恐るべき子供の沈黙は金!
叔父さんとホークランがやって来て、我が家に嵐をおこし、そして立ち去ってから二カ月経った。
ある日パパさんがもうすぐ6歳の春を迎えようとする俺に言った。
「ゲラルド良く聞きなさい、お前は6歳の春になったら王宮にあがり、フィラン第二王子の学友として、しっかりと勉学に励むんだぞ」
俺としては一緒の学校に通う同級生がフィラン王子なのだろうと考え、気軽なミッションに挑戦するつもりでこう言った。
「パパぁ、僕の同級生は王子様なんだね!」
わざわざパパさんが俺に言うのだから、意図した所は、王子様を守れと言いたいのだろうな。オーケィ任せてよ、俺は仕事できるって!
「そうだな、この様な名誉は普通の貴族ではまず頂く事がない、名誉ある処遇になる」
ほうほう、いつだって自分の事より王様最優先、社畜の鏡のパパさんだからこそ得られたと言いたいんだね。
任せてくれ、俺は空気が読める男なんだ。
「ありがとうパパ、全力を尽くします」
俺がそう言うと、次の瞬間パパはひしっと俺を抱いてこう言った。
「普通の学校に通わせたかった……
中ではきっと理不尽な思いをきっとする。
耐えてくれ……ゲラルド」
王様の息子が通う学校は普通ではないのか?
ただの名門貴族のボンボンが集まる場所の筈なんだけど……
とにかく俺を抱きしめるパパさんの腕の力が尋常では無く、何か恐ろしい運命に向かって俺を差し出した事を詫びる様である。
そこで、不安になって聞いて見た。
「パパ、王子様はそんなに……
その……危険な方なんですか?」
「うん?いやむしろ大人しい方だが……」
「周りの取り巻きが嫌なやつとか……」
「どうかな?そこまでは判らないが、皆おとなしい子たちばかりだと聞いてはいる」
「パパさん……話を聞くに、ぼくにはそこが危険だと思えないんですけど、何が在るんです?」
どうもパパさんの不安の元が判らない俺は、思い切ってまっすぐ尋ねてみた。
「ゲラルド……今はまだ想像もつかないと思う。
だが正直に言おう、王とその一族は、皆歩く炸裂薬だ!」
社……社畜の鏡のパパさんが、すんゴイ事を言いやがった!
「パ、パパ。王子様もおとなしいけどそうなんだね?」
「どうだろう?だが王のお子様だ。
気に入らない事が起きれば、直ちに机を破壊する位はやるかも知れぬ」
王様そう言う人?
ワイルド&デンジャラス?
やだ……こわっ!
「パパ……ソレパパが子供の頃のお話?」
「うん?ああ、そうだよ。
パパは王様と幼い頃からの付き合いでね。魔導士の家系がわが家系なのだが、一応王国の爵位としては、騎士の位を賜って居た家なのだ。
ある日、我が父が……いやお前のおじいさんがだな。
王の直轄地であるダレムの山荘の水質改善の為に派遣された。
家族も連れて良いと言われたので、私やお前の祖母も一緒に行ったのだが、実は手違いが在り、王は山荘には来ないのだが、ホリアン王子は夏の間この山荘に滞在する事になって居たんだ。
そこで私は父の仕事が終わるまで、家族全員、広い山荘の客間の一室に押し込められ、母親が怒り狂っているのを横目に、私と父は日々を過ごさなければならなくなった。
当然そのようなヒステリー状態の母と一緒に居たいとも思えず、私は未だ幼いホリアン王子と、自然と一緒に居る様になったんだ。
王子は非常に活発なお人で、その心に大きな野心を秘めておられた。
タダまぁ……その……きついと言うかなんというか。
圧倒する様な子供だったんだよ」
「それで仲良くなったの?」
「まぁ、仲良くなったと言うべきなのかな?
