幕間 ―冬日
淡雪の降る日に旅立った、ガルボルムをゲラルドが見送ってから半月ほどが経った。
ガーブウルズの男達が『ご当主様は都に着いただろうか?』と話し合う中。
毎年の事だが、男達が一獲千金を目指して、貴族同士の水利権争いやら、抗争、敵討ちの代理人等々の荒っぽい仕事をするべく、故郷のガーブ地方を後にした。
……ただし、今年は、この連中は例外である。
「居たか?」
「いや、全部普通のゴブリンだ……」
「クソッ、また空振りか!」
辺りに散乱するゴブリンの死体、それを一つ一つ抜身の剣を揺らしながら、5人の男達が確認する。
彼等は剣を、ゴブリンの脇腹に刺して、死んでいるかどうかを確かめたり、又はその死体を触りたく無いので、棒代わりに使って死体の向きを変えたりしている。
「ガストン!」
この男達の中でリーダー格の男が、若い男の名前を呼んだ。
「ガストン、この中に“母無し子”とやらに似た奴は居るのか?」
ガストンは疲れた表情を横に振り「いや、居ない……」と答えた。
「いよいよ手掛かりが無ぇな……
同じ苗床から生まれたゴブリンが居れば、奴の行く先は見当もつきそうだが……」
ガストンはそれを聞きながら思った。
(何度言ったら分かるんだ。
奴は群れない!
何があったかは知らねぇが、奴は自分が所属していたゴブリンを皆殺しにしたんだぞ)
事実は誰も知らないが“母無し子”が、集団生活を営むゴブリンの中では珍しく単独で動いているのは周知の事実である。
そしてかつて彼が所属していたゴブリンの集団は全滅している。
当然犯人も彼だろうと、皆で状況証拠から推測をしていた。
だがそれを言っても目の前の男は聞き入れない。
ガストンはこのリーダー格の男に軽んじられていた。
故にガストンの意見は聞かれる事すらない。
……何事にも原因がある。
それを解く前に、まずはガストン・カルバンと言う男について紹介しよう。
ガストンは没落したとはいえ、バルザック家の分家である、カルバン家の人間だった。
カルバンと言う没落した家名、そしてその御曹司であるガストンと言う名前には、ガーブの男は多くの可能性を感じる。
なぜならガストンは、もし将来的にガルボルムがカルバン家の領地の継承、ないし復活を認めたら彼はたちどころに領主に成れる資格があるからだ。
つまり彼は、ガーブでは紛れもない名門の家の子なのである。
もちろん今はそのカルバン家の旧領を、ガストンが継承する可能性は0に近い。
しかし有力者である叔父のワタレル・ワーマロウも健在だし、カルバン家の復活を望む、カルバン家に仕えていた旧家臣は多い。
そして失職中の旧家臣はガストンが復活すれば、再び家臣に戻れると信じていた。
もちろんそれだけではなく、ガストンの復活が叶った暁には、その為に協力した者もそのおこぼれにあずかるだろう。
だから多くの男があわよくば自分もその栄誉にあずかれる一人に……と希望した。
なので潜在的に彼を助けたいと、考える人間は非常に多いのだ。
そんな生まれ持った力を有し、自身も剣の腕に自信があったガストンは、復讐よりも家の再興を希望する。
ここの裏事情を説明すると、父のハギタルはガルボルムの毒殺を図って、逆にガルボルムに処刑された。
そしてガストンは復讐を諦める誓約を、母と共に女神とガルボルムに立てたのである。
そうしないと彼もまた処刑されていただろう。
神に立てた誓約は非常に重い。
これを破る者は、その後アルバルヴェではまともな人間として扱われる事は無く、また女神フィリアも罰を与える。
故にガストンは復讐を諦めたのだ。
ガストンは成人するまで母の弟である、ワタレル・ワーマロウの後見を受けて成長した。
そしてついに独り立ちを目指し、あの日マスターワースモンとの会見に臨んだのである。
ところが、彼の人生が躓くのは知っての通りココからだった。
……さて話を今の時間に戻そう。
ワースモンの残党とも言うべき一味と行動を共にするガストンは、今となっては名誉を失いつつあった。
……リーダー格の男が、カルバン家のこの血筋の力を使って、ガストンが集団を仕切るのではないか?と、警戒したのだ。
さらに言うと感情的にも上手くいかない、二人はソリが合わない。
意見を受け入れず、常に敵対的なこの抑圧者に、ガストンも面白くない。
こうしてこれらの理由が相まって、互いに互いの事が気に入らなくなった。
「チッ、ぐずぐずしていると他の奴がマスターの仇を取っちまう……」
リーダー格の男はそう言って焦燥を、その顔色として表に出した。
そこでガストンはダメ元で口を開いた。
「このままゴブリン集団の情報と、単独で動いているゴブリンだかオークだかの情報を同時に集めるのは辞めないか?
単独で動くゴブリンの情報を集めたら……
例えば明らかにゴブリンの野営の跡だけど、複数が使ったとは思えない……」
ガストンが何かを言い終えない内に、リーダー格の男が「ンな事は分かっているんだガストン!」と叫んだ。
思わず首をすぼめて黙るガストン。
リーダー格の男が、怒りの籠った声で吐き捨てた。
「いいか、そう言うはぐれモノも追うが、集団も追うんだ!
ゴブリンが群れで動くのは常識だ。
また連中同士で私財を物々(ぶつぶつ)交換しているのも分かってるよな?
棍棒と薬草を交換しているんだぞ?
だったら集団も逃さず追えば手掛かりがあるだろうが。
頭を使え、おつむが坊ちゃんじゃ使えねぇぞ、ったく、使えねぇ野郎だ……」
「だ、だけど……」
「黙れガストン!
俺がココを仕切ってるんだ!
俺がリーダーだ!
