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俺の騎士道!  作者: 多摩川
少年剣士修行編
73/147

幕間 ―宿敵(後)

イリアンがボグマスを伴って連れてきた。屈強な老剣士。

見た瞬間報告書通りだと思ったフィラン。


太い首に(たくま)しい腕を持ち、そして気性の荒そうな面構えで白髪の髪をした老剣士……

ゴッシュマ・グラガンゾ、52歳。

どこか田舎臭い憎めない風貌の持ち主だが、その視線に、戦場を潜り抜けたモノ特有の凄みがある。

平たく言うと瞳がキラキラと輝き、目力があった。

ゴッシュマは皆の前に進み出ると、ボグマスに向かってこう言った。


「これがお前の自慢の弟子達か?」

「はは、これからが楽しみな子達ですよ」


ボグマスがそう言うと、ゴッシュマは「お前に似て皆賢そうな子ばかりだ」と言って笑う。

そして子供たちの顔を見比べ、不意にフィランに目を止めてこう言った。


「ふふ、ああこれがウチの小僧の宿敵かぁ」

 「分かりますか?」

 「ああ、鋭い目で俺を睨んでる。

 いい戦士になれそうだ」


 それを聞いたボグマスは、フィランを睨みつけた。


 「ああボグマス、辞めてくれ。

 ここの子達は皆貴族なんだろ?

 後でご当主様に叱られるのは叶わん……」

 「ですが礼儀は別です、後で教えないと」

 「だから止めてくれ……剣士とはそう言う生き物だ。

 それぐらいの覇気があった方が良い剣士になる。

 行儀が良いのばかり量産されても、聖騎士流が戦えない流派だと噂が立つ。

 ましてや俺はこの子達から見れば、敵の剣術学校の教師だ、大目に見てくれ……」


 それを聞いたボグマスは納得が出来ないようだったが「分かりました」と答えて、引き下がる。

 ゴッシュマは自分の一言が、ちょっとした諍いを起こした事に、バツの悪さを感じてポリポリとうなじの所を掻きむしった。

やがて彼はフィランの目を見て言った。


 「お坊ちゃま、ウチの坊主はお嫌いですか?」


 それを聞いたフィランは「ラリーの事ですか?」と聞いた。

 それを聞き頷くゴッシュマ。


 「僕にとって彼は宿敵です、僕は“白銀に騎士”に成りますから」


 迷いも無く、まっすぐゴッシュマを見返したフィランは、持って(まわ)った言い方でラリーに勝つと、宣告した。

 ゴッシュマは彼の強烈な自負に触れ、思わず人の悪い笑みを浮かべる。

 ……こう言う男は、嫌いじゃない。

 フィランの挑発に、ゴッシュマはラリーの代わりとなったつもりで答えた。


「ああラリーは、今や牙も生え、そして何より勇敢な男に育った。

今や彼は“白銀の騎士”に相応しい男だと言えるだろう。

まぁあんまり器用じゃないがな。

マスターボグマスが教えた“撓め斬り”をモノにするために一年近く掛けてたぞ。

オッと!これは秘密だったかな……」


そう言うと得意げになって笑うゴッシュマ。

隣では渋い顔でボグマスが頷き、そのボグマスをフィランが睨む。

アイツは奥義を使えているのに、自分にはどうして教えないのか?と思った。

その心証が手に取るようにわかるボグマスは、あえてフィラン王子の目を見ないようにしてスルーする。


この様子に逆に気になったのがゴッシュマである。

彼はこの少年が王子だと知らないまま「気になるか?少年……」と尋ねた。

フィランは答える「もちろんです」と。


「勝ちたそうだな……」

「勝とうとしない剣士は、剣士ではありません」


フィラン王子のこの言葉に、ゴッシュマは大いに笑った。


「さすがマスターボグマスの弟子!

この子は貴族の子なのだろう?

