ビギニング(後)
―3日前、シルト大公領、ホルンの町。
場面は変わってラリーの話をする。
聖地に向かう船は、アルバルヴェ王国の南、つまりマウリア半島の南岸を東に向かう。
そしてそんなマウリア半島南岸には、良港が少なく、必然的に船はシルト大公領にあるホルンと言う港を目指すのが常だった。
そんな訳でマウリア半島東岸にある、レナ河、河口の港から出発したラリーの乗った船も又、アルバルヴェ最大の港、シルト大公領のホルンへと入港した。
この港は喫水が深くしかも入り江で、大型船も入港できることから、南回り航路を行く殆どの船は、此処を経由して外洋航海に乗り出す。
ラリーもまた同様で、彼はこの街で、沿岸航海用の小さな船から、外海に挑む大型船に乗り換える事になった。
聖地行きの船はもう港に停泊されており、貨物の積み替えが行われている。
それが数日後に終わると、船は船員や乗客を集め、次に風向きの都合が良くなったら出港するのだ。
ミャオミャオ、ミャオミャオ……
空では鳥が猫のような声で鳴いている。
その声がラリーにシルトの海を印象付けた。
……シルト人は海が好きだ。
飾る置物も海をモチーフにしたものが多いし、庭先に飾る石造のオブジェも魚やイルカ、貝にタコ、部屋のタペストリーにイルカの絵は彼等の定番と言っていい。
彩りもカラフルで、明らかにアルバルヴェと違う文化の人達なのだと思わせる。
そんな彼等の本国に実際に来てみると、成る程その風景は、海無しでは成り立たない世界だと、ラリーに理解させた。
目の前に広がるのは、街を包んだ、抜けるような青空。
その中で輝く太陽。
その下に広がる透明で美しい海。
遠くまで煌めく地平線。
その澄んだ水の中で泳ぐカラフルな魚達。
地上に並ぶ家々は、傍から見ても壁が厚く、そして白い。
そしてその白い家々が日差しの中でキラキラと輝いた。
こうして少年の瞳を焼き付ける、何もかもが強烈で、見慣れない世界。
そして貴族、又は裕福な商人の家は、天空の太陽に負けない程の原色の色彩で家の至る所を飾り立てていた。
色の抜けた、白い石柱ですら、何も描かれない空白を恐れるかのように、模様が描きこまれている。
これが臣従はしたが、結局誰にも征服されなかった、誇り高き国の、誇り高き文化なのだ。
……アルバルヴェの中にある外国、シルト。
この特徴的な世界に魅了され、ラリーが港で自由時間の過ごし方を思ってウズウズしていると、誰かが声を掛けた。
「よ……よう」
遠慮がちに自分にかかる、幼い声……
思わずラリーがそちらに目を向けると、意外な人物がそこに居た。
「あれ、ベイルワース?」
ベイルワース……本名はベイルワース・アイルツ。
王太子の側近である、ファレン・アイルツの弟で、8歳の剣術大会でラリーと優勝を争った剣士でもある。
騎士階級出身の彼は、貴族の子弟達で構成されたチリ剣士団のライバルであり、ラリーとは浅からぬ因縁がある。
とは言え今日はそんな事はおくびにも出さず、彼はラリーに親しげに話しかけた。
ラリーはもまた、久しぶりに知人に再会できた事で、喜びも露にニッカと笑い、彼の登場を歓迎する。
「ああ、やっぱりラリーだったか」
「おお、久しぶりだな!お前そう言えば白銀の騎士どうだったんだ?」
ラリーがそう言うと、ベイルワースは首を振って「イリアンに負けたよ、今回は良いトコなしだ」と呟いた。
「ああ、まぁ勝敗は時の運だ……」
「慰めるなよ、修行が足りてないだけさ……」
ベイルワースはそう溜息を吐くと、次に苦笑いを浮かべた。
「今の俺を小姓にしたいって言う貴族はいないしな。
かと言ってガーブに留学すると言うのも、お前の後を追ったみたいでカッコ悪い。
なので、ストリアムって言うソードマスターの話に食いついて、聖地で聖騎士……上手くいかなくても武者修行して来ようと思った。
で、お前は?」
「俺か?
お前と一緒で俺も聖地で武者修行をすることになった」
ラリーがそう言うと、ベイルワースは苦笑いを浮かべながら、がっかりした様に呟いた
「なんだよ!
お前が来るならガーブに行けばよかった!」
それを聞いたラリーも、苦笑いを浮かべながら「おいオイオイおいっ!」と声を掛けながら言った。
「ええっ!なんで?
俺が来た方が嬉しいだろ、お前?」
「んな訳ないだろ!
チリ剣士団と俺が何回喧嘩したと思ってるんだ!
……それに、お前と俺は親戚だろうが。
なんか、恥ずかしいわ!」
「……は?」
ラリーは思わず鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、ベイルワースの顔を見た。
するとベイルワースが首を傾げながらこう言った。
「あれ、聞いてないのか?
