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俺の騎士道!  作者: 多摩川
少年剣士修行編
68/147

幕間 ―冬日

淡雪(あわゆき)()る日に旅立(たびだ)った、ガルボルムをゲラルドが見送ってから半月(はんつき)ほどが()った。

ガーブウルズの男達が『ご当主(とうしゅ)(さま)(みやこ)()いただろうか?』と話し合う中。

毎年の事だが、男達が(いっ)(かく)千金(せんきん)目指(めざ)して、貴族同士の水利権争いやら、抗争、敵討(かたきう)ちの代理人等々の(あら)っぽい仕事をするべく、故郷(こきょう)のガーブ地方を後にした。


……ただし、今年は、この連中(れんちゅう)例外(れいがい)である。




「居たか?」

「いや、全部(ぜんぶ)普通(ふつう)のゴブリンだ……」

「クソッ、また空振(からぶ)りか!」


(あた)りに散乱(さんらん)するゴブリンの死体、それを一つ一つ抜身(ぬきみ)の剣を()らしながら、5人の男達が確認(かくにん)する。

彼等は剣を、ゴブリンの脇腹(わきばら)()して、死んでいるかどうかを(たし)かめたり、(また)はその死体を(さわ)りたく無いので、棒代(ぼうが)わりに使って死体の向きを変えたりしている。


「ガストン!」


この男達の中でリーダー格の男が、若い男の名前を呼んだ。


「ガストン、この中に“母無し子”とやらに似た奴は居るのか?」


ガストンは(つか)れた表情(ひょうじょう)を横に()り「いや、居ない……」と答えた。


「いよいよ手掛(てが)かりが()ぇな……

同じ苗床(ははおや)から()まれたゴブリンが居れば、(やつ)()く先は見当(けんとう)もつきそうだが……」


ガストンはそれを聞きながら思った。


何度(なんど)()ったら分かるんだ。

奴は()れない!

何があったかは知らねぇが、奴は自分が所属(しょぞく)していたゴブリンを皆殺(みなごろ)しにしたんだぞ)


事実は誰も知らないが“(はは)()()”が、集団生活を営むゴブリンの中では(めずら)しく単独(たんどく)で動いているのは周知(しゅうち)の事実である。

そしてかつて彼が所属(しょぞく)していたゴブリンの集団は全滅(ぜんめつ)している。

当然(とうぜん)犯人(はんにん)も彼だろうと、(みんな)状況(じょうきょう)証拠(しょうこ)から推測(すいそく)をしていた。

だがそれを言っても目の前の男は聞き入れない。

ガストンはこのリーダー格の男に(かろ)んじられていた。

(ゆえ)にガストンの意見は聞かれる事すらない。




……何事(なにごと)にも原因(げんいん)がある。

それを(ほど)く前に、まずはガストン・カルバンと言う男について紹介(しょうかい)しよう。


ガストンは没落(ぼつらく)したとはいえ、バルザック家の分家(ぶんけ)である、カルバン家の人間だった。

カルバンと言う没落した家名(かめい)、そしてその御曹司(おんぞうし)であるガストンと言う名前には、ガーブの男は多くの可能性(かのうせい)(かん)じる。

なぜならガストンは、もし将来的(しょうらいてき)にガルボルムがカルバン家の領地(りょうち)継承(けいしょう)、ないし復活(ふっかつ)を認めたら彼はたちどころに領主(りょうしゅ)に成れる資格(しかく)があるからだ。

つまり彼は、ガーブでは(まぎ)れもない名門の家の子なのである。

もちろん今はそのカルバン家の旧領(きゅうりょう)を、ガストンが継承する可能性は0に近い。

しかし有力者である叔父(おじ)のワタレル・ワーマロウも健在(けんざい)だし、カルバン家の復活を(のぞ)む、カルバン家に仕えていた旧家臣(きゅうかしん)は多い。

そして失職中(しっしょくちゅう)旧家臣(かれら)はガストンが復活すれば、(ふたた)び家臣に(もど)れると信じていた。

もちろんそれだけではなく、ガストンの復活が(かな)った(あかつき)には、その(ため)協力(きょうりょく)した者もそのおこぼれにあずかるだろう。

だから(おお)くの男があわよくば自分もその栄誉(えいよ)にあずかれる一人に……と希望した。

なので潜在的(せんざいてき)に彼を助けたいと、考える人間は非常に多いのだ。


そんな生まれ持った力を有し、自身も剣の(うで)に自信があったガストンは、復讐(ふくしゅう)よりも家の再興(さいこう)を希望する。

ここの(うら)事情(じじょう)を説明すると、父のハギタルはガルボルムの毒殺(どくさつ)(はか)って、(ぎゃく)にガルボルムに処刑(しょけい)された。

そしてガストンは復讐を(あきら)める誓約(せいやく)を、母と共に女神とガルボルムに立てたのである。

そうしないと彼もまた処刑されていただろう。

神に立てた誓約は非常(ひじょう)(おも)い。

これを(やぶ)る者は、その後アルバルヴェではまともな人間として(あつか)われる事は無く、また女神フィリアも(ばつ)(あた)える。

故にガストンは復讐を(あきら)めたのだ。


ガストンは成人(せいじん)するまで母の弟である、ワタレル・ワーマロウの後見(こうけん)を受けて成長した。

そしてついに(ひと)り立ちを目指(めざ)し、あの日マスターワースモンとの会見に(のぞ)んだのである。

ところが、彼の人生が(つまづ)くのは知っての(とお)りココからだった。


……さて話を今の時間に(もど)そう。

ワースモンの残党(ざんとう)とも言うべき一味(いちみ)と行動を共にするガストンは、今となっては名誉(めいよ)を失いつつあった。

……リーダー格の男が、カルバン家のこの血筋(ちすじ)の力を使って、ガストンが集団を仕切(しき)るのではないか?と、警戒(けいかい)したのだ。

さらに言うと感情的にも上手くいかない、二人はソリが合わない。

意見を受け入れず、(つね)敵対的(てきたいてき)なこの抑圧者(よくあつしゃ)に、ガストンも面白(おもしろ)くない。

こうしてこれらの理由(りゆう)(あい)まって、(たが)いに(たが)いの事が気に入らなくなった。




「チッ、ぐずぐずしていると他の奴がマスターの(かたき)を取っちまう……」


リーダー格の男はそう言って焦燥(しょうそう)を、その顔色として表に出した。

そこでガストンはダメ(もと)で口を開いた。


「このままゴブリン集団の情報(じょうほう)と、単独(たんどく)で動いているゴブリンだかオークだかの情報を同時に集めるのは()めないか?

単独で動くゴブリンの情報を集めたら……

(たと)えば明らかにゴブリンの野営(やえい)(あと)だけど、複数(ふくすう)が使ったとは思えない……」


ガストンが何かを言い()えない内に、リーダー格の男が「ンな事は分かっているんだガストン!」と(さけ)んだ。

思わず首をすぼめて(だま)るガストン。

リーダー格の男が、(いか)りの(こも)った声で()き捨てた。


「いいか、そう言うはぐれモノも追うが、集団も追うんだ!

ゴブリンが()れで動くのは常識(じょうしき)だ。

また連中同士で私財(しざい)を物々(ぶつぶつ)交換(こうかん)しているのも分かってるよな?

棍棒(こんぼう)薬草(やくそう)交換(こうかん)しているんだぞ?

だったら集団も(のが)さず()えば手掛(てが)かりがあるだろうが。

頭を使え、おつむが(ぼっ)ちゃんじゃ使(つか)えねぇぞ、ったく、使えねぇ野郎(やろう)だ……」

「だ、だけど……」

「黙れガストン!