のぼせるんじゃねぇぞ、落ちぶれたボンボンがッ!」
それを聞いたガストンは、顔色を変えて立ちすくむ。
その脇を通りリーダー格の男が、他の連中を引き連れて去っていく。
こうしてゴブリンの死体が散乱する場所に残されたガストン。
誰も居なくなったゴブリンの野営地で、彼は涙を流した。
「情けない……
なぜ俺はここまで辱めを受けねばならないのだ?」
ガストンはこれまでの経緯を振り返る。
チャンスを与えられた彼の運命が暗転しだしたのは、ソードマスターワースモンの死がきっかけだった。
ソードマスター、ワースモン・コルファレンの死は、多くの剣士にとって衝撃と動揺を与える。
そしてそれは新たな対立の火種となった。
……ついでにその事も説明する。
ワースモンは傭兵団を経営していた。
そして子供は居るが女で、しかも剣の才能は無い、その為跡継ぎにするには少し問題があった。
となると野心家の集まりである、彼の弟子達の多くが、この傭兵団の跡継ぎとなることを望んだのだ。
するとワースモンの娘が「父の仇を取った方に、この傭兵団を譲渡します」と、言った。
彼女としては父の仇を取ってくれればとの思いから言い出した事だが、言い換えれば運と実力があれば誰でも後継者になれるという事になる。
彼女とすれば父の仇である“母無し子”を見逃したく無かった。
彼女の判断は正しいかもしれない、幾ら有名な“母無し子”だと言っても、このゴブリンは女も子供も襲わない。
だからこの”母無し子”は、剣士やハンターにとっては紛れもない災厄だが、実はそれ以外の人にとっては脅威度が低いのである。
逆に農村では普通のゴブリンの方の討伐を優先させた。
コッチの普通のゴブリンは、女と子供を襲うからである。
だから多くのギルドも本腰を入れたいとは思う案件ではない、生存圏が被ったことで接触が頻発し、実際に被害も出たハンターギルドだけが“母無し子”討伐に血眼なのである。
なのでワースモンの娘は事件が風化し、父の仇を討つ者が居なくなり“母無し子”が自然死する事を恐れた。
ワースモンの娘は思った、この重要度が低い、恐るべき実力の持ち主である”母無し子”をだれも見向きもしなくなるのでは?と……
そして、その事は十分あり得る事だった。
誰だってソードマスターを討ち取るような怪物と戦いたくはない、ましてや緊急度が低いとなればなおの事だ。
ガーブの女は名もなき娘とは言え過激だ、彼女は愛する父の墓前に“母無し子”の首を捧げる事を望む。
そして、先程の『父の仇を取った方に……』と言う宣言へと繋がるのだ……
さてそんな跡目争いに挑む弟子達の中に、後継者にふさわしいと目される何人かの凄腕の剣士が居る。
ワースモンが居た頃は彼等の存在が傭兵団の力だったが、後継者争いとなった時はそれが混迷の原因となった。
……誰が跡を継いでもおかしくなかったからだ。
その為彼等はいくつかのグループに分かれ、そして互いに協力するのでは無く、互いに足の引っ張り合いを始めた。
そして始まったのがガーブ全土に散らばって行われたゴブリン狩りで、皆がゴブリンの目撃情報を聞くと一斉に動いて、現地に辿り着くなりゴブリンへの虐殺を始める。
ガストンもまた、自分の立身を考えて、このゴブリン狩りに参加した。
ところが今見て頂いたようにガストンは、人間関係的に行き詰まる。
最初は“母無し子”の姿を見た数少ない人間だという事で、リーダー格の男に厚遇されたが、今となってはそれが嘘のようだ。
もちろん、彼がただ一人の生き残りで……しかも戦いの最中気絶し、子供の奮闘のおかげで助かったと言う、戦士としては致命的な汚名がくっついたのも理由の一つだ。
見くびられた彼は、加えてカルバン家だという理由も付随し、今日苦界のような世界に身を置く。
さらに最近では、これらに加え大きな不満が、ガストンの胸の内を占めるようになる。
……ズバリお金の不満だ。
今やっている仕事と言えば、稼ぎの良い傭兵業を放り出して、経費ばかりが掛かるゴブリンハントである。
しかも、傭兵団を引き継ぎたい男達が、ボスの仇討ちと言う美名に酔いしれ、野心に身を焦がしている。
問題はそれに見合う報酬が、その活動に従事する者達にあるのか、と言う事だ。
……答えを言うと無い。
ゴブリンは一匹倒して銀貨2枚にしかならない。
それなのに旅や武具、その他もろもろの費えは、傭兵に参加しているのと同じ位掛かる。
そしてワースモンの部下だったリーダー達は全員、当然の様にその分の働きに対して、賃金の保証はしなかった。
……傭兵業は何処まで行っても、自己管理の世界なのである。
ましてや場所は極寒の地であるガーブ。
凍傷の為の医療費や燃料費など、他所では、必要のない経費が掛かる。
……割に合わない。
そう思っていたガストンはふと脳裏に、まだ若い二人の少年の姿が思い返された。
どうやらバルザック本家に連なる血筋だったらしい、血塗れで剣士らしい目をした背の高い少年と、その相棒で周りを細かく目で観察していた背の小さな少年。
特にあのクタクタで土埃にまみれた背の高い男の子は、剣士らしい誇りに満ちた目で、ガーブウルズに向かう夜道を見つめていた。
その光景が頭をよぎる。
(あの子達は元気だろうか?
どうやら塩街道の勇者ゴッシュマの知り合いみたいだし“狼の家”の剣士だろう。
ガーブウルズに帰ったら“狼の家”でも訪ねてみるか。
久しぶりに様子が見たい……)
ガストンはそう思うと、思わず溜息を吐いた。
……自分にはない目の光。
……少なくとも、戦いの最中気絶していた自分と比べれば、自尊心が揺らぐことも無かったのだろう。
真っ直ぐさが、やけに印象的だった。
あの日、自分は彼等に負い目を感じていた。
背の低い少年は特にそんな俺を睨んでいたように思う。俺の心を感じ取ったのだろう……
輝くような彼等と、くすみ切った自分との差に、今更だが心が滅入る。
こんな時、決まって脳裏をよぎるのが父を失った事で暗転してしまった自分の人生だ。
叔父のワタレル・ワーマロウに養われて、自活も出来ない不甲斐ない自分。
ガストンはそんな自分を振り返り、改めて自分を叱咤した。
「このままじゃだめだ、俺がダメになる!
のし上がるんだっ。
しっかりしろ、ガストン。
カルバン家復興がお前の目的だろう!