エリアーナさん、俺の兄貴と結婚したぞ」
「……嘘だぁ」
思わず嘘だと断定したラリー。
彼の兄貴のファレン・アイルツはチンピラみたいな奴なので、ヴィープゲスケ家の人達からは、融和的な兄のシリウスを除いて皆から嫌われているのだ。
……3姉妹が何を考えているかは知らないが。
なのでラリーは、早速否定する。
否定しながら昔父がその様な事を言っていたと、思い出していた。
するとベイルワースがムキになって叫んだ。
「いや嘘じゃないって!
グラニール様は“認めないっ!”て言って、お姉様を勘当したけど。
シリウス男爵がこっそり持参金を贈って……」
「お前が俺のお姉様を、お姉様と呼ぶな!」
大好きだった心優しい姉を、目の前の男が“お姉様”と親しげに呼んだことにキレるラリー。
聞いたベイルワースもブチ切れた。
「俺の姉貴をお姉様と呼んで何が悪い!」
「うるさい!
お前が親戚なのは良いとしてだ。
俺はあんなチンピラを兄貴だとは、絶対認めない!」
「テメェ、俺の兄貴をっ!」
「俺の兄はこの世でただ一人、優しいシリウスお兄様だけだ!」
「シリウス様は認めるが、俺だってお前を親戚だとは認めない!」
二人はそう言うとバチバチと目から火花を上げながらガンつけ合って、そのまま2・3悪態をつきながら別れた。
こうして港のどこかに向かってズンズンと歩き去るベイルワース。
その背中を見ながらラリーは「最悪だ、今度はアイツが俺の剣友かよ……」と呻いた。
剣友とは、ともに剣を学んだ間柄の同門の相手の事を指す。
こうして一人港に残されたラリー、水平線の彼方を目指す船を見送りながら、悲しげに溜息を吐いた。
「はぁ、最悪だ……ベイルワースはさておき、ファレンなんかがお姉様と結婚しただなんて」
少し浮世離れしてはいたが、優しく、おっとりとして可愛らしかったただ一人の姉。
やたらめったら動物に愛されていた、ただ一人の姉エリアーナが、家柄的にも、性格的にも相応しいとは思えない男の妻となった事実に改めてショックを受けるラリー。
ちなみに……3姉妹、アレは悪魔だから彼の中では家族ではない。
ラリーは桟橋に丸めて置かれている太いロープに腰かけ、何をするでもなくボーっと海を見ていた。
……憂いの含んだその背中が、彼が受けた衝撃を物語る。
夕方、流石に海に飽きたラリーは、とある貴族の邸宅に向かった。
兄のシリウスの妻であるナファリアの実家のルワーリア家の別宅である。
家を出て行く際、兄から“こちらの家に必ず挨拶する様に”と言い含められていたラリーは早速その家に向かった。
家は港を見下ろす高い丘の上に、豪奢な屋敷を構えていた。
どうやら丘の上は貴族の家が立ち並んでいるらしく、ルワーリア家だけではなく、シルト大公に仕える様々な貴族の邸宅がずらっと並んでいる。
そんな家々の中から、門を飾るルワーリア家の紋章を頼りに、目指す家を探り当てたラリー。
少年は、そのルワーリア家の紋章をつけた門を守る男に声を掛けた。
「すみません、セルティナのヴィープゲスケ家から来ましたゲラルドと申します。
ご挨拶に伺ったのですが、ルワーリア家の方にお取次ぎ願えますでしょうか?」
ラリーがそう言うと、門番の男は少しも表情を動かすことなく、無言で扉の奥に消え、そのままラリーを待たした。
しばらくすると、今度は先程の男とは別の、一人の清潔そうな中年男性がニコニコと愛想よく微笑みながらやってきた。
男はやってくるなり早速ラリーに声を掛ける。
「ゲラルド様ですね?
お待ちしておりました、この家の管理をしておりますヒミナス・ハーレと申します。
お供の方はいらっしゃらないのですか?」
彼はそう言うと、ラリーの周りをキョロキョロと見回し始めた。
ラリーは少し彼の様子に“ムッ”としながら「ええ、自分は小姓になるのですから必要が無いので」と答えた。
ヒミナスは「申し訳ございません」と答えながら頭を下げ、そしてラリーにこう言った。
「ヴィープゲスケ家の方である証明を拝見させていただいても……」
「…………」
ラリーは黙って、兄から預かった手紙を渡した。
馬車から降りる際、ワナウから貰ったのだ。
管理人のヒミナスはその手紙を一読すると、改めてラリーに礼儀を払い、そして家の中へと招き入れる。
ルワーリア男爵邸はシルトらしい、海を思わせる青い色彩と、父と同じ魔導士だと言う彼の指向も相まってどこか怪しい置物が溢れていた。
一例をあげると、魚の頭のはく製が壁一面に貼られていた。
……不気味に思ってしげしげと並ぶ魚の頭を見るラリー。
その様子を見て、勘違いしたヒミナスが嬉しそうに話しかけた。
「珍しいですかね?