俺がココを仕切ってるんだ!

俺がリーダーだ!

のぼせるんじゃねぇぞ、()ちぶれたボンボンがッ!」


それを聞いたガストンは、顔色を変えて立ちすくむ。

その(わき)を通りリーダー格の男が、(ほか)連中(れんちゅう)を引き連れて去っていく。

こうしてゴブリンの死体が散乱(さんらん)する場所(ばしょ)に残されたガストン。

(だれ)()なくなったゴブリンの野営地で、彼は(なみだ)を流した。


(なさ)けない……

なぜ俺はここまで(はずかし)めを()けねばならないのだ?」


ガストンはこれまでの経緯(いきさつ)()(かえ)る。

チャンスを与えられた彼の運命が暗転(あんてん)しだしたのは、ソードマスターワースモンの死がきっかけだった。

ソードマスター、ワースモン・コルファレンの死は、多くの剣士にとって衝撃(しょうげき)動揺(どうよう)を与える。

そしてそれは(あら)たな対立(たいりつ)火種(ひだね)となった。


……ついでにその事も説明する。

ワースモンは傭兵団(ようへいだん)経営(けいえい)していた。

そして子供は居るが女で、しかも(けん)才能(さいのう)は無い、その(ため)跡継(あとつ)ぎにするには少し問題(もんだい)があった。

となると野心家(やしんか)の集まりである、彼の弟子達の多くが、この傭兵団の跡継ぎとなることを(のぞ)んだのだ。

するとワースモンの娘が「父の(かたき)を取った方に、この傭兵団を譲渡(じょうと)します」と、言った。

彼女としては父の仇を取ってくれればとの思いから言い出した事だが、()()えれば運と実力があれば誰でも後継者(こうけいしゃ)になれるという事になる。

彼女とすれば父の仇である“母無し子”を見逃(みのが)したく無かった。


彼女の判断(はんだん)は正しいかもしれない、(いく)有名(ゆうめい)な“母無し子”だと言っても、このゴブリンは(おんな)子供(こども)(おそ)わない。

だからこの”母無し子”は、剣士やハンターにとっては(まぎ)れもない災厄(さいやく)だが、実はそれ以外の人にとっては脅威度(きょういど)(ひく)いのである。

(ぎゃく)農村(のうそん)では普通(ふつう)のゴブリンの(ほう)討伐(とうばつ)優先(ゆうせん)させた。

コッチの普通のゴブリンは、女と子供を(おそ)うからである。

だから多くのギルドも本腰(ほんごし)()れたいとは思う案件(あんけん)ではない、生存圏(せいぞんけん)(かぶ)ったことで接触(せっしょく)頻発(ひんぱつ)し、実際(じっさい)被害(ひがい)も出たハンターギルドだけが“母無し子”討伐に血眼(ちまなこ)なのである。


なのでワースモンの娘は事件(じけん)風化(ふうか)し、父の仇を()(もの)が居なくなり“母無し子”が自然(しぜん)()する事を(おそ)れた。

ワースモンの娘は思った、この重要度が低い、恐るべき実力の持ち主である”母無し子”をだれも見向(みむ)きもしなくなるのでは?と……

そして、その事は十分(じゅうぶん)あり()る事だった。

誰だってソードマスターを討ち取るような怪物(かいぶつ)と戦いたくはない、ましてや緊急度(きんきゅうど)が低いとなればなおの事だ。

ガーブの女は名もなき娘とは言え過激(かげき)だ、彼女は(あい)する父の墓前(ぼぜん)に“母無し子”の首を(ささ)げる事を望む。

そして、先程(さきほど)の『父の仇を取った方に……』と言う宣言(せんげん)へと(つな)がるのだ……


さてそんな跡目(あとめ)(あらそ)いに(いど)弟子(でし)(たち)の中に、後継者(こうけいしゃ)にふさわしいと目される何人かの凄腕(すごうで)の剣士が居る。

ワースモンが居た頃は彼等(かれら)の存在が傭兵団の力だったが、後継者争いとなった時はそれが混迷(こんめい)原因(げんいん)となった。

……誰が跡を()いでもおかしくなかったからだ。

その為彼等はいくつかのグループに分かれ、そして(たが)いに協力(きょうりょく)するのでは無く、互いに足の()()()いを始めた。

そして始まったのがガーブ全土(ぜんど)()らばって行われたゴブリン()りで、皆がゴブリンの目撃(もくげき)情報(じょうほう)を聞くと一斉(いっせい)に動いて、現地に辿(たど)り着くなりゴブリンへの虐殺(ぎゃくさつ)を始める。


ガストンもまた、自分の立身(りっしん)を考えて、このゴブリン狩りに参加(さんか)した。

ところが今見て(いただ)いたようにガストンは、人間関係的に()()まる。

最初は“母無し子”の姿(すがた)を見た数少(かずすく)ない人間だという事で、リーダー格の男に厚遇(こうぐう)されたが、今となってはそれが(うそ)のようだ。

もちろん、彼がただ一人の生き残りで……しかも戦いの最中(さいちゅう)気絶(きぜつ)し、子供の奮闘(ふんとう)のおかげで助かったと言う、戦士としては致命的(ちめいてき)汚名(おめい)がくっついたのも理由の一つだ。

見くびられた彼は、(くわ)えてカルバン家だという理由も付随(ふずい)し、今日(こんにち)苦界(くかい)のような世界に身を置く。

さらに最近(さいきん)では、これらに加え大きな不満(ふまん)が、ガストンの胸の内を占めるようになる。


……ズバリお金の不満だ。

今やっている仕事と言えば、(かせ)ぎの良い傭兵業を(ほお)()して、経費(けいひ)ばかりが掛かるゴブリンハントである。

しかも、傭兵団を引き継ぎたい男達が、ボスの仇討(あだう)ちと言う美名(びめい)()いしれ、野心(やしん)に身を()がしている。

問題はそれに見合(みあ)報酬(ほうしゅう)が、その活動に従事する者達にあるのか、と言う事だ。

……(こた)えを言うと無い。

ゴブリンは一匹(いっぴき)(たお)して銀貨2枚にしかならない。

それなのに旅や武具(ぶぐ)、その他もろもろの(つい)えは、傭兵に参加(さんか)しているのと(おな)(くらい)()かる。

そしてワースモンの部下だったリーダー達は全員、当然(とうぜん)の様にその分の働きに対して、賃金(ちんぎん)保証(ほしょう)はしなかった。

……傭兵業は何処(どこ)まで行っても、自己(じこ)管理(かんり)の世界なのである。


ましてや場所は極寒(ごっかん)の地であるガーブ。

凍傷(とうしょう)の為の医療費(いりょうひ)燃料費(ねんりょうひ)など、他所(よそ)では、必要のない経費が掛かる。

……(わり)()わない。

そう思っていたガストンはふと脳裏(のうり)に、まだ若い二人の少年の姿が思い返された。


どうやらバルザック本家に(つら)なる血筋(ちすじ)だったらしい、血塗(ちまみれ)れで剣士らしい目をした背の高い少年と、その相棒(あいぼう)(まわ)りを(こま)かく目で観察(かんさつ)していた背の小さな少年。

特にあのクタクタで土埃(つちぼこり)にまみれた背の高い男の子は、剣士らしい(ほこ)りに()ちた目で、ガーブウルズに向かう夜道(よみち)を見つめていた。

その光景(こうけい)が頭をよぎる。


(あの子達は元気だろうか?