その為に何が必要なんだ!」
辺りに散らばるゴブリンとその血の匂いに包まれ、やがて彼は一つの結論を胸に抱いた。
「俺があのゴブリン(母無し子)を殺せばいい……」
そうすれば傭兵団が手に入る。
成り上がるきっかけとしては十分に思えた。
しかしそれはどうすればそれが出来るのか、全く分からない結論である。
実現味がない話を思いついたと思って、後悔するガストン。
彼は頭を振ると、より現実味のある計画を考えようとした。
しかし何も思いつく事は無い、ただしこのまま行ったらどうなるのかの予想はついた。
「今日も、そしてこれまでの様子を見ると……
アイツ(リーダー)が“母無し子”を殺しても、俺に何の報いも寄越さないだろうな」
恐らくそれは間違いない。
その位の分別はさすがにつく。
そんな未来を創造し、ガストンは苛立ちを心の中で膨らませながら呪いの言葉を吐いた。
「あの野郎、俺を侮りやがって。
今に見てろよ……
この次ガーブウルズに帰還したら、その時アイツと別れてやる。
あんな奴らと一緒に居るより、一人で動いたほうが絶対に良いしな。
うん、そうしよう……」
別れると言うアイデアは、思えば思うほど素晴らしいモノの様に思える。
彼らが傍に居るだけで、今や苦痛で仕方がない。
とは言え、今抜けると言えば、彼等の事だからガーブの雪原に放り出されると思った。
そこで、しばらく彼は隠忍自重する事を決めた。
流石に冬のガーブの雪原に放り出されて、一人で生きぬことは難しい。
しばらくは不愉快な思いに、歯を食いしばって耐えようと、ガストンは思った。
◇◇◇◇
―その3カ月後、アルバルヴェ王国王都セルティナ。
今年も終わり、新年を迎える頃になった。
アルバルヴェ王国王都の少年剣士は、この時期最も忙しい。
何故なら剣術の大会が開かれるからだ。
剣術大会9歳の部、来年“白銀の騎士”を目指す王都の少年剣士は、このタイトル保持者が決勝戦の相手を務める事が多い。
故に9歳の部は、毎年剣術の関係者の注目を浴びる。
そんな会場に、バルザック男爵家に仕える騎士のストリアム・ガスカランがやってきた。
彼は歳若いが危険な匂いを漂わせる、たれ目の剣士を引き連れていた。
そんなお付きの剣士に、ストリアムが話しかける。
「ああ、あの子良いねぇ」
ストリアムは何処かルーズな口ぶりで、すれ違った少年剣士の体つきを見て感想を述べた。
「マスター、あの子にも声を掛けますか?」
「ああ、とりあえず試合を見てからかな?
連れて行った後で、アレは使えねぇとか言われると大変だからさ。
本当、アイツらにこの苦労知ってもらいたいよね……」
そう言いながらストリアムは素早く少年達の様子を見て、チェックをする。
「ああ、ヨルダンすまないけどさぁ。
あの学校、あの黄色い旗の学校、あの学校の子たちで次男三男で、有望なの見といて」
「長男はいらないんですか?」
「庶子だったらいいけど嫡子はいらない。
だって聖地で戦争してまで成り上がらないでしょ?
やる気がない子は、いらないんだよねぇ」
「分かりました……」
「んあぁ、じゃあよろしく……」
そう言うとヨルダンと呼ばれた、たれ目の青年剣士は蝋板と鉄筆をもって指定された場所に向かった。
その様子を見送りながら、ストリアムは思った。
(それじゃあ、俺はバルツ剣術学校のベイルワース君でも見に行くかぁ)
彼は、足早に9歳の部の会場に足を向ける。
辿り着くと想像以上に観客が多かった。
貴族の為の学校である王立魔導大学付属剣術学校と、騎士の子弟の通う名門校のバルツ剣術学校の旗が多い。
両校の人気の高さが伺える。
(へぇ、ボグマス成り上がったなぁ)
誕生して間もなく4年に成ろうという若い剣術学校は、名門貴族と言うあまり武張った印象のない子弟達を取り込んで、急速に勢力を伸ばしていた。
「気合を入れろ、良いかっ!」
そんな子供達を叱責している少年が、ストリアムの目に留まる、顔立ちが整った荒んだ目の少年……
(勝利に飢えた目をした子だ……)
……将来有望そうな若者に見える。
早速スカウトしたくなったストリアムは「庶子だったら良いなぁ」と呟きながら、詳しい事情を聴くために、魔導大学付属校の生徒を捕まえて尋ねた。
「ああ、悪い。ボグマスは何処かな?」
「え、どなたですか?」
「俺の事?」
「…………」
生徒は黙って頷いた。
ストリアムはニヤッと笑うと「ストリアムが来たって言ってくれたらいいから」と告げる。
生徒はそのままどこかに消え、しばらくするとボグマスが現れた。
「ストリアム!」
「いよぉボグマス、久しぶりじゃん」
「何しに来たんだ?
言っとくけどウチは無理だからな」
「アハハ、何がだよ……」
「昨年からお前が若い子を捕まえて聖地に送るって評判なんだぞ」
「ふん、別に悪い事をしている訳じゃない」
ストリアムはボグマスにそう指摘されて不機嫌そうに答えた。
「それにボグマス、俺はこの国でくすぶっている、戦いしか生きる術が分からない連中に、活躍の場を与えているんだ。
国がそいつらを暇人にしてアル中(アルコール中毒、つまり酔っ払い)に作り替えるしかしてないんだから、俺がしたことは感謝されてしかるべきだろ?」
「だからと言って聖地は……」
「半島の統一戦争なら良くて、聖地ならダメなのか?