これは全て旦那様のご趣味でございます。
向こうには立派な海竜の首もありますよ」
「ああ、そうなんですか……
因みにナファリアお姉様(兄貴の嫁)も、こういうのは作るんですか?」
「ナファリア様はマンドラコラがお好きでしたので、別の部屋にございますよ」
「…………」
ラリーはそれを聞いた瞬間、義理の姉がこっち側ではなく、アホ3姉妹のいるアッチ側の人間なんだと理解した。
……実はそんな気がしてはいた。
アホ3姉妹と一緒になって、昔偽ポンテス3号を喜々として作った挙句、自分に押し付けた人だからだ。
ラリーはそんな昔の事を思い出しながら「魔導士って、あの人面大根好きですよね……」と呟いた。
「大根で何です?」
「え?ああいえ……蕪の一種です」
「マンドラコラの事ですか?
そうですね、魔導道具製作には欠かせない材料ですしね。
それによく見るとあの顔にも味があって、愛嬌たっぷりに見えるものですよ」
この世にタップリ未練を残した、苦悶の表情を浮かべながら、お鍋でグツグツ煮込まれる人面大根を思い返しながらラリーはヒミナスに尋ねた。
「……なるほど、失礼ですがあなたも魔導士ですか?」
「え?ええもちろん。
貴方様のお父様、グラニール様の弟子でございますよ。
この別宅管理のお仕事も、グラニール様から推薦されて頂けた仕事なのです」
……それを聞き(魔導士の中で普通の感覚を持っているのは、パパだけなのかもしれない)と、ラリーは思った。
自宅が“人面大根と、魚の頭で埋まった様子”を想像し、思わず(嫌だなぁ)と考える。
そんな彼を急かすようにヒミナスが言った。
「ではゲラルド様、急ぎましょう。
奥の部屋で奥様がお待ちです」
ラリーはこうしてヒミナスに促されて奥の部屋に向かった。
奥の部屋の入り口は、ガップリと大口を開けた海竜のはく製で出来ていて、鋭利な歯が立ち並ぶ上あごの下を進んで扉に辿り着く物だった。
「ヒミナスさん、これが例の……」
見たラリーが思わずヒミナスに尋ねると、彼が胸を張ってこたえた。
「素晴らしいオブジェでございましょ?
これが当家の主サランド・ルワーリア様の仕留めた海竜でございます!」
「凄いですね、こいつを仕留めるなんて……」
魔導士としての腕は本物なのだと、ラリーは思った。
だが同時に(正直デザインセンスは皆無だな……)と思う。
首が切れた海洋動物マニアの親戚……
兄貴は何という個性派貴族を、舅にしたのだろう。
この様に、ルワーリア家の屋敷を見ながら、段々と義姉との付き合いに、不安を覚えるラリー。
そんなラリーをよそに、ヒミナスは海竜の顎の下にある扉を叩いて中に声を掛けた。
「奥様、ヴィープゲスケ男爵様の弟様。
ゲラルド様をお連れいたしました」
「お入りなさい……」
扉の中から声がし、ヒミナスがそれに促されて扉を開ける。
すると中には太った義理の姉……とも言うべき恰幅のいい婦人が居て、入室するラリーを笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい、あなたの事はナファリアから聞いているわよ。
船が出航するまでゆっくりすると良いわ」
この人が奥様かぁ……と思ったラリーは早速自己紹介を始めた。
「ありがとうございます。
シリウス・ヴィープゲスケの弟、ゲラルド・ヴィープゲスケです。
出航までご厄介になります」
「ええ、我が家だと思って寛いでください。
それにしても嬉しいわ、こんなに立派な親戚が来てくれて。
これで我が家もマウーレル伯爵、バルザック男爵、そしてヴィープゲスケ男爵と縁が出来ました。
魔導以外には全く興味を示さなかったナファリアが、まさかこんな良縁をもたらすなんてねぇ。
私はあなたの滞在を心から歓迎いたします」
ああ、やっぱり義姉はアッチ系なんだ……と思いながらラリーは「ありがとうございます、お言葉に甘えてご厄介になります」と答えた。
「ええ、今日は私しかこの屋敷に居ないのでお好きにこの家をお使いください。
夫(ルワーリア家当主)が居ないのでそれ程緊張しなくても良いわよ」
「ありがとうございます。
いやぁ、ナファリアお姉様と同じで優しい方で良かったです。
お姉様は昔、私に魔導の力で動くネコの人形をくれたんですよ。
私の大事な友人に贈り物をと言う事でそこまでしてくださったんです」
思わずナチュラルにお世辞の言葉を吐くラリー。
その言葉に、奥様はひどく喜び、ハイテンションでこう返す。
「……まぁ、そんな事があったんですね。
あの子ったらそんな事を私に言わないものですから。
因みに一つ聞いてもいいでしょうか?
