問題児のラリー
10/16日修正しました。
説明回が続き申し訳ございません。
今回も冒頭3分の1が残念ながら説明です。
物語を読みたい方は、いつもより広めにとった空隙を目印に文章をお進みください。
―聖竜暦1214年
その地域は聖地と呼ばれている。
今俺が住んでいる場所だ。
そこはきれいな名前とは裏腹に、混沌とした心の世界が広がっている。
住んでいる連中と言えば胡散臭い奴と、真面目な奴と、危険な目をした連中……
胡散臭い奴がサリワルディーヌ信者で。
真面目な奴がラドバルムス信者。
そして……残念な事に危険な目をした奴が、我等フィーリア信者だ。
悪に落ちたラドバルムスを倒すと言う、故郷でさんざん聞いたお題目が朽ち果てそうだろ?
でもこれが事実なんだ……
俺の名はゲラルド・ヴィープゲスケ。
間もなく15歳になる。
そして現在、ここでは偽名のラリー・チリと名乗って過ごしていた。
どうして俺が今聖地に住んでいるかと言うと、今から4年前……つまり俺が11歳になる直前。
家族や親戚に説得されて、言葉も通じない外国に武者修行に来てしまったからである。
……別にしたくもなかった自分探しの旅の真っ最中だと思えばいい。
よくよく考えてみれば昔の知り合いの、やんちゃな女子高生の様に「私普通って言われるの嫌いなんで」と言う年頃なんだ……
今では仲間内でそう言って自分の人生を嗤っている。
恵まれた貴族の家に生まれて、自分はなぜこんな目に合うのだろう……
皆も気をつけた方が良いぞ、幼馴染とは言え、身分が上の人に逆らう時は特に……ね。
とにかく俺はこの戦争の絶えない、荒れた時代の荒れた場所にやってきて、あれから数えると、小競り合いも含め、数十回も争いに参加した。
そして背丈も大きくなり、もはや大人と変わらない。
そして剣術の修業も進み、同じ小姓仲間に負けた事が無い。
そんな訳で今年、俺は小姓が起居する東西二つの大部屋の内、東の部屋長を務めている。
周りが俺に期待してるんじゃないの?そう思うと素直に嬉しい。
だが、まぁ。叔父に言わせると、俺の腐った性根を叩きのめすためだそうだ……
そこで俺は、叔父は実はツンデレなんだと思っている。
……因みにこれは内緒だ。
さて、俺の事を語る前に、どうして聖地ではこれほど戦争が絶えないのかを説明しよう。
そもそも聖地とは、フィロリア世界を守護する、女神フィーリアと、かつては豊穣神、今や砂漠の神として名高いラドバルムスが生まれたとされる場所の事である。
もっと詳しく言うと、砂漠が広がるガルアミア世界の、西の外れに位置している。
特に重要視されている場所は、この世界の主神サリワルディーヌの大神殿のある、ルクスディーヌの街で、聖地と言えばここだけをさす場合も多い。
そして聖地はガルアミアの中では豊かとされる地域である。
聖地の風景とは……幾つかの川と、その傍に広がる肥沃な土地。そして見渡す限り広がる、岩と砂の世界。
俺等フィロリア世界の住人からすれば、ここを肥沃な土地と呼ぶのは無理がある気がするが、これは事実である。
実際にわずかな耕作地は豊かで、畑一枚当たりの収穫量はアルバルヴェの3倍にも上る。
これは毎年起こる増水で、川の上流から流れる豊かな土壌が原因だ。
さて、そんな肥沃な土地で、何故戦争が絶えないのか?だが。
今から100年ほど前、聖地とその一帯は、フォーザック王国と言う巨大な王国が支配していた。
……何百年も続いた平和な時代だ。
そしてその王は代々、主神サリワルディーヌを崇拝する宗教を国教としていたのである。
ところが、最後の王となるコンシェンツァ3世がこの国の宗教を改めた。
崇拝する神を、サリワルディーヌではなく、その下位に居ると言われた、豊穣神ラドバルムスに変えたのだ。
それが終わりの始まりである……
サリワルディーヌ大神殿とその神官は長く続いた繁栄の影で堕落し、神の教えは欲望に腐食された。
吐き捨てる祈りの言葉以外、綺麗なものは無いと民衆に言われるほどだったと言う。
その優位性を使って神殿も神官もみな蓄財に励み、そして国政に干渉する。
王はそんなサリワルディーヌ大神殿を嫌ったのだ。
だから王は崇拝する神を変えた。
王は新しく拝めることとなった神、ラドバルムスの為に、ラドバルムスを殺せる剣、聖剣ルシーラをラドバルムスに捧げる。
その教えが永久にこの国に根付く事を願って……
その事に驚いたのがサリワルディーヌ大神殿の大神官、アルバル・ペタルマである。
このままではサリワルディーヌ大神殿の存続も危ういと思った彼は、ラドバルムスと戦うために、女神フィーリアに助力を求めた。
するとフィーリアはこう言った。
『私を殺せる剣、王剣グイジャールをこの世から消せば援軍を送ろう……』
女神にとってはこの剣は、存在するだけで脅威に感じていた代物だ。
……自分を殺せる唯一の存在、サリワルディーヌが鍛えたとされる王剣グイジャール。
彼女はこの剣がこの世から消えれば、自分は永遠に安泰だと言う思いに囚われる。
これを聞いた大神官アルバルは、悩んだ末に王剣を汚し、この世から消すことに決めてしまうのである。
……こうして悲劇の幕が開かれた。
その為に、先代の王の娘で、自分の孫でもある、第3王女がこの王剣で殺される事になった。
神の血をひくこの王女をこの剣で殺せば、剣は神殺しをした事と同じになり、汚れて王剣としての神聖を失う。
拘束され、もはや死を免れなくなった悲しき王女。
ところがこの時、あろうことか王剣士アキュラが大神官を裏切った。
なんと彼は王女を連れて砂漠に逃げ、そしてそのまま姿を消してしまったのである。
女神フィーリアの頼みを叶えるべく、必死にその行方を探す大神官達。
だが遂にその行方は分からなかった。
ちなみに俺の夢の中で見た風景が、これと全く一緒だったのでもしや?とか思ったけど、夢の中で王女と思われる女は殺されているので、どうやら違うようだ。