どうやら(しお)街道(かいどう)勇者(ゆうしゃ)ゴッシュマの知り合いみたいだし“(おおかみ)(いえ)”の剣士だろう。

ガーブウルズに帰ったら“狼の家”でも(たず)ねてみるか。

(ひさ)しぶりに様子(ようす)が見たい……)


ガストンはそう思うと、思わず溜息(ためいき)()いた。

……自分にはない目の光。

……少なくとも、戦いの最中気絶していた自分と比べれば、自尊(じそん)(しん)()らぐことも無かったのだろう。

()()ぐさが、やけに印象的(いんしょうてき)だった。

あの日、自分は彼等に()()を感じていた。

背の低い少年は特にそんな俺を(にら)んでいたように思う。俺の心を感じ取ったのだろう……

輝くような彼等と、くすみ切った自分との差に、今更(いまさら)だが心が滅入(めい)る。

こんな時、決まって脳裏をよぎるのが父を失った事で暗転(あんてん)してしまった自分の人生だ。

叔父のワタレル・ワーマロウに(やしな)われて、自活も出来ない不甲斐(ふがい)ない自分。

ガストンはそんな自分を振り返り、(あらた)めて自分を叱咤(しった)した。


「このままじゃだめだ、俺がダメになる!

のし上がるんだっ。

しっかりしろ、ガストン。

カルバン家復興がお前の目的だろう!

その為に何が必要なんだ!」


(あた)りに()らばるゴブリンとその血の(にお)いに(つつ)まれ、やがて彼は一つの結論(けつろん)を胸に抱いた。


「俺があのゴブリン(母無し子)を殺せばいい……」


そうすれば傭兵団が手に入る。

成り上がるきっかけとしては十分に思えた。

しかしそれはどうすればそれが出来るのか、全く分からない結論である。

実現味(じつげんみ)がない話を思いついたと思って、後悔(こうかい)するガストン。

彼は頭を振ると、より現実味(げんじつみ)のある計画を考えようとした。

しかし何も思いつく事は無い、ただしこのまま行ったらどうなるのかの予想(よそう)はついた。


「今日も、そしてこれまでの様子を見ると……

アイツ(リーダー)が“母無し子”を殺しても、俺に何の(むく)いも寄越(よこ)さないだろうな」


恐らくそれは間違いない。

その(ぐらい)分別(ぶんべつ)はさすがにつく。

そんな未来を創造(そうぞう)し、ガストンは苛立(いらだ)ちを心の中で(ふく)らませながら(のろ)いの言葉を吐いた。


「あの野郎、俺を(あなど)りやがって。

今に見てろよ……

この次ガーブウルズに帰還(きかん)したら、その時アイツと別れてやる。

あんな奴らと一緒に居るより、一人で動いたほうが絶対に良いしな。

うん、そうしよう……」


別れると言うアイデアは、思えば思うほど素晴(すば)らしいモノの様に思える。

彼らが(そば)に居るだけで、今や苦痛(くつう)仕方(しかた)がない。

とは言え、今抜けると言えば、彼等の事だからガーブの雪原(せつげん)(ほう)り出されると思った。

そこで、しばらく彼は隠忍(おんにん)自重(じちょう)する事を決めた。

流石(さすが)に冬のガーブの雪原に放り出されて、一人で生きぬことは難しい。

しばらくは不愉快(ふゆかい)な思いに、歯を食いしばって()えようと、ガストンは思った。


◇◇◇◇


―その3カ月後、アルバルヴェ王国王都セルティナ。


今年も終わり、新年を(むか)える頃になった。

アルバルヴェ王国王都の少年剣士は、この時期(じき)(もっと)(いそが)しい。

何故(なぜ)なら剣術の大会が開かれるからだ。

剣術大会9歳の部、来年“白銀(はくぎん)騎士(きし)”を目指(めざ)す王都の少年剣士は、このタイトル保持者(ほじしゃ)が決勝戦の相手を(つと)める事が多い。

故に9歳の部は、毎年剣術の関係者の注目(ちゅうもく)()びる。


そんな会場に、バルザック男爵家(だんしゃくけ)(つか)える騎士(きし)のストリアム・ガスカランがやってきた。

彼は(とし)(わか)いが危険な匂いを(ただよ)わせる、たれ目の剣士を引き連れていた。

そんなお付きの剣士に、ストリアムが話しかける。


「ああ、あの子良いねぇ」


ストリアムは何処(どこ)かルーズな口ぶりで、すれ違った少年剣士の体つきを見て感想(かんそう)()べた。


「マスター、あの子にも声を掛けますか?」

「ああ、とりあえず試合(しあい)を見てからかな?

()れて行った後で、アレは使えねぇとか言われると大変だからさ。

本当、アイツらにこの苦労(くろう)()ってもらいたいよね……」


そう言いながらストリアムは素早(すばや)く少年達の様子を見て、チェックをする。


「ああ、ヨルダンすまないけどさぁ。

あの学校、あの黄色い(はた)の学校、あの学校の子たちで次男三男で、有望(ゆうぼう)なの見といて」

「長男はいらないんですか?」

庶子(しょし)だったらいいけど嫡子(ちゃくし)はいらない。

だって聖地で戦争してまで成り上がらないでしょ?

やる気がない子は、いらないんだよねぇ」

「分かりました……」

「んあぁ、じゃあよろしく……」


そう言うとヨルダンと呼ばれた、たれ目の青年剣士は蝋板(ろういた)鉄筆(てっぴつ)をもって指定(してい)された場所に向かった。

その様子を見送りながら、ストリアムは思った。


(それじゃあ、俺はバルツ剣術学校のベイルワース君でも見に行くかぁ)


彼は、足早に9歳の部の会場に足を向ける。

辿り着くと想像以上に観客(かんきゃく)が多かった。

貴族の為の学校である王立魔導大学付属剣術学校と、騎士の子弟の通う名門校のバルツ剣術学校の旗が多い。

両校の人気の高さが伺える。


(へぇ、ボグマス成り上がったなぁ)


誕生(たんじょう)して間もなく4年に()ろうという若い剣術学校は、名門貴族と言うあまり武張(ぶば)った印象(いんしょう)のない子弟(してい)(たち)を取り込んで、急速(きゅうそく)勢力(せいりょく)()ばしていた。


「気合を入れろ、良いかっ!」


そんな子供達を叱責(しっせき)している少年が、ストリアムの目に留まる、顔立(かおだ)ちが(ととの)った(すさ)んだ目の少年……


勝利(しょうり)()えた目をした子だ……)


……将来(しょうらい)有望(ゆうぼう)そうな若者に見える。

早速(さっそく)スカウトしたくなったストリアムは「庶子だったら良いなぁ」と(つぶや)きながら、(くわ)しい事情(じじょう)()くために、魔導大学付属校の生徒を(つか)まえて(たず)ねた。


「ああ、悪い。ボグマスは何処かな?」

「え、どなたですか?」

「俺の事?」

「…………」


生徒は(だま)って(うなず)いた。

ストリアムはニヤッと笑うと「ストリアムが来たって言ってくれたらいいから」と()げる。

生徒はそのままどこかに消え、しばらくするとボグマスが現れた。


「ストリアム!」

「いよぉボグマス、久しぶりじゃん」

「何しに来たんだ?