どっちも戦争だろ?」
「うーん……」
「まぁいいや、俺は口論をしに来たんじゃない。
お前の所に庶子の子は居るのか?」
「ストリアム」
「聞いただけだ、居なきゃ居ないで良い」
「全員嫡子だ、皆王子にお近付きになりたいと親が願ってる」
「王子は誰?」
「ああ、あのさっきから皆を叱咤してる子だ」
「ああ……」
ストリアムはがっかりした、一番よさそうな子が一番聖地に来そうにない身分だからだ。
「あの子は宗教に興味はある?」
ダメ元で聞くと、ボグマスは溜息を一つ吐くと、ストリアムを残して立ち去ろうとする。
「待てよボグマス、もう聞かねぇから」
「……俺に何の用だ」
「ああ、ドイド様からの指令が来た」
「それを先に言え……」
「ああ、聖地で苦戦が続いている。
もっと多くの戦士が必要になった」
「……ああ」
「お前も人攫いをするか、自分が聖地に行くかだ」
ストリアムがそう言うと、ボグマスは顔をしかめて「聞きたくなかった……」と呟いた。
そんなボグマスにストリアムが、普段と全く違う真剣な眼差しを向けた。
「ラドバルムスは想像以上に勢力を伸ばしている。
そしてまだ影響は出て無いけど、ヴァンツェル・オストフィリア国とダナバンド王国との戦争の結果が余波として来る。
もうその兆候が聖地全土を覆っているんだ。
ヴァンツェルはもう、昔の様に聖地諸国を支援はしない。
かと言ってダナバンドも戦争が続いて財政的に厳しい、聖地の支援が出来る国自体が今やアルバルヴェしかないんだ」
「はぁ……」
「それと、それに関係した事だが。
ラリー君の修行先が決まったぞ」
「は?何を言っているんだ」
聖地とゲラルドの関係を言われて首を傾げたボグマス。
ストリアムは「あの子は聖地で小姓になる」と答えた。
目を見開くボグマス。
ストリアムは言った。
「ついこの前までガルボルム様が意識を失っていたのは知ってるよな?」
「ああ……」
「バルザック家の私有地(の一部)を化粧領として、エウレリア様に与える話を詰めていたんだけどさぁ。
財産を分け与えるにあたって決裁者が決裁できない状態だったから、俺達はガーブに帰らず聖地のドイド様に伺いを立てたんだよ。
すると返事がこの前来て、エウレリア様ではなくラリー君に渡したほうが良いって手紙にあった。
ただし、聖地で自分がそれに相応しいかどうか見たいってさ。
で話がややこしくなったんだけど、ガルボルム様も意識を取り戻しただろう?
するとドイド様にお伺いを立てた事で、バルザック家の決裁者の命令が二つになる可能性が出ちゃったのよ。
まぁ幸いにもガルボルム様もドイド様の希望に沿うと答えてくれたけどさ……
さらにややこしくなったのがエウレリア様で、貰えるもん貰えなくなったのだからカンカンになると思ったのさ。
ところがそれを見越したガルボルム様が、揉め事が生まれる前に、助け舟を出したんだ……」
「どんな助け舟だ?」
「エウレリア様にガルボルム様が言った。
もしもラリーがマスターと成れる剣士なら“狼の家”を譲ると……」
「ラリーが?」
「ああ、我々聖騎士流の次期当主に今最も近い。
エウレリア様もそれなら化粧領如きに執着はしない、息子の為に良しなにと言った」
「そうか、あのラリーが……」
「ああ、だから今修行先を最も厳しく、そしてその師には本当の実力者を当てようとしている。
まずは14歳までは小姓としてドイド様が育てるそうだ」
「ああ、あの子は完全にバルザック家の一員になるんだな」
「そういう事だ、違和感があるよな」
「いや無い……」
「え?」
「あの子は、アルローザン様によく似てる。
あの子は紛れもなく“北の狼”に成れよう。
今はまだ未熟で粗削りな少年剣士に過ぎないがな……
ただ剣を辞めないか?とたまに思う。
……早熟な剣士は枯れるのも早い」
「考え過ぎだろ。
それに、それなら娯楽なんか遠ざけて、サッサと聖地に送ってしまったほうが良いと思うぜ」
そう話していた時、遠くから一人の剣士が話し込む二人の傍に帰ってきた。
……あのたれ目の剣士だ。
「ヨルダン、仕事が早かったな」
「はい、知り合いの剣士が居たので相談したところ、この手紙を渡してくれと。
そこに全部書いているそうです」
ストリアムはそう言うと手紙を受け取り、中に書いてある内容を見て言った。
「ああ、アイツが細かくもう見ているね。
分かった、これで良いわ、ありがと」
ボグマスはその様子を訝し気に見る、ストリアムはそんなボグマスの表情を見ると「何、見ないで」と笑いながら言った。
ヨルダンはそんなボグマスを見ながら、ワキワキと手を嬉しそうに動かしながらストリアムに言った。
「マスター、この方もマスターですか?
私に紹介してくださいよ」
「ええ、どうしよう」
「そこを何とか」
「アハハ、まぁしょうがないか。
ボグマス、こいつはヨルダン。
今年聖騎士になったばかりのヨルダン・ベルヴィーンだ。
ヨルダン、マスターボグマスに挨拶して」
促されたヨルダンは掌を服で拭うと「ヨルダンです、お初にお目にかかります」と言って握手を求めた。
「王国の騎士を務めるボグマス・イフリタスだ。
ソードマスターだよろしく」
握手を返すボグマス。
ヨルダンは嬉しそうに「合理のボグマスと知り合えたのは嬉しい、聖地で皆に自慢が出来る」と答えた。
「アハハ、そんな大げさな。
騎士ヨルダンは何処まで使えるんだ?」
「はい、今年剣士免状を授かりました」
「その歳で……失礼だが若く見えるが幾つだ?」
「19です」
それを聞いてボグマスは目を丸くした。
「俺だって21歳で許されたのに……」
それを聞いたストリアムが「勝った、俺は20だ」と答えた。
ストリアムはさらに言葉を続ける。
「俺の門下生から数年以内にソードマスターを出す。
まぁ……こいつだ。
ボグマス、こいつを可愛がってくれよ」
「ああ、分かった」
「後、本格的に戦士を集めて行かないといけない。
戦死した聖騎士も多くて、聖騎士団は領地が余っている状態なんだ。
ガチで本当に聖職者になるつもりがあるなら、誰でも腕っぷし一つで騎士に成れる。
むしろこのままこの国でくすぶりたくないと思う奴なら、誰でも参加して欲しい位だ。
その事に興味がある人間が居たら(王都の)バルザック邸の俺を尋ねるように言ってくれ」
「ああ、分かった」
「もちろん小姓でも従士でも良いんだ。
将来が楽しみならだれでも構わないからな」
ストリアムはそれを言うと、ヨルダンを連れてこの場を離れた。
その背中を見送るボグマスは「あのラリーが……」と呟いて、俯いた。
剣術大会9歳の部は波乱を幾つも巻き起こしながら、試合を次々と終えて行く。
そして行われた決勝。
これが今年最後の大きな話題を世間に提供する事になった。
決勝の舞台、昨年準優勝だったベイルワース・アイルツは、目の前の剣士に追い込まれる。
もう既に一本を取られている。
2本先取で勝ちが決まるこの状況下で、ベイルワースはもがくように剣を振るっていた。
……それほど実力が違っている。
「はぁ、はぁ……」
相手は少年達の中では高めの身長、あえて身に着けたとしか思えない、汚れた鎧……
面頬の奥にはここからでも分かる端正な顔立ち。
だけどその目の奥には“殺してやる”という怖気を振るうような殺気が漲る。
「ち、ちくしょう!」
それにつられて踏み込んだベイルワース。
ところがその切っ先を自身の剣の根元で抑え込んだ相手が、そのままバインドさせたまま剣を頭の側面に掲げ、切っ先を相手に向ける。
滑かに移行した牡牛の構え。
てこの原理が働き、切っ先の剣では、相手の剣の根元の動きを抑える事が出来ない!