君はきっと良き将軍として、この国の為に……」

「あ、剣士ゴッシュマ。その子はフィラン殿下です……」

「なに?」


ボグマスがそう言って、ゴッシュマの言葉に割って入る。

目を白黒させて、フィラン王子の顔をみるゴッシュマ、やがて彼は「大変失礼をいたしました!」と言って頭を下げる。

フィランはその様子を見て「別に大した事ではない、ソレよりもラリーの剣はどんな剣なのか知りたい」と言った。


「ご無礼を申しまして……」

 「塩街道の勇者ゴッシュマ。

私は無礼だと思っていない、私は今度の“白銀の騎士”で名誉に輝きたいと思っている。

アイツを超える為にもっと強くなりたいと考えているのだ」


この言葉に戸惑うゴッシュマ。

その様子を見て、ボグマスが口を挟む。


「殿下、ラリーの師匠はラリーを可愛く思います。

私が殿下に自分の全てを教えるようにです。

ですからそれ以上は……言える事と言えない事がありますので、お止め下さい」


フィランは不承不承(ふしょうぶしょう)何度(なんど)か頷いた後「分かった……」と言って引き下がる。

だけども射貫(いぬ)くような目でゴッシュマを見据えた。

その様子に戸惑うゴッシュマ。

ボグマスは「申し訳ない、気にしないでください」と言った。

ゴッシュマは「マスターも大変だな……」と呟くと、面白そうなモノを見る目でニヤリと笑った。


「殿下はいずれ軍を率いるのか?」

「まだ何も決まっていませんよ」

「そうか、その時体が動くならガルボルム様の許しを得て、参陣したいものだな」


それを聞いたボグマスは思わず「爺さんまだ働くのかよ……」とうんざりした声で言った。


「あアン?お前生意気だなぁ……」


それを聞いたゴッシュマはからかうように、ボグマスに言った。


「お前にレスリングとダガーを教えたのは俺だぞ?」

「ふぅ、先輩には感謝してます」

「忘れるなよ……」

「サッサと引退しろよ……」

「うるせぇ、故郷じゃガキどもが剣を教えろと俺にせがむんだよ。

……あぁそうだ、それで思い出した。

今日ここに来たのは他でもない、ボグマス俺と勝負をしろ」

「ああ?なんで……」

「さっきストリアムは倒してきた。

お前を倒したらソードマスター二人を撃破したことになる。

そうしたら、俺はガルボルム様にそれを報告する事にする」

「……マジか?」

「ああ、俺は今日……ソードマスターになる」


最後の一言を、ゴッシュマは静かに言った。

それを聞いたボグマスは、まるで獰猛な肉食獣のような顔つきになった。


「俺とストリアムが倒しやすいと思ったのか?」

「そう聞こえなかったのか?」


ゴッシュマはそう言うと、まるで鬼神のような目つきでボグマスの目を睨み返す。

ボグマスはそんなゴッシュマを、殺気走った眼で睨みながら言った。


「剣を取れ、ジジィ……」

「舐めた事言うなクソガキ……」


こう言うと両者は離れた、そして何も言わずともそれぞれ武装し始め、呆気にとられた子供達の前で剣を構える。



鉄の剣を振るい、相手を倒すまで続けた勝負。

鎧を幾度も互いに剣で叩きつけながら進んだ試合は長時間に及んだ。

試合は最後……

ゴッシュマが突きの構えから剣を変則的に変え、そしてボグマスの腕を捕らえてから、ボグマスの首を腕に引っ掛けて背後に投げた事で終わった。