別の話なのですが……」
「ええ、なんでしょうか?」
「夜な夜な壁に張り付いて、屋上にあなた様が登ると、喋るネコが娘に言ったそうなんですが、本当ですか?」
「……それは嘘です」
ラリーは迷いも無く、まっすぐ澄んだ瞳でそう答えた。
ポンテス、殺す……と思いながら。
「まぁですわよね。
幾ら剣士を志して体を鍛えていらっしゃるからと言って、そういう事は致しませんものね」
「もちろんです、非常識ですよ、奥様」
「……おほ、オホホホホホ」
「あは……アハハハハッハ」
二人はこうして示し合わせながら笑いあい、ラリーはこのおばさんがどこまで自分の事を知っているのか不安になる。
ともかくこうしてラリーはこの家に滞在を許された。
兄の義理の母親にあたる人の名前はリアナと言う人で、ひたすら喋る人だった。
ラリーの修業時代の話を聞きたがり、夕食の時もラリーは自分の過ごした過酷な日々を、多少盛りながら面白おかしく話し続ける。
リアナはその話を面白そうに聞き、そして昔のナファリアの話を聞かせてくれた。
なんでも屋根を貫通してしまうほどの、強力な人面大根ロケットを作って世間を賑わせたとか。
火を纏って空中を漂う、世にも恐ろしい人面大根を作ったとか……
身なりに全く気を遣わなかったとか……
聞かなければよかったと思うような話ばかりである。
因みに身なりの方は、今は気を遣っている。
少なくともラリーは、義理の姉がそんな変な人だとは思えなかった。
お見合いに次々と連敗した兄が、ようやくつかんだ良縁であり、自分とはあまり接点は無かったが悪い印象はない。
まぁまぁ綺麗な人でもある。
……ベガ、アイネ、ウィーリアという、極悪アホ姉妹とも上手くやっていける、貴重な人材だ。
なのでラリーは首を傾げながら「でも、ナファリア様は普通に良い方だと思いますが」とリカバーした。
するとリアナは、たちどころに首を横に振ってこう答えた。
「魔導士の家が居心地良いのでしょうね。
他の貴族と見合いをした時、全く話が合わずに相手に不愉快な思いをさせてしまいましたから。
だけどそれで、マウリア半島の魔導士の頂点に居るヴィープゲスケ男爵と結婚できたのですから、これで良かったのかもしれません。
グラニール・ヴィープゲスケ前男爵は、王の側近中の側近であり、魔導士からの尊敬も集めてます。
さらに言うとシリウス様はマウーレル伯爵や、その弟である宰相のクラニオール卿とも血縁があり。
加えてアルバルヴェでは知らない者が無い、王軍の先陣を賜る、バルザック男爵とも、あなたを通じて縁があります。
我が家は男爵家ですから、同じ男爵家でこれほど有力な親戚を得られるなんて考えも出来なかったのですよ。
我が家にとって、娘がこれほどの幸運をもたらすなんて思いもよらなかったのですわ」
こう言って嬉しそうに微笑む、リアナ男爵夫人。
ラリーも自分の家を褒めてもらえると悪い気はせず、先程趣味が悪いと思ったシーサーペントの首ですら“立派だ、男らしい!”とヨイショして讃える。
こうして和やかな会話と共に、この日の夜は過ぎて言った。
◇◇◇◇
翌日、朝起きたラリーは、義理の姉の実家に悪い印象を残す訳にはいかないと思って朝の練習を控えた。
代わりに家の窓からホルンの港を見下ろす。
逞しい男達が、荷物を肩に担ぎ、桟橋と舟との間に渡された板の上を、二人の男が樽を転がして船に進むのが見える。
凄く効率的に、狭い船上でプロ達が目覚ましく働く様を興味深く見ていると、自分が居る部屋の扉を誰かが叩いた。
「ゲラルド様、お荷物が届きました。
お渡ししたいのですが宜しいですか?」
ルワーリア家の使用人の声だ、ラリーは部屋の中から「荷物ですか?ではどうぞ……」と言って入室を促す。
「誰からです?」
「るべーぬ?様かららしいですが……」
“るべーぬ”って誰やねん?と思ったラリー。
その名前にまるで心当たりがない。
ルワーリア家の人がくれた荷物だろうか?
当たり前だが、客人である自分が、この家に居る事を知る人間はそう多くない。
訝しんだラリーだが、入ってきたこの家の使用人の人から、一つの箱と手紙を受け取った。
……手紙の差出人は、ガルボルム・バルザックと書いてある。
「!」
るべーぬではなくルバーヌだろ!と思った。
急な叔父からの手紙に、思わず気が動転するラリー。
急ぎバルザック家の紋章が刻まれた封蝋を剥がして、手紙を広げると中に目を通す。
―親愛なるラリーへ。
白銀の騎士おめでとう。
今回は殿下と君が二人とも白銀の騎士に決まった。
この決着に色々言う者が居るだろうが、試合会場で見た私には、君たち二人の聖騎士流剣士が、ふさわしい戦いをしたと思っている。
このまま精進を続け、そして二人がソードマスターとなる日が来れば、なんと嬉しい事だろう。
良きライバルとして、互いに剣を高め合って欲しい。
いったん手紙を置いたラリーは、この時初めて自分が“白銀の騎士”となった事を知った。
戦いの結果を知らずに、そのままこの港に直行したので、知る時間が無かったのだ。
自分が今年最強の少年剣士に殿下と一緒になれたことに、思わず安どのため息を吐く。
静かに、その喜びをかみしめるラリー。
……そしてその知らせの余韻を胸に、さらに手紙の続きを読み進めた。
―さてラリー、今回君の後を追うように手紙を書いた真意を告げなければならない。
グラニールから君の行く先を聞き出した私は、急ぎ君にこの箱の中身を渡さなければならないからだ。
君がこの手紙を受け取ったのが、アルバルヴェなのかそれとも聖地なのかは分からない。
だが受け取った時点で君の運命が大きく変わることになる事はここに明言する。
君は試合会場にてとある僧侶に出会った筈だ、少なくとも私はその方からその様に聞いている。
彼こそ我が一族の天啓、そして秘密に他ならない。
その彼が言うには、君こそが箱の中身の正統な継承者だと言うのだ。
突然そのような話を聞かされて面食らっただろう?
