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俺の騎士道!  作者: 多摩川
少年剣士修行編
67/147

冬が来る前に……

―ラリーがガーブウルズに帰還(きかん)した翌日(よくじつ)




ママの出産(しゅっさん)が始まった。

何と俺が帰還した翌日陣痛(じんつう)が始まったのだ。

当然だが、あまりにも急な展開に、俺とパパはパニックである。

そんな(なさ)けない俺達(おれたち)とは(ちが)い、バルザック家の方では産婆(さんば)経験(けいけん)のある、使用人(しようにん)のスケジュールを(おさ)えてくれていた。


「いた、(いた)た……」

「ママ、大丈夫!」

破水(はすい)が始まった……

マルキアナに知らせて……」


事情(じじょう)が分からない俺達はママがそう言って苦しんでいるのを見て、アホみたいにオロオロするばかり。

やがてパパは「私が行こうか?」と聞いた。


「あなたはこの家(バルザック(てい)本宅(ほんたく))の(つく)り(間取(まど)り)が分からないでしょ!

痛たたたぁっ!」


パパの親切(しんせつ)罵倒(ばとう)となって返されました。

(いら)つくママの犠牲者(ぎせいしゃ)となった、可哀想(かわいそう)なパパ……

パパは次の瞬間(しゅんかん)、俺に顔を()ける。

うん、俺に行って来いってことだよね。


「マ……お(かあ)(さま)を支えて下さい、叔母(おば)さんの所に行ってきます」


俺がそう言うとパパは(ひたい)(あせ)()かべながら、「ああ……」と言って(うなず)く。


「だ、大丈夫(だいじょうぶ)か、ラリーを(いま)()かせるから」


パパはそう言ってママの手を(にぎ)りしめた。

俺は(はな)れの家を飛び出し、急ぎバルザックの本宅に走る。

途中(とちゅう)炊事場(すいじば)で、ワナウがお(さん)に使うお湯を()かすのを見ながら、俺は勝手(かって)()ったるバルザック邸を、叔母さん(もと)めて走り回った。


叔母は書斎(しょさい)に居た。

俺の話を聞いた彼女は、(すべ)てを(りょう)(かい)していたようで、(いそ)()いた使用人の老婆(ろうば)()()せる。

聞くとこの人は産婆の経験(けいけん)もある、ベテランさんだそうだ。


この老婆を連れて離れの家に戻った時から我が家の長い一日はいよいよ佳境(かきょう)(むか)える。

痛みで(もだ)えるママと、役立たずな二人の男と産婆を()め込み、部屋は新しい命の誕生(たんじょう)(まね)こうと、(はこ)ばれたお湯や、煮沸(しゃふつ)されたばかりの(あたた)かいタオルを(かか)()む。

こうして男爵(だんしゃく)が住むとは思えない、オンボロの離れの一室(いっしつ)で、男の子が生まれた。

(くず)れかけてしまった家族を(つな)いだ、(かすがい)の様な男の子……


「はは、また男の子だ!