技の名を“窓破り・投げ“と言う。


ゴッシュマの剣は倒れたボグマスの首に添えられ、観念したボグマスが敗北を認める。

男達は先程の憎悪に満ちた勝負を忘れたかのように、互いの剣を褒め、そしてボグマスはゴッシュマを祝福した。

そしてゴッシュマは、深々とボグマスに頭を下げ、彼に書いて貰ったマスターへの推挙状と共に立ち去った。


イリアンとシド、そしてフィラン王子はこの試合の一部始終を見て熱い思いに囚われる。

本当の闘いとはこういうモノなんだと思って……

そしてマスターになるには、こう言う事をしなければいけないのだと知った。

立ち去るゴッシュマの背中を見つめるボグマス、フィランはそっと回り込んでボグマスの顔を見た。


「え?」


そこには立ち去るゴッシュマの背中を穴が空く程見つめ、唇を噛み締め、悔しそうに見つめながら涙と鼻水を垂れ流す男がそこにいた。


「クソ、クソぉ……」


ボグマスは、負けるのが世界で一番嫌いな男だった……

フィラン王子はそっとそのままこの場を後にし、イリアン達の元に戻ると言った。


「行かないほうが良いよ……」

「泣いているの?」

「いや、ただゴッシュマを見てただけだよ……」


シドはこの事を聞くと、すぐさま他の子達に「さあさぁ、今のを見て気持ちも昂ぶったし、試合やるからこっちに来て!」と言って練習を再開した。


震えるボグマスの背中。

すすり上がる鼻水の音……

……みんな、ボグマスが泣いているのは知っていた。

見たい子も当然いたが、それはフィランが許さなかった。


◇◇◇◇


―一時間後。


今日の練習を終えた皆はそれぞれ自宅の馬車に乗って帰宅する。

シドはいつもイリアンの持っている、豪華な馬車に相乗りさせてもらうのが常だった。

いつも通り蹄鉄が石畳の道を叩き、ガタガタと馬車が揺れる。

その中でシドは今日の事を思い返し、溜息を吐いてこう言った。


「大人も泣くんだね……」


イリアンは笑ってこう言った、


「まぁ、そう言う時もあるよ。

ウチの使用人も、こっそり物陰で泣いているからね」

「フーン……」

「それよりもラリーと仲直りできると良いね、またみんなで遊びたいよ」


そう言って笑うイリアン、シドはその顔を見ながら言った。


「イリアンはさぁ、ラリーが嫌いだと思った?」

「どうして?」

「手紙、返事をしなかっただろ?」

「うちの人間が返事を出したよ。

もちろん僕は書かなかった、だってもし書いたら殿下が裏切られた事になる。

ウチはホーマチェット伯爵家なんだから当然だ」

「そうか……僕は貴族じゃないからね」

「……でもいつか貴族になるかもしれない。

殿下の傍に居るという事は、それを考えた事もあるだろ?」

「……まあね、聖フォーザックに帰れたら別だけど」


そうシドが言うと、イリアンは表情の無い顔で外を見た、まるで別れを拒絶する様に。

シドはそれを見ると急ぎこう言った。


「いや、此処で自分の運命があるなら残るよ!」


イリアンは窓の外を見ながらニヤリと笑い「運命は掴めよ!お前ならできるって」と言った。

そして呟くように「分かれるなんて言うんじゃねぇよ……」とぼやく。

馬車はそして、長い沈黙に包まれた。


……どれくらい時間が経っただろう?