そしてそこから繰り出される刺突、右側頭、そしてさらに剣を押して、相手の切っ先を押し切り、今度は頭の左に剣を滑り込ませて突く。
巻き、第1・第2の動き。
ガッシャーン
激しい音を立て、兜を砕くほどの衝撃がベイルワースの左側頭から貫く。
後ろ倒しに倒れるベイルワース。
そのまま昏倒した彼は、3本目の試合に挑むことなくこのまま医務室へと運ばれた。
裁杖を持った審判が、それを見て勝ち名乗りを上げた。
「勝者、フィラン!」
フィランはその声を聴くと大きく拳を天に掲げ、そして次に兜を脱ぐと、その端正な顔を皆に晒した。
その容姿の美しさに目を奪われる少女達、そして我らがボスを讃える同じ学校の後輩……
会場は興奮が渦を巻く。
今年の剣術大会をすべて圧勝で飾り、一本たりとも土をつけなかったこの天才剣士が美しくもあり、何より本物の王子だったからだ。
「にいニャーん!にいニャーん!」
貴賓席でその様子を見ていた茶虎の長毛種のネコが、人間の言葉でフィランを呼ぶ。
フィランはネコと、その傍らでニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる男を見て、急いで貴賓席まで駆け寄った。
王子がこっちまで走ってきたので、そこに座っていた他の貴賓達は驚く。
それを無視するようにフィラン王子が「お兄様っ!」と、人の悪そうな笑みを浮かべる男をそう呼んだので、周囲の貴賓達は更にビックリした。
この人の悪そうな笑みを浮かべる男こそ、ラール・アルバルヴェ公爵の王太子リファリアスだと分かったからだ。
二人はそんな周囲の目を気にする事なく、親しく話し込む。
「兄様なんでこの席に居るのですか?
貴族は別の席が用意されていますよ」
「ああ、どうも警備主任が口うるさい奴でな、俺がルーベン(猫)を連れていきたいと言ったらだめだと言ったんだ。
じゃあこっちでいいやと思ってこっちに来たのさ」
「よく許しましたね」
「許す訳ないだろ“なら帰る”と言って、こっちに来たのさ。
そうそうフィンもレグシドンもいるぞ」
「ああ、そうなんだ。
ソレよりもどうでしたか?」
「お前の剣か?」
「ええ……」
「そうだな、気になる事があってな。
実はお前の剣は……」
「はい……」
「相当上手いじゃないか!
あーはっはっはっ!」
そう言ってリファリアスは、会場と貴賓席を遮る壁の上から手を伸ばし、やや乱暴にフィランの頭を撫で回した。
彼はそのまま「じゃあ俺は屋敷に戻る、そしてお前の為に宴会を開いてやる。お父様も呼んで楽しくやるから知らせを待てよ」と言って猫を抱えて歩き去った。
茶虎のネコは悲しげな声で、それに抵抗するように言った。
「にいニャンの所に行きたい!」
「後だ後!それより干し鱈をやるから大人しくしろ!」
「本当?大にいニャン大好きぃ」
「わははは、お前本当に現金な奴だな!」
大変機嫌がよさそうに疾風の様に現れては消えたリファリアス。
フィランはその様子を、楽しそうに見送った。
◇◇◇◇
―その日の夕方、リファリアス王太子邸。
「わーっはっはっはっ!」
ホリアン2世は息子の意外な才能の開花に大笑いが止まらなかった。
その笑い声を聞きながら、いつか自分もああいう風に笑うのか?と思ったフィラン王子は、引きつった笑みを浮かべてその様子を見ていた。
そんな父親の隣では、これまた父親とよく似た笑い方で兄も笑っている。
……血筋を感じる。
リファリアス王太子の屋敷に集まったのは王と王后、そして祖母と兄、そして自分。
更に意外な所でボグマスとホーマチェット伯。
さらに言うとホーマチェット伯の息子のイリアンと、学友のイリアシド……通称シドが呼ばれている。
その中でホリアン2世は、初めてボグマスに打ち明けた。
「いやボグマス……最初お前をフィランの剣の師にするとグラニールから聞いた時、私は全く期待していなかったのだ」
「は、はい……」
そう思うのは当然だろうな……
そう思ったボグマスが畏まって答えた時、隣で王妃が「あなた違います、グラニールが息子の剣の師にすると言ったので、フィランも混ぜたんです」と言った。
その言葉に拍子抜けしたボグマス。
それを聞いて妻に向かってとぼけた表情を見せた王は「ああ、そうだったか?」と呟き、その様子におもわず笑う王妃の顔を、つるりと撫でた。
その後、彼はボグマスに向き直りこう言った。
「まぁ良い、期待はしていなかったが嬉しい方に誤算が働いたのだ」
「……それは恐縮です」
そう答えたボグマスにホリアン2世は頷いてこう言葉をつづけた。
「息子が小さい頃は泣き虫だし、本ばかり見て他人と喋らないしで……」
次の瞬間威厳のある声で母親である王太后が「陛下、もうおやめなさい」と言った。
次の瞬間黙るホリアン2世。
怖いもの知らずの彼が、この世でただ一人恐れる存在がこの母親なのだ……
いきなり水を打ったような静けさに覆われた宴会の席。
この空気を何とかしたいと思ったホーマチェット伯が「ま、まぁ王太后様、今日はめでたい席ですので……」と口を挟んだ。
すると王太后が威厳のある声で言った。
「べレウス(ホーマチェット伯の名前)や。
お前は私に意見できるのかえ?」
「……できません」
即答で返すホーマチェット伯。
それを聞いたホリアン2世は「だからお前はグラニールより宛てにならんのだ」と呟いた。
この茶々(ちゃちゃ)に対してキレ気味になって王太后は叫んだ!
「陛下っ!」
その声に顔をしかめ、背を震わせるホリアン2世。
「はい……なんでしょうかお母様?」
あまり関わりたくないなぁ……
と言う心の声が良く聞こえるような表情で、伺いを立てた王に、王太后は激怒して叫ぶ!