……話が脱線して申し訳ない、戻そう。
逆にこの大神官達の企みに気付いたコンシェンツァ3世はこの話に激怒した。
そして彼は遂に、サリワルディーヌを信じる者を神官、信者問わず虐殺するのである。
大神官アルバル・ペタルマは、この時王に殺された……
王の裏切り者を許さないその苛烈な姿勢は、フォーザック王国を震撼させ、そして恐怖のどん底に叩き落とす。
……この情勢に恐れ慄いたのが、女神フィーリアだ。
何故なら自分が援軍を聖地に向かわせる約束をした事が、ラドバルムスに知られ、彼から死を宣告されたからだ。
聖地では、そうこうしている内にも、主神サリワルディーヌの信者が、改宗又は死を選んで次々と減っていく。
また矛盾するように聞こえるかもしれないが……清廉で、慈悲深く、そして信義に篤いラドバルムスは元々人気も高かった。
この事を踏まえ、女神フィーリアはある日、未来を夢で見た。
……サリワルディーヌが滅んだ後、次は自分が滅ぼされるヴィジョンである。
女神は恐怖した、そしてサリワルディーヌを助けると決めたのである。
そして女神フィーリアは、自分の信徒である大神官に託宣を行った。
“悪逆非道の裏切り者、ラドバルムスを滅ぼし、聖地を主神サリワルディーヌに返す為に聖戦を開始せよ!”と。
女神の言葉を聞いた大神官は、ヴァンツェルとダナバンドと言う二大大国を中心にフィロリア世界を歩き回り、女神を守るための聖戦を呼び掛けた。
これを聞いたフィロリアの民衆は、熱意をもってこの言葉を支持した。
……立ち上る熱狂。
民衆がその興奮に包まれるその中で、神官が叫ぶ『豊かさで知られ、そして文明や文化の先進地域、そして神々が住まう、聖地を悪の手から解放するのだ!』と。
そしてフィロリア諸国の上層部は、民衆の思いとは別にこの混乱に好機を感じた。
特にヴァンツェル・オストフィリア国とダナバンド王国は積極的に、女神フィーリアの大神官の言葉に耳を傾ける。
それぞれの国内に、新たな領地を求め、戦争を望む騎士が多かった為だ。
つまり王や皇帝は彼等が不穏な動きをして、騎士達が国内で暴徒化するのを防ぐために、乱暴者を輸出したかったのである。
とまぁ、こんな訳で宗教的な熱狂とは別に、これらの国の騎士達は、自分たちの立身出世の機会をこの熱狂に見出す。
こうして彼等は女神を守り、そして主神サリワルディーヌを裏切ったラドバルムスの討伐を名目に、兵を上げた。
時は1125年、聖戦の開始である。
集まった軍勢は騎士と言う名のならず者とその郎党、合計15万。
3方向から民族大移動の様にして攻め上がった。
それと同時にこれまで虐げられてきたサリワルディーヌの信者が、フォーザック王国内で蜂起。
彼等は、フィロリア側の動きと連動する様に、王に逆らう反政府ゲリラとして活躍する。
やがてそうこうしている内に、ラドバルムスの手元にあったはずの聖剣が、再びサリワルディーヌ側の手に落ちた。
こうして体の内側で暴れる病魔の様に、王国に蔓延ったサリワルディーヌ信者。
そして外から攻めてくる、15万の兵士を食わせる為に、略奪そして虐殺を繰り返す、猛獣の如きフィロリア人。
これら内憂外患に、元々混乱続きだったフォーザック王国は耐えきれなかった。
……結果この国は、一年も経たずして滅亡するのである。
こうして聖戦は終わった、旧フォーザック王国の故地には、ダナバンド人のナルヴァ・ネリアースを王に迎えた聖フォーザック王国と、その周辺国の合計7つの国が誕生したのである。
この新たに誕生した7つの国を聖域諸国と呼ぶ。
……ところが戦争は終わらなかった。
戦争が終わり、その手柄に応じて封土を得た騎士達。
聖地内に於いて荘園を得た彼等は、満足して祖国に帰り、結果15万の軍は聖地に8千しか残らなかった。
その結果、瀕死と思われたラドバルムスは生き返った。
ラドバルムスの信者達は砂漠に逃げ、そして砂漠に点在するオアシスを支配し、そして弱体化した聖地にある7つの新興国に戦争を仕掛ける。
この為、15年後再び女神フィーリアの大神官は聖戦を呼び掛けた。
しかし2回目の聖戦は戦士が集まらなかった。
原因は主に二つある。
一つは5年前に行われた、アルバルヴェ・シルト連合軍とダナバンド王国との間で行われたシルト戦争の影響。
これに大敗したダナバンドは、マウリア半島から駆逐されてしまったのだ。
そしてもう一つが、同じフィロリア諸国の一員となった、聖域の新興国の援軍として赴く、今回の戦争理由である。
2度目の聖戦は、前回の聖戦の様に征服戦争ではない。
……つまり領地が与えられる可能性が少ない。
それに加えて前回の聖戦の戦費も、まだ回収できていない騎士も多かった。
こうして投資の回収の意味でも、そして純粋に経済的な意味においても戦争に参加する意義を見出せなくなったフィロリアの騎士達。
こうして始まった、2回目の聖戦は戦士達の集まりが悪く、その実行も危ぶまれる散々な状況に陥ったのである。
……だがそれを救った騎士が居る。
アルバルヴェ王国の元男爵で、シルト戦争の英雄でもあるソードマスターのクリオン・バルザック。
彼こそ聖騎士団の初代総長になった男である。
彼はマルティ―ル同盟の騎士達と共に、聖地に赴き、俗人ではなく僧職の騎士としてこの戦いに参加した。
これがどうして救済案になったかと言うと、俗人ではなく、大神官に従う聖職者だった彼は、各諸侯から寄進を受けられたからだ。
本来ならアルバルヴェ人に、犬猿の仲であるダナバンド人が手を差し伸べるなどありえない。
だが、僧侶は自分の肉体を、王国ではなく神のモノとした人達である。
つまり国の垣根を越えて活動でき、そして支援を受けられるのである。
……なぜ寄進が集まったのか、もう少し説明しよう。
戦士とは暴力装置である。
その一端を担う騎士達の多くは、最初の聖戦が終わったのち、聖地ではなく本国に帰った。
結果、聖地の自領には、騎士達は居ない。