やがてその沈黙を破る様に、イリアンが口を開く。


「僕は殿下がどうしてラリーをあんなに敵視するのか、実はちょっと分かるんだ」

「…………」


黙ってイリアンの顔を見るシド。

イリアンは窓の外を見ながら言った。


「ラリーは、僕を焦らせるんだ。

そして何かを諦めさせた、あいつが居る時は、僕は何か後れを取っていたようだった」

「……そうかな?」

「勘違いしないで欲しいんだけど、僕はラリーが好きだ。

面白いし、元気だし、明るい。

子供の頃からの親友だしね。

だけどね、今叶うなら僕もラリーを超えてみたい。

殿下みたいに“その為に何が何でもって”そんな力は僕にはないけど、それを望んだことは何回もあるんだよ、シド」


そんなイリアンの告白を聞き、シドの胸の中にも思う事があった。

そこでシドも、自分の心の奥底を引き出して告白した。


「……わかるかもしれない。

イジメられていたからさ、逆に相手を吹っ飛ばせるだけの力を持ったラリーが羨ましかった」


イリアンはそれを聞くと瞳に涙を浮かべ、再び窓の外を見ながら言った。


「お互い、キレイじゃないよね……」


◇◇◇◇


―時は流れ、大会一週間前。


来週がいよいよ”白銀の騎士”の本番と言う日、魔導大学付属校に大きなニュースが飛び込んできた。

ニュースを運んできたのはリジェス・ワズワスである。


「殿下!大変です」


剣を振るって激しく打ち込んでいたフィランは、練習の手を休めて行った。


「どうしたの?」

「ラリーが帰ってきました!」

「そうか、いよいよだね……」

「なんでも昨日キンボワス様の家に手紙を届けたそうです。

ルシェル様に居なくなって申し訳ないから、そのお詫びをしたいので取り次いで貰えないか……と」


それを聞いたフィランは(まぁそうだろうな……)と思い、特に驚く様子も無かった。

ところがリジェスは「どうしよう、どうしよう……」と言って落ち着かない。

何の事だ……と思ったフィランが「どうしたの?」と聞くとリジェスは答えた。


「実はつい先日……ルシェル様の婚約が決まりまして」

「えっ!」

「それを、誰も伝えて無いです……」

「そうだよ、だって初めて聞いたもの!」

「ですよね、参ったなぁ……

ラリーに言ったほうが良いかなぁ……

ああどうしよう」


リジェスはそう言ってフィランの顔色を伺う。

本当は伝えてあげたそうなリジェス。

それとなくその許可をフィランに求めていると、フィランも気が付いた。

フィランは「言ってもいいよ、来週アイツの剣が鈍るといけないから」と答えた。

それを聞いたリジェスは「ええと……」と言って躊躇いを見せる。

その背中を押すように、そしてそっけなくフィランは言った。


「そんな事に気を使わなくても、僕はラリーに負けるつもりは無い。

正々堂々と勝つつもりだ。

むしろ試合前に聞いて動揺されても困る。

“北の子狼”との戦いを、僕は楽しみにしている」


リジェスはそれを聞くと「ありがとうございます」と言った。

フィランはそれに対して頷いて答えた。


◇◇◇◇


……その日の夜の事。


フィランは王宮の中庭で剣を振るっていた。

そして来週いよいよ本番だという思いが、人知れず彼の胸を重くする。

最後に技の追い込みを掛け無いと気が済まない。不覚を取るわけにはいかない。

本番間近のこの時期、心に弱気と強気が、波の様に交互に押し寄せる。

神経質になり、剣を振るわないと、眠れないほど追い詰められたフィラン……


「兄ニャン、兄ニャン!」


そんな彼の元に、長毛種の茶虎のネコが、話しかけながら近寄ってきた。


「ルーベン、危ないからその線からこっちに来ないで」

「分かったニャ、でもママニャンがもう眠ってほしいって、言ってるニャ」

「そうなんだ、あともう少しで寝るからと言って。

もう少し剣を振らないと寝れないんだ」


そう言って空気を切り裂きながら、鋭い剣技を次ぎ次と放つフィラン。

それを、尻尾を揺らしながら見守るルーベン。

やがてそんな愛猫の視線に根負けしたフィランが、剣を置いて今日の練習を切り上げる。

その後ろをトコトコと可愛い足取りでついて行くルーベン。