都合がいい時に友と呼ばれると言うか、なんと言うか……
とにかく我が家は私の代で、王の寵愛を受けて家格を男爵にまで引き上げたのだ。
その事には感謝をせねばならぬ。
ただし、それは私だけの人生だと思っていたのだ……」
騎士の家の人間が爵位を貰う等、そうそうある筈はない、パパさんはこの国一番の魔導士として魔導士団を率いて、マウリア半島統一に置いて功績を上げている。
だが全ての組織がそうであるように。実際には功績を上げるだけでは評価はされない。
ソレをきちんと評価して引き上げてくれる上司が存在しないと認められないのだ。
100円ショップも貴族も、そこは変わらないと言う事なのだろうね。
「お前は偶然にも王子と同じ年に生まれた……」
「パパ、そんな不安な顔をしないでください。
僕はきっと期待に応えて見せますから」
パパはその声を聞くと感極まった様子で、俺の頭を抱え、嗚咽を漏らした。
宮仕えはそんなにも辛いのか?
俺はパパさんの様子に戦慄していた。
とにかくまずは性格が合うのかどうかを知るのと、王様が俺を面接したいとの事なので来月、ダレムの山荘に、パパさんと一緒に行く事を告げられた。
パパさんは「上手く行かなければいいが」と呟き……
失敗した方がいいってどう言う事?
パパさん、俺を信じてないでしょ!
とにかく俺はパパが俺をそんなふうに見ていた事にショックを受けながらその日を待つ事にした。
さて、それはそれでいいのだが、実は今少し困ったことが別件で発生している。
最近、マリーがまたおかしい。
いつも泣いているようだ。
叔父さん達が去ってから二ヶ月後、ウチの家は見事な仮面夫婦の暮らす家になり、パパさんは残業と称して家にあまり帰らなくなった。
お前は日本のサラリーマンかと言いたい……
パパさんは魔法が使えるだけで、どうしようもないお人だったようです。
ウチの兄貴は只今絶賛婚活中で、この前はあそこのサロンに行っただの、次はあそこのパーティに参加するだのお忙しい。
これまでの様に宿題をたくさんくれないので、最近はもっぱらパルクールもどきを修業中です。
でも、コレ5歳なら当たり前の暮らし方だよな。これまでがおかし過ぎただけか……
さて話を戻すと、マリーがおかしい。
彼氏がいないからかな?と思っているとどうやらそれだけでは無い様子だ。
ソレはある日の事メイド長のガルーナさんが、マリーを叱って居たのだ。
「仕事前にこんなに服を汚して!
一体どう言う事!」
彼女は仕事で着る服を汚しながら出勤してしまったのだ。
こんな事は初めてなので、俺もびっくりして聞き耳を立てる。
まぁ、廊下の天井ですわ、いつものマイポジションです。
「申し訳ございません……」
平謝りのマリー、いつも勝気な彼女が塩で揉まれた青菜の様だ。
メイド長のガルーナさんは溜息を盛大にはくと「今日はもうこれで仕事は無理よ、今日はこの時間で終了ね」と残酷に告げる。
「そ、そんな……」
「今日の分は週給から引きます。
反論は無し、いいわね!」
「あ、う……判りました。
それでは今日はこれで失礼します」
マリーはグスグスと泣きながら立ち去った。
ガルーナさんは「男が出来たからって、まったく……」とぶつくさ言いながら自分の仕事に戻る。
その一部始終を天井に張りついて聞いていた俺は(これは何かありそうだ……)と思って、マリーの跡をついて行く事にした。
彼女の行く先は……やばい!俺の部屋だ。
先回りして猛スピードで部屋に帰る俺。
壁をよじ登って部屋の窓からマイルームに飛び込んだ俺は、グッドタイミングで彼女を待つ。
やがてコンコンと扉を叩く音が響いた。
「ゼェ、ハァ、ゼェハァ、どうぞ……」
荒げる息の中、入室を促した俺。
部屋に入ったマリーは、俺の顔をびっくりした顔で見ると「ど、どうされたのですか?汗をびっしょりかいて……」と聞いた。