なのでまずは我が一族に伝わる、伝承の話をしよう。
これは君のこれからにも、大きく関わる事だからだ。
我が先祖初代ワルダ・マロル、その妻タチアム・ルブレンフルーメは、大きな秘密を抱えていた。
特にタチアム・ルブレンフルーメは兄から一つの秘跡を授かり、それを持って大陸のはるか東……滅亡寸前で混沌とした、かつてのアルバルヴェ王国に逃げてきたのだ。
そしてそこでワルダ・マロルに出会った。
ワルダはタチアムを深く愛し、ガサツで有名な彼なりに、誠実に彼女を妻として迎えた。
やがて二人の間に一人の子供が生まれる。
それがバルザック家を男爵家にしたクリオン・バルザックである。
ワルダ・マロルは、天啓に従ってラニッツ峠で玉砕し、自分の成り上がる夢をクリオンに託した。
故に我が家は聖地に縁を持ち、そして王国の将軍として、王家に代々仕え続けてきたのである。
そしてその血脈に、一つの秘密を継承させ続けた。
それはタチアム・ルブレンフルーメの兄、アキュラ・リンドスが残した“最後の剣”と呼ばれる秘跡である。
君は“あのお方”から秘密を聞いたはずだ。
私も手紙でそれの詳細を説明する事は出来ない。
とにかく私の可愛いラリーよ、箱の中の腕輪を常に装着するのだ。
水浴びをする時も、寝る時も必ず外してはならない。
天啓で君に敵が迫っていると言うお告げがあった。
腕輪が君に武器を与えるだろう、修行を終えてこの国に生還する事を期待する。
聖地では戦争が絶えない、強い男になって帰ってきて欲しい。
最後に、この手紙は見終えたら燃やして破棄する様に。
敵に見つかったら、彼等は我々をつけ狙うだろう。
我等がマロルと言う家名を捨てた意味が無くなってしまう。
この事情の事は、察して欲しい。
また君も、向こうでは偽名を名乗ると良い。
ラリー・チリとガーブでは名乗っていたそうだから、それが良いだろう。
それでは生意気なラリー、戦地ではドイドの話をよく聞く様に。
ガルボルム・バルザック
「叔父さん……やっぱり知っていたんだ」
ラリーはそう呟くと、サリワルディーヌと名乗った僧侶の顔を思い出しながら、溜息を吐いた。
やがて手紙を見終えたラリーは、箱を開け荷物の中身を改める。
中には皮の腕輪が入っていた。
持ってみると重くて硬い。
どうやら皮の中には、硬くて重い金属製の本体があるらしい。
ラリーは手紙にある通り、この腕輪を装着して振るってみた。
革紐で腕に固定するタイプなので、腕の成長に伴って紐の長さを調整できる。
邪魔になったら、足に巻き付ける事も出来そうだ。
まるでトレーニング用のアームバンドのようである。
上腕に巻き付けた腕輪をさすりながらラリーは、海の彼方で待つ自分の運命に思いをはせた。
そして「……もっと強くならないと」と呟いて港を見下ろした。
そんな彼に荷物を持ってきた使用人が声を掛けた。
「ご使者の方はどうしますか?
お会いになりすか……」
「使者って、手紙を持ってきた人の事?
誰が持ってきたの?」
「ストリアム様とおっしゃる方だそうです」
その名前には聞き覚えがある。
8歳の頃一度会って、剣を教えてくれると言ったのに、指導する段になって他の人に自分を丸投げしたソードマスターである。
ラリーはその事を思い出しながら「じゃあこちらに呼んでください」と使用人に伝えた。
承諾した使用人はすぐにこの部屋を立ち去った。
……そしてそれからしばらく経った後、彼が一人の剣士を連れて戻った。
剣士は入って来るなりラリーの顔を見て、親しげにこう声を掛けた。
「やぁ、しばらくだねぇ」
(ああ、この人はこんな感じで軽かったなぁ……)
昔の記憶をよみがえらせながら、ラリーが挨拶をすると、ストリアムは斜に笑いながら、フランクに頷いた。
こうして一人の剣士として、ソードマスターに礼儀を払うラリー。
畏まった様子で、叔父の様子でも聞こうとこう切り出した。
「マスターストリアムお久しぶりです。
2年前に一度お会いしたのですが、覚えていらっしゃいますか?」
「おぉ、むしろソッチが覚えていた事にびっくりなんだけど!
いやね、君の事だからすっかり忘れているかと思っていたよ」
お前、俺の事よく知らん筈やろ?