「ええい腹立たしい!
そこに居直れやっ、その頬を引っぱ叩いてくれよう!」
王もココは慣れたもので、ホーマチェット伯に顔を向けると、ホトホト困り果てた、とでも言いたげな表情でこう言った。
「ああ、もううるさいなぁ。
ホーマチェット!グラニールを呼んで来いっ。
アイツの頬は私の頬だ!」
次の瞬間ドッと皆が笑いだした。
こうして王太后の怒りはうやむやになり、宴が進む。
話される内容は多岐にわたり、特に話されたのが若き日のグラニールと、ホリアン王の昔は本当に悪かった武勇伝である。
特に王太后は愚痴が止まらなく、イリアシドとフィランに向かって「殿下たちは、陛下の真似等一切しませんように!」と厳命していた。
そしてその口から語られる王の若かりし頃のお話し。
グラニールが空を飛んで王太后の前で、湖に飛び込んだ事件とか。
貴族の可愛い娘を見たさに、二人で敷地に不法侵入して逃げ去った事件。
ホリアン2世の父親が大事にしている置物を、二人で金箔を貼って別物にした事件等々。
色々信じられない話がボンボン飛び出した。
「何回グラニールを王宮から追い出そうと思ったか!」
プリプリ怒りながら叫ぶ王太后。
その怒りを聞きながら、なんとかその機嫌をなだめようとするホリアン2世は、母を抑えるようにこう言った。
「ま、まぁいいじゃないですか母上。
子供がやった事ですし……」
たしかにそうだが、実はこれらの事件は殆どホリアン王がグラニールにやらせた事である。
この様に王がグラニールに対し弁護?をしていると、王太后が腹立たし気に言った。
「まったくです、陛下が“グラニールが居なければ私は退屈なあまり、死ぬしかありません!”と言うから無事だったのですよ」
「そ、そうですね。ご配慮に感謝いたします、母上……」
ホリアン2世としてはいらぬ地雷を踏みしめたと思いながら、機械的に頷く。
その内、彼は母親が見て無い所で“もう、うんざり……”と言いたげな表情をホーマチェット伯に見せた。
「陛下、どうしましたか?」
それを見咎める王太后、ホリアン2世は「いえ、別に……」と答えた。
グラニールが居ない少年時代……そりゃあ王にとっては退屈なものになる。
グラニールが居ないならどうやってイタズラをすればいいと言うのか……
まぁ馬鹿正直にそんな事を言っても怒られるだけなので、王は話を変えるために、こう話を母親に切り出した。
「そう言えば母上もグラニールを可愛がっていたではありませんか」
そう王に問いかけられると、王太后も昔を思い出したのか、表情を急に変え、打って変わって優しげな表情でこう言う。
「ええ、グラニールの、あの濡れそぼった子犬の様な目で『申し訳ありません……』と言うのを聞くと、不思議と許せてしまうんです。
あれにはああいう才能があります」
それを聞くとホリアン2世は、我が意を得たりと言った表情でこう答えた。
「そうです、私のグラニールは可愛い奴なんです」
それを聞く王太后は、柔らかい苦笑いを浮かべると、嬉しそうにこういった。
「まったく、お前たち二人ときたら……
まぁグラニールは子供の頃は手を焼かせましたが、大きくなったら最も信頼できる家臣の一人になりました。
あの頬を何千回も叩きましたが、他の子は叩いた事も無い頬ですし、アレは私にとって特別な頬でしょうね……」
グラニールに対する特別な思いを、微笑みながら語る王太后。
……まぁ、特別な思い、イコールビンタではあるが、彼等の中では美しい思い出なのである。
グラニールの思いとは裏腹に……
因みにフィランは隣で(ラリーの頬も叩いた気が……)と思った。
もちろん口には出さない……
宴はこうして王太后の圧倒的なパワーによって支配され、一体何の宴だったのか分からなくなるほど盛り上がる。
とは言え大人たちの昔話と言うのは、関係がない子供たちにとっては退屈極まりないモノばかりだ。
子供の為に開いた宴を、大人の昔話の坩堝に変えてしまった人達を尻目に、フィランはイリアンやシドを連れたって、バルコニーに向かった。
外に出ると冬の外気で早速息が白じみ、それぞれの口からもうもうと煙が立ち上る。
……年の終わりを感じさせる冬の景色。
見下ろす庭にわずかな霜が降り、バルコニーの手すりが、ガラス片をまぶした様にキラキラと輝いた。
その中でフィランが「寒いね……」と呟く。
それを聞いたイリアンが「ええ、寒いです」と答えた。
フィランはその中で話を始めた。
「……来週も狩りに行こう」
シドがそれを聞いて溜息交じりに言った。
「殿下、ゴブリン狩りは控えた方が……」
「控えないよシド。
今日の試合を見ただろ?あれが狩りの成果だ。
やっぱり命を懸けてやらないとダメなんだ。
死ぬか生きるか、その世界に身を置かないと、剣に命が宿らない……」
シドは首を振って黙り込む。
それを隣で聞いていたイリアンが、王子と一緒になってシドを説得するように語り掛ける。
「シド、僕もそう思う。
それに狩りは楽しい、今年は僕も4位にまで来た。
こんなに早く、そして簡単に剣が強くなれるんだもの。
これまで正直剣はソコソコでいいやと思ったけど、現在は合理を追うのが楽しいんだ」
「まぁ、確かに僕もそう思うけど……」
シドは承服しかねて、言葉を濁す。
フィランが言った。
「シド、何が心に引っかかるんだ?」
シドは躊躇いながら答えた。
「ラリーを倒すためにこんな事をするのはおかしいと思う。
だってアイツは何もしていないよ?
友達だよね……ラリー」
『…………』
フィランとイリアンはそれを聞くと黙った。
身じろぎ一つしない彼らの口元で、上がる煙だけが動きをもたらす。
やがてフィランが言った。
「ラリーは今でも友達だ」
「だったら……」
「でも彼はそれ以上に僕たちの宿敵なんだよ!
ラリーは強い、この前帰ってきたときのラリーを見てどう思った?」
「どうって?」
「勝てると思った?」
「あ、まぁ……強くなったな、と」
「あのままじゃ勝てないよ、僕らは束になってもラリー一人に……
悔しくない?