女ばかりの()()勢力図(せいりょくず)が変わるなっ」


パパはそう言って、生まれたばかりの子供を()いて大はしゃぎである。

……ああ、パパも女共の横暴(おうぼう)に手を()いていたんだね。

生まれた子供は、早速(さっそく)()くのが仕事とばかりに泣き始める。


「おぎゃぁー、おぎゃ、おぎゃあぁっ!」

「アハハ、ラリーの時はちっとも泣かなかったがお前は(ちが)うなぁ」


パパがここまではしゃぐのは初めて見た。

俺はそれを見ながら(たず)ねる。


「お父様、僕は泣かなかったんですか?」

「ああ、まったく泣かなかったな。

ただし、生まれつすぐに刃物(はもの)()(まわ)したりと……

あの時から、今を彷彿(ほうふつ)とさせたな……」


え?何その(あぶ)ない子。

生まれついてのシリアルキラーみたいじゃん……

これを聞いていた、出産(しゅっさん)したばかりで疲労(ひろう)困憊(こんばい)状態(じょうたい)のママが言った。


「私の部屋の(とびら)を、ナイフを(くわ)えたラリーが叩いたのよ。

あの(とき)(ほど)(おどろ)いたことは今でも()いわ」


そう言うとママはパパをじろりと見た。

パパはスッと目線(めせん)をずらし、そして生まれたばかりの俺の弟を、必死にあやし続ける。

……ああ、パパ俺それ(おぼ)えてるよ。

それミランダ事件の始まりだったよね……

そう思って顔を()せるとママは腹立(はらだ)たし()に「チッ!」と舌打(したう)ちした。

ママは目線一つで男達をビビらす。

思い出におびえ、不逞(ふてい)な夫と息子は委縮(いしゅく)した。


「ラリー、私はあの時本当に心配したのよ」


え、俺?

パパの代わりに怒られてる?

あ、はい……すみません。

とばっちりから(のが)れたパパが、我関(われかん)せずとばかりに弟をあやすのが腹立(はらだ)たしい……


「それでは皆様(みなさま)奥様(おくさま)はお(つか)れですから、男は(みな)本宅(ほんたく)の方へ……」

ここで産婆さんが絶妙(ぜつみょう)なアシストをして、俺達を外へと退出(たいしゅつ)(うなが)した。


「ラリー最後に()っこしてみるか?」


この部屋から追い出される寸前(すんぜん)、パパが弟を俺に差し出した。


「うん……」


パパは静かに微笑(ほほえ)むと、俺の(うで)に赤ちゃんを抱かせる。


「なんか変な(にお)いがする……」

乳臭(ちちくさ)いだろ?赤ちゃんの匂いだよ……」


以前(いぜん)()いだことのある匂い。

生まれる前の記憶がすこしだけ甦った。

赤ちゃんは俺の腕の中がお気に()さないのか、パパの時よりさらに(はげ)しく泣き(さけ)ぶ。

その声を()くと軽い赤ちゃんの体重が、俺をひどく動揺(どうよう)させた。

……(こわ)してしまいそうだ、不安が胸を(おそ)う。


「アハハ、ハイ(ぼっ)ちゃん、(あず)かりますよ。

ほーら良い子良い子、ばぁ」


産婆さんが手慣(てな)れた手つきで弟を預かり、そしてあやす。

俺の時は火が付いたみたいだった弟が、急に大人しくなった。


(すご)い、産婆さん魔法使(まほうつか)いみたい……」


俺がそう言うと魔法使いのウチのパパが、楽しげに笑った。


「アハハ、そう言う魔法の研究(けんきゅう)(おこた)ったのは失敗だったな。

私も産婆にはかなわないか!」


パパのツボがいまいち分からなかったが、パパ的には最高のジョークだったようで、彼はゲラゲラと笑う。

その間に産婆さんはママに弟を渡して、眠そうなママを()に、俺達を押して離れの外に追い出した。


そんな訳で、俺とパパは、(あたた)かい部屋を追い出され、寒空(さむぞら)(ほお)り出される。

パパは(いま)だに笑いを引きずっており「ああ、可笑(おか)しい……」と(つぶや)きながら、ニヤニヤと笑っていた。

やがて彼は寒々(さむざむ)しい景色(けしき)の中で、白い息を(うす)()きながら俺に言った。


「ラリー、ありがとう。

あの子の出産(しゅっさん)()()えた。

あの子は、まるで私が来るのを()っていたかのように生まれたな」

「そうだね」

「名前を考えよう……

シリウスの時はヴァンツェル(帝国(ていこく)への留学(りゅうがく))時代の私の教師(きょうし)から、名前を(いただ)いたんだ。

お前の時はママ(エウレリア)が決めたんだ。

お前の先祖(せんぞ)にあたるゲラルド・バルザックと言う(けん)(せい)が居てな、その(かた)にあやかったのだ。

だからお前の愛称(あいしょう)も最初はその方と同じでゲリィだったんだ」

「あ、それなんか覚えてます。

殿下(でんか)が僕をそう呼んだから変わったんですよね?」


俺がそう言うとパパがびっくりして言った。


「それを(おぼ)えているのか?

