本当の自分を求めて。
コツコツコツ……
チャリ……チャリ……チン
俺は石畳を踏みしめながら歩いていた。
ブーツが、重々しく響き、そして踵から延びる拍車が硬い金属音を上げながら、その歯車を鳴らす。
そして片手に持つ松明が、この暗闇の世界を照らした。
……ここは洞窟の中だ。
松明の赤く揺れる光に、垂れさがる鍾乳が潤んで輝く。
……俺は後ろを振り向く。
すると、振り向いた先には、一人の気の強そうな17歳の少女が居て、その子が俺を睨んでいた。
そしてその少女の手を、俺はもう片方の手で握りしめている。
この状況下で俺は彼女に声をかけた。
「まもなくです姫さま」
「……はぁ」
彼女は俺の言葉に、溜息と沈黙で返した。
……この沈黙が胸につかえる。
そして伝わる彼女の不機嫌が耳に痛い。
それでも自分のしている事が正しいと確信している俺は、それでも道の先に進んだ。
そして俺に手を引かれるまま、諦めた様に彼女も又、共に奥へと進むのである。
この様にして同行者を連れて、洞窟の奥へと向かう俺。
いくつかの曲がり道を躊躇いながら進むと、ついにその時が来た。
「ああ、本当に在った……」
俺の目の前に、青く輝く神殿が現れた。
これまで歩いた石畳の道は、この神殿に続いていたのである。
この青冷めた輝きを目の前にし、俺は彼女にこう言った。
「……姫様、この神殿に身を隠しましょう」
「アキュラッ!手を離さぬかっ」
するとそんな俺に手を引かれながら、彼女が声を上げる。
この叱責に思わず俺は手を放す。
姫様は怒りも露に俺を睨みながら、手をさすって俺を見た。
彼女はフォーザック王の3女でスマラグダと言う。
そして俺はこのフォーザック王国に仕える騎士だ。
つまり俺は、仕える王家の姫君の手をつかんでここまで来たのである。
俺は(ここまでくれば安全だ)と思いながら彼女に真実の一部を打ち明ける。
「姫様、お許しください、あの結婚式は大神官アルバル・ペタルマの詭弁です。
あのまま結婚式に出席すればあなたは殺されてしまうのです!」
俺がそう言った瞬間姫様は立ち止まり、そして目を見開いて俺に尋ねた。
「え?どういう事だ……」
ああ、何も知らない可哀想な娘……
お前を襲う不運を知らず、祖父がお前を殺してでも、サリワルディーヌの為に王剣を汚そうとしているとは思わない。
……家族からの愛を信じた、穢れ無くも美しき愚者よ。
姫は「嘘だ、お爺様(大神官)がそんな事……」と言った後、俺に縋るような目を向けた。
「嘘であろう?お爺様は私の為に婚礼の衣装も用意してくださった。
常に私を愛してくれた。
……お前は嘘をついたのであろう?」
俺は黙って……静かに首を横に振った。
「嘘をつくな!
王剣士であるお前は神官が執り行う儀礼や秘儀について詳しくはないッ。
なのに何故、お前はその儀式の内容を知っているのだっ!」
俺は視線を床の石畳に落とした。
床には偉大な神が残した、霊薬とその効能が刻まれている。
その彫り込まれた文字の上で、俺は意を決して目線を上げた。
そして、不安に揺れる少女の目を覗きながら、俺は自分の秘密を打ち明ける。
「私は私の人生を歩むのが、実は2度目なのです」
「え?」
「前の人生で、私はあなたを失いました、そしてフォーザックも滅んだ。
だから私は……悪魔に魂を売り渡したのです。
そして、もう一度“今日”に帰ってきた」
「……“今日”に帰ってきた?」
「そうです……
今日じゃないといけない、今日だけがあなたを安全な場所に隠すことができる唯一の日なのです」
「まて、もっと説明をせよ!
一体どういうことだ!」
「その暇はありませぬ。
まもなく新しい運命の男が決まってしまう。
そうなればこの洞窟は崩壊し、そして私は2度目の人生を終えなければならない。
姫、お許しを!」
俺はそう言うなり、彼女にアルタームと言う猫から譲り受けた、眠り魔法の籠ったアミュレットの力を開放した。
意表を突いた俺の魔法は、常人離れした魔導士でもある彼女の意識を刈り取る。
……音も無く、崩れた彼女の体。
その崩れ落ちる少女を抱きかかえた俺は、目の前に立つ小ぶりな神殿の奥を目指した。
……こうして辿り着いた神殿の奥。
そこには隙間なく刻まれた、白く輝く魔導の言葉で彩られた石棺がある。
青く輝く神殿に浮かぶ、白い光の石棺。
俺はこの石棺の中に彼女を入れ、そして近くにある魔導を制御する石板をなぞる。
次の瞬間石棺の中に緑色の液体が沁み出して、それが徐々に彼女の体を浸し始める。
「姫様、お許しを……
これしかあなたを救う方法が、私には思い浮かばなかったのです」
俺はこの様子を苦渋の思いで見守った。
やがて彼女の腕が、胸元が、そして美しく整った鼻先が……沁み出た緑の液体に沈んだ。
やがて石棺の中はこの緑色の液体で満ち、その中に美しい彼女の姿が完全に漬かる。
(これでいい、これで……
後はすべてが終わった後、この洞窟の秘密を知るものが彼女を助ける。
王剣を隠し、王剣7臣を失った俺にはもうこれ以上はどうにもならない。
後はせめてこの事を誰かに伝え……)
次の瞬間、背中から鋭い衝撃が走り、そして激痛が腹を貫いた!