言っとくけどウチは無理だからな」

「アハハ、何がだよ……」

「昨年からお前が若い子を(つか)まえて聖地(せいち)に送るって評判(ひょうばん)なんだぞ」

「ふん、別に悪い事をしている訳じゃない」


ストリアムはボグマスにそう指摘(してき)されて不機嫌そうに答えた。


「それにボグマス、俺はこの国でくすぶっている、戦いしか生きる(すべ)が分からない連中に、活躍(かつやく)の場を与えているんだ。

国がそいつらを暇人(ひまじん)にしてアル(ちゅう)(アルコール中毒(ちゅうどく)、つまり()(ぱら)い)に(つく)()えるしかしてないんだから、俺がしたことは感謝(かんしゃ)されてしかるべきだろ?」

「だからと言って聖地は……」

半島(マウリア)統一(とういつ)戦争(せんそう)なら良くて、聖地ならダメなのか?

どっちも戦争だろ?」

「うーん……」

「まぁいいや、俺は口論(こうろん)をしに来たんじゃない。

お前の所に庶子の子は居るのか?」

「ストリアム」

「聞いただけだ、居なきゃ居ないで良い」

「全員嫡子だ、皆王子にお近付(ちかづ)きになりたいと親が願ってる」

「王子は誰?」

「ああ、あのさっきから皆を叱咤(しった)してる子だ」

「ああ……」


ストリアムはがっかりした、一番よさそうな子が一番聖地に来そうにない身分だからだ。


「あの子は宗教(しゅうきょう)興味(きょうみ)はある?」


ダメ元で聞くと、ボグマスは溜息を一つ吐くと、ストリアムを残して立ち去ろうとする。


「待てよボグマス、もう聞かねぇから」

「……俺に何の用だ」

「ああ、ドイド様からの指令(しれい)が来た」

「それを先に言え……」

「ああ、聖地で苦戦が続いている。

もっと多くの戦士が必要になった」

「……ああ」

「お前も人攫(ひとさら)いをするか、自分が聖地に行くかだ」


ストリアムがそう言うと、ボグマスは顔をしかめて「聞きたくなかった……」と呟いた。

そんなボグマスにストリアムが、普段(ふだん)と全く違う真剣(しんけん)眼差(まなざ)しを向けた。


「ラドバルムスは想像(そうぞう)以上(いじょう)勢力(せいりょく)を伸ばしている。

そしてまだ影響(えいきょう)は出て無いけど、ヴァンツェル・オストフィリア国とダナバンド王国との戦争の結果が余波(よは)として来る。

もうその兆候(ちょうこう)が聖地全土を(おお)っているんだ。

ヴァンツェルはもう、(むかし)の様に聖地諸国を支援(しえん)はしない。

かと言ってダナバンドも戦争が続いて財政的(ざいせいてき)(きび)しい、聖地の支援が出来(でき)(くに)自体(じたい)が今やアルバルヴェしかないんだ」

「はぁ……」

「それと、それに関係した事だが。

ラリー君の修行先(しゅぎょうさき)が決まったぞ」

「は?何を言っているんだ」


聖地とゲラルドの関係を言われて首を(かし)げたボグマス。

ストリアムは「あの子は聖地で小姓(ペイジ)になる」と答えた。

目を見開(みひら)くボグマス。

ストリアムは言った。


「ついこの前までガルボルム様が意識(いしき)を失っていたのは知ってるよな?」

「ああ……」

「バルザック家の()有地(ゆうち)(の一部)を化粧領(けしょうりょう)として、エウレリア様に与える話を()めていたんだけどさぁ。

財産(ざいさん)()(あた)えるにあたって決裁者(けっさいしゃ)が決裁できない状態(じょうたい)だったから、俺達はガーブに帰らず聖地のドイド様に(うかが)いを立てたんだよ。

すると返事がこの前来て、エウレリア様ではなくラリー君に渡したほうが良いって手紙にあった。

ただし、聖地で自分がそれに相応(ふさわ)しいかどうか見たいってさ。

で話がややこしくなったんだけど、ガルボルム様も意識を取り戻しただろう?

するとドイド様にお伺いを立てた事で、バルザック家の決裁者の命令が二つになる可能性が出ちゃったのよ。

まぁ幸いにもガルボルム様もドイド様の希望(きぼう)沿()うと答えてくれたけどさ……

さらにややこしくなったのがエウレリア様で、(もら)えるもん貰えなくなったのだからカンカンになると思ったのさ。

ところがそれを見越(みこ)したガルボルム様が、()(ごと)が生まれる前に、(たす)(ぶね)を出したんだ……」

「どんな助け舟だ?」

「エウレリア様にガルボルム様が言った。

もしもラリーがマスターと成れる剣士なら“狼の家”を(ゆず)ると……」

「ラリーが?」

「ああ、我々聖騎士流の次期当主に今最も近い。

エウレリア様もそれなら化粧領(けしょうりょう)(ごと)きに執着(しゅうちゃく)はしない、息子の為に良しなにと言った」

「そうか、あのラリーが……」

「ああ、だから今修行先を最も厳しく、そしてその師には本当の実力者を当てようとしている。

まずは14歳までは小姓としてドイド様が育てるそうだ」

「ああ、あの子は完全にバルザック家の一員(いちいん)になるんだな」

「そういう事だ、違和感(いわかん)があるよな」

「いや無い……」

「え?」

「あの子は、アルローザン様によく()てる。

あの子は紛れもなく“北の狼”に成れよう。

今はまだ未熟(みじゅく)粗削(あらけず)りな少年剣士に過ぎないがな……

ただ剣を()めないか?とたまに思う。

……早熟(そうじゅく)な剣士は()れるのも早い」

「考え過ぎだろ。

それに、それなら娯楽(ごらく)なんか遠ざけて、サッサと聖地に送ってしまったほうが良いと思うぜ」


そう話していた時、遠くから一人の剣士が話し込む二人の(そば)に帰ってきた。

……あのたれ目の剣士だ。


「ヨルダン、仕事が早かったな」

「はい、知り合いの剣士が居たので相談(そうだん)したところ、この手紙を渡してくれと。

そこに全部書いているそうです」


ストリアムはそう言うと手紙を受け取り、中に書いてある内容(ないよう)を見て言った。


「ああ、アイツが細かくもう見ているね。

分かった、これで良いわ、ありがと」


ボグマスはその様子を(いぶか)()に見る、ストリアムはそんなボグマスの表情を見ると「何、見ないで」と笑いながら言った。

ヨルダンはそんなボグマスを見ながら、ワキワキと手を(うれ)しそうに動かしながらストリアムに言った。


「マスター、この方もマスターですか?