(おどろ)きだな……記憶力(きおくりょく)が良いなラリー。

これで魔法が使えたら私の仕事を手伝(てつだ)って(もら)えるんだがな、まぁ天は二物(にもつ)(あた)えないか」

「やっぱ使えた方が良かったかな?」

「魔法か?」

「うん……」

(なや)むことは無い、これも女神フィリアの(おぼ)()しだろ……

やりたい事をやりなさい。

大丈夫だ、お前は私に()ている。

私だって()(どう)の為、そして誰かの為に無謀(むぼう)な事をしてきた。

自分には魔導(コレ)しかないと思ったし、騎士爵(きししゃく)()ぐだけでは無く、もっと上を目指(めざ)していた。

戦争の時代だったから十分(じゅうぶん)チャンスがあると信じても居たしな……

お前には見せた事が無いが、私も魔法なら自信(じしん)があるんだ。

なぁラリー……今こんな話をするのはおかしいが、一つ話しておきたいことがある」

「なんですか?」


パパは、真面目(まじめ)な顔で地面の赤土(あかつち)を見つめながら呟いた。


「私が()()ちしたのを知っているな?」

「うん」


彼の言葉を聞きながら『何故(なぜ)()()ちの話?』と、正直思った。

だが俺は静かに彼の告白(こくはく)に耳を(かたむ)ける……


「シリウスの母親のシオンは、お前も知っているマウーリア伯爵の娘だった。

6歳年上の美しい人で、私にとっては(あこが)れの女性だった。

彼女は若くして前夫(ぜんぷ)死別(しべつ)してな、それで尼僧(にそう)になる予定だったんだ。

それを(なげ)く彼女が可哀(かわい)そうで、陛下(へいか)一緒(いっしょ)になってどうしたら良いのか考えた末に、陛下が私に『留学先に連れて行け』と言った。

それで彼女を連れて、ダレムの山荘(さんそう)から逃げ出したんだ。

今考えると、(まわ)りも考えず行った(ひど)出来事(できごと)だな。本当に……

シオンには苦労は()けたが、留学先で明るく振舞(ふるま)ってくれ、私はかねてから一緒に居たかった人と()らせる幸せを手に入れた。

そしてシリウスも生まれた。

それに、あの日あの決断(けつだん)をしなかったら、未来において陛下を助けられなかった。

マウーリア伯は私の岳父(がくふ)にはならなかった(ゆえ)にな……

本当は尼僧になる予定だった彼女を(うば)い取った私を、伯爵は決して許そうとはしなかった。

何度も、殺されると思ったよ。

だけど私を許して下さった時、彼も陛下の為に手を差し()べて下さるようになった。

……何が言いたいのかを言うと。

大変な目に皆を巻き込んだ私だが、実は今でも後悔(こうかい)はしていない。

私が罪深(つみぶか)いのは重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)だ。

だが後悔はいつも、何もしなかった時に()きるものだ。

だからあれで良かったのだ、私の場合はね。

もちろん、こんな話をマウーリア伯に聞かれたら、今度こそ私は殺されかねないが……」

「…………」

「ただ、苦労を妻に掛けた事は今でも後悔している……そして私は誠実(せいじつ)では無かった」


パパはそう言うと、顔を伏せた。

そして長い溜息(ためいき)を一つ吐くと、顔を上げ俺にこう言った。


「お前は私の悪い所と、ママの良い所を受け継いだ気配(けはい)がある。

若く美しい(ころ)は誰にでもあり、そしてそのころのお前は誠実には生きないかもしれない。

私は今でもそうだが……(あらた)めたい。

用心(ようじん)しなさいラリー、女には特に。

後悔しないように……」


なんと言うフラグ立てるんだよコイツ……

そう思って戦慄(せんりつ)する俺。

そんな俺に彼は言葉を続ける。


「誠実に生きても、生きなくても人は後悔する運命になる。

遊ぶ者はその事が、そうでない者はそうでない事に後悔するのだ。

バランスを取って、(かしこ)く生きろ……

はは、私は子供に何を言っているのか」


パパはそう言って自嘲気味(じちょうぎみ)に笑った。