つまり本国の領地の様に、何かトラブルが起きても、自分の暴力で遥か海の彼方の、聖域諸国の自領を守る事が出来ないのだ。
頻繁に襲ってくるラドバルムスから、自領が守られなければ、手を汚してまで手に入れた領地を失う事になる。
波濤を越えて、尋常ではない大金を注ぎ込んで戦争に参加した挙句、こんな理由でせっかく得た封土を、僅か数年で失ったら彼等は早晩破産するしかない。
……遠隔地の領地は保全が難しいのだ。
そこでクリオン・バルザックはこの事情を鑑み、良いアイデアを思い付いた。
彼はそれぞれの本国に帰った騎士達に、その武力で彼等の封土を守る代わりに、領地の一部を寄進してもらえるように交渉をしたのだ。
そして同時に、自分達を大神官直属の、神官にしてもらうように大神官に交渉。
これが認められ、聖職者でありながら騎士でもある女神フィーリア教団所属の騎士団、聖騎士団が誕生した。
クリオン・バルザックが創始した剣術の流派を、聖騎士流と言うのはここからきている。
加えてクリオン・バルザックは更に、仲間をフィロリア中から集め、聖職者となり、血縁者に継承を許さないことを条件に新たな、騎士の任命権を大神官から得た。
彼はこれを使い、信心深く、腕前に優れた男ならだれでも騎士と成れる環境を与える。
それを整えた後、クリオンは世界に呼びかけた。
『腕に優れ、篤く女神を信じる者達よ。
家柄は問わない、ただ剣を持って聖戦に参加し、騎士となる機会を与えよう!
我等の敵はサリワルディーヌを裏切った、ならず者の神ラドバルムス。
楽な戦いではない、だが最後の勝利は必ず我々が手にする。
我こそはと思う男は聖地で、この戦いに参加すると良い!
女神は諸君の血を望んでいる!』
こうして腕に覚えがあるが、次男坊や3男坊だったりした、うらぶれた騎士家の若者。
そもそも継承権が無い、非嫡出子の若者。
聖戦の参加に意義を見出す若者や、戦争狂の本物のロクデナシまで様々な戦士がクリオン・バルザックの元に集まった。
逆らう者も当然いたが、その全てを実力でねじ伏せ、従わせる事に成功したクリオンは、2度目の聖戦で抜群の戦功をあげ、聖騎士団を聖域諸国に定着させた。
結果ますます諸国、諸侯から寄進を集めた聖騎士団。
彼等は国の垣根を超えた軍事組織として、7つの聖域諸国の守護ともいえる地位に上り詰める。
余談だが……クリオン・バルザックはそれを知る事も無く、この戦争の終盤に病没した。
まだ46歳の若さだった。
大きくなった聖騎士団だが、初代総長クリオン・バルザック亡き後、4っつに分裂した。
背後に居る列強の思惑もあり、騎士達はそれぞれの祖国ごとに分かれて騎士館を構えたのである。
まずはこの4つの騎士館を紹介しよう。
……と言うのも、俺もこの騎士館のいずれかに所属する運命にあるからだ。
一番多くの人数の騎士が所属するのが、ダナバンド騎士館。
ダナバンド騎士館に匹敵する規模のヴァンツェル騎士館。
数はそれほどではないが、初代総長を輩出した事で多くの所領を抱える、アルバルヴェ騎士館。
そしてアルバルヴェ騎士館と隣接し、それ以外の諸国から騎士も所属している同盟騎士館……ここはマルティ―ル同盟のエルドマルク王国の人達を中心とした騎士館でもある。
これに加えて、騎士団総長が側近と居る、まるで宮殿のような建物。騎士の為の神殿がある。
ここは別名で本館とも言う。
俺は今、この4つの騎士館のうち、アルバルヴェ騎士館館長である、叔父のドイド・バルザックに仕える小姓をしている。
小姓とは、叔父の衣服の手入れや、その傍に立って洗面や、手洗いの為の水盆を持ったりする人間である。
他にも礼儀作法を習ったり、乗馬や戦いの訓練、その他数えられないほど多種多様な雑務を行う。
平たく言うと身分のある召使だね。
だがここで人脈を築き、戦争に役立つ様々な知識を手に入れ、将来騎士としての為に役立つ男になるのは非常に重要なのだ。
ここでの修業が未熟に終わると、運に恵まれない限りはただのならず者で終わってしまう。
……そして今、俺はその未熟者になりかけようとしていた。
◇◇◇◇
「まてこのクソ道化師め!」
「あひゃ、あひゃひゃひゃ、あひゃひゃひゃひゃぁ……」
憤怒!聖騎士ドイド・バルザックに仕える従士“強盗野郎”のホンザーは激怒していた。
彼が自室に帰ると、仮面をかぶった派手な服の道化師が、これまで何年にもわたって小姓から巻き上げ続けたお金を袋に詰め、窓から逃げようとしていたからである。
因みにこの時の道化師の正体は俺だ。
俺は窓の外を伝って、鬼の形相で追ってくるこいつを躱し、下の階まで逃げおおせる。
壁登り歴10年の俺を舐めるなよ……
「おいっ、誰かそいつを捕まえろ!」
ホンザーの叫びに階下の男達が俺の行く手を遮る。
俺はそんなゲストに向かって、強盗野郎ホンザーが小姓達を恫喝しながら書かせた、無理な利息の借用書や、ありえない無茶な内容を書かせた念書をばらまいた。
そしてかねてから目をつけていた、騎士館の外周を囲む壁際の物置の屋根に飛び移り、そこから「従士ホンザーから、皆様にプレゼントでーす!」と言って、追ってきた兵士達にお金をばらまく。
この様にして、路上に散らばる、お金や念書、借用書を拾う大人たち……
「それは俺のだ!返しやがれっ」
追いかけてきたホンザーは、そう言って拾った人から、大慌てで念書やお金をもぎ取ろうとした。
奴は物置小屋の屋根でお金を配る俺を見て絶叫する。
「テメェ、ラリーだなっ!」
だから何だ?と、俺は言いたい。
正直に言う訳がないだろうが、アホウめ……
俺は面白くてしょうがない、今年一番愉快な気分になった俺は、屋根の上でふんぞり返り、そして奴を指差して高笑いをした。
「あひゃ、ふぅわあひゃひゃひゃ、あひゃひゃひゃひゃぁ!」
強盗野郎ホンザーは、腰のダガーを抜いて叫ぶ。
「殺す、てめはぜってぇに殺す!」
やれるもんならやってみろ、カス野郎め!