私に紹介(しょうかい)してくださいよ」

「ええ、どうしよう」

「そこを何とか」

「アハハ、まぁしょうがないか。

ボグマス、こいつはヨルダン。

今年聖騎士になったばかりのヨルダン・ベルヴィーンだ。

ヨルダン、マスターボグマスに挨拶(あいさつ)して」


(うなが)されたヨルダンは(てのひら)を服で(ぬぐ)うと「ヨルダンです、お初にお目にかかります」と言って握手(あくしゅ)を求めた。


「王国の騎士を(つと)めるボグマス・イフリタスだ。

ソードマスターだよろしく」


握手を返すボグマス。

ヨルダンは嬉しそうに「合理(ごうり)のボグマスと知り合えたのは嬉しい、聖地で皆に自慢(じまん)が出来る」と答えた。


「アハハ、そんな大げさな。

騎士ヨルダンは何処まで使えるんだ?」

「はい、今年剣士免状を授かりました」

「その歳で……失礼だが若く見えるが幾つだ?」

「19です」


それを聞いてボグマスは目を丸くした。


「俺だって21歳で許されたのに……」


それを聞いたストリアムが「勝った、俺は20だ」と答えた。

ストリアムはさらに言葉を続ける。


「俺の門下生から数年以内にソードマスターを出す。

まぁ……こいつだ。

ボグマス、こいつを可愛がってくれよ」

「ああ、分かった」

(あと)本格的(ほんかくてき)に戦士を集めて行かないといけない。

戦死(せんし)した聖騎士も多くて、聖騎士団は領地(りょうち)が余っている状態なんだ。

ガチで本当に聖職者になるつもりがあるなら、誰でも腕っぷし一つで騎士に成れる。

むしろこのままこの国でくすぶりたくないと思う奴なら、(だれ)でも参加(さんか)して()しい(くらい)だ。

その事に興味(きょうみ)がある人間が居たら(王都の)バルザック(てい)の俺を(たず)ねるように言ってくれ」

「ああ、分かった」

「もちろん小姓でも従士(じゅうし)でも良いんだ。

将来が楽しみならだれでも(かま)わないからな」


ストリアムはそれを言うと、ヨルダンを連れてこの場を離れた。

その背中を見送るボグマスは「あのラリーが……」と(つぶや)いて、(うつむ)いた。




剣術大会9歳の部は波乱(はらん)(いく)つも()()こしながら、試合(しあい)を次々と終えて行く。

そして行われた決勝。

これが今年最後の大きな話題(わだい)を世間に提供(ていきょう)する事になった。


決勝の舞台(ぶたい)、昨年準優勝だったベイルワース・アイルツは、目の前の剣士に追い込まれる。

もう(すで)に一本を取られている。

2本先取で勝ちが決まるこの状況下(じょうきょうか)で、ベイルワースはもがくように剣を振るっていた。

……それほど実力が(ちが)っている。


「はぁ、はぁ……」


相手は少年達の中では高めの身長、あえて身に着けたとしか思えない、(よご)れた(よろい)……

(めん)(ぽう)の奥にはここからでも分かる端正(たんせい)な顔立ち。

だけどその目の奥には“殺してやる”という怖気(おぞけ)を振るうような殺気(さっき)(みなぎ)る。


「ち、ちくしょう!」


それにつられて踏み込んだベイルワース。

ところがその切っ先を自身の剣の根元で抑え込んだ相手が、そのままバインドさせたまま剣を頭の側面(そくめん)(かか)げ、切っ先を相手に向ける。

(なめら)かに移行(いこう)した()(うし)の構え。

てこの原理が働き、()(さき)の剣では、相手の剣の根元(ねもと)の動きを(おさ)える事が出来ない!

そしてそこから()()される刺突(しとつ)、右側頭、そしてさらに剣を押して、相手の切っ先を押し切り、今度は頭の左に剣を(すべ)り込ませて突く。


巻き、第1・第2の動き。


ガッシャーン

(はげ)しい音を立て、(ヘルム)(くだ)くほどの衝撃(しょうげき)がベイルワースの左側頭から貫く。

後ろ倒しに倒れるベイルワース。

そのまま昏倒(こんとう)した彼は、3本目の試合に(いど)むことなくこのまま医務室(いむしつ)へと運ばれた。

(さい)(じょう)を持った審判(しんぱん)が、それを見て勝ち名乗りを上げた。


「勝者、フィラン!」


フィランはその声を()くと大きく(こぶし)(そら)(かか)げ、そして次に兜を脱ぐと、その端正な顔を(みな)(さら)した。

その容姿(ようし)の美しさに目を(うば)われる少女達、そして我らがボスを(たた)える同じ学校の後輩……

会場は興奮(こうふん)(うず)()く。

今年の剣術大会をすべて圧勝(あっしょう)(かざ)り、一本たりとも(つち)をつけなかったこの天才剣士が美しくもあり、何より本物の王子だったからだ。


「にいニャーん!にいニャーん!」


貴賓席(きひんせき)でその様子を見ていた(ちゃ)(とら)長毛(ちょうもう)(しゅ)のネコが、人間の言葉でフィランを呼ぶ。

フィランはネコと、その(かたわ)らでニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべる男を見て、急いで貴賓席まで駆け寄った。

王子がこっちまで走ってきたので、そこに座っていた他の貴賓達は驚く。

それを無視するようにフィラン王子が「お兄様っ!」と、人の悪そうな笑みを浮かべる男をそう呼んだので、周囲の貴賓達は(さら)にビックリした。


この人の悪そうな笑みを浮かべる男こそ、ラール・アルバルヴェ公爵(こうしゃく)(おう)太子(たいし)リファリアスだと分かったからだ。

二人はそんな周囲の目を気にする事なく、親しく話し込む。


「兄様なんでこの席に居るのですか?

貴族は別の席が用意されていますよ」

「ああ、どうも警備(けいび)主任(しゅにん)が口うるさい奴でな、俺がルーベン(猫)を連れていきたいと言ったらだめだと言ったんだ。

じゃあこっちでいいやと思ってこっちに来たのさ」

「よく許しましたね」

「許す訳ないだろ“なら帰る”と言って、こっちに来たのさ。

そうそうフィンもレグシドンもいるぞ」

「ああ、そうなんだ。

ソレよりもどうでしたか?」

「お前の剣か?」

「ええ……」

「そうだな、気になる事があってな。

実はお前の剣は……」

「はい……」

相当(そうとう)上手(うま)いじゃないか!

あーはっはっはっ!」


そう言ってリファリアスは、会場と貴賓席を(さえぎ)る壁の上から手を伸ばし、やや乱暴にフィランの頭を()(まわ)した。

彼はそのまま「じゃあ俺は屋敷に戻る、そしてお前の為に宴会(うたげ)を開いてやる。お父様も呼んで楽しくやるから知らせを待てよ」と言って猫を(かか)えて歩き去った。

茶虎のネコは悲しげな声で、それに抵抗(ていこう)するように言った。


「にいニャンの所に行きたい!」

「後だ後!それより()(だら)をやるから大人しくしろ!」

「本当?(おお)にいニャン大好きぃ」

「わははは、お前本当に現金な奴だな!」


大変機嫌がよさそうに疾風(しっぷう)の様に現れては消えたリファリアス。

フィランはその様子を、楽しそうに見送った。


◇◇◇◇


―その日の夕方、リファリアス王太子邸。


「わーっはっはっはっ!」


ホリアン2世は息子の意外(いがい)才能(さいのう)開花(かいか)に大笑いが止まらなかった。

その笑い声を聞きながら、いつか自分もああいう風に笑うのか?と思ったフィラン王子は、引きつった笑みを浮かべてその様子を見ていた。

そんな父親の(となり)では、これまた父親とよく似た笑い方で兄も笑っている。

……血筋(ちすじ)を感じる。


リファリアス王太子の屋敷に集まったのは王と王后、そして祖母と兄、そして自分。

更に意外な所でボグマスとホーマチェット伯。

さらに言うとホーマチェット伯の息子のイリアンと、学友(がくゆう)のイリアシド……通称(つうしょう)シドが呼ばれている。

その中でホリアン2世は、初めてボグマスに打ち明けた。


「いやボグマス……最初お前をフィランの剣の師にするとグラニールから聞いた時、私は全く期待(きたい)していなかったのだ」

「は、はい……」


そう思うのは当然だろうな……

そう思ったボグマスが(かしこ)まって答えた時、隣で王妃(おうひ)が「あなた違います、グラニールが息子の剣の師にすると言ったので、フィランも()ぜたんです」と言った。