「あ、あがぁ……」
俺は、痛みで息も止まり、そしてこの場に崩れ落ちた。
そんな俺に誰かが声をかける。
「裏切り者には死を……
王剣士アキュラ、最後の言葉だ」
次の瞬間剣は俺から引き抜かれ、そして男は足音を響かせながらこの場から立ち去る。
口の中に満ちる、鉄と血の味……
痛みでワナワナと震えながら振り向いた俺。
立ち去る男の背中には見覚えがあった。
「セクレタリス……」
知り合いだった。王剣士7臣の筆頭セクレタリス……
奴は神殿の外で、入りたくても入れず沈黙しながら結界をさする異形の者に声をかけた。
「いいかお前ら、リンドス家、ルブレンフルーメ家、そしてマロル家の人間を探せ!
奴らの内の誰かが、王剣の刃を隠している……
草の根を分けてでも探すんだっ!」
その声を聴きながら、俺は追っ手に追いつかれたのだと知った。
自分の腹からドクドクと流れる血、急速に冷えて行く肉体……そして薄れる意識、襲い掛かる眠気。
ああ、これで俺は終わりなんだと、覚悟を決めた。
(タチアム……船に乗り遅れないでくれ。
世界の果てまで、無事に逃げて……)
……目を閉じた、もう限界だった。
ああ、二度目の人生が終わる。
次はどんな生命に生まれ変わろう?
出来れば争いの無い世界で暮らしたい……
そして、平穏に暮らすのだ。
身を焦がすような憎しみも、目が潰れてしまうほど流される涙も、次の人生では無縁でありたい。
……そして女神フィーリア。
苦渋の決断だったが、お前の望みは叶えた。
憎んでも憎み切れないお前を許したのだ。
前の人生では散々な目に、俺や祖国をあわせたお前……
王剣はお前の元へと送ってやった。
後はお前が俺との約束を守り、妹の人生を見守るのだ。
今生では、主を裏切り、祖国を裏切り、王剣を裏切り、そしてサリワルディーヌを裏切った。
……この俺は、生まれ変わることなく、地獄行きか?
消えてしまうのか、無に帰るのは怖いな。
一人は嫌だ、魂が消滅するのも……
さみしい、寂しい、寂しい……
床に寝そべる俺、石畳の冷たさがまるで氷に頬を寄せたようだった。
そしてこの時、不意に誰かの気配がした。
そこで薄目を開くと、一人のグラマラスな女性が歩いていた。
「運命が見えない、どういう事だ?
何故、王剣の所持者の運命が見えないのだ。
おかしい、間違いなく王剣の刃は私の手元に来た。
どうして、その者の運命だけが見えないのだ?
王剣の力なのか?だとしたら……」
顎に手を当て、そして俺の存在に気付くことなく、あれやこれやと悩む彼女。
彼女の姿には見覚えがあった。
(フィーリア?)
そこには女神フィーリアの姿があった。
そしてそのフィーリアの様子を、俺以外の誰かが冷笑を浮かべて見ていた。
……あれは誰だろう?
◇◇◇◇
ガンガン!
「ハッ!」
朝、自分の寝室で俺は目が覚めた。
「……あれ、俺何か夢を見ていたけどどんな夢だったっけ?」
何か興味深いヴィジョンを見た気がするが、俺は何も思い出せない。
そう思ってボーっとしていると、俺を叩き起こしたあの音がまた響いた。
ガンガンガン!
窓の外では、誰かが館の門のノッカーを盛んに叩いている。
「なんだよ、俺の誕生日、かつ休日だって時に……」
俺は悪態をつきながらベッドから飛び起き、そして窓の鎧戸を開けて外を見た。
「うん?」
外を見ると、門の前にルヴィことベイルワース・アイルツと、ヴィタース・ワズワスが俺に手を振っていた。
「おいラリー、遅くまで寝てるな!
遊びに来てやったぞ」
ルヴィがそう言って遠くから俺に声をかける。
俺は強い日射しに目を眩ませながら「ああ、分かった今から行くから!」と言って首を部屋の中に引っ込めた。
「ああ、クソ。朝から元気な連中だ」
俺はそう悪態をつきながらシャツとズボンだけのラフな格好で、外に飛び出し、そして館の門についている潜り戸を開けた。
二人はそこから身を屈めながら入って来る。
そしてルヴィは入って来るなり、俺の家を見上げてこう言った
「うひょう、家が大きいなぁ!
ラリー一人暮らし始めたと聞いたから来てやったぞ」
朝からテンションが高めのルヴィ。
家を羨ましがられて悪い気がしなかった俺は「ああ、ようこそ。お前たちが初めてのお客様だよ」と言って、彼を歓待した。
そんな彼の隣でヴィタースも声を上げる。
「ラリー、良いなぁ。
こんな広い家に住めて、俺なんか実家の自分の部屋よりも狭い部屋なんだよ」
そう言った後、ヴィタースも又、俺の家を見上げた。
「いやいや、ビト(ヴィタースの愛称)俺給料出ないからね。
お前達は働いたらその分給料が出るじゃん。
俺は出ないから、本当に本国からの送金が頼りだ」
俺がそう言って悲しげに首を振ると、ビトが「本当に出ないの?」と尋ねた。
「本当だ」
「まじかぁ、ラリーも大変だね」
ビトめ……その“大変だね”と他人事みたいな言い方は腹立つわぁ。
お前のせいでこうなったんだぞ?