俺は猛牛のような勢いでこちらに向かってくる奴から逃げるべく、そのまま騎士館の壁を飛び越え、壁の向こう側に逃げた。
着地するなり前方向に回転して勢いを殺す俺、見様見真似のパルクール。
……正しいかどうかは分からない。
「ラ、ラリー、あんな高い所から落ちても大丈夫なの?」
着地した先では、俺と背格好が似ている別の道化師が待っており、彼が心配そうに俺に声を掛けた。
「大丈夫さ、ちゃんと鍛えているから。
ソレよりもこの金を持って走れ!
橋まで逃げたら今度はルヴィが引き継ぐ、それまでは捕まるなよ!」
ルヴィとは、俺の剣友で宿敵のベイルワース・アイルツの事である。
……一応親戚らしいが、ソッチは決して認めていない。
とは言え、なんだかんだ言って頼りになる仲間なので仲は良いと思う。
「わ、分かった」
俺の言葉に、目の前の替え玉は頷いた。
そして今俺が越えた背後の壁からは「逃がすな!絶対に逃がすなッ」と叫ぶ、強盗野郎ホンザーの声が響き渡る。
その声を聴き時間が無いと思った俺は「早く行け」と言って促し、お金の詰まった袋を渡した。
こうして走り去る俺の替え玉。
俺はそのまま茂みに隠れ、服装やら仮面やらを体から剥がし、茂みに隠した服に着替える。
遠くに駆けて行く派手な道化師目掛けて、館の門から、多くの男が「まてコラァ!」と叫びながら駆けだした。
「捕まるなよ、あいつ……」
俺はその道化服にガッツがある事を期待して、連中が通り過ぎるのを待つ。
そうこうしている内に、手筈通り相棒が空から来た。
「げーげ、ぐわぐわぁ(待ってたぜ、今なら行ける)」
ペッカー先生だ。
俺は言葉少なめに「頼む」と言うとペッカーは俺の服の襟をつかみ、そして空に飛びあがった。
彼はそのまま火が付いたような騒ぎの下界を見下ろし、騎士館3階の部屋の窓まで俺を連れていく。
窓から騎士館に侵入した俺は、ポケットの中にペッカーを隠して、何気ない顔で下の階に降りて行った。
そして何やらヒソヒソと話す従士達に声を掛ける。
「お疲れ様です、下で何かありましたか?」
従士達はむしろ俺の登場にびっくりしたようで「あれ、お前が何かしたんじゃないのか?」と尋ねられた。
俺は首を振って「いや、3階で部屋の掃除を命じられまして、ソレをしていました」と答える。
目を見合わせる従士たち。
俺は早速「と言うか、俺をまず疑うのはやめましょうよ。先輩達にそう思われているのを知って悲しいわぁ……」とお茶らけて言った。
俺のこの様子に従士達はクスリと笑った。
「お前はいつも怪しいんだよ、普段が悪いからしょうがねぇだろ」
「フフッ。そうだ、お前の普段を考えたら当然だろ!」
こうして俺と従士は笑いあって別れた。
こんな調子でいろいろな従士や小姓仲間に声を掛け、今起きている騒動の聞き込みを続ける。
……要は不在証明工作だ。
俺がココに居るから犯人じゃないよ、と言う事である。
……まぁ、犯人は俺なのだが。
俺がこうやって聞き込みをしているとみんな一様にこう言って驚いた。
「あれ、なんでお前がここに居るの?
お前が外に逃げ出したんじゃないの?」
なんで皆俺が犯人だと決めつけるのだろう?
これじゃまるで、皆が名探偵みたいじゃないか……
やがてその内、騎士達までもが俺等の所にやってきて「お前またやったのか!」と……
こいつらに至っては迷いすら無ぇのかよ!