その言葉に拍子抜(ひょうしぬ)けしたボグマス。

それを聞いて妻に向かってとぼけた表情を見せた王は「ああ、そうだったか?」と呟き、その様子におもわず笑う王妃の顔を、つるりと()でた。

その後、彼はボグマスに向き直りこう言った。


「まぁ良い、期待はしていなかったが嬉しい方に誤算(ごさん)が働いたのだ」

「……それは恐縮(きょうしゅく)です」


そう答えたボグマスにホリアン2世は頷いてこう言葉をつづけた。


「息子が小さい頃は泣き虫だし、本ばかり見て他人と(しゃべ)らないしで……」


次の瞬間(しゅんかん)威厳(いげん)のある声で母親である王太后が「陛下(へいか)、もうおやめなさい」と言った。

次の瞬間黙るホリアン2世。

怖いもの知らずの彼が、この世でただ一人恐れる存在がこの母親なのだ……

いきなり水を打ったような静けさに覆われた宴会の席。


この空気を何とかしたいと思ったホーマチェット伯が「ま、まぁ王太后様、今日はめでたい席ですので……」と口を挟んだ。

すると王太后が威厳(いげん)のある声で言った。


「べレウス(ホーマチェット伯の名前)や。

お前は私に意見できるのかえ?」

「……できません」


即答(そくとう)で返すホーマチェット伯。

それを聞いたホリアン2世は「だからお前はグラニールより()てにならんのだ」と呟いた。

この茶々(ちゃちゃ)に対してキレ気味(ぎみ)になって王太后は叫んだ!


「陛下っ!」


その声に顔をしかめ、背を震わせるホリアン2世。


「はい……なんでしょうかお母様?」


あまり(かか)わりたくないなぁ……

と言う心の声が良く聞こえるような表情で、(うかが)いを立てた王に、王太后は激怒(げきど)して叫ぶ!


「ええい腹立(はらだ)たしい!

そこに()(なお)れやっ、その(ほお)を引っぱ叩いてくれよう!」


王もココは()れたもので、ホーマチェット伯に顔を向けると、ホトホト困り果てた、とでも言いたげな表情でこう言った。


「ああ、もううるさいなぁ。

ホーマチェット!グラニールを呼んで来いっ。

アイツの頬は私の頬だ!」


次の瞬間ドッと皆が笑いだした。

こうして王太后の怒りはうやむやになり、(うたげ)が進む。

話される内容は多岐(たき)にわたり、特に話されたのが若き日のグラニールと、ホリアン王の昔は本当に悪かった武勇伝である。

特に王太后は愚痴(ぐち)が止まらなく、イリアシドとフィランに向かって「殿下たちは、陛下の真似等一切しませんように!」と厳命していた。


そしてその口から語られる王の若かりし頃のお話し。

グラニールが空を飛んで王太后の前で、(みずうみ)に飛び込んだ事件とか。

貴族の可愛い娘を見たさに、二人で敷地(しきち)に不法侵入して逃げ去った事件。

ホリアン2世の父親が大事にしている置物(おきもの)を、二人で金箔(きんぱく)()って別物にした事件等々。

色々信じられない話がボンボン飛び出した。


「何回グラニールを王宮(おうきゅう)から追い出そうと思ったか!」


プリプリ怒りながら叫ぶ王太后。

その怒りを聞きながら、なんとかその機嫌(きげん)をなだめようとするホリアン2世は、母を抑えるようにこう言った。


「ま、まぁいいじゃないですか母上。

子供がやった事ですし……」


たしかにそうだが、実はこれらの事件は(ほとん)どホリアン王がグラニールにやらせた事である。

この様に王がグラニールに対し弁護?をしていると、王太后が腹立たし気に言った。


「まったくです、陛下が“グラニールが居なければ私は退屈(たいくつ)なあまり、死ぬしかありません!”と言うから無事だったのですよ」

「そ、そうですね。ご配慮(はいりょ)感謝(かんしゃ)いたします、母上……」


ホリアン2世としてはいらぬ地雷(じらい)()みしめたと思いながら、機械的(きかいてき)(うなず)く。

その内、彼は母親が見て無い所で“もう、うんざり……”と言いたげな表情をホーマチェット伯に見せた。


「陛下、どうしましたか?」


それを見咎(みとが)める(おう)(たい)(こう)、ホリアン2世は「いえ、別に……」と答えた。

グラニールが居ない少年時代……そりゃあ王にとっては退屈なものになる。

グラニールが居ないならどうやってイタズラをすればいいと言うのか……

まぁ馬鹿正直にそんな事を言っても怒られるだけなので、王は話を変えるために、こう話を母親に切り出した。


「そう言えば母上もグラニールを可愛がっていたではありませんか」


そう王に問いかけられると、王太后も昔を思い出したのか、表情を急に変え、打って変わって(やさ)しげな表情でこう言う。


「ええ、グラニールの、あの()れそぼった子犬の様な目で『申し訳ありません……』と言うのを聞くと、不思議と許せてしまうんです。

あれにはああいう才能があります」


それを聞くとホリアン2世は、我が意を得たりと言った表情でこう答えた。


「そうです、私のグラニールは可愛い奴なんです」


それを聞く王太后は、(やわ)らかい苦笑(にがわら)いを浮かべると、(うれ)しそうにこういった。


「まったく、お前たち二人ときたら……

まぁグラニールは子供の頃は手を焼かせましたが、大きくなったら最も信頼できる家臣の一人になりました。

あの頬を何千回も叩きましたが、他の子は叩いた事も無い頬ですし、アレは私にとって特別な頬でしょうね……」


グラニールに対する特別な思いを、微笑みながら語る王太后。

……まぁ、特別な思い、イコールビンタではあるが、彼等の中では美しい思い出なのである。


グラニールの思いとは裏腹に……


因みにフィランは隣で(ラリーの頬も叩いた気が……)と思った。

もちろん口には出さない……


宴はこうして王太后の圧倒的なパワーによって支配され、一体何の宴だったのか分からなくなるほど盛り上がる。

とは言え大人たちの昔話と言うのは、関係がない子供たちにとっては退屈(たいくつ)(きわ)まりないモノばかりだ。

子供の為に開いた宴を、大人の昔話の坩堝(るつぼ)に変えてしまった人達を尻目(しりめ)に、フィランはイリアンやシドを連れたって、バルコニーに向かった。


外に出ると冬の外気(がいき)早速(さっそく)(いき)(しら)じみ、それぞれの口からもうもうと煙が立ち上る。

……年の終わりを感じさせる冬の景色(けしき)

見下ろす庭にわずかな(しも)()り、バルコニーの手すりが、ガラス(へん)をまぶした様にキラキラと輝いた。

その中でフィランが「寒いね……」と呟く。

それを聞いたイリアンが「ええ、寒いです」と答えた。

フィランはその中で話を始めた。


「……来週も狩りに行こう」


シドがそれを聞いて溜息(ためいき)()じりに言った。


「殿下、ゴブリン狩りは(ひか)えた方が……」

「控えないよシド。

今日の試合を見ただろ?あれが狩りの成果だ。

やっぱり命を()けてやらないとダメなんだ。

死ぬか生きるか、その世界に身を置かないと、剣に命が宿らない……」


シドは首を振って黙り込む。

それを隣で聞いていたイリアンが、王子と一緒になってシドを説得するように語り掛ける。


「シド、僕もそう思う。

それに狩りは楽しい、今年は僕も4位にまで来た。

こんなに早く、そして簡単に剣が強くなれるんだもの。

これまで正直剣はソコソコでいいやと思ったけど、現在(いま)は合理を追うのが楽しいんだ」

「まぁ、確かに僕もそう思うけど……」


シドは承服(しょうふく)しかねて、言葉を(にご)す。

フィランが言った。


「シド、何が心に引っかかるんだ?」


シドは躊躇(ためら)いながら答えた。


「ラリーを倒すためにこんな事をするのはおかしいと思う。

だってアイツは何もしていないよ?