いや、まぁヨルダンに仕えると決めたのは俺だけど……
「でもラリー、さすがに軍功を立てたら褒美はもらえるんだろ?」
隣でその話を聞いていたルヴィが、そう声を上げた。
「うん?ああ、それは代わりに結構出すと言っていた。
一緒にヨルダンの配下になっているヴィーゾンとかいうおっさんが『ヨルダンと一緒だと功績が上がるぞ!』とか俺に言ったし、今はそれを期待している」
俺がここで唯一、孤児院で聞いた景気の良い話を披露すると、ルヴィが興味深げに俺に尋ねてきた。
「ヴィーゾン……聞いたことないが従士か?」
「いやタダの兵士だ。
ただ騎士ヨルダンが忙しくて俺に剣を教えてくれないときは、彼が俺に戦闘技術を教えてくれる。
どういう経歴かは知らないが、馬上戦闘技術も巧みだし、立派な男だ」
「へぇ、ナンバー2はそいつなんだ」
「だね、世界は広いよ……」
ヴィーゾンはあの孤児院の中でも別格の敬意を払われている。
彼はヨルダンよりも年上で、ヨルダンとタメ口で話し、傍から見ると立場は対等であるようだ。
騎士爵も無いのにどうして?とも思ったが、徐々に彼の実力が分かるにつれ、それも当然と思うようになっていた。
同盟騎士館でも戦闘訓練があり、同盟騎士館所属の俺も、当然そこに参加するのだが、そこで剣を合わせる殆どの騎士よりも、実はヴィーゾンの方が強い。
因みにこの事をヴィーゾンに伝えると、彼はニヤッと得意げに笑って『エルワンダルの男も捨てたもんじゃないだろ?』と言って、俺の肩を叩いた。
……男臭くてなんかカッコいいぞ、このおっさん。
と、言う事で、俺もこのおっさんに敬意を払っている。
「それよりもラリー、馬を見せてよ!」
その話を傍で聞いていたビトが、目を輝かせて俺にそう言った。
「ビト、戦士の話よりも、馬の話かよ」
ルヴィが呆れてそう言うと、ビトが口を尖らせ「だってそれが目的じゃん……」とルヴィに尻すぼみな声で抗議する。
ははぁん、成る程、馬が見たくて来た訳ね。
「じゃあ馬でも見に行くか?
ついでに馬房の清掃をしなくちゃいけないんだけど……」
俺がそう言うとルヴィが「え、俺達に働けと?」と言って目を丸くする。
「頼むよ、実は昼になったらファボーナ(ヨルダンの愛馬)を、騎士ヨルダンの元に連れて行かないといけないんだ。
だからその前に、全部終わらせたくてさぁ」
「だったら飯を食わせてくれよ。
ここで食おうと思って、俺達飯を抜いてきたんだ」
「いいよ、川沿いで生姜を栽培している農家があったからこの前買ってきた。
だから王都風の鳥を焼いてやるよ」
俺がそう言うと、二人は俺の手伝いを承諾し、共に厩について来る事になった。
厩の中の馬房は全部で5部屋あり、その両端にファボーナと“クソ馬”の馬房がある。
そしてクソ馬の馬房に来た時、二人はその様子にびっくりして言った。
「おい、コイツの馬房は牢屋なのか?」
そう、こいつの馬房は格子をつけた特別製である。
……因みに俺が作った。
「ああ、こいつは縄でつないでも、それを外してしまうんだ。
だから格子でもつけないと、すぐに逃げ出してしまうんだよ」
「へぇ、よく見ると賢そうな顔してるな。
名前はなんていうんだ?」
ルヴィがしげしげとクソ馬を見ながらそう尋ねる。
そこで俺は「ダーブランさ」と答えた。
ダーブランと言う言葉には、古いアルバルヴェ語で悪魔と言う意味がある。
『強そうな名前だ』
その意味を理解するアルバルヴェ国民の二人は、そう言って格子の向こうに居る、堂々とした体格のダーブランを見る。
「実際強いと思うよ、さて扉を開けるか」
俺はそう言うと丸太でできた引き戸を開けた。
うちのクソ馬は“さっさと開けんかボケェ!”と言わんばかりに、いななきそして外に出る。
「へぇ、ちゃんとした血統の軍馬だよね、これ」
ビトがそう言ってうちの軍馬を撫でまわす。
ところがダーブランは“邪魔だっ!”と言わんばかりに、ビトに冷めた一瞥を食らわせた。
その気迫に思わず手を引っ込めたビト。
クソ馬はその後、迷う事も無くファボーナの馬房に向かい、そしてしっぽを振り振りしながら彼女の馬房に首を突っ込む。
「……なに、あれ?」
ビトはその異様な気迫に思わずそう言葉を漏らした。
そこで俺は、あの馬を買ってから、この7日間で知りえた、ダーブランに関する知識を披露する事にした。
「奴はエロに生き、エロに死ねるそんな男さ……」
「え?」
「あいつを馬だと思っちゃいけない。
奴は宇宙から来た、宇宙人なのさ」
俺がそう言うと、ルヴィとビトは目をパチクリしながら俺と馬とを見比べた。
やがてルヴィが「類は友を呼ぶとはこの事か?」と一言……
なんだとっ!
「ちょっと待てルヴィ!
類は友を呼ぶってどういうことだっ!」
「え?だってお前堅気じゃないじゃん。
やばい奴の所にやばい奴が来たんだなぁ、と……」
「堅気じゃないってどういうことだ!
俺のパパに誓って俺は普通だ!」
「そんな訳ないだろ!
“北の子狼”がどんな奴なのか、誰も知らないとでも思ったのかッ?
王都で有名な貴族の悪ガキで、ゴブリン狩りに精を出した挙句、ガーブ地方のゴブリンを根絶やしにし……」
「ゴブリンを絶滅させたのは俺じゃない!」
「何言ってやがる!