「違いますよ!今ホンザーさんが犯人を追いかけています。
なぁ、そういう事だろ?」
俺はそう言って周囲に同意を求めた。
すると周りの奴らは自信たっぷりに「ホンザーが今犯人を追ってます、じきに捕まるでしょう!」と答えた。
それを聞くと騎士達は、胡散臭そうな顔で俺を見、そして首を振ってどこか行った。
……なぜ俺を信用しない、お前等。
やがて従士達は従士長の呼びかけに様って、一階にある大広間に召集される。
それを確認すると俺は小姓仲間に「じゃあ、俺は3階の部屋の掃除に戻るわ……」と言って階段を登って行った。
そしてそのまま例の部屋に入り、鍵をかけるとペッカーを懐からそっと出した。
「くぅーっクックックッ……
行くぞペッカー、これでフィニッシュだ。
今日こそ、あの強盗野郎の息の根を止めてやる!」
俺が喜々としてそう言うと、ペッカーもニンマリと悪い顔で笑って言った。
「げぇーっへっへっへっへっへぇ!(笑い声)」
ペッカーそう言うとさっそく俺の服の襟をつかんで窓から空に飛びあがった。
浮かびながら俺は言う。
「あ、ペッカー先生、山じゃない。
川の方角に行くって言ったよね」
「ぐわっ、ぐわー(そうだっけ、聞いてないぞ)」
俺は(言った筈だけどな……)と思いながら……「あ、ごめんね。川の先にある橋の向こうにある棗の木の林。あそこの一本道に行ってくれる?」と言った。
ペッカーは“了解”と答えながら、指定された地点に向かう。
騒ぐ下界を見下ろしながら、はるか上空からこの様子を見守る俺達。
見上げる者が居ない事を願って遠回りに、飛んでいく。
そんな俺達を尻目に、道化師とホンザーが川の向こう目掛けて爆走しているのが見えた。
距離は徐々に縮まっているようだ。
ホンザーめ、お金が絡むと本気を出しやがる……普段はふんぞり返って手抜きばかりしやがるくせに。
こうして俺は先回りして、棗の木が立ち並ぶ林の中の一本道に降り立った。
『ラリー、大丈夫だった?』
降り立つなり、ここで待機していた俺と同室の、部屋子の後輩たちが俺を取り囲む。
「ああ問題ない、ソレよりも準備は出来たか?」
「だいじょうぶだ!」
「よし、それなら鐘を鳴らせ!」
俺がそう後輩たちに命じると、彼等は木にぶら下げた、鐘と言うか鉄の板と言うかをとにかくむちゃくちゃに叩き始める。
やがて道の先を監視していた別の後輩が、俺の所にやってきて言った。
「ラリー、ルヴィが来たぞ!」
「来たか、よし鐘を木から降ろせ、身を隠すんだ……」
こうして息をひそめる俺達。
やがて半分仮面がはがれ、必死な形相も露にルヴィことベイルワース・アイルツが走ってコッチに向かってきた。
その後ろにはここまで3人の道化師を追いかけてきた、タフな男ホンザーの姿がある。
……奴の他の仲間は遥か後方だ。
「まて、まて……」
捕まったらぶっ殺されるのに、そんな事言われて待つ馬鹿は居ない。
そんな事も分からず追いかけるホンザー。
俺はダガーを片手に、ロープを握りしめる。
罠のある地点を走り抜けるルヴィ、そしてその後ろを鬼気迫るホンザーが走ってきた。
ここだ!と思った俺はブツンとロープを切り落とす。
次の瞬間ホンザーの足元の地面の砂がパッッと輪っかを描くように跳ね上がった。
切られたロープの音、バサバサと凄い音を立てる棗の木。
その音に思わず立ち止まって周りを見るホンザー。
その足にロープが絡みつく!
「うわ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
しなっていた木が元に戻る、そこに取り付けられていたロープがホンザーを空中に放り投げた!
絶叫を響かせ、はるか天空めがけてフライアウェイの強盗野郎ホンザー。
このまま奴は逆バンジーの要領で、棗の木にぶら下げられる事になる!
……ところが予想外の事が起きた。
ロープが俺の予想とは異なり、スポンと木から抜けたのだ。
「あ、あーあ……抜けちゃったよ」
『!』
俺が思わずそう呟くと、後輩たちは青ざめた顔で俺の顔に一斉に目線を向けた。
そんな中、ホンザーはひらひらと風に舞うロープもろとも、天空を泳ぐように飛んでいき、そして派手な音を上げながら川に落ちた。
ドッボォォォォーン
「やべぇ、やり過ぎたぞラリー!」
仲間がその様子を見て慌てふためく中、俺はもうその様子が面白くて面白くて……
ゴキブリか、コウロギの様な姿勢で地面にうずくまると「ヒーヒー……」言って笑い転げる。
……面白過ぎる、こんなん卑怯だわぁ!
「あは、あはははは、アーッハッハッ!」
ヤバイ、笑いが止まらない。
こんなに面白いのは、久しぶりですよ。
やっぱり復讐は面白い……
俺のその様子を見てやってきた、道化師姿のルヴィが「なんて恐ろしい男なんだ」と俺を見ながら青ざめた顔で呟く。
……なんでだよ?
俺はこの面白さを理解してほしくて、一生懸命奴に語りかけた。
「いや最高じゃん、散々俺の部屋子をいびってくれた上に、この結末だよ?
俺さぁ、もう可笑しくておかしくて……」
俺はそう言ってルヴィに、この楽しさを説法し始める。
ところが案外真面目なこいつは、この面白さが分からないらしく。
何とも言いようがない顔で、俺と川の中でもがき苦しんでバタバタしているホンザーの顔を見比べる。
やがて彼は道化服のまま首を振ると「行こうぜ、他の従士達が集まってホンザーを救出しようとしだした」と言った。
そこで、俺も川で元気にバタつくアイツに目を向けた。
すると奴の仲間が彼を救いに……
プフゥッ!プっ、クスクスクス……
「ダメだ、あいつらを見るともう可笑しくておかしくて……」
笑いのツボにはまってもがき苦しむ俺を見て、ルヴィは怒りも露に言った。
「いいから行くぞ!早く立てっ!」
俺は半ば強制的にこいつに肩を担がれ、そして皆と共に歩かされる。
こうして俺達は、この場を後にした。
俺達はその後、何食わぬ顔で騎士館に戻り、雑務をした後、そのまま大人しく寝た。
……その日、騎士達は夜遅くまで会議をしていたと言う。
◇◇◇◇
翌日の事だ……
俺と俺の部屋の部屋子達6人が、叔父のドイド・バルザックに呼び出された。
(バレたか……)
そう思って、処刑宣告を受けた気になった俺。
俺達はそのままアルバルヴェ騎士館の館長執務室に向かった。
『ラリー……』
「ビクビクするんじゃねぇ、良いか俺達は何もしていない!
そもそも何か起きたら、俺が責任を取るだけの事だ。
お前達まで動揺するんじゃない!