そう思いながらラリーは「マスターに教われる機会は貴重なので覚えてます」とチクッと嫌味を言ってやった。
ストリアムはそれを聞くとニヤッと笑って「俺忙しいからさぁ、あの時は悪いね、今度は教えてやるよ」と答えた。
ラリーは(コイツ又逃げるんじゃないの?)と思いながら「お願いします」と答えた。
ストリアムはそれを見て曰くありげに微笑むとこう言った。
「剣士の世界って広い容易で狭いから、君の活躍は聞いていたよ」
「誰から?」
「いろんな人からかな。
あの“鬼ジジイ”ゴッシュマの弟子かつ“理屈屋”ボグマスの弟子だなんてそうはいないしね。
ボグマスからは理論を、ゴッシュマからは敢闘精神を受け継いだと評判だよ」
「恐縮です、自分はまだまだ……」
「当たり前だろ、お前ひよっこじゃん」
「…………」
だったら言うんじゃねぇよ……と、ラリーは思った。
マウーリア伯にいたぶられている時の父とよく似た仕草で、くねくねと体を揺らしながら愛想笑いを浮かべるラリー。
……剣士の世界は縦社会なのだ。
耐えろ、耐えろ……と自分に言い聞かせる。
そんなラリーの様子を意地悪そうに、そして面白そうに笑って見ていたストリアム。
やがて彼は、やおらに口を開いた。
「ワースモンのジジイの仇を討ったって評判だよ、やったじゃん、あいつを踏み台にして名前を売ったよ」
「……踏み台?」
「ああ、ゴブリンに負けるなんてアイツも大したことないじゃん。
でも、それであのゴブリンをそのままにしておく訳にもいかないしね」
「いやそうじゃなくて、踏み台って……」
「剣士は結果が全て、強いか弱いかだけが全てだから。
ゴブリンに後れを取るなんて、ソードマスターにふさわしくないよね」
「…………」
「覚えておいてね、この世界は甘くないから」
ワースモンを蔑むと言うよりも、敗北が計り知れないほどの恥辱である事を、ラリーに叩きこむように、鋭い目をラリーに投げたストリアム。
ラリーは、答えずらい話に戸惑う。
そんなラリーにストリアムは、雰囲気をガラッと明るく変えて言った。
「とにかくおめでとう。
バルザック家の血縁者から、素質のある子が生まれてホッとしたよ。
俺バルザック家の騎士だから、このままだと(自領の)荘園を失うんじゃないかと思った。
それにワースモンの仇を聖騎士流の剣士がとった事で名誉は保てた。
あのゴブリンを神聖流とかが殺したら、流派の名声は地に落ちる所だしね。
そうしたらルバーヌ様にぶっ殺されるところだ。
だからよくやったよ、お前さんは」
褒められたラリーは、また“ひよっこ”呼ばわりされる事を警戒して、うっすら微笑むにとどめた。
……何となくこの男の胡散臭さに警戒心が湧く。
ストリアムはそれを知ってか知らないでか「もっと喜びなよ!」と言って、親し気にラリーの肩を叩いた。
「あ、はい……」
「それにしてもさぁ、ボグマスも出世したよね。
昔からアイツの事を知っているけど、あいつが王子様の剣の師になるなんて思わなかったよ。
しかもあの王子様、君と並んでこの世代では一番キラキラしているよね。
弟子二人が名誉に輝くなんて、マスター冥利に尽きるってもんだよ。
まぁでも……アイツがガキのお守りをすると聞いた時は、落ちぶれたと思ったけどさぁ。
アーッハッハッ!オッと悪いねぇ……」
ラリーは“コイツが嫌いだ”と確信しながら「いえ、実際そうなので……」と答えた。
「俺はこれからも聖地と、本国の間を行き来するからさ、君に何度か会うと思う。
まぁ顔を覚えておいて損は無いから。
あと、向こう(聖地)で弟子が何人かいるから、何かあったら俺の名前だしたらいいから。
よろしくね」
「……ええ、よろしくお願いいたします」
「あ、もうこんな時間じゃん。
じゃあ、俺はもう行くから」
そう言うと、ストリアムは微笑み人形の様な表情を浮かべたラリーをこの場に残して部屋から立ち去った。
カツンカツンカツン……
何処か軽い足取りで、石畳を響かせながら離れていくストリアム。
遠退く足音を聞きながらラリーは呟く。
「……何しに来たんだ、あの人」
もちろん手紙と荷物を届けるためだが、思わずそんな感想が口から零れる。
胡散臭いあの男のせいで、叔父さんの書いた手紙の内容も、思わず忘れてしまいそうになった。
当然聞きたかった叔父さんの消息は効けずじまいだ。
とにかくこうして腕輪を受け取ったラリー。
彼は11歳になろうとしていた。
◇◇◇◇
―聖竜暦1212年、アルバルヴェ王国。
時間は飛んで2年後の事だ。
ゲラルド・ヴィープゲスケが13歳になった年の春。
この年の春は、夏が来るまでずっとアルバルヴェ王国は華やかなムードに包まれていた。
と言うのも2年前に結ばれた約束通り、フィロリア世界の大国、ヴァンツェル・オストフィリア国から皇女がリファリアス王太子に嫁ぎに来たからである。
皇女の名前はユーシラフトリアと言う。
マウリア半島北岸の港から上陸した彼女は、帝国の常識を改め、馬車の窓を覆う事もせずに、その顔を民衆に見せながら、セルティナに向けて旅を続ける。
誇り高く、凛とした姿と、若々しく瑞々(みずみず)しい姿をしたこの美貌の皇女に、同行する護衛の兵も、そしてそれを見る民衆も熱狂した。