ゴブリンを根絶やしにしたワースモン一家の後ろ盾がお前だろうが。
その証拠にワースモン一家の総帥である、ワースモンの娘の結婚式に名代を送ったと評判だぞ!
そしてワースモン一家は今や、南国の島の一つを征服し、砂糖の生産で儲けているそうじゃないか。
お前がシルトの貴族とワースモン一家を仲立ちさせたんだろうが!」
……不本意だが詳しく説明しよう。
俺は結婚式に名代を送るという事を軽く考えた結果、とんでもない事に巻き込まれたのだ。
今から4年前、俺が白銀の騎士になる直前の事。
ワースモン・コルファレンの娘、シワルネは俺の年上の友人ガストン・カルバンと結婚した。
その際彼女からの懇願で俺はその結婚式に名代を送ったのだが、これがあり得ない使われ方をしたのだ。
なんとシワルネはワースモン一味が、ヴィープゲスケ男爵家、ひいては聖騎士流宗家と繋がりがある事を世間にアピールしたのである。
……まぁ、嘘ではない、なのでココまでは良しとしよう。
で、だ。彼女はそれを吹聴しながら、バームス親分の紹介で向かったシルト大公国で、俺の事業の一部が自分達だと嘘をついたのである。
……聞いた時はなんて女だと思った。
そしてガストンは置物の様に、自分の嫁がハッタリを掛ける様を見守っていたという。
で、確認を俺に取ろうにも、俺はもう聖地に向かっているから確認もできず。
シルトの方でも俺が名代を送ったのは事実だから“そうなのだろう……”と判断し、このワースモン一味の契約を、バームス親分が用意したただの傭兵契約から変えてしまったのだ。
では何を契約として結んだのか?と言うと……
シルトの貴族は、ワースモン一家との契約を、貴族家同士で行うような共同事業にしてしまったのである。
これは王を陰で操るとされる(嘘である)グラニール・ヴィープゲスケを憚っての事だ。
……パパ、実は権力があったんだね。
初めて知ったよ、俺……
うちのパパは、王様の腰巾着であり、優れた魔導士であり、大学の理事長であり、浮気者のナイスガイだとしか思ってなかったからびっくりだ。
このおかげで、皆が実はパパを恐れていた事実を、俺は初めて知る事になる。
……まぁ、話がずれたので戻そう。
こうしてハッタリを成功させたシワルネさんは、財産の全てを突っ込んで、南の島の征服と開拓に着手した。
やがて二つの島を征服した彼女は『シルト大公領を広げた』という事で、南の島の開拓事業の大親分である、シルト大公家に可愛がられる事に……
そしてさらに資金援助を大公から獲得して、我が物とした二つの島で、ついにサトウキビの栽培に成功した。
で、今年シワルネさんはパパに勝手に上納金を送り付け、俺の名前を持ち出したことを謝罪したのである。
話を聞いたパパはびっくりだ『まだ10歳にして、お前は何をするつもりだったのだ?』と言う手紙までも聖地に送られてくる始末。
俺自身、この手紙で全てを知ったのだから、これまたびっくりだ。
……何せ勝手にシワルネさんがした事である。
誓って言うが俺は一切関係が無い。
しかしこの事が尾ひれをつけて話が広まり、俺がガーブのゴブリンを絶滅させたという噂となった。
そして、今やこれが事実として、ガーブその他で定着しつつある。
その結果ガーブの人間からは害獣であるゴブリンを根絶したと言う事で、俺の評判が高まり。
そしてガーブから逃げ出したゴブリンが向かった先の、周囲の領主からは俺は“害獣被害を拡大させた最悪の悪童”と呼ばれるようになった。
そしてパパは“そんな事実はない!”と、必死に噂の消火活動にあたったが、あまり効果は無かったようである。
……こうして俺は、何もしていないのにまた一つ伝説を誕生させてしまったのである。
と、言う事があったので、ルヴィは「ほら見ろ、お前はやっぱり堅気じゃないだろ!」と鬼の首でも取ったかのように言い放った。
俺もそれを訂正するのが面倒になり「分かったよ、さっさと馬房を掃除しようぜ」と言って作業を始めた。
もうね、ここまでホットな話題になると噂を改めるのは無理なのよ、ホント世の中は理不尽である。
……さて、まぁそれは良い
一度解き放ったダーブランは、牝馬のところにずっといるので、そのまま放っておく。
その間出来るだけ速やかに、馬房の掃除だ。
寝藁を掻き出し、汚れた寝藁を糞尿と共に外の堆肥置き場に置く。
これは後日近所の農家が持っていき、肥料として自分の畑に使う、その代わりに孤児院の方に食料の一部をくれる契約が結ばれている。
さらに馬の世話は続く。
次は飼葉を飼葉桶に入れた。
訓練もあるので、3日前からは大麦の入った桶も一緒だ。
馬は摂取した食料に対して、消化する効率があまりよろしくない。
加えて大量に食べるので、草と一緒に高カロリー食の穀物も食べさせないと、なかなか筋肉質の体を作れないのである。
それと……今日は汚れがひどいので、水を汲んできては馬房を丸洗いした。
全部終わると、ルヴィが額の汗を拭いながら、さっぱりとした声でこう言った。
「よしできた……じゃあ、川でコイツを洗おうか」
俺はそう言うと3人を連れて、ダーブランに轡を食ませて外へと連れ出す。
最近はコイツも随分と大人しくなり、掃除の後、体を洗うのに、あまり抵抗は見せない。
こうして3人でコイツを洗うと、ビトが口を開いた。
