何せそうしないと、奴はこのまま洞窟に閉じ込められたままだからな。
封印されるというのは退屈なものだ」
「へぇ、経験がおありで?」
「ああ、セクレタリスが居なかったら、今でも封印されたままだっただろうよ。
全く、あのクソ野郎には酷い目にあわされたぜ。
王剣を隠す為にとか何とか言ってよぉ」
「ああっ!在りましたぜっ」
やがてそのうちの一人が、バルドレの会話を遮る様に声を上げる。
そしてその声に導かれ、全員がその場所に向かった。
そこには一体のミイラが存在した。
いや、むしろミイラ化した、乾燥した死体と言ったところだろうか?
風化した生前着ていたのであろう、くすんだ色をした、ボロボロの服を纏っている。
それを見てバルドレが嬉しそうに叫んだ。
「間違いねぇ!あのクソ野郎の死体だっ」
「これがあの……」
「ああ、この服には見覚えがある。
最後の王剣士にして、どうしようもないクソ野郎だ……」
そう言うとバルドレは足でこの死体を蹴り転がして、さらに嬉しそうに言った。
「見てみろよ!この腹に空いた大きな穴をよ!
セクレタリスが言った通りだ……
ざまぁ見ろ……俺達を裏切って王剣を隠した罰だぜ」
「王剣はどこに行ったんですか?」
「知らねぇよ、だけどこの100年どこかで使われた痕跡はあるんだ。
誰かが持っているのは間違いねぇ。
しかし持ち主となれるリンドス家に繋がる主な家の人間は、皆族滅してる。
そしてリンドス家の血を引く奴以外は、王剣士には成れねぇ。
つまり誰か、リンドス家の誰かが生き残っているんだ、誰かがな……」
そう言うと彼は周りを見渡して次にこう言った。
「石棺があるって聞いたが、どこにもないよな?」
「じゃぁ探しましょうか」
「いや、いい。別に必要なものでもねぇ。
ただ奴が最後に命を懸けて王女を隠そうとしていたんだ。
どんなツラなのか拝んでみたかっただけさ」
「へぇ……」
「それよりも夕方はもっと仲間を集めるぞ、40匹位でココを占拠する。
そして用が済んだらずらかるぞ。
忌々しい聖騎士団の本拠地の近くに、長居は無用だ」
こうして話を聞いていたアマーリオは頭を抱えて顔を青くしていた。
(ああ、やっぱりそう言う事かよ!
仲間じゃなくて見ず知らず異教徒に、おいしい話を聞かせる奴なんかいないよなぁ。
つまりあれだ……武装勢力に占拠されているから、頼む、アンタ何とかしてくれって事じゃん!
聖騎士団の本拠地近くで、ラドバルムスの手勢を揃えられないから、そっちで何とかしろって事じゃん!
やっぱりバルミー《ラドバルムス信徒》に踊らされたぁぁぁぁぁぁぁ)
こうして、あのいきなり現れたラドバルムス信徒の策略に気が付いたアマーリオ。
彼は、感づいた相手の思惑、そして訪れた非常事態に思わず頭を掻きむしる。
……そして次にこう考えた。
(とにかく長居は無用だ!
急いで町に戻って応援を呼ぶなり、諦めるなりしなきゃ……)
この様に方針を迅速に決めたアマーリオ。
とにかく急いでここから離れようと、今来た道を戻り始めた。
やがて彼は角を曲がったところで、気持ちを緩め、そして脱いでいた靴を履く。
「さてと、これで……」
「え?」
誰かの声がしたので顔を上げると、別の道から魚っぽい顔をした男が不意に現れ、そしてアマーリオと目が合う。
『…………』
思わず黙って見つめあう二人、次の瞬間魚みたいな顔の男が叫んだ。
「ぎゃああああああ、出たぁぁぁぁぁっ!」
その声に驚くアマーリオ、そして逃げだす魚顔の男。
……お前が叫ぶのかよ、とアマーリオは思った。
そして背後から声が響く。
「なんだ!誰か居るのかッ?」
次の瞬間、アマーリオは脱兎の如く逃げ出した!
その足音を聞き後ろのバルドレ達が叫ぶ。
「いたぞっ!絶対に逃がすな!」
(ぬわぁぁぁぁぁ、あの魚ぁぁぁ!)