歓迎する全ての人に親しみの籠った笑みを浮かべて、通り過ぎる若き王太子妃。
お付きの女官はその様子を見て困り果て、幾度となく駆ける馬車の中で、皇女をたしなめた。
「皇女様、その様な、はしたない真似はお辞めなさいまし。
帝国の皇民が、皇女様のその様なご様子を見たら嘆き悲しみます。
こんな田舎丸出しのこの国に、皇女様のご尊顔を拝見させるなど……」
と、この様に苦言を呈する女官にこの若い皇女は“フッ”と冷たい笑みを浮かべてこう言った。
「帝国の為ですわルジェ……
埃を被った皇民の為に、私はこの国に愛されなければいけないの。
帝国はその華やかさの影で、随分と弱くなってしまいました。
だけどこの国は野蛮で、そして戦える戦士が多いそうですね。
私はいつかこの国の兵士を従えて、お父様の元に馳せ参じるつもりですよ……」
「皇女様!」
「いけない?
このまま嘆くばかりで何もせず帝国を見捨てればいいの?
私は嫌よ、ルジェ……
私は決めたの、どこに行っても私は帝国の皇女。
エルワンダルを失い、野心も露に、暴虐を尽くしたヴァーヌマと相対する皇民は、きっと恐怖に震えているわ。
……援軍が要るのよ、富よりも何よりも強い援軍がヴァンツェルには。
ただ黙っていても援軍は来ない。
私が連れて帰るの、援軍を、お父様の元に……」
「皇女様……」
「この国の国民に好かれたいの、わたくし。
だってそれこそ、その為の方法でしょ?
躊躇わないわ、そして夫となる男の愛も獲得して見せる。
野蛮な男だと聞いたけど、戦うのが好きな男かしら?
彼を動かして、いつか私は軍を連れて帰るのよ、ルジェ……」
「姫様、そこまで……」
「覚悟を決めてここまで来たの。
リファリアスと言うのはどんな男かしらね、おだてに弱い男だと良いのだけれど……」
アルバルヴェ人が誰も居ない馬車の中で、皇女はそう言って本音を吐露する。
こうして馬車は、彼女の危険な本音を密封しながら、アルバルヴェの大地を悠然と疾走していく……
走り去る花嫁の行列。
偉大なる先進地域、ヴァンツェル・オストフィリア国から来た皇女の美しさは、旅を続けるうちに王国中に噂が広まっていった。
日を追うごとに沿道には、皇女の顔を一目見ようと人が押しかける。
それはさながら祭りか、戦争に勝った後の凱旋式のようだった。
美貌と気概を武器に、この国に乗り込んだ彼女の思いを、アルバルヴェの国民は知らない……
彼等がそれを知るのは、数年後の事なのである。
さて話を少し変える。
ヴァンツェル・オストフィリア国から見たアルバルヴェ王国と言うのは、野蛮な国だった。
皇女についてきた人たちも、この国をこのように見ていた事を隠そうともしない。
と、言うのもアルバルヴェ王国はマウリア半島を統一し、フィロリアの4大強国に名を連ねるとはいえ、先進地域から遠い辺境なのである。
そんな所にまさかフィロリアの先進地域で最も権威ある大国、ヴァンツェル・オストフィリアから嫁を迎えるなど、ついこの前まで誰も想像も出来なかったのだ。
嫁に送り出す側の正直な意見としては、まるで蛮族の族長に、降嫁させるようなものだと、ヴァンツェル・オストフィリア国の皇室は考えていた。
彼等の常識では王国とは言え、こんな所に嫁に出すなら、帝国諸侯に嫁がせた方がはるかにマシなのである。
逆に言うと、アルバルヴェ王国としてはまさかあの誇り高い国の、皇家から嫁が来るだなんて考えもしなかった。
だからこの皇女の一行が進む様は、祖国がそれほど大きな国になった証であるようにアルバルヴェの国民には映る。
……だから民衆は、その瞬間の目撃者に成りたかった。
ただし、目撃される側としてはたまったものではない。
帝国から来た人間は、自分達が見世物にされたと思って憤慨し、それをむしろ煽り立てるような皇女の言動に嘆き悲しむ。
とにかくこうして、多くの耳目を引き連れ。彼女は王都セルティナにやってきた。
セルティナにやってきた一行は、街の様子を見て安堵した。
……普通にちゃんとした街だったからだ。
前知識も無く、先入観だけを持ってここまで来た人たちはホッと一安心する。
遠目から見る王城も立派だ、そして川に架かる堅牢な石橋も見事で、その上を時折面白い鳥の絵柄を描いた幌馬車が通り過ぎる。
「あれは何かしら?」
興味深げに皇女が、鳥の絵を描いた幌を指さす。
ところがヴァンツェル側の人間にはその正体を知る者が無く、皆首を傾げるばかり。
鳥の絵を描いた馬車の謎は解けぬまま、結局馬車は、道を通り過ぎて行った。
やがて馬車は人々の歓呼の声に見送られながら、王城に入ることになる。
その城こそが、彼等のこれからの仕事場になる。
◇◇◇◇
「お兄様、お姉様をお迎えに上がりましょう」
王城内では、13歳となり、身長も見違えるほど大きくなったフィランが、兄である王太子にそう声を掛けていた。
ところが煌びやかな正装に身を包んだリファリアスは、あまり乗り気ではない。
彼はフィランに「まだ義姉でもないだろ……」と言って溜息を吐いた。
フィランもその様子を見て「まだ、自由でいたいんですか?」と言って呆れ果てた。
リファリアスはそんなフィランにこう答える。
「当たり前だろ!