「ラリー、ダーブランは人の言葉が分かるの?」
「こいつ?分からないけど……
フォン語で指示すると嫌々言う事を聞いてくれる“時がある“よ」
「ああ、じゃあフィロリア語は分からないんだ」
「みたいだね、フォン語も怪しいけどね」
「調教は出来てないんだ?」
「馬飼いの話だと、調教は終わっていると言っていたけどどうだろうね。
気性は激しいわ、言う事は聞かないわ、馬らしくないわで大変だよ。
15000サルトの軍馬だけど、安いには安いなりの理由があるよ」
話しながら馬の全身を洗い上げた俺達は、最後に川の水を全身にかけながら会話を続ける。
「俺もこの馬をどう扱っていいのかわからないから、ファボーナを連れて行くとき、一緒にダーブランを連れて行って、騎士ヨルダンに相談しようと思うんだ」
俺がそう言うと黙ってビトと俺の話に耳を傾けていたルヴィが「何の相談?」と尋ねる。
「こいつが見どころがあるかどうかさ……
どう接していいのか分からないんだよ」
「フーン、もし悪かったらどうする?」
「……農耕馬にして貸し出そうかな」
「なるほどね……軍馬失格か」
そう言うとルヴィはダーブランの首を撫でながらこう言った。
「こいつお前に似ているかもしれないぞ、ラリー……」
「え?」
「良いところがあっても理解されず、逆に厄介者扱い。
なぁ、本当にコイツ軍馬に向いてないかなぁ?」
「…………」
「もしこいつが良い奴になるのにどうしたら良いのか理解できたら、きっと変わるかもしれない。
あまり見捨てるなんて言わない方が良いと思うぞ」
「ルヴィ……」
俺はこの言葉を聞いて、改めてダーブランの目を覗いた。
彼はフィロリア語も分からず“?”と首をかしげているように見えた。
ただルヴィが優しい奴だという事は直感で分かったらしく、大人しく彼が首を撫でるのに身を任せる。
俺はその様子を見ながら「分かった……」と答え、ダーブランを岸にあげた。
岸に上がったダーブランは、早速ブルブルと全身を震わせ、水を周囲に跳ね飛ばす。
相変わらずの周りの事なんか知ったこっちゃないとばかりのコイツの振る舞い。
水は飛ぶわ、毛は口に入るわで俺達は大変な目に合い『やった、コイツッ!』と叫びながら飛沫に追い立てられた。
「アハハハ、コイツ本当に悪いな!」
ルヴィはその様子を面白そうに笑って叫んだ。
「悪いなルヴィ、こいつ何時もこうなんだ」
「なぁに、聖地の風に当てればしばらくもすれば乾くさ。
そんな事よりもこの宇宙人をさっさと部屋に入れようぜ」
ルヴィは俺よりも人間的に出来た奴だ……
俺はその事に関心しながらダーブランを馬房に戻し、そして次にファボーナを馬房の外に出して馬房の掃除を始める。
「ファボーナは良い子だね」
ビトがそう言って大人しく庭で日向ぼっこしている、ファボーナを見つめる。
そしておもむろに作業の手を止めて言った。
「ねぇラリー、俺達ついに従士になるんだよ」
唐突な告白である。
思わず目を丸くした俺は、我が事の様に嬉しくなり、そして彼等に「え!おめでとうっ」と言って抱き着いた。
彼等もまた嬉しそうに俺に抱き着く。
「ああこれで俺も、のし上がる最初の一歩だ、絶対手柄を立ててやる!」
ルヴィがそう言って笑い、そしてビトが「でもルヴィは遠くに行っちゃうんだよ」と悲しげに言った。
「え?」
「ビト、言うなよ……
まぁいいや、実はさ……俺ローストルムの騎士ゴルヴェンに仕える事にしたんだ」
ローストルムと言うのは、聖騎士団の持っている荘園の中で、最も東のある規模の大きな荘園である。
つまり今居るルクスディーヌの街から遠く離れた場所に赴任しなければならない。
「せっかく仲良くなれたのに残念だな」
それを聞き思わずそう呟いた俺に、彼は「手柄を立てるんだ、だから一番戦場に近いところを志願した」と、誇らしげに告げる。
そして少し悲し気に「また会えるさ、ラリー……」と言った。
俺はその言葉に頷きそしてルヴィやビトの目を見ながら言った。
「なぁ、誓わないか?」
二人は俺の言葉に首を傾げ、そして俺を見て言った。
「何を?」
「俺達は騎士道に励み、そしていつか必ず盾友になると!」
盾友……それは同じ日に同じ場所で、騎士の叙任を受けた仲間の事を指す。
そしてその間柄は、実の兄弟に勝るとも劣らない。
俺の提案にルヴィは「いいなそれ!」と乗り気になり、ビトは「俺に出来るかな?」と言った。
「できるさ、少なくとも目指そうぜ。
俺もできるだけ訓練に付き合うからさ」
俺がそう言うとビトもはにかんだ笑みを浮かべながら「分かった」と言って賛同した。
俺達はその後大急ぎで馬房の掃除を終え、ファボーナの体をキレイにする。
そして食事をとって服を乾かすことにした。
この日ラリー・チリことゲラルド・ヴィープゲスケおよびベイルワース・アイルツ15歳、ビトに至ってはまだ13歳。
彼等はこうしていつか騎士になる事を誓い合う。
……この先にどんな困難が待ち構えていようとも、自分の道を歩き続けて見せると。
野心ある若者たちは心配事よりも、希望で胸を膨らませ、それを信じて歩こうとしていた。
そんな新年の、とある日……
◇◇◇◇
―同日、少し後の時刻、孤児院……
孤児院の中には元気な子供達の声が響き、そしていつも降り注ぐ強い日差しが、天井近くにあるわずかな窓から祭壇を照らした。