分かってるなら言わなくていいよ、パパ……

俺はそう思いながらパパの気持ちを()(はか)った。

おそらく今の言葉は俺にも聞かたいが、誰よりもきっと、自分に言い聞かせたい言葉なのだろう。

そう思った俺は、彼の言葉を胸に(きざ)()んだ。


「いえ、お父様ありがとうございます。

この事は(きも)(めい)じます……」


パパは俺のその言葉を聞くと、俺の頭をぐしゃぐしゃとかき乱し「(むずか)しい言葉を知ってるな」と言って微笑(ほほえ)む。


「ラリー、話が色々飛んで何を言うべきか私も見失(みうしな)ったが……

何が言いたいかと言うとだ。

やりたい事をやりなさい、やらずに後悔するくらいなら、やって失敗したほうが良い。

だけど、よく考えないのは問題(もんだい)だ。

そういう者は途中大きな宝物(たからもの)(うしな)う、かけがえのない自分の半分をな……」


そう言った後、彼は思い出を見つめ始めた。

虚空(こくう)の一点を見つめ、そして目に(なみだ)(たくわ)える、浮気者のパパさん。

彼は(ひとみ)の涙を(こぼ)すことは無かったが、それでも強い慚愧(ざんき)(ねん)がその目から(あふ)れ出る。

パパが何に後悔しているかは分からない。

シオンさんの事でも思い出したのかとは思った。


俺は黙ってパパの横に立つ。

そうしていたかった……

俺は(となり)に居る男の背中(せなか)から去りがたく、そして男同士だと……良く分からないながらも胸で呟いた。

あの言葉は親から、そして人生の先輩(せんぱい)からのメッセージである。

男同士の打ち明け話に、なぜか(こころ)()かれて(たたず)み続ける俺。

多分、今日の事は一生忘れないだろうと、そんな予感が胸に刻まれた……




弟の名前が決まったのは翌日だった。

パパは自分が決めるのではなく、ガルボルム叔父(おじ)さんに、名付け親を依頼(いらい)した。

名付け親と言うのは実は重いもので、実の父親と同じ(つな)がりをこの世界で持つ。

そして叔父さんは、実の息子が生まれたらつけようと思っていた名前を、俺の弟に与えた。


名前はローゼス……ローゼス・ヴィープゲスケ。

祖父のアルローザン・バルザックからつけた名前らしい。


ママは大喜(おおよろこ)びである、実家との繋がりが感じられる名前は彼女の気持ちをくすぐった。

こうして始まる赤ちゃんと、二つの家族の暮らし。

ローゼスは泣き、そしてよく眠る。

その様子をママも、そしてマルキアナ叔母(おば)さんもフィリアちゃんも可愛がった。

二つの家の(かすがい)の様に、人の心をその泣き声で繋ぐローゼス。

1週間は、あっという間に過ぎて行く。

その間にも、叔父さんの家でちょっとした事件が起きた。


パパと叔父さんとで、バルザック家の帳簿(ちょうぼ)整理(せいり)した時、大量の使途(しと)不明(ふめい)(きん)発見(はっけん)されたのだ。

叔父さんはさておき、これにブチ切れたのがウチのパパである。

パパは担当者(たんとうしゃ)を呼び出して『貴様らはどれだけ適当(てきとう)な事をしているのか!』罵倒しだした。

『お前らがやっているのは犯罪(はんざい)だぞ!』とか。

『帳簿の中身が合うまでは誰も帰さないからな!』と言う咆哮(ほうこう)がバルザック邸に響き渡る。

パパがあんなにも長い時間(じかん)怒鳴(どな)るのを初めて聞いた俺は、びっくりである。

……やはり戦争の英雄(えいゆう)の一人であるパパは、怒ると(こわ)かったのだ。

とばっちりを(おそ)れ戦々恐々(せんせんきょうきょう)とする俺。


その後、バルザック男爵邸の誰もが、パパを恐れ、敬意(けいい)をもって接するようになった。

見てはいないがパパの横暴(おうぼう)に切れて殴りこみに向かった、剣士(けんし)免状(めんじょう)()ちの騎士がパパの魔法で屋根と同じ高さまで()()んだらしい。

(そら)(たか)くに打ち上げられ、全身(ぜんしん)骨折(こっせつ)させて物理的(ぶつりてき)(だま)り込むバルザック家の騎士。


……パパ、こわっ!