友達だよね……ラリー」

『…………』


フィランとイリアンはそれを聞くと黙った。

身じろぎ一つしない彼らの口元で、上がる煙だけが動きをもたらす。

やがてフィランが言った。


「ラリーは今でも友達だ」

「だったら……」

「でも彼はそれ以上に僕たちの宿敵(てき)なんだよ!

ラリーは強い、この前帰ってきたときのラリーを見てどう思った?」

「どうって?」

「勝てると思った?」

「あ、まぁ……強くなったな、と」

「あのままじゃ勝てないよ、僕らは(たば)になってもラリー一人に……

悔しくない?

だってみんな同じ日に習い始めて、そして彼は僕らの学校を立ち去った。

それにラリーはね、もう他所(よそ)の剣術学校の生徒なんだよ。

僕は裏切られた気分だ……」

「だけど仕方(しかた)がない……」

「理由の話をしているんじゃない。

ラリーが悪いとも、嫌いだとも言ってない。

シド、僕らの学校は何処だ?」

「……王立魔導大学付属剣術学校です」

「そうだ、そしてラリーの剣術学校は何処だ?」

「ガーブウルズの”狼の家”です」

「そういう事だよ。

僕らは後輩にどんな先輩なんだと教えるべきだい?

狼の家から来たと言われたら、ひたすら頭を下げる様なそんな先輩で終わるのか?

違うよ、シド。

僕らはいかにして、この学校の剣士が、奴らよりも優れた剣士なのかを後輩に伝えるんだ。

ただ心も無くエラそうな態度(たいど)終始(しゅうし)した、あの騎士共が集まる剣術学校を見た時、僕はそう決心したんだ!

だから“チリ少年剣士団”だって作った。

いいかシド、僕らの剣は常に一番を目指(めざ)さなければ駄目(だめ)なんだ!

それがこの学校の存在証明であり、この学校の伝統になるんだ。

他所の生徒になったラリーは、好き嫌いの問題ではなく、友達、友達じゃないの区別(くべつ)も無く、ただひたすらに敵なんだよ!

僕は皆がラリーを敵だと思っていないのが不満だ!」

「あ、ああ……」

「いいか、僕は本気で来年“白銀の騎士”になる……

それはつまり、僕はラリーを()(たお)し、この国一番に成るという事だ……

ラリー及び、狼の家は今後僕らの敵なんだ。

シド、僕は間違ってるか?」


シドは黙ってフィランの目を見た。

熱意(ねつい)信念(しんねん)に満ちた目の光。

それを見ながらシドもまた、熱意に満ちた目でうなずいて答えた。


「理由が分かりました殿下」

「分かったか!」


横で聞いていたイリアンも、目に熱意と涙を浮かべてフィランに言った。


「僕もです殿下」


3人は握手し、そして互いに抱擁(ほうよう)しながらフィランの熱意に従う事を誓った。


◇◇◇◇


―同じころ、ガーブウルズ“狼の家”


刺突が上手くいかない事をゴッシュマに相談したラリーは、剣の訓練(くんれん)を辞めさせられた。

彼が次に学んだのはダガー術である。


「いいかラリー、ダガーは刃物を持ったレスリングだ。

お前が悩んでいるのは戦い方に(はば)が無いからだ。

何故幅がないのか?

それはお前が剣を振るう事しか考え無いのが原因だ。

俺は口がボグマスほどうまくねぇ……

お前は2週間、剣は禁止だ。

他の戦い方を体に染み込ませて体の使い方を覚えろ。良いなっ!」


ラリーは(なぜそうなる?)と疑問を感じたが逆らう事なく「はい」と答えた。

それを聞きゴッシュマが満足そうに頷いて言った。


「良し来い!」


ボグマスと違ってきちんと口で教えるタイプでもないゴッシュマの教えは、分かりにくかった。

そしてただひたすらに実戦的である。

習う剣も戦場で使うモノばかり……


斬ると見せかけて突く、バインドと見せかけて刻撃(スライス)

遠くに身を置いたかと思うと、飛び込む。

抑えた瞬間剣を(つか)んでハーフソードに持ち込み、剣取り。そう思わせておいて(なが)()()りと……

とにかく様々な手数(てかず)を見せて、常に相手に選択肢(せんたくし)を与え、何を選択させるべきかで困惑(こんわく)させる。


罵声(ばせい)と共に教える、勇気がなければ使えない技の数々。

最初は抜身の剣を掴むなど、とても怖くてできるものではないと思った。

ところが、ゴッシュマはその事に恐怖を感じる事を許さない。

ゲラルドの心に、より強い暴力的な恐怖を加えて、抜身の剣を手に握らせる……

そして体捌(からださば)き。

武術の基本として格闘術であるレスリングを重んじ、そして熱心に教えるゴッシュマ。

時間を()いて刺突を教わる時も、その教えは苛烈(かれつ)を極める。


「もっと早く突け!

そしてもっと早く剣を引け!

剣を(にぎ)り込め!握力(あくりょく)が無くなったかっ!」

「くっ、ああああああっ!」


ラリーは叫び、そして足を前に出す。

汗だくになって剣をかざし、相手の腕の位置、足の形から次の一撃を予想する。

それに合わせて掴み、そして投げ、あるいは斬り、あるいは突いて、刻撃(スライス)する。


「息を止めたまま、車輪(しゃりん)の様に剣で攻撃し続けろ!

呼吸(こきゅう)をしながら斬った突いたは出来ねぇぞ!」

「ハイッ!」


ラリーは必死だった、何もかもを忘れてひたすらに剣に自分の全てを込める。

木人を斬り、練習相手を斬りつける。

相手はいつも年上ばかりで、しつこいからと嫌われもした。

それでも相手を突き(つらぬ)き、相手の剣を奪って刻撃する。

相手の方が技量(ぎりょう)は上の場合が多い。

だけどどんなに痛めつけられても、ラリーは立ち上がり、剣を構える。

体格が(おと)っても投げ飛ばそうと掴みかかる。

野生を()()して、戦うラリー。

その目の向こうにはいつも“母無し子”の姿があった。


ま・た・あ・う。

最後に奴が残した言葉が、脳裏に絶えず(ひび)いた


(来るなら来いよ、クソゴブリン!)