暗がりの中、差し込む光が、帯の様に長く伸びて、照らされた埃までも美しく輝かせる。
……そんなこの場所に、男が一人、ぽつんと苦悩に苛まれながら佇んでいた。
キャー、キャー、キャー……
遠くからこの静かな場所にまで響く子供の声は、なぜかここに居る男に、さらなる孤独感を授ける。
……彼は思った。
自分はまるで、喧騒から逃げてここに来たかのようだ……と。
そしてそれは、あながち外れてはいない。
やがて男は祭壇を見上げると、手を合わせて祈り、そして自分の胸の内の願いを口にし始めた。
「女神フィーリア教えてください。
私たちは罪深い生き物だとして、あの様な運命を辿るに相応しかったのでしょうか?」
孤独の祭壇の前、苦悶に満ちた声が上がる。
男の名前はアシモスと言う。
エルワンダル人であり、エルワンダルでは高位の神官だった。
今は身分を偽り、ただの兵士でしかない。
そんな今の自分を、彼は“本当の自分”とは思えずに生き永らえていた。
滅び去った豊穣の国エルワンダル。
……彼は思う。
そのエルワンダルと共に“本当の自分”もまた、滅び去ったかのようだ……と。
彼の中に燻ぶる“本当の自分”とは、あの祭壇の前に立ち、皆の為に祈り、そして神聖な言葉を唱えては、皆の救いを、皆と共に祈る存在だった。
だが今の彼に、そんな事は許されない。
まず身分を偽るには理由があり、そして身分を隠して祭壇の前の席に座って講話を説かないのは、それをする心が持てなかった。
……エルワンダル滅亡後、彼は自分の信仰に疑問を感じ、そしてそれが拭えないでいたからだ。
信仰の揺らぎは迷いや、苦しみを彼に与え、苦悩でその心を日々苛んでいく。
そもそも彼にとっての信仰とは……これまでの神官だった自分の人生そのものである。
これがあったからこそ、神官としてこれまでの人生を神に捧げていたのだ。
だが、今となっては、全てが虚しい……
滅亡したエルワンダル大公国の生き残りである彼は、疑問を抱え、それが晴れる日を心待ちにした。
……だがその日は来なかった。
そんなアシモスは祭壇を悲しげに見つめながら、日課の様に神に祈りと懇願の言葉を口にする。
……今日もその様にした。
「……神様、どうかわたしに声を聴かせてください。
そうでないと、私は何を信じてこれから生きていけばよいのですか?
私は皆にあなたを信じるように言って来ました。
彼等はあなた様の元に辿り着いたはず。
せめて神の国では皆、昔の様に健やかに暮らしているのでしょうか?
それとも憎しみにとらわれ、湖沼や、リズネイ湾の片隅で、亡霊となって彷徨っているのでしょうか?
せめてそれだけでも教えて頂けないでしょうか?
恩寵深き女神フィーリア、どうか言葉を……」
祭壇は、声を発さなかった……
ただ沈黙が広がる祭壇の前。
アシモスは「やはり全ては嘘なのか?」と呟いて項垂れた、
やがて彼は涙を零しながら独白する。
「大公様、騎士の皆様……伯爵様、男爵様。
私は嘘に満ちてしまった、ありもしない救いが皆様にあると、説いてしまったかもしれない。
そうでないのか?と言う思いが止まりません。
父も兄も、姉も、皆死んでしまった。
家族で生き残ったのは私一人。
23名の貴族とその家族、さらに611名の騎士達、兵士に至っては数えきれない程、死んでしまった。
私に感謝した者も多い、皆天国に行けると信じていた。
だけどもしそれが全て嘘だったとしたら私は……
私のした事はいったい……」
きぃぃぃぃ……
この時この祭壇のある部屋の扉が開いた、そして外から一人の清潔感と、しなやかな体つきをした30代くらいの男が入室した。
「どちら様ですか?」
この男に見覚えが無いアシモスはそう言って彼に名前を尋ねた。
すると彼は、澄んだ美しい目を糸の様に細めて笑いこう言った。
「初めまして、ここに面白い方が居ると聞きましてお邪魔しました。
つい先ほど孤児院に寄付をしたので、尼僧の方にあなたとお話をしてみたいと言ったら“ここに居る”と言うので伺った次第です。
なんでもあなたは相当に聖典に詳しいとか。
私もラドバルムスの教えには自信があります、論戦をお願いしたいのですがいかがですか?」
3つの宗教が入り乱れるルクスディーヌの街では、こう言った論戦は頻繁に行われる。
こうしていきなり吹っ掛けられる事も珍しくはない。
アシモスもこの論戦には自信があるほうであり、普段は頻繁に論戦を吹っ掛ける。
ところがアシモスはこの日、静かに首を振るって答えた。
「私なぞ、教義を語るに値しない……
もっと立派な方にお願いしてください……」
そう言うと項垂れ、祭壇に顔を向けるアシモス。
……彼は、その態度で入室した男を拒絶した。
ところが入ってきた男は、目をぱちくりとさせると、その拒絶した背中に慈愛の眼差しを差し向けた。
そして躊躇いも無くアシモスに近づきそしてこう尋ねるのである。
「お悩みの様ですが如何されたのですか?」
不意に近づくこの男に思わず驚くアシモス。
だが彼は心を閉ざすように「いいえ、なにも……」と、入室してきた男を警戒しながら答えた。
すると男は親しみの籠った、優しくも美しい笑顔を浮かべ、重ねて言葉を続けた。
「表情は正直です。
あなたは今苦しみ、そしてそれを誰にも打ち明けられずにいる。
私には分かります、私に言ってみませんか?