特にビト!お前は今回の原因なんだ、絶対に館長に悟られるなよ」
俺はそう言って2つ年下の後輩、ビトの顔を見た。
俺に声を掛けられた彼は、幼い顔を青ざめさせ、俺の様子を伺うように見ると、あわてて何度も頭を縦に振る。
……さて、ビトの事をご紹介しよう。
ビトは愛称だ、本名はヴィタース・ワズワス。
何とシドの彼女クラリアーナの弟だ。
ただし母親が違う、つまり庶子。
だが俺の親友シドの弟分であるこいつは、俺にとっても弟分である。
そこで俺はコイツを非常に可愛がっていた。
今回あの強盗野郎ホンザーを懲らしめてやったのは、あのカス野郎が俺の可愛いビトを借金漬けにして、そして取り立ての為に追い込んだからである。
泣きながら俺に借金の相談したこいつの為に、俺は下げたくも無い頭を、ルヴィに下げ、そしてあの野郎を病院送りにしてやったのだ。
ざまぁ見ろと言う事だ、俺は一切悪くない!
そう思って強気に出た俺は、不安がる部屋子達を窘める。
「いいか必ず、やって無いと言え……
何があってもやって無いと言うんだぞ!」
「あの……ラリー」
「どうした?ビト……」
「なんでもない……」
「なら良い、とにかく堂々としていろよ!」
叔父にビクついているところを見られたら、勘のいい彼の事だ、間違いなくすべてを悟ってしまう。
俺達はとにかく心を落ち着けて、執務室の扉を叩いた。
「失礼いたします、御呼びと聞き参上いたしました」
『…………』
入れとも言われず、不気味な沈黙が広がったのち、カチャリと扉の鍵が開けられ、ほんの数センチ扉が開かれた。
入れ……と言う事なのだろうか?
逆にこの異様な静寂が、恐怖を掻き立てる……
(入りたくねぇなぁ……)
泣きそうである、だが俺は部屋長として逃げ出す訳にもいかず、静かに扉を開けて入室した。
「…………」
男は沈黙し、そして光り輝く窓を背に、俺達を迎えてくれた。
その立ち姿から、明らかな怒りのオーラが滲み出ており、その鍛え上げられた肉体と、その暴力に満ちた経歴を示すかのような鋭い眼差しに、俺は一瞬で恐怖する。
目の前にはロマンスグレイの美しい白髪の老騎士。
聖騎士団アルバルヴェ騎士館館長にして、前ガーブ男爵、前聖騎士流剣術当主、そして聖騎士流のソードマスター。
俺の叔父、ドイド・バルザックが立っている。
「クソガキ、遂にやってくれたのか?」
いきなりのオープニングが、ド派手である。
オシッコちびりそうな位怖い……
俺はそんな事をおくびにも出さず、少し微笑みながら「騎士バルザック、どういう意味でしょうか?」と尋ねた。
ドイド・バルザックは俺の目を、ギラギラとした白目で見据えると(そう来たか……)と言わんばかりに何度も頷いた。
……逃げたい、怖いです、叔父さん。
「ラリー、昨日の事件は知っているか?」
「従士ホンザーの件ですか?
それとも俺の部屋子が粗相をしたのでしょうか?」
「ホンザーの件だ」
「その件の事でしたら、むしろ俺等の方が知りたいです。
3階の掃除が終わってから下に降りても、誰も何も教えてくれないのです」
「本当に3階にいたのか?」
「もちろんです、叔父さん……」
ドイド叔父さんは、そう答えた俺の目を見て静かに言った。
「確かに昨日、お前が館に居た事を騎士やほかの従士達も証言している。
だがな、あんなことをして喜ぶ奴がいるとしたら、お前しかいないんだ、ラリー……」
「ですから何が起きたのか教えて下さい、叔父さん」
俺は固唾を飲みながら、こんな時微笑むべきなのか、自分の疑いを晴らすために食らいつくように話したらいいのか、必死に考える。
思わず肩の辺りが震えてきそうだ……
俺のその様子を見ながら叔父さんは「引っかからないのか?」と呟いた。
「なんの話なんでしょうか?」
俺がそう呟くと、彼は重たい溜息を吐いてこう言った。
「ラリー以外の人間は仕事に戻れ」
「か、館長、ぼ……僕にも仕事が」
「お前以外は仕事だ!」
彼はそう厳命すると、俺の部屋子を返し、俺だけをこの場に残した。
この状況に再び恐怖し、表情を固めて黙る俺。
バタンと扉が鳴り、部屋に俺と叔父さんだけが残される。
「ラリー、俺の目を見ろ、決して目を逸らすんじゃない」
「了解しました、館長」
俺は彼に言われるがまま、その恐ろしい叔父さんの目を覗く。
「ホンザーはロクデナシだった。
奴は借用書を取り、聖地に武者修行をしに来ながら堕落していった、心が未熟で幼い小姓や従士達に金を貸し、そして遊びを教えた。
若い連中はたちどころに悪魔にそそのかされ、そして金で魂を売り渡した。
……私はソレに気が付かなかった。不徳の致すところだな。
そしてアイツは、なんと4年にも渡ってその手口で荒稼ぎをしていたそうだ。
そしてやがてその魔の手は、お前の部屋子にまで手を掛けた。
違うか?ラリー……」
「なんの事でしょう?