「ラリーに負けられないからね……」


フィランは中庭に咲き乱れる、数々の花を縫うように進みながら、独り言のようには呟いた。

それを聞いたルーベンが尋ねる。


「ラリーニャンとは、もう仲直りしないの?」


フィランは頭を包むタオルで顔を拭きながら、笑顔で答えた。


「するよ、ラリーは嫌いじゃない。

他の影でコソコソしてるような連中より、何倍もマシな奴だ。

だけど敵なんだ、大会が終わるまではね」


それを聞いて難しい顔をしたネコは、フィランの顔を見上げると「……良く分からないニャ」と言った。

フィランはそれには何も答えず、自室への道を歩く。


猫にはこの気持ちは、分からないだろうと思った。


◇◇◇◇


―1週間後


いよいよ“白銀の騎士”を決める日が来た。

齢10歳の来年小姓になる子供達の中から、一番の剣士を決める大会である。

その子が騎士として幣爵された際に贈られる聖甲銀で出来た加工前の全身鎧の部材が、壇上に飾られる。

全国から集まる少年剣士達、そしてそれを見てスカウトしようとする様々な思惑の大人達。

そして毎年この大会を楽しみにしている、騎士階級以上の観客。

会場に入れないので、遠くからでもそれを見ようと、高い丘の上から、会場である練兵所を見下ろす民衆達。


こうした大勢の人の注目が集まる中、いくつかの区画に分けられた会場に、全身を鎖帷子と、様々な色の鎧覆い(ホバーク)の身を包んだ子供達が現れた。

魔導大学付属校からはイリアンとイフリアネ、そしてフィランが参加する。

煌びやかなオーラを放つ、今や時の人と言った3人。

共に容姿に秀でていることもあって、それを()の当たりにした会場は華やいだ動揺が広がる。

それを苦々しげな表情で睨みつける、同世代の少年達。

イリアンもフィランもその敵意ある視線に冷笑を浮かべて答えた。

その様子に、唇を噛み締めるライバル達。


「やめなよ……」


そう言ってイフリアネが、無言で相手を煽り立てる二人をたしなめた。

フィランは大人しく「分かったよ」と言って下を向き、イリアンが「あいつら、後で可愛がってやる……」と物騒な事を言う。

その言葉にキッと睨み付けたイフリアネ。

イリアンは堪えた様子も無く、ヘラヘラと笑ってやり過ごした。


『おおっ……』


次の瞬間、会場は別の感情に満ちた動揺に包まれる。

3人は多くの人が一斉に気配を乱したことに驚き、皆の視線の先に目を見やった。


……そこには、どこか荒んだ目をした男が立っていた。

あどけない顔に、憂いを含むその顔。

右頬に縦一本大きく走る傷が、その容姿に凄みを加える。

周囲の目線を集めても、それがどうしたと言わんばかりのふてぶてしい面構え。

黒い髪に宝石のような青い目、肌は雪の中から這い出たかのように白い。

そして身に着ける鎧覆い(ホバーク)は奇抜で。

手書きで毛を一本一本描きこまれた、どう猛で巨大な狼が、やけに写実的なタッチで描き込まれている。


「あれ……ラリーだよね?」


イフリアネがそう言って目を見張った。

ゲラルドは、ふと3人に目を止めると目を背け、溜息を吐いて背中を向けた。


「アイツ、苛立ってるな」


フィランはその様子を見て、嬉しそうに言った。

イフリアネとイリアンは顔を向き合わせると、黙って首を振り、互いにフィランとゲラルドの感情の衝突を嘆く。

イフリアネは耐えきれなくなってフィランに尋ねた。


「どうしてラリーにそんな事言うの?」

「リア、アイツの肩を持つのか?」

「悪い?」

「……好きにしろ、僕は本気のラリーと戦う為にここに来たんだ。

その邪魔だけは絶対にするなよ」

「……フン、何様」

「……男の世界だ」


そう言うとフィランは剣の柄を握りしめ、ゲラルドの元へと向かった。

その背中を見ながらイフリアネは「何あれ?」と軽蔑の念が籠った目を向けた。

イリアンが言う。


「お嬢には言わなかったけど、俺達はこの日の為にずっとやってきたんだ」

「何を?」

「ゴブリン狩り」

「何それ?」

「命がけで、戦う経験を積んだんだ。

……ラリーがガーブウルズでそうした様に。

全部ラリーを倒すためだ!」

「なんでそんな事するの?