私はここの人ではないから、あなたが私に打ち明けても此処の人に知られることも無い。
そして私も秘密の誓いを立てます。
一人で思い詰めても限界を感じるだけです。
打明けてみませんか?私を親戚だと思って……
そうすれば心の悩みも晴れるかもしれませんよ?」
この時アシモスは、なぜかこの人に相談しようと思った。
目の前の男は、他の人とは全く違う、清浄なオーラを身に纏い、そして全てを受け入れてくれそうな穏やかな笑顔を、アシモスに差し向ける。
そして何故かアシモスは、この日この4年間、誰にも言えなかった秘密を打ち明ける事にした。
「実は私は、さる大きな国に仕える伯爵の3男でした。
嫡出子で、兄に何かあったら私が家を継ぐはずだったのです。
ところが私は体が弱く、とても軍務が務まりそうではなかった。
そこで私は神官になる事を志したのです。
大変厳しい修行でしたが、私は晴れて神官となり、父や国主様のお引き立てで、その国では若いながらも重要な仕事を任されました。
私が祭儀を執り行えば、国の重臣、貴族、名だたる騎士達が参列し、私の講話に耳を傾けてくれたものです。
……あの時が一番幸せでした。
ところが、ある日戦争が起きました。
国主様が野心を持って、戦争を始めたのです。
ところが戦争は敗北致しました。
そしてこの事は戦争の敗北だけでは終わらなかったのです。
敵は、国主様の一族を全員皆殺しにしました。
誰も許されなかった、誰もです……
このような非情な命令は聞いた事もありません、ですが敵はそうしたのです。
なので戦争は終わりませんでした。
講和なんて存在しないのです、滅ぼされるか、滅ぼすか……それだけです。
それに気づかす、国主様たちは幾度も講和を打診し、そして相手にいいようにあしらわれ、そしてついに滅びました。
その結果、数えきれない程の兵士が死に、騎士も600名以上戦死しました。
甘い考えで戦争を始めた報いです。
国主様は相手を普通の男だと勘違いし、そして国を壊滅させてしまいました。
……私はそんな死にゆく男達に、天国に行けるよう祝福を授けました。
ですが、最後の日……婚礼の儀を執り行った私は、そのすぐ後で、死にゆく一人の騎士を祝福しようとしました。
ところが彼は断りました。
そして私にこう言うのです。
『神官様、祝福は要りません。
どうせ私は地獄行きです、これまでこの国が酷い事もせず、むごたらしい目を他人に施すことなく豊かになったとお思いですか?
それは違います、この国の人間は、力の世界で生き、そして力の世界で散っていくのです。
俺は戦いに誇りを持ち、そして手柄と報酬を愛した。
町や村を焼いたのも、両手で数える程ある。
ましてや何人殺したかなんて覚えても居ません。
こんな俺やこんな国が亡びるのは神の摂理だとは思いませんか?
だとしたら俺は、神に許しを請いたいとは思わない。
最後の最後まで俺らしく、他人に恐れられながら死にたい。
それとも、神官様は神の声を聴き、こんな俺でも救われると、絶対の確信を持って、間違えたら地獄に行く覚悟で、俺が救われると誓えるんですか?』
私は何も言えませんでした、周囲は滅亡を前にして悲嘆の声で満ち、そして痛みで苦しむ人の苦悶の声で溢れています。
やがて騎士は私に勝ち誇った笑みを見せて『それよりも水が一杯欲しいや……』と言って事切れました。
私は敗北した気持ちでいっぱいになりました。
自分がしたことが本当に正しかったのか分からなくなりました。
だからこの町に来た時、ここなら神の声が聞けて、私が与えた祝福が、死んでいった人たちの救いとなったのかを知れるのではないかと期待したのです。
……ですが、神の声は聞けませんでした。
私は空虚を信じたのでしょうか?
彼等は救われたのでしょうか?
確かめる術が欲しい……」
「…………」
男はこの長い告白を、ただの一言も言葉を発さず受け入れた。
やがてアシモスは「すみません、初めて会った方にこんな長い話を……」と言って頭を下げた。
「生まれて初めてです。
初めて会った方にこんなことを打ち明けるなんて……」
アシモスがそう声を上げると、男は目頭を押さえ、そしてすすり声をあげながらこう言った。
「よくぞ、よくぞ生きておられました」
「ええ……」
「うぅ……さぞかしお辛かったでしょう。
国を失うなんて、尋常な痛みではない」
「……はい」
そう言うとアシモスはついに堪え切れなくなって、涙を流し始めた。
祭壇の前に、二人の慟哭が木霊する。
こうしてひとしきり泣いた二人。
今度は入室してきた、ラドバルムスの教えに詳しい彼が自分の事を話し始めた。
「私も祖国を滅ぼされました。
だからあなたの苦悩を、少しだけですが分かるつもりです……
私の国では神官が堕落し、そして教義は神聖を失ってしまった。
だから私は何とかしたかったのです。
だけど誰も私の声に耳を傾けようとはしなかった」
「そうですか、では今はどちらで何をされているのですか?」
男は目の涙を拭きながら静かに言った。
「今は仲間と共に砂漠の向こうに居ます。
そしてたまにこうして、ルクスディーヌに来ているのです」
「なるほど、あなたはラドバルムスを崇める方ですからね……」
「……ええ、私には願いがあり、それを叶えてくれる方を探しているのです」
「あなたの願いですか?」
「ええ、あなたが崇める神ではないですが。
神が皆の前に姿を現す日が近いのです」
この男の話を聞いた瞬間、アシモスの心が大きく弾んだ。
アシモスは彼の目をまじまじと見る。
彼は慌てて「いや、あなたが望む答えを彼が持っているかは知りませんよ?」と答える。
だがアシモスはさらに彼に食い下がった。