アマーリオは思わぬ不運を嘆きながら全力で、遺跡の中を疾走する。
瓦礫を飛び越え、崩れた柱を上り、廊下を侵食する小麦粉の様な肌理の細かい砂を蹴り上げる。
今、人生で一番必死な男!
やがて幾つもの分かれ道が交差する分岐点に立った彼は、そのうちの一つに飛び込む。
「……嘘だろ」
そこは、行き止まりだった……
「お前らはこっちに、俺はこっちに向かう!」
先程バルドレと仲良さげに話していた、猫みたいな顔の男の声が響き、そして奴がこちらに足音を響かせて向かってくる。
(マジかよ、マジかよぉ!
逃げ場がねぇよ逃げ場がよぉ!)
行き止まりで周囲を見回すアマーリオ。
……だけどやっぱり道はない。
だけどそんな彼に無情にも近づく、追手の足音。
アマーリオは(もうこれしかない!)と腹を決めて壁のレリーフに手を掛け、足を掛けて壁をよじ登り始めた。
そしてワナワナと震える手で必死に天井にしがみつく。
(ゆ、指がぁ……指がぁ)
指が震え、足が震え、腕がワナワナと震える。
死にたくないという思いが全身を襲う痛みに耐えさせた。
「む、ここは行き止まりか」
ちょうどこの時、アマーリオの真下に猫によく似た顔の男が現れた。
(お願い、早く行って。
ここから早く消えて……)
アマーリオは半泣きになりながら、プルプルと震える手で天井にしがみつき、この様子を見下ろす。
しかし猫顔の男は呟く。
「だけど、人間の匂いがするぞ」
顔が猫だから、嗅覚までも猫だというのか。
馬鹿野郎……と、アマーリオは思った。
やがてアマーリオのよく頑張った指は限界を迎え、ずるっ……ずるっと滑っていく。
そしてそれが天井の石材に付着したゴミを下に落とすことになり、それが猫顔男の頭に降り注ぐ。
「うん?」
そう言って猫顔男は、思わず天井を見上げた。
この時、アマーリオの指がついに限界を迎えた。
僅か15年の一生が、走馬灯のようによぎったアマーリオ。
何も思えず、ただ空白の中に滑り落ちるように、地上へと落下した。
ズガァーン
激しい音を立てて、猫顔男の上に落下したアマーリオ。
男を下敷きにして約4メートルの高さから落下する。
「あ、ああ……いた、痛たた」
4メートルの高さから落下したにしては、あまり痛くはないが、それでも痛みに顔をしかめて周りを見渡すと自分が落下した場所には巨大な猫が居た。
『……?』
思わず二度見するアマーリオ。
自分が下敷きにしたのは猫顔の男だったはずだが、そこに居たのは服を着た巨大な猫の姿である。
(え……えええええええっ!)
ここで初めてアマーリオはあいつらが魔物達なのだと気が付いた。
とにかくこの猫を隠さなきゃだめだと思ったアマーリオは、この巨大猫を引きずって壁際に隠す。
猫の姿を通路から見られるのを防ぐためだ。
ところが一難去ってまた一難……
あの激しい激突音を聞きつけ、他の連中が「どうした?」と言いながらこちらに近づいてくる。
握力も無くなり、プルプルと震える指先を見ながらアマーリオは考えた“いかにして切り抜けるかっ!”と。
もう壁に捕まる事は出来ない、だとしたら思い切って見ようと決断する。
そこで彼はこう鳴きまねした。
「にゃおーん……」
言った瞬間アマーリオは失敗したと思った。
『…………』
男達は沈黙しながらこちらに警戒しながら近寄って来る。
生き延びる事を諦められないアマーリオは、今足元でぐったりしている巨大猫の手を持ち、壁際からちょっとだけ出してみた。
「にゃおーん……」
言った後でアマーリオは思った。
こんなでかい手の猫、居るはずない……と。
(終わった……俺の馬鹿)
再びスタッフロールのように流れる、自分の人生を走馬灯のように見るアマーリオ。
しかしそれを見た追手の反応は意外なものだった。
「なんだ、本当に猫だ」
それを聞いたアマーリオは(えっ?)と思った。
やがて足音は遠のき、思わず腰が砕けるアマーリオ。
やがて彼は誰も居ないのを確認すると、一目散に逃げだし、この月の神殿を後にした。
……神官アシモスを見捨てて。
◇◇◇◇
―もう一度現在。
「ごめんなさい!ヴィーゾン様。
俺は臆病で弱い奴なんです!」
見守る俺とヴィーゾンの前で、アマーリオは悲鳴にも似た声で謝った。
ヴィーゾンはそれを聞くと溜息を吐き、次に優しくアマーリオにこう言った。
「だがよく逃げた、ここまで知らせに戻ってこれたのは不幸中の幸いだ。
ラリー、急いで同盟騎士館に居るヨルダンに知らせろ。
敵が兵数を揃えた魔物だとなると、魔導士も混ざる可能性がある。
聖甲銀で武装して切り込まないと、被害を被りかねない。
とにかく準備を整えて襲撃しようと言うんだ。
何としてでもアシモス殿を助けるぞ!」
「ハイッ!」
俺はそれを聞いて四阿から飛び出し、ダーブランの手綱を引くと、孤児院の門に向かった。
そして門に辿り着いた俺は、その門を開く。
次の瞬間俺はダーブランにまたがり、町の中を駆け抜けた!