4馬鹿はずっと親友だったじゃない!」

「親友だからだよ……

ラリーと同じ日に剣を学び始めて、ラリーよりも劣った男だと思いたくも無いし、思われたくも無い。

下に見られるなんてまっぴらだ。

何よりも殿下はそう思ってる」

「…………」

「……男の世界だ」


イフリアネはそれを聞くと溜息を吐き「好きにして……」と言って、そっぽを向いた。

説明はしたが、理解までは求めていないイリアンは、悲しげに溜息を吐くと、次の瞬間面白がって遠くのフィラン王子の様子に、目を見やった。

……他人の揉め事は、面白い。




背中まで狼の背中を模した写実的な毛の絵柄で、びっちり埋め尽くされたラリーの鎧覆い(ホバーク)は周囲の好機の目線を集めた。

早速口さがない少年がラリーを冷やかす。


「カッコいいなお前、そんな目立つやつ着て頭大丈夫か?」


次の瞬間ゆらっと揺れたラリーは、瞳孔がガップリと開いた、光の無い目でそいつを見ると低い声で言った。


「試合中に殺されたくなかったら黙れ……」

「なんだとテメェ!」


売り言葉に買い言葉で激昂した少年に、ラリーが手を伸ばす。

するとそんな彼に、近くまで来ていたフィランが声を掛ける。


「ラリー、手を出すな」


ピタッと動きを止めるラリーは、目を背後にいたフィランに向ける。


「ここでこんな奴と揉めると、試合できなくなるぞ」

「……ふぅ」


ラリーは鼻で重々しく息を吐くと、伸ばした手をひっこめた。

そんなラリーにフィラン言った。


「随分荒れてるね、そして大活躍じゃないか」

「どういう事ですか?」

「セルティナでも“北の子狼“と呼ばれたラリーの噂は耳にするよ。

僕の噂は聞いてるかな?」

「まったく聞いてないですね」

「……そうか、それは残念。

僕も練習したんだ、必死にね……

成果の程は……試合で分かるか。

僕らは剣士だ、そいつみたいに口じゃなくて剣で語り合おう。

君が負けなければ、いつか僕と戦う時が来るだろうしね」

「……俺が負けるとでも?」

「だって田舎で学んだ剣だろ?