バルザック邸に家臣(かしん)たちは、この事件の後揃(そろ)いも揃ってパパに(うやうや)しく接するようになる。

こうして(さか)らうものを(つぶ)したパパは、どこか(ゆる)かったバルザック邸に鋼鉄(こうてつ)規律(きりつ)もたらした。

……結果、見張(みは)りが屋敷中に張り(めぐ)らされ、脱走(だっそう)が難しくなったバルザック邸。


いやまぁそれでも脱走するんだけどさ、失敗するケースが出始(ではじ)めたんだよね。

あとあの居眠(いねむ)りが得意(とくい)(わざ)の門番。

パパが居る時は起きてやがる、面倒(めんどう)だからお前は寝てていいのに……


そんなある日。

落ち着きを取り戻したバルザック邸では、俺たち家族とおじさんたち家族で、一緒に夕食を取ると言う事になった。

その夕食の席での事だ……

叔父さんのガルボルムが、こんな事を全員に()げた。


「みんなよく聞いてくれ。

来週ラリーを(のぞ)いてみんなで王都に(おもむ)くことになった」


……聞いている俺は目が点である。


「ちょ、ちょっと待ってよ」


俺が(あわ)てて声を上げると、パパが(おだ)やかで押し付けるような声音で言った。


「ラリー、叔父が(しゃべ)っている。

口を(はさ)むんじゃない……」


俺はパパを恐れ「はい……」と言ったきり黙る。

叔父さんは俺によって(さえぎ)られた空気を仕切(しき)り直して、会話を続ける。


「我が家は陛下に引き立てられた家である。

その陛下の(そば)に3年もの間ご伺候(しこう)してないと言うのは、通常あり()ない事だ。

よって私は、まだガーブでやらねばならない事があるが、出来るだけ(すみ)やかに王都に(のぼ)らなければならない。

私はこの国の将軍だ。

そして、将軍としての(つと)めは何よりも重要だと思っている。

またエウレリアの育児(いくじ)も、過酷(かこく)な冬のガーブよりも王都の(ほう)が良いだろう。

残念(ざんねん)だが、ガーブでは生まれてすぐに死ぬ子は、決して(めずら)しくは無い。

ただしゲラルド、お前は残れ……

剣の修業(しゅぎょう)はこの地で行うのだ。

王都は楽しいだろうが、それだけにお前の(けん)()びさせてしまう。

親元から離れる事にはなるが、お前を(ささ)えるものもこの10カ月で出来た。

それならば何の心配も無い。

この“(おおかみ)(いえ)”で修業をせよ。

これは(せい)騎士流(きしりゅう)当主(とうしゅ)としての、私の命令である!」


ああ、(さか)らえないのか……

俺は叔父とパパの目を見て、全てを(さと)る。

もう二人で決めた事なのだ。

元々(もともと)(おう)()で修業する事に反対(はんたい)だった、俺のパパ。

エリクサーを取りに行った際に王都で言われた『ラリー、王は優秀(ゆうしゅう)家臣(かしん)を求めているのだよ……』という言葉を思い出す。

そうなると(ああ、やはり……)と思わざるを得ない。

それを立証(りっしょう)するように隣でパパも、叔父さんの言葉に大きく(うなず)いた。

力なく、肩がだらりとたれる俺。

そしてパパは俺の顔を見て微笑(ほほえ)み言った。


「安心しろラリー。

お前の生活を見る為に、ワナウをこっちに残す。

彼は御者(ぎょしゃ)だから、馬車も残そう。

どうせなら乗馬(じょうば)も教えて(もら)うと良い」


え、それって……厄介(やっかい)(ばら)い。