「どけどけっ!どいてくれっ!」
俺の勢いに通行人は避けていく。
こうして割れて行く人の波。
ソレを切り裂いて俺は同盟騎士館に向かう。
ダーブランは速かった、さすが軍馬だ。
疾風の様な速さで町中を駆け抜け、やがてダーブランは俺を乗せて、荒い息のまま騎士館の敷地に入る。
俺は馬のまま乗りいれた、騎士館の中庭で驚いた顔の僧侶たちに告げた。
「失礼します!騎士ヨルダンの従者ラリー・チリです。
急いで主に伝える事があって参りました。
騒がせて申し訳ございません!」
俺の声を聴き、たちどころに誰かの声が響いた。
「ヨルダンならこっちだ、(ダーブランの)手綱を誰かに委ねてついてこい!」
声の主に目を向けると、聖騎士だと思われる、修道服の僧侶が俺を手招きした。
「はぁ、はぁ……ありがとうございます」
息も荒げ、ダーブランから飛び降りた俺は、その手綱を他の僧侶に委ねると、ダーブランを撫でてこの場を離れた。
「こっちだ、生意気なラリー」
ああ、ここでも俺はそう呼ばれるのか……
俺を導く僧侶は無遠慮にそう言うと、俺を先導して導く。
やがて騒ぎを聞きつけたヨルダンが、敷地の奥から、こちらに向かってくるのが見えた。
修道服を着ているので、恐らく儀式か何かに参加していたのだろう。
「どうしたラリー?」
やって来るなり、俺に向けて訝し気な表情で問いかけるヨルダン。
俺はそれに応えて言った。
「騎士ヨルダン大変です、アシモスが遺跡に閉じ込めらました」
「なに?」
俺はアマーリオから聞いた話をかいつまんで話し、ヨルダンに助けを求めた。
「お願いします、アシモス殿を助けてください」
ヨルダンはそれを聞くと大きく頷いた。
すると周りに居る、耳が潰れた修道服を着た僧侶複数人が、ヨルダンにこう言った。
「ヨルダン、これは館長に助けを求めた方がいい。
40匹の魔物との戦闘になるというなら、それなりに装備を整えよう」
「軍用倉庫を開いて聖甲銀を出そう、風上から回って襲撃する必要がある」
そんな周りの聖騎士の助言に頷いたヨルダン。
周りの聖騎士はヨルダンの肩を叩きながらいった。
「兵士は俺も出す、俺のところで20人は出せるだろう、周りにも声を掛ければ200人。
騎士は13人は固い、恐れるに足らんさ」
「ありがとう……ではラリー。
一緒に館長の元へ」
「ハイッ!」
こうして俺はヨルダンと、その友人たちに連れられ、館長ニフラム・ローンの元へと向かった。
今夜始まる戦いが、同盟騎士館所属となった俺の初陣となる。
だけどこの時の俺はその事を思い返すでもなく、ただ頭の中を、アシモスに対する心配で埋め尽くしていただけだった……
遅くなり申し訳ございません。
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