「……運動だよ」
そう答える俺、ポカンとしたマリーは「今日はお部屋から出ましたか?」と聞く。
「室内で出来る運動だよマリー」
「何をされて?」
「何をって……大人の運動だよ」
自分でも何を言っているかまったく判らない、かなりシュールな解答である。
あ、マリーが首をかしげている。話を変えなきゃ。
「そんな事よりどうしたの?」
「あ、ええ。今日は服を汚してしまい。ガルーナ様より今日のお仕事は止める様に言われてしまいました。
なので本日急ぎの仕事が無いようでしたら、明日にして頂きたいのですが……」
「それなら大丈夫だよ、それより大変だったね。
今度から仕事で着る服は何着かこの部屋に置いても良いよ。
そうしたら今度から、こんな事があっても働けるよね」
「え?いいのですか……」
「いいよ、でも見つからない所に隠してね。
ガルーナさんに見つかると面倒だから」
なんかこんな事がこれからも続く気がした俺は、マリーがこれ以上立場を悪くさせない様に、そんな提案をする。
彼女は「お坊ちゃんは5歳ですか?本当に賢い……」と言って笑いそしてこの部屋を後にした。
ふぅ、何が在ったのか調べないとな。
そう思った俺は窓の外を見……ウン?庭師のヘーゼル爺さんが俺の事をじっと見ている。
見返す俺……そしてしばらくして閃いた。
もしかして壁をよじ登っていた所を見られた?
コレはまずい!
ママさんやパパさんに知られたら、流石に叱られるじゃないか!
俺は机の引き出しにしまっていたへそくりを持ち出すと、急いで廊下を駆け抜けて、庭に居るヘーゼル爺さんの元に向かった。
「ヘーゼル爺さん」
爺さんは50歳くらいで俺が生まれる前から働いている庭師である。
爺さんは俺を見るなり溜息を吐いて。
「おぼっちゃん何かご用ですか?」
と、ぶっきらぼうに答える。
コレはアレだ、仕事が終わって仲間と合流したら早速言いふらすパターンだ。
「ヘーゼル爺さん判っているよね?」
「何をですか、おぼっちゃん……」
俺は何も言わず、爺さんの土に汚れた手を取り、そして銀貨を握らせた。
「おぼっちゃん、一体何を……」
「いいかい、沈黙は金だと言い伝えがある」
「おぼっちゃん、やめて下さい。
賢いのは判って居ますが、私の様な無学の者には何を言っているのかさっぱり……」
俺はもう一枚銀貨を握らせて言った。
「爺さんも賢い人だよ、きっと判らないフリをしているよね……」
「イヤでも、流石に奥様や旦那様に悪い……」
「爺さん、良く聞いて。爺さんの子供の頃ってどうだったの?
元気な子供だったんじゃない?」
俺はそう言うなり、今度は大きな銅貨を爺さんの手の中に入れた。
爺さんは手の中の銅貨を見ると「末恐ろしい子だ、一体どうなるのやら」と呻く。
「しかしおぼっちゃん。アレは良くないです。
私も子供の頃、親に迷惑をかけない子ではありませんでしたがね。
あなたは私とは生まれが違うんだから……」
俺は片方の手のひらにキラリと輝く金貨を納め、爺さんに見せる。
思わず黙る爺さん。
「爺さん、爺さんは何も見なかった。
だから誰にもしゃべらない。
僕ももうあんな事はしない」
「そ、そんな……」
「お孫さんに何か買ってあげようよ。
爺さん沈黙は金だよ、銀じゃない」
俺がそう言った瞬間、爺さんは鬼のような形相を浮かべ、次の瞬間力強く俺と握手をした。
「ぼっちゃん。あなたは悪魔か天使なのか」
「爺さん、僕の爺さん……」
爺さんの手の中に金貨は移り。そして僕の目を見ながら言った。
「あなたは出世しますよ。ゲラルド坊ちゃん」
「そう?それじゃ新しい僕の庭が出来たら爺さんにお願いしたいな」
「その時は孫を使って下さい、よろしく」
最後の言葉に、この日一番の爺さんの思いが込められているようだった。
こうして俺たちは手を振って別れ、俺は早速、屋敷の外壁をよじ登った。
さて、そうして外に出た