「教えてください、どんな神がそこに居るのです?」
男は戸惑いながらこう答えた。
「本来ならば霊薬を作れる神がそこに居るはずなのです。
ところが彼が最後に現れたのは聖戦が起きる前。
その後誰も彼に会っていないのです。
あるものは神殿の中で怪物となり、またあるものは大金持ちになったかと思えば破滅しました。
私も彼に会いたいのですが、私は彼に会う資格を持っていません。
彼には霊薬を作ってもらい、私の友人を救って貰いたいと思っているのですが、それがかなわずどうしたら良いのか分からないのです」
「資格?資格とは何です」
「はい、今だ殺人を犯した事が無い人間です。
私は戦士ですから資格が無いのです」
「……なるほど、分かりました。
だとしたら私がその神に逢ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、それは大丈夫です。ですが……」
「もしも作って貰えるなら霊薬の事も頼んでみます。
頼みます、もっと詳しく教えてください」
「分かりました……ではお願いしましょう」
彼はアシモスに詳しくこの話を教える事にした、話はこうだ。
20年に一度の満月の夜、世界のどこかに現れる忘却の洞窟の奥深くに、一人の神が現れる。
彼に薬を望めば、いかなる病も立ちどころに治る霊薬が貰える。
そして今度の満月の日が、その忘却の洞窟の現れる日で、そして場所もどうやらルクスディーヌの郊外の月の神殿と呼ばれる遺跡の傍に現れるらしい。
「分かりました、では霊薬が手に入ったら、お渡ししましょう。
どこでお会いいたしましょうか?」
「でしたらここに又来ます。
次の満月から7日以内には必ず、孤児院の子供達に貴方の居場所を尋ねますよ」
「分かりました」
アシモスはそう言って頷いた。
……こうしてアシモスの運命は、この出会いによって大きく動いていくことになる。
それが未来、彼の生命を脅かす事になるともしらないで……
◇◇◇◇
「はは、なんだなんだ、ゴルヴェンのところに仕えるのか!」
ラリーたちを前にして、殊更上機嫌の騎士ヨルダンがそう言って笑った。
あれからラリーはビトやルヴィ、そして馬達を連れて孤児院にやってきた。
と、言うのも全員聖騎士流を学んだ剣士だから、マスターに表敬訪問をしたいという事で来たのである。
まぁ、それは口実で、本当は例の二人が『ラリーの主がどんな人物なのか見てみようぜ!』と言い出したので、面白半分で連れてきたのだ。
ところがここで驚くような事実が判明した。
何とルヴィが今度仕える騎士ゴルヴェンが、ヨルダンの盾友だったのである。
この数奇な運命にヨルダンは喜び、そしてルヴィにいくつかの剣の構えと、そこから繰り出される一撃を餞別代りに教えた。
「騎士ゴルヴェンが気前のいい男だ。
俺もしょっちゅう彼のところで飯を奢ってもらった。
男気のある男だし良い主に仕えるな」
ヨルダンがそう言ってゴルヴェンを讃えると、ラリーもビトも『良かったじゃん』と言ってルヴィを祝福した。
その様子を、目を細めて見守るヨルダン。
やがて話はラリーが連れてきた馬の話になり、ラリーは切り出した。
「騎士ヨルダン、俺の馬を見てくれませんか。
どうも俺には手が負えなくて……」
ラリーがそう言うと、ヨルダンは「手に負えないで有名なお前が、手に負えないと言うのは如何なモノかなぁ……」と言いながら苦笑いしてラリーが連れてきた馬の元に向かう。
ヨルダンはダーブランの顔つきを見ると、ニヤッと笑い、そして鞍や鐙、そして轡の様子を手で触って確かめると、鐙に足を置いてひらりと軽く乗った。
「少し借りるぞ!」
ヨルダンはそうラリーに告げると、庭をダーブランにまたがって駆け回った。
「うわぁ、上手いなぁ」
思わずその乗馬の腕、滑らかさにビトが感嘆の声を上げる。
ラリーを散々てこずらせたダーブランが、ヨルダンを上に乗せている時は全くと言っていいほど暴れない。
乗る人が変わるだけで、こうも様子が違うものか?と感心させる。
やがて庭を3周したヨルダンが、楽しそうな顔で帰ってきて、馬から降りた。
「いい馬だ、これが本当に金貨15枚か?いい買い物したなラリー」
「全然暴れなかったですね……」
「はは、少し抵抗はしたがな。
だが一周回った後は素直なものだ。
ソレにこのダーブランとかいう馬は顔が良い。
目と鼻先が短いだろ?人間でも馬面と言うのが居るが、この馬はその逆だな。
こういう顔立ちの馬は頭がいいんだ。
迂闊な事は言えないぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、軍馬は普通の馬ではない。
賢く、気高く、逞しい……
馬は人間が思っている以上に色々な事を考えるものだ。
その中でもこいつは特にそうだろう。
……ラリー、軍馬は特別な馬だ。
騎乗する主と栄光を共にする。
普通の馬だと思わず、特別な馬なんだと常に思いながら接してみろ。
そうしたらこいつはお前と栄光を共にする」
「なるほど……」
「ラリー、愛だぞ……」
そう言うと22歳のヨルダンはパシンとラリーの肩を、親しげに叩き、ファボーナの元へと向かった。
「…………」
ラリーはなぜか目頭が意味も無く熱くなった。
ヨルダンから教わった愛の意味が、まだ分からないがそれを理解しようと、知恵を巡らせる。
ゲラルド・ヴィープゲスケはこの日、15歳を迎えた……
最近はスケジュールが保てず、ご迷惑をおかけしております。
何とか一週間に一度を目指してはいますが、申し訳ございません。
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