これで跡継ぎが生まれるまでは、あの女の世話に掛かりきりだ。
ハァ、俺はまだ20歳だぞ……
もっと遊んで居たい……」
兄のこの言葉を聞いて、フィランは「はぁ」と溜息を吐くと、こう言って慰めた。
「でも噂では凄く御綺麗な方だと聞いてます。
もしかしたら好きになれるかもしれませんよ?」
「お前は気楽に言うなぁ。
お前は好きな子に純粋だから良いけど、俺はもっと遊んで居たい。
お父様だってお母様と結婚するまで、大いに遊んでいたって自慢している。
それに帝国の人間はアルバルヴェなんて見下しているだろうよ。
世界で一番鼻持ちならない連中だ……
そんな女と一緒に居たら気が滅入る」
フィランは(お兄様がどうして会った事も無い人をここまで悪く言うのか?)と、首を傾げながら、彼を急かして王城に到着した皇女の元に連れていく。
王城の女官や侍従たちも、やってきたばかりの新しい王太子妃に興味津々(きょうみしんしん)らしく、王城の入り口辺りにふわふわとたくさんの人がたむろっていた。
やがてそんな人波をかき分けながら、明らかにこの国のセンスではない華美な服を着た男達が露払いをし始める。
そしてその後ろから女官たちを従え。
何処か賢そうで、それでいて冷たい目をした若い美女がこちらに向かってくるのが見えた。
周りの女官たちとは明らかに違う、装飾品の見事なドレスを優雅に揺らしながらやって来る美女。
フィランはこの様子を見て(ああ、プライド高そうな人だな……)と思って顔をしかめた。
兄が嫌った、帝国のイメージそのままの人が来たと思ったからだ。
「確かに誇り高そうな人ですね……」
そう言って兄の様子を見たフィラン。
ところが兄のリファリアスは、特に嫌悪も、喜びも表情にあらわさず、ただじっとやってきた自分の妻を見ると、フィランをこの場に残して自分は彼女の元へと向かう。
こうして現れたリファリアスの姿に、女官や侍従たちは急ぎ礼儀を払い、その様子にヴァンツェル人達も、目を見張る。
リファリアスはニコッとヴァンツェル人達に微笑みかけながら、話しかけた。
「ようこそ遠くから。
私が王太子のリファリアスです」
「おお、これはご丁寧に、お迎えいただきありがとうございます。
私は今回の警護に当たりましたジョローゾと申します。
そしてこちらに居るのが、皇女のユーシラフトリア様でございます」
「初めまして、ユーシラフトリアと申します」
皇女はそう言うと優雅にスカートの裾を持ってリファリアスに一礼をした。
そしてリファリアスの目を覗く。
一瞬戸惑ったように開かれた、リファリアスの瞳孔。
そのわずかな変化の様子も見逃さない皇女。
目が合った瞬間、彼女はこんな予感を抱いた。
……きっとこの男は、自分の事を好きになる。
リファリアスは、特に表情を変える事も無く、そしていつもの細かい礼儀にこだわらない様子でこう尋ねた
「無作法を承知でお尋ねしたいが、あなたが皇女のユーシラフトリアでよろしいですか?」
すると彼女はニコッと誰もが魅了するような笑みを浮かべ、そして自分の唇に意識を集中させながら、蠱惑的な声で答えた。
「ええ、私があなたの妻となりに来ましたユーシラフトリアです」
ただ一言、無駄なく簡潔に言った彼女。
その一言でリファリアスは、胸を高鳴らせた。
彼は「では父の元に案内しよう……」と答えると、一行をホリアン王が待つ謁見の間に案内する。
この時、アルバルヴェ王国は全フィロリアを巻き込む第2次エルワンダル戦争に巻き込まれる事が決まった。
とにかく皇女は自分を犠牲にしてでも祖国を救うために、この地にやってきた。
そしてその願いをかなえるために、アルバルヴェ人達は再び戦争の時代に突入する。
(ビギニング、了)
今回更新に時間がかかり申し訳ございません。
なるべく早く更新をしたいと思います、よろしくお願いいたします。