たしかに俺はその相談に乗りました、ですので借金の肩代わりをした事もあります」
そう言いながら、ジッと俺を見つめ続ける叔父さんを睨み返す俺。
「つまりお前の部屋にまで奴の魔の手が迫ってきたんだ、お前は昔から自分の物を取り上げられそうになると我慢が出来ない性格だ。
バルツ剣術学校、母無し子と呼ばれたゴブリンの首、母を追い詰めたライオ・フレルに、お前を辱めた殿下……
お前は必ず相手に思い知らせないと我慢がならない性格だったな……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。
殿下とは今でも付き合いがあります、毎月手紙のやり取りを欠かさずしているんです。
殿下は関係ないですよ」
「そうか……
ホンザーはお前の部屋子のヴィタース・ワズワスに遊びを教え、お金を貸していた。
ヴィタース・ワズワスはお前の剣友でもある、魔導大学付属学校時代からの幼馴染、クラリアーナ・ワズワスの弟だ、ただし庶子の。
そうだな、ラリー……」
「ホンザーの件は知りませんでしたが、ヴィタースは確かにそうです。
俺にとっては縁のある、弟のような存在です」
「ホンザーはお前から睨まれたことがあるそうだ。
つい最近……だな」
それを聞き、俺は思わずゴクリと鉛のようなつばを飲む。
そしてその時の事を思い出しながら答えた。
「考え過ぎですよ、目線の先に彼が居ただけです」
「……目を逸らしたぞ、ラリー」
「なんの事です?」
「…………」
「叔父さんは大変威厳がある男なので……」
「だから何だ?」
「目を見続けると怖くて……」
俺がそう言うと叔父さんは溜息を吐いて目を横にずらした。
その瞬間、俺は思わず聞こえないようにひっそりと溜息を吐く。
「ヴィタースの借用書だけは何処を探しても無かった、どこに行ったか知らないか?」
急に質問されて思わず動揺した俺は「知りません」とだけ答える。
叔父さんは俺に背を向けると「はぁ」と再度溜息を吐いて言った。
「ラリー、お前は卒業だ」
「え?」
いきなり何を言われたのか分からず、思わず尋ね返した俺。
叔父は背を向けたまま、俺に語り掛ける。
「先ほど、ヴィタースを問い詰めて、全てを白状させた。
ラリー、お前はアイツの為にとことんやった様だな」
お、オーマイがっ!
「ヴィタースが言ったよ、自分はどうなってもいいからラリーは助けて欲しいと」
「あ、ああ……」
ヴィタース、それを言うなら“やってません!”と何故言えなかった……
まぁそれをいまさら言ってもしょうがない。
卒業……と言う事は聖地での武者修行はここでおしまいか。
これで俺の騎士道は終わりかぁ……
「お前は明日から私の小姓ではなく、騎士の従士になれ」
「……え?」
出世した?
「お前の事を話したら2人の騎士がお前の事を引き取っても良いと言った。
一人はお金持ちで、たくさんの所領がある騎士だ。
従士の数も6人と多く、皆身形が良い。
ここで修業したいという小姓が多い、評判の良い騎士だ」
そんな事言われたら決まりやんけ……
そう思っていたら、次の騎士はもっと興味深かった。
「もう一人は今年騎士に任命されたばかりの騎士だ。
故にお金は無く、また本人も手柄を立てる気持ちがあるんだか無いんだか、小姓も従士も居ない。
そして兵士として連れていく兵士も3名だけ、収入の殆どは孤児院に寄進している」
「それはひどいですね、連れていく兵士が少なかったら手柄を立てられないじゃないですか……」
「まぁ、そこは何とかするだろう。
そいつは我が流派のソードマスターだ。
マスターストリアムの弟子である。
手柄も十分立てた、だが傲慢な男で手柄を立てているのだから収入をどう使おうと、自分の勝手だと私に言った。
兵士を養うのは嫌いらしい。
孤児を育てるのに使いたいそうだ、困ったた男だ」
ソードマスター……しかも弟子無し?
小姓も従士も居ないってそういう事だよね?
「ラリー、どっちが良い?」
そう尋ねられた俺は、思わず身を乗り出して言った。
「叔父さん、最初の騎士はソードマスターですか?」
「いや、違うが……」
「だったら俺はお金が無い方に行きたいです!
そのマスターは今弟子が居ないんですよね?
教えてくれるんじゃないですか?」
俺が期待に胸を膨らませてそう尋ねると、叔父さんはこの日初めて笑ってこう呟いた。
「……フッ、そう来たか」
彼はそう言うと、俺に向かって斜に構えた笑みを見せて言った。
「ルバーヌがお前を可愛がっている理由が良く分かる、全くお前は親父に似た」
「パパ似ですか?」
「いや、私の父だ。
お前の祖父でアルローザンと言う。
名前ぐらい聞いた事があるだろ?」
「はい、ママからはよく聞きます」
「エウレリアも親父から剣を習っていた。
素質は良かったが、修行よりも恋にそのエネルギーが向かってしまった。
まるでイノシシのような子だったから、二つを両立させることはできなかったのだろう。
だが……お前を我が家に連れてきてくれた」
「…………」
「迷惑ばかりかけさせたが、不思議とお前を憎めない。
そして間違いなく剣の天分がある。
お前を導くのが私の役目なのだろうな……
ラリー、お前は所属する騎士館を変える事になる。
と言うのも、あんな事があった後だし、全てそのままとはいかない。
仲間を川に放り出されたことで従士達もカンカンだ。
お前を従士として登用してくれる騎士の名はヨルダン・ベルヴィーン。同盟騎士館に所属しているエルワンダル人だ」
俺はエルワンダルと聞いて首を傾げた。
と、言うのもエルワンダルは今やダナバンド王国の領土なので、旧エルワンダル騎士の多くはダナバンド騎士館に移っている。
何故同盟騎士館に俺は行くのだろう?