ここで通用するかどうかなんて、分かる訳ない。

じゃあねラリー、本気の君を見たいモノだ。

……失望させるなよ、お前」


そう言うとフィランはクルリと踵を返してイリアン達の元へと帰る。

そしてその背中を、ラリーは荒んだ目をして見つめていた。


フィランが来るのを、イフリアネとの間に険悪な空気を流しながら待っていたイリアンは、待ってましたとばかりにフィランに尋ねた。


「どうでした?」

「なにが?」

「だから、ラリーの様子とか……」

「ふ、ふふ……宣戦布告してきた。

短気なラリーの事だから、今頃ブチ切れてるだろうね」

「ラリーが嫌いですか?」

「嫌い?とんでもない、今はドキドキしているよ。

楽しみだ、アイツと戦うのがさ……」

「……分からないなぁ」

「そう?まぁそれでいい……

アイツは僕を苛立たせた、僕もアイツを苛立たせた。

……それが楽しくてしょうがない。

アイツは僕の敵なんだ、ラリーに僕は勝つ。

アイツが僕を変えたんだ。

そして今日、ラリーを超えたら、喜びで爆発しそうだ」


その言葉にいよいよ耐えられないと言った表情でイフリアネが言った。


「なんでラリーにこだわるの……」


するとフィランは、興奮で赤く染まった顔を横に振ってこたえた。


「……自分でも分からない。

ラリーは好きだし、楽しい奴だ。

だけど……」


フィランはそう言ってイフリアネの顔を見た。


「ラリーは僕を……焦らせるんだ」


するとそれを聞いたイリアンが相槌を打つ。


「なるほど」

「分かるのか?」


思わず食いつくフィラン。

するとイリアンが我が意を得たりと言った表情っで答えた。


「モチロン!僕は殿下との付き合いが長いから。

それに、僕もラリーに焦らされていた」

「そうなのか?」

「ラリーは昔から僕らと違って、絵も上手くて剣が上手くて、喋る猫を飼っていて、運動神経が良かった。

そして女の子とも良くお喋りしていたしね。

……何度ラリーになりたかったか」


そう言うと二人は示し合わせたように笑った。


「イリアン、僕もそう思ってた。

今日こそアイツをコテンパンにしてやろう。

……そしたら、皆でラリーに謝ろう」

「……ええ」


それを聞くイフリアネは、男の考えが理解できず、溜息を吐いた。

そしてこいつらが相変わらず馬鹿なんだと思った。




試合の始まりはそれから間もなくだった。

練兵場を区切って作った幾つかの区画で、同時に何人もの少年達が試合をする。

やがて例の派手な鎧覆い(ホバーク)を翻し、ラリーが試合会場に現れた。

遠くの観客席では、聖騎士流の剣士と思われる男達がガーブの旗を翻しながら『御曹司ィッ、御曹司―っ!』と叫ぶ。

その応援に、思わず笑う王都の人間。

彼等は「野獣の御曹司かよ!」と言って、ラリーの様子を嘲った。


とにかく人の耳目をこれでもかと集めるラリー。

遠くの貴賓席では、頭を抱えるグラニール・ヴィープゲスケ男爵が、ニコニコと嬉しそうに微笑む妻の傍で座っている。

所がラリーはと言うと、その表情に一点の曇りもない。

笑みも無く、悲しみも憤りも無く、その表情は全てを悟ったかのようだった。

……明鏡止水の表情。

そして現れた相手は、先程ラリーの鎧覆い(ホバーク)をからかった男の子だった。


「へ、皆に(わら)われてやがるなお前」

「…………」


ラリーは冷たい目で見据え、そして無言の内に面頬を下げた。

相手は自分の挑発に相手が何も言い返さないのを見て、勝ったと思った。

そして彼もまた兜の面頬を下げる。

そして面頬の奥から、ニヤニヤと笑ってラリーの目を覗く少年。

やがて、両者の間に裁杖を持った審判が立つ。


「それでは、始め!」


審判が掛け声を上げた瞬間、ブワッと一瞬で膨れた殺気が飛び掛かる!

目にも止まらぬ速さで振り下ろしたラリーの一撃が、相手の兜を打ち抜いた!


バキィィィィィッ!


次の瞬間砕け散るラリーの木剣、地面に叩きつけられる少年の頭。


『…………』


会場は一瞬で沈黙に包まれた。

その中を黙って歩き、何事も無かったかのように新しい木剣を手にするラリー。

相手の少年はまだ意識があったようで、ゆっくりと動いて、体を引き起こそうとする。

その少年の傍に言って、ラリーは静かな目で見下して言った。


「立て、二本目がある……」


そう言って開始線に戻るラリー。

ところが相手の子は膝が笑って立てない、その子に冷ややかな目を向け続けるラリー。


「ひ、ひぐ……うわぁぁぁぁぁぁ」


やがて相手はその緊張感に耐えきれなくなり、遂に泣き始めた。

その様子に失望する多くの大人達。

やがて戦意喪失したとみなされ、審判は「勝者ゲラルド・ヴィープゲスケ!」と勝ち名乗りを上げる。

ラリーは短い礼を一つ審判にした後、何事も無かったかのように、この場を立ち去った。

この凄惨な現場に、動揺が波のように広がる。


『あれが男爵の息子だそうだ……』

『バルザック家に連なるんだろ、何とも恐ろしい……』

『爵位はシリウス殿が引き継いでいる筈だ』

『あの子をウチの小姓にしたいな……』

『北の子狼の噂は本当のようだ』

『野獣の御曹司……昔見たアルローザン・バルザックそっくりではないか』


ひそひそ話が止まらない会場、そしてその様子を見てフィランは笑って言った。


「アハハハ、ラリーキレてたね。

ラリーはああでなくちゃ……」


それを聞いたイリアンは言った。


「殿下、おいしい所はラリーが持って行ってしまったみたいだね」


するとフィランは答えた。


「それなら僕もアレをやろう。

一撃で相手を粉砕する奴!

ラリーが出来るなら僕にもできるさ……」


そう言うとフィランは木剣を持って、自分の試合が行われる区画へと向かった。

相手の子は騎士階級出身で、彼はフィランを鋭い目で睨むと「チリ剣士団とか言って調子乗ってるんじゃねぇぞ……」と呟いた。

フィランはゾッとするほど冷たい目で相手を睨むと言った。


「だから何?お前ごとき、目に(はい)らないよ……」


それを聞いた相手は、一瞬で顔が怒りで歪む。

そして口を開こうとした瞬間、両者を引き剥がすために、審判が裁杖を二人の間に突き入れた。


「喋るな!いいなっ」


フィランは黙って頷き、兜の面頬を下ろして顔を隠す。

やがて審判は両者の準備が整ったのを見計らって「始めっ!」と叫ぶ。

次の瞬間、フィランはまるで光の様に相手の元に接近すると、そのこめかみを目にも止まらぬ速さで薙ぎ斬った!