だってみんな同じ日に習い始めて、そして彼は僕らの学校を立ち去った。
それにラリーはね、もう他所の剣術学校の生徒なんだよ。
僕は裏切られた気分だ……」
「だけど仕方がない……」
「理由の話をしているんじゃない。
ラリーが悪いとも、嫌いだとも言ってない。
シド、僕らの学校は何処だ?」
「……王立魔導大学付属剣術学校です」
「そうだ、そしてラリーの剣術学校は何処だ?」
「ガーブウルズの”狼の家”です」
「そういう事だよ。
僕らは後輩にどんな先輩なんだと教えるべきだい?
狼の家から来たと言われたら、ひたすら頭を下げる様なそんな先輩で終わるのか?
違うよ、シド。
僕らはいかにして、この学校の剣士が、奴らよりも優れた剣士なのかを後輩に伝えるんだ。
ただ心も無くエラそうな態度で終始した、あの騎士共が集まる剣術学校を見た時、僕はそう決心したんだ!
だから“チリ少年剣士団”だって作った。
いいかシド、僕らの剣は常に一番を目指さなければ駄目なんだ!
それがこの学校の存在証明であり、この学校の伝統になるんだ。
他所の生徒になったラリーは、好き嫌いの問題ではなく、友達、友達じゃないの区別も無く、ただひたすらに敵なんだよ!
僕は皆がラリーを敵だと思っていないのが不満だ!」
「あ、ああ……」
「いいか、僕は本気で来年“白銀の騎士”になる……
それはつまり、僕はラリーを斬り倒し、この国一番に成るという事だ……
ラリー及び、狼の家は今後僕らの敵なんだ。
シド、僕は間違ってるか?」
シドは黙ってフィランの目を見た。
熱意と信念に満ちた目の光。
それを見ながらシドもまた、熱意に満ちた目でうなずいて答えた。
「理由が分かりました殿下」
「分かったか!」
横で聞いていたイリアンも、目に熱意と涙を浮かべてフィランに言った。
「僕もです殿下」
3人は握手し、そして互いに抱擁しながらフィランの熱意に従う事を誓った。
◇◇◇◇
―同じころ、ガーブウルズ“狼の家”
刺突が上手くいかない事をゴッシュマに相談したラリーは、剣の訓練を辞めさせられた。
彼が次に学んだのはダガー術である。
「いいかラリー、ダガーは刃物を持ったレスリングだ。
お前が悩んでいるのは戦い方に幅が無いからだ。
何故幅がないのか?
それはお前が剣を振るう事しか考え無いのが原因だ。
俺は口がボグマスほどうまくねぇ……
お前は2週間、剣は禁止だ。
他の戦い方を体に染み込ませて体の使い方を覚えろ。良いなっ!」
ラリーは(なぜそうなる?)と疑問を感じたが逆らう事なく「はい」と答えた。
それを聞きゴッシュマが満足そうに頷いて言った。
「良し来い!」
ボグマスと違ってきちんと口で教えるタイプでもないゴッシュマの教えは、分かりにくかった。
そしてただひたすらに実戦的である。
習う剣も戦場で使うモノばかり……
斬ると見せかけて突く、バインドと見せかけて刻撃。
遠くに身を置いたかと思うと、飛び込む。
抑えた瞬間剣を掴んでハーフソードに持ち込み、剣取り。そう思わせておいて流し目斬りと……
とにかく様々な手数を見せて、常に相手に選択肢を与え、何を選択させるべきかで困惑させる。
罵声と共に教える、勇気がなければ使えない技の数々。
最初は抜身の剣を掴むなど、とても怖くてできるものではないと思った。
ところが、ゴッシュマはその事に恐怖を感じる事を許さない。
ゲラルドの心に、より強い暴力的な恐怖を加えて、抜身の剣を手に握らせる……
そして体捌き。
武術の基本として格闘術であるレスリングを重んじ、そして熱心に教えるゴッシュマ。
時間を割いて刺突を教わる時も、その教えは苛烈を極める。
「もっと早く突け!
そしてもっと早く剣を引け!
剣を握り込め!握力が無くなったかっ!」
「くっ、ああああああっ!」
ラリーは叫び、そして足を前に出す。
汗だくになって剣をかざし、相手の腕の位置、足の形から次の一撃を予想する。
それに合わせて掴み、そして投げ、あるいは斬り、あるいは突いて、刻撃する。
「息を止めたまま、車輪の様に剣で攻撃し続けろ!
呼吸をしながら斬った突いたは出来ねぇぞ!」
「ハイッ!」
ラリーは必死だった、何もかもを忘れてひたすらに剣に自分の全てを込める。
木人を斬り、練習相手を斬りつける。
相手はいつも年上ばかりで、しつこいからと嫌われもした。
それでも相手を突き貫き、相手の剣を奪って刻撃する。
相手の方が技量は上の場合が多い。
だけどどんなに痛めつけられても、ラリーは立ち上がり、剣を構える。
体格が劣っても投げ飛ばそうと掴みかかる。
野生を剥き出して、戦うラリー。
その目の向こうにはいつも“母無し子”の姿があった。
ま・た・あ・う。
最後に奴が残した言葉が、脳裏に絶えず響いた
(来るなら来いよ、クソゴブリン!)
アレより強い野生動物になる。
雪と極寒の荒れ地のガーブで、ラリーと言う野生はますます牙を鋭くさせ、そして爪を益々(ますます)尖らせる。
ラリーは鬼気迫る勢いで毎日の練習を戦い続けた。
ゴッシュマはそんなラリーだけをじっと見た。
見ていると自分の胸にも、かつてと同じく剣への思いが滾る。
粗削りで、剥き出しの殺気を抑える術も分からない、凶暴で可愛い子狼。
何度気絶しても立ち上がり、自分よりも上の人間に挑み続ける生意気なラリー。
一日一日確実に強く、そして腕を上げるラリーの姿に時折涙が浮かんだ。
そんな日々を過ごすラリーだが焦りがあった、それは“撓め斬り”の練習が出来ない事だった。
テキストはある、だがそれを実践する相手が見つからないのだ。
宛てにしていた友人のジリからの返事は、常に色の悪い返事で、ラリーの希望に沿うものではない。
結果3カ月も彼は“撓め斬り”を練習相手に試せず、蝋板の中に描かれた、その型を空に躍らせる、そんな時間だけが過ぎて行った……
さてそんなある日の事、冬も厳しくなるとガーブウルズでは温泉で暖を取る人が急激に増える。
そして“狼の家”にも温泉が併設されている。
ガーブウルズ自体が温泉地なので、様々な施設に温泉が併設されているのは決して珍しくない。
ここの温泉もその一つで、練習場に併設されていると言う事もあり、練習終わりに汗を流してから帰る者が多い。
ゲラルドもそれに漏れず、練習終わりに一緒に練習していたジリを誘って温泉に向かった。
そして彼は湯船の中で懲りずにこの話を持ち掛ける。
「なぁ、ジリ。練習に付き合ってよ」
例の“撓め斬り”の練習の事である。
ジリは(またか……)と思い、うんざりした顔で言った。
「だから無理だって!