どうやら俺の疑問は分かり易く顔に現れていたようで、それを見た叔父さんは、難しい顔で言った。
「エルワンダル人の全てがダナバンドに服している訳ではない。
ましてや(ダナバンド女王への)忠誠の宣誓を拒否した騎士を、彼らが自らの館に入れる筈も無いからな。
神に仕えるから関係ないとはいえ、建前と本音は違う。
そういう事だ、人は祖国から切り離されて生きる事は無いのだ、魂の一部はそこに置かれてしまう……」
なんか抽象的な話をされて、俺は首を傾げざるを得なかった「?」である。
マスターヨルダンが同盟騎士館に何故居るのかを聞いただけなんだが……
叔父は良く分かってない俺の顔を見ながら言葉をつづけた。
「つまり、奴はエルワンダル大公国は滅んでいないと言い張り、ダナバンド騎士館へ移るのを拒否しているのだ」
「あ、そういう事ですか。
それならそうと、おっしゃってくれたら良いのに」
「そう言っている。
同盟騎士館館長ニフラムは、そんな彼の腕を惜しんで、この度特別に同盟騎士館が所有している荘園を分け与え、ヨルダンを正式に騎士にした。
だが奴には信頼できる親族は居ないし、小姓として我が子を預けたいと申し出る知り合いも居なかった。
だから困っているのだ」
「だったら任せて下さい、剣を教えて頂けるなら好条件です。
俺はソードマスターになりたいのですから!」
「……そうだな。
お前は裏切り者をどこまでも追い詰めてしまうだろうが、お前自身が裏切るとは思えん。
いいかもしれんな」
そう言うとドイド・バルザックは机の引き出しを開き、中に入っている封蝋のしてある手紙を渡した。
「これが紹介状だ。
隣の同盟騎士館に行って、館長ニフラムに会いに行くと言い。
それと……これを持って行け」
そう言うとドイド叔父さんは腰に下げていた剣を俺に渡してくれた。
「俺の剣だ……俺と名誉を共にした。
次はお前の名誉をこの剣に刻んでくれ」
手にした長剣はずっしりと重く、そして使い込まれたぬくもりに包まれている。
俺は「信じられない……」と思わず呟いた。
胸が感動で一杯になる、思わず目に涙が浮かんだ。
「光栄です叔父さん、なんと言っていいのか……」
「嬉しいか?」
「もちろんです!ありがとうございます」
「ハグしてくれ、ラリー……」
俺は剣を片手で握りしめたまま、ドイド叔父さんを抱きしめた。
叔父さんは俺の背中をポンポンと叩くと「ヨルダンは厳しい男だが、心に正義がある、理解するのに時間はかかるだろうが分かって欲しい」
と、耳元で言った。
俺はどう答えたのか実は覚えていない。
泣きながら「はい」と答えた気がする。
そして叔父から剣を贈られた次の日、俺は早速部屋から荷物を持って、4年もの長きに渡って暮らしたアルバルヴェ騎士館を後にすることになった。
この慌ただしさに驚きながらも、部屋子の仲間たちに別れを告げ、新しい世界に旅立つ俺。
因みにヴィタースは罰として一か月間トイレ掃除となった。
ただし彼の罰はそれだけだった。
そしてホンザーだが、結論から言うと彼は失踪した。
事情を説明すると、だ。
……まず彼の道徳心について問題視する騎士が大勢声を上げた。
と、言うのも小姓と言うのは、騎士館内で働いている様々な騎士が、知人から預かっている子弟なのである。
ただ給金で雇われた召使とは違う。
むろん厳しく育てる事もあるが、基本騎士自ら教え、育てる子供達だ。
そんな大事な預かり子が、ガラの悪いチンピラ、しかも自分の職場の関係者にいたぶられていたりしたらどう思う?
ホンザーはそんな小姓達を、借金を通じて搾取した。
当然それを聞いた騎士達の怒りは、相当なものである。
騎士には騎士道と言う、武士道と同じように行動を律する教えがある。
ホンザーのしたことは、そんな騎士道の“友愛の教え”に外れた行為だと問題視されたのだ。
加えて聖騎士団は、れっきとした聖職者の集団だ。
聖職者がその組織内に於いて、金の貸し借りを通じて、他人を支配するなど外聞が良い筈も無い。
……実際には他所の神殿でも行われているとしても、だ。
こうして俺の行動のせいで、この事実が表面化し、初めて問題だと話題になる。
その結果、あの一件で足を骨折して病院に担ぎ込まれていたホンザーは、自分を守るために病院から出られなくなった。
……出たら、騎士から何をされるか分からないからだ。
……そして事件があった3日後。
ホンザーについての今後がある程度決まる。
彼は退院したタイミングで、今回の件について審問が開始される事になったのだ。
そして悪い時にこそ悪い事は重なっていく。
この結果を受けて、彼の言いなりだった者達が、弱くなった彼を一斉に叩き、彼のやった事について、声を大にして糾弾し始めたのだ!
……連中は、ホンザーからの借金をチャラにしようとしたのだと俺は思っている。
散々(さんざん)奴の金を遊興費として使っておきながらのこの行動には、正直疑問を呈さざるを得ないが、弱くなるとはこういう事だ。
そして俺自身、あの愚かなビトの借金の証文は“いの一番”に焼き捨てた。
そんな俺が彼等の事を、とやかく言う資格なんてそもそも無いのである。
そしてビトよりも俺の方がより、愚かだったかもしれない。
……アルバルヴェ騎士館に居られなくなったからだ。
とにかくこうしてすっかり立場を無くしたホンザーは、組織が処分を下すその前に、彼は入院していた病院から脱走、姿を消した。
噂によると故郷に向かう乗合馬車に乗ったらしい。
失踪した人間を問い詰める事は出来ない。
また家族にホンザーの行方を問いただしても、正直に教えてくれるはずもない。
騎士達もこの件に関わる事にモチベーションが持てなかったらしく、彼が失踪した事で急速にホンザーの事は、誰からの関心も持たれなくなってしまった。
こうして強盗野郎ホンザーの問題は、うやむやのまま終了した。
ただし収まりがつかない者も居て『従士がその見習いとも呼べる、小姓なんかに侮辱されて黙っているのかっ!』と言う従士も現れた。
そう言った声も、俺が責任を取る形で騎士館を去った事で、ある程度納得をしたらしい。
こうしてホンザーも俺も、アルバルヴェ騎士館から姿を消した。
つまりこの事件は、けじめとして俺の首を従士に差し出した事で幕を下ろしたのだ。
こうして俺は再びヌクヌクと過ごせた、アルバルヴェ人のコミュニティからドロップし、再び過酷な世界に入ることになる。
こうして始まるガーブウルズ以上の、厳しい世界。
つまり、俺の武者修行は、実はここから本格的に始まるのである。
……ちなみに感動的なやり方で、体よく叔父から騎士館を放り出されたのだと、俺が気付いたのは実に1週間後の事だった。
彼はトラブルメーカーが居なくなって、心が平穏だと、側近に漏らしたそうだ。
……お返しに、イタズラしたくなる発言である。
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