『おおおおっ!』


華やかな動揺が会場に響く。

そして倒れる相手の少年、彼はそのまま昏倒して担架に運ばれて後ろに下がった。

その様子を見て審判が「勝者、フィラン!」と勝ち名乗りを上げる。

先程とは打って変わって、大いに上がる歓呼の声。

この大舞台は、誰が主役なのかを思い出したかの様に華やいだ。

その中を歩いて、フィランがイリアン達の元に戻ってきた。

戻るなりフィランは、イリアンに残念そうな声音で告げる。


「一撃と同時に剣が砕けたら、もっとカッコよかったんだけどね。

腕の太さが足りて無いのかな?」

「アハハハ、流石殿下。

横に薙いだから力が抜けたんじゃないの?」

「そうかもね……リア、どうだった?」


フィランはそう言ってイフリアネに話を振ると、彼女は「強いね、フィランも……」と言って遠くの会場を見た。

機嫌が悪そうだ……そう思って目を見合わせ、首をすくめるイリアンとフィラン。

やがてフィランは会場の向こうにラリーの姿を見つけた。


「イリアン、ちょっと行ってくるよ」

「うん?ああ……」


フィランはそう言うと、イリアン達を放って置いて、一人で試合の様子を眺めるラリーの元へと向かった。

その様子を見てイフリアネは呟いた。


「まだやるの?……もういい加減にして」




ラリーは会場の隅っこで、目立つ鎧覆い(ホバーク)に袖を通しながら、目立たない場所で試合の様子を見つめる。

そんな彼の元にフィラン王子が近寄る。

その気配を察知し、思わずため息を吐くラリー。

やがて近付いてきたフィランは、明るい声でラリーの声を掛けた。


「やぁ、ラリー」


ラリーはフィランを一瞥(いちべつ)すると、頭を下げた。


「これは殿下、お久しぶりです」


その様子にカチンときたフィラン。

他人行儀が過ぎると思った。

彼は、怒りを抑え、口元を(はす)に笑みを浮かべながらこう尋ねた。


「そうだね、随分と久しぶりだ。

さっきは随分と派手な勝ち方だったじゃないか。

あれから腕を随分上げたみたいだね」


ラリーは表情の無い顔で頷くと言った。


「ガーブウルズは、何もない所ですから。

他にやる事が無かったんですよ、ずっと剣を振ってました」

「へぇ……」

「殿下も剣が上手くなりましたね。

見違えるように強くなりましたよ」


そうラリーが言うと、フィランは「ふっ……」と鼻で笑い、そしてこう言った。


「お世辞は良いよ、君は……

”母無し子”だっけ、有名なゴブリンを倒したと聞いているよ」


それに対しラリーは何も答えなかった。


「ラリー……どっちが上か勝負しよう。

君が勝ったら何でも好きなものをやるよ例えば、将来爵位を……」

「殿下!」

「…………」

「剣士が賭けるのは誇りだけです。

俺は誇りを賭けて殿下と戦います」


フィランはその言葉を聞いて目を見開いた。

そして次の瞬間嬉しそうに笑うと、敵意に満ちた目でラリーの目を見据え「ラリー、その言葉を忘れるなよ……」と言って立ち去った。


こうしてフィランが立ち去った。

そして残されたラリー。

その目から涙が浮かぶ。

涙を流さぬよう、上を向いたラリー。

目の前に広がる抜ける様な冬の空。

それを見上ながら呟いた。


「随分と嫌われたものだ……」


長くなりましたね、実は3章だけで原稿用紙1000枚は越えました。

自分でも頭がおかしくなりそうですが、最後まで頑張ります。


ルビの数を最低限にしてみましたが如何でしょうか?

元の様に戻してほしい方は感想欄にお書きください、宜しくお願い致します。


更新の遅いこの作品をご覧いただきありがとうございます。

感想、ブックマーク、評価をモチベーションにして日々頑張っております、遅筆ゆえにやきもきさせてしまっているとは思います、何卒皆様のご寛恕を賜りたく思います。


これからもよろしくお願いします。

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