だってお前と練習するといつまでも終わらないじゃん」
これは事実である、練習馬鹿の彼に付き合うと永遠に練習する羽目になる。
「そんな事無いよ」
さっくり嘘をつくラリーに、ジリは首を振って断った。
「いいや信じない、金貨で謝礼を貰えるって言うけどさ、それに見合わない。
それにラーナが心配で家を空けたくはない」
それを聞いたゲラルドは「はぁ」と悲しげな溜息を吐くしかなかった。
するとそんな彼等に、同じ湯船につかっていた男が声を掛けた。
「練習に付き合うと謝礼が貰えるのか?」
ジリとゲラルドがふと声を上げた方を見ると、そこにはガストン・カルバンが居た。
「あれ、アンタ久しぶりに見たな。
ワースモン一味が今帰ってきているのか?」
ジリがそう言うとガストンは湯船のお湯で顔を洗いながらこう言った。
「そうじゃない、そうじゃない。
連中とつるんでも良い事が無いから抜けてきたんだ。
今はもうガーブを飛び回ってゴブリンを皆殺しにはしてないよ」
「へぇ。
最近じゃゴブリンがどこにも居なくなったと評判だから、それで連中帰って来たのかと思った」
ジリの言葉にガストンは笑い、そして被りを振るう。
「連中はアホなのさ。
今やゴブリンはガーブから逃げ出して、別の場所に行ってしまった。
その中に紛れて“母無し子”も逃げたんだと思うけど、連中はそれをかたくなに信じようとはしない。
鹿だって危険だと思えば逃げるのに、ゴブリンは逃げないと思っているのが逆に驚く。
先週なんて幾らゴブリンを殺したと思う?
3匹だけだぞ!
もうアイツらにはついて行けない、俺は降りる事にした。
まだ“母無し子”を斬るのは諦めてないが、今年の冬はもう無理だろう。
かと言って今から傭兵になろうとしてもなれる訳でもないし、仕事を探しているんだ。
そこの坊ちゃん……え―と名前は?」
ガストンはゲラルドの名前をすっかり忘れたらしい、そこでラリーは「ラリーと言います」と答えた。
ガストンは「あれ、そう言う名前じゃないよね?」と言った後「まぁいいか」と呟いて、ラリーに尋ねた。
「君はエウレリアの息子だからここではお坊ちゃんなんだよね。
練習に付き合うとバルザック家から金貨がもらえるの?」
ラリーはこの話を聞きながら(さてどうしたモノか……)と考えた。
そしてジリは?と言うと……(コイツに面倒を押し付けよう!)と思った。
ラリーはこう答えた。
「バルザック家からはお金は出て無い、全部自分のお金です」
「ふーん」
ここでジリはこう言葉を繋げた。
「だけどラリーは親父が金持ちだから、良い報酬を出せるぞ!」
その言葉を聞きラリーが咎めるように言った。
「お前なんて事を言うんだよ!」
「だけど事実じゃん、こいつは俺よりも強いかもしれないぞ」
「そうは言ってもさぁ……」
そう言ってラリーも考え込む、ジリはそんなゲラルドの隣で、ガストンに向かって“お金タップリ”と言うジェスチャーをして見せた。
興味を深げに、二人の様子を眺めるガストン。
ゲラルドはこの流れに思わずため息を吐き。
そして意を決してガストンに尋ねた。
「秘密を守れますか?」
「ああ、構わないよ。
ただし報酬次第かな」
ジリはその言葉を聞きながら静かにウンウンと頷く。
その様子を恨めし気に見ながらゲラルドはガストンに尋ねた。
「報酬……何が欲しいです?」
回りくどい事せずに、直球で尋ねたゲラルドに、ガストンは自嘲気味に笑いながら言った。
「お金が本当になくてね、旅の垢を落とす為だけにわざわざ宿屋の内風呂ではなく、こんなむさい宮殿(狼の家)に来たのさ。
本当、くだらない奴の下についてゴブリン狩りなんかするんじゃなかったよ。
……報酬か、食いものと寝る所、後何よりお金が欲しいな」
随分と厚かましいお願いである、聞いたジリは眉をひそめてガストンの顔を見た。
そしてラリーは……目を輝かせた。
「朝早い仕事ですけどいいですかね?」
ジリはゲラルドの言葉にビックリである、だけど話がまとまるならそちらの方が良いと思い、ニコニコ笑いながら高速で頷く。
「へ、寝る所も用意してくれるの?」
こんな厚かましいお願いに、気前の良い返事が返ってきたことに、ガストンはびっくりした。
それを見たゲラルドは、ニタァと気味の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「ええ、ついでに言うと毎月金貨が4枚出せます」
「4000サルト?」
「ええ、4000サルトです」
これを聞いてテンションが上がったのはガストン・カルバンである。
「寝る所もあって4000サルトなんて良い仕事だ、月給がパン屋の2か月分じゃないか!」
「しかも食事もつきます!」
「いいのか?俺は冗談で言ったんだぞ」
「大丈夫です、いい仕事です。
因みにガストンさん、剣術の腕はどれほど……」
「武装免状はもってる。
まぁ剥奪されたがな、今は何もない……」
「ほう、武装免状持ち……
それは良いですね、この仕事免状はいらなくて、その実力があればいいので……」
「へぇ、なんかいい話には裏がありそうだな」
「まぁ、正直言うと拘束時間は長いです。
だけど、そこまできつくはない」
「そうか、まぁ嫌になったら逃げだせばいいな」
ラリーはそれを聞きながらニコニコと微笑み、そして内心ではこう思っていた。
(逃がさないよ、逃げたらペッカーにお願いしてお前を追い詰めて行くからな……)
それぞれの剣術修行がいよいよ激しさを増していく。
少年たちに残された猶予は一年間だった。
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