アレより強い野生(やせい)動物(どうぶつ)になる。

(ゆき)極寒(ごっかん)()()のガーブで、ラリーと言う野生はますます(きば)(するど)くさせ、そして(つめ)を益々(ますます)(とが)らせる。

ラリーは鬼気(きき)(せま)る勢いで毎日の練習を戦い続けた。


ゴッシュマはそんなラリーだけをじっと見た。

見ていると自分の胸にも、かつてと同じく剣への思いが滾る。

粗削(あらけず)りで、()き出しの殺気(さっき)(おさ)える(すべ)も分からない、凶暴(きょうぼう)で可愛い()(おおかみ)

何度(なんど)気絶(きぜつ)しても立ち上がり、自分よりも上の人間に挑み続ける生意気なラリー。

一日一日確実に強く、そして腕を上げるラリーの姿に時折(ときおり)(なみだ)が浮かんだ。




そんな日々を過ごすラリーだが(あせ)りがあった、それは“(たわ)()り”の練習が出来ない事だった。

テキストはある、だがそれを実践(じっせん)する相手が見つからないのだ。

()てにしていた友人のジリからの返事は、常に色の悪い返事で、ラリーの希望(きぼう)沿()うものではない。

結果3カ月も彼は“撓め斬り”を練習相手に試せず、蝋板(ろういた)の中に(えが)かれた、その(かた)を空に躍らせる、そんな時間だけが過ぎて行った……




さてそんなある日の事、冬も厳しくなるとガーブウルズでは温泉で(だん)を取る人が急激(きゅうげき)に増える。

そして“狼の家”にも温泉が併設(へいせつ)されている。

ガーブウルズ自体が温泉地なので、様々な施設に温泉が併設されているのは決して珍しくない。

ここの温泉もその一つで、練習場に併設されていると言う事もあり、練習終わりに汗を流してから帰る者が多い。

ゲラルドもそれに()れず、練習終わりに一緒に練習していたジリを(さそ)って温泉に向かった。

そして彼は湯船(ゆぶね)の中で()りずにこの話を持ち掛ける。


「なぁ、ジリ。練習に付き合ってよ」


例の“撓め斬り”の練習の事である。


ジリは(またか……)と思い、うんざりした顔で言った。


「だから無理だって!

だってお前と練習するといつまでも終わらないじゃん」


これは事実である、練習馬鹿の彼に付き合うと永遠に練習する羽目(はめ)になる。


「そんな事無いよ」


さっくり嘘をつくラリーに、ジリは首を振って断った。


「いいや信じない、金貨で謝礼(しゃれい)(もら)えるって言うけどさ、それに見合わない。

それにラーナが心配で家を空けたくはない」


それを聞いたゲラルドは「はぁ」と悲しげな溜息を吐くしかなかった。

するとそんな彼等に、同じ湯船につかっていた男が声を掛けた。


「練習に付き合うと謝礼が貰えるのか?」


ジリとゲラルドがふと声を上げた方を見ると、そこにはガストン・カルバンが居た。


「あれ、アンタ久しぶりに見たな。

ワースモン一味が今帰ってきているのか?」


ジリがそう言うとガストンは湯船のお湯で顔を洗いながらこう言った。


「そうじゃない、そうじゃない。

連中とつるんでも良い事が無いから抜けてきたんだ。

今はもうガーブを飛び回ってゴブリンを皆殺しにはしてないよ」

「へぇ。

最近じゃゴブリンがどこにも居なくなったと評判だから、それで連中帰って来たのかと思った」


ジリの言葉にガストンは笑い、そして被りを振るう。


「連中はアホなのさ。

今やゴブリンはガーブから逃げ出して、別の場所に行ってしまった。

その中に(まぎ)れて“母無し子”も逃げたんだと思うけど、連中はそれをかたくなに信じようとはしない。

鹿だって危険だと思えば逃げるのに、ゴブリンは逃げないと思っているのが逆に驚く。

先週なんて幾らゴブリンを殺したと思う?

3匹だけだぞ!

もうアイツらにはついて行けない、俺は()りる事にした。

まだ“母無し子”を斬るのは(あきら)めてないが、今年の冬はもう無理だろう。

かと言って今から傭兵(ようへい)になろうとしてもなれる訳でもないし、仕事を探しているんだ。

そこの坊ちゃん……え―と名前は?」


ガストンはゲラルドの名前をすっかり忘れたらしい、そこでラリーは「ラリーと言います」と答えた。

ガストンは「あれ、そう言う名前じゃないよね?」と言った後「まぁいいか」と呟いて、ラリーに尋ねた。


「君はエウレリアの息子だからここではお坊ちゃんなんだよね。

練習に付き合うとバルザック家から金貨がもらえるの?」


ラリーはこの話を聞きながら(さてどうしたモノか……)と考えた。

そしてジリは?と言うと……(コイツに面倒(めんどう)を押し付けよう!)と思った。

ラリーはこう答えた。


「バルザック家からはお金は出て無い、全部自分のお金です」

「ふーん」


 ここでジリはこう言葉を繋げた。


 「だけどラリーは親父が金持ちだから、良い報酬(ほうしゅう)を出せるぞ!」


 その言葉を聞きラリーが(とが)めるように言った。


 「お前なんて事を言うんだよ!」

 「だけど事実じゃん、こいつは俺よりも強いかもしれないぞ」

 「そうは言ってもさぁ……」


 そう言ってラリーも考え込む、ジリはそんなゲラルドの隣で、ガストンに向かって“お金タップリ”と言うジェスチャーをして見せた。

 興味を深げに、二人の様子を眺めるガストン。

 ゲラルドはこの流れに思わずため息を吐き。

 そして意を決してガストンに尋ねた。


「秘密を守れますか?」

「ああ、構わないよ。

ただし報酬(ほうしゅう)次第(しだい)かな」


ジリはその言葉を聞きながら静かにウンウンと頷く。

その様子を恨めし気に見ながらゲラルドはガストンに尋ねた。


「報酬……何が欲しいです?」


回りくどい事せずに、直球(ちょっきゅう)(たず)ねたゲラルドに、ガストンは自嘲気味(じちょうぎみ)に笑いながら言った。


「お金が本当になくてね、旅の(あか)を落とす為だけにわざわざ宿屋の内風呂(うちぶろ)ではなく、こんなむさい宮殿(きゅうでん)(狼の家)に来たのさ。

本当、くだらない奴の下についてゴブリン狩りなんかするんじゃなかったよ。

……報酬か、食いものと寝る所、後何よりお金が欲しいな」


随分と厚かましいお願いである、聞いたジリは眉をひそめてガストンの顔を見た。

そしてラリーは……目を輝かせた。


「朝早い仕事ですけどいいですかね?」


ジリはゲラルドの言葉にビックリである、だけど話がまとまるならそちらの方が良いと思い、ニコニコ笑いながら高速で頷く。


「へ、寝る所も用意してくれるの?」


こんな(あつ)かましいお願いに、気前の良い返事が返ってきたことに、ガストンはびっくりした。

それを見たゲラルドは、ニタァと気味の悪い笑みを浮かべてこう言った。


「ええ、ついでに言うと毎月金貨が4枚出せます」

「4000サルト?」

「ええ、4000サルトです」


これを聞いてテンションが上がったのはガストン・カルバンである。


「寝る所もあって4000サルトなんて良い仕事だ、月給がパン屋の2か月分じゃないか!」

「しかも食事もつきます!」

「いいのか?俺は冗談(じょうだん)で言ったんだぞ」

「大丈夫です、いい仕事です。

(ちな)みにガストンさん、剣術の腕はどれほど……」

武装(ぶそう)免状(めんじょう)はもってる。

まぁ剥奪(はくだつ)されたがな、今は何もない……」

「ほう、武装免状持ち……

それは良いですね、この仕事免状はいらなくて、その実力があればいいので……」

「へぇ、なんかいい話には裏がありそうだな」

「まぁ、正直言うと拘束(こうそく)時間(じかん)は長いです。

だけど、そこまできつくはない」

「そうか、まぁ嫌になったら逃げだせばいいな」


ラリーはそれを聞きながらニコニコと微笑(ほほえ)み、そして内心ではこう思っていた。


(逃がさないよ、逃げたらペッカーにお願いしてお前を追い詰めて行くからな……)




それぞれの剣術修行がいよいよ激しさを増していく。

少年たちに残された猶予(ゆうよ)は一年間だった。


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