パパ、まだ御者のワナウを(ゆる)してないんじゃ……


「良かったな、ラリー」


叔父さんが素敵(すてき)な笑顔で俺に、パパの心遣(こころづか)いを受け取るように(うなが)す。


「あ、はい……ありがとうございます」


所詮(しょせん)大人(おとな)は大きな子供である。

その事実を知った俺は、彼を思って悲しく思った。

俺に付き合う事で、都会(とかい)に戻れない可哀想(かわいそう)なワナウ。

大人の事情(じじょう)(きたな)いと思って、彼の為に胸が痛んだ。

10カ月も一緒に居たら(じょう)(うつ)ったのだ。

そんな俺の表情を見た叔父さんが、パパを(かば)(よう)に言った。


「これで一人で雪かきしなくて済む、(うれ)しかろう?ラリー」


え?


「もちろんです!ワナウと一緒で僕は嬉しい!」


やったねワナウ、これで僕らはズッ友だ!

苦労と喜びを分かちあう同志(どうし)を残すと言う、パパのありがたいお言葉に俺は喜ぶ。

……お前だけをヌクヌクとした世界に返すなんて(ゆる)さんからなワナウ、()ちる(とき)一緒(いっしょ)だ!


「うむ、給金(きゅうきん)は引き続き送るから(パパはラリーの(うそ)に乗っかている)、しっかりと修業を終えるのだぞ」

「分かりました!」


俺は元気よくパパに返事をした。


◇◇◇◇


―それから1週間後。




さらに一週間経ち、離れる家族はまだ他にも居た事が分かって来た、ポンテスだ。


「やったぁぁあぁぁぁぁぁ、帰れるぅぅぅ」


おいクソ(ねこ)……語尾(ごび)の“ニャ”はどうした?

この話を聞いた猫は普段(ふだん)を忘れる勢いで喜び、そして涙を流す。


「冬の前に帰れたニャ!ココはあまりにも寒かったニャ」

「おめでとう、ちなみに俺は残るんだが言いたいことはあるか?」

「ざまぁみろニャ……」


この野郎……俺はデコピンの形を指で作り、奴の(ひたい)(ねら)う。

クソ猫は立ち上がり、爪を光らせながら俺に対峙(たいじ)した。


「クソ猫め……俺達は兄弟だ。

お前だけが快適(かいてき)都会(とかい)()らしとは、どうなんだ?」

「先に行ってお前を待つニャ、雪の中でニャーの事を思い出すと()い……」

「落ちるなら一緒だ、ポンテス!」

寝言(ねごと)は寝て言え、小僧(こぞう)!」


こうして俺達は雌雄(しゆう)を決する事に……

スパーン。


「馬鹿やってないで、ラーナちゃんの元にポンテスを連れて行きなさい!」


俺の後頭部(こうとうぶ)を、弟を()いたママがそう言って(たた)いた。

それを見てウチのマイブラザーは「キャッキャッ!」と言って大喜びだ。

……もう目が見えているんだろうか?

叩かれた俺は、ポリポリと後頭部を()いて口を(とが)らすしかない。

そんな俺にママが言った。


「明日には皆ガーブウルズを出て行くのよ。

あなただけを置いていくのは正直心苦しいけど、あなたならきっと大丈夫。

来年の剣術大会まではここで修業なさい」

「分かってるよママ、ポンテスと遊んでただけさ。

じゃあポンテス、ラーナちゃんの所に行こうか」


俺はそう言うとエリクサーが入った袋を持って、ポンテスと共に玄関(げんかん)に向かう。

そんな俺の背中目掛けてママが叫んだ。


「ちゃんと門から出て行くのよ?

壁をよじ登るんじゃないのよ」

「はーい、分かりました」


最近は俺の脱走(だっそう)は壁をよじ登って行う。

()(あな)秘密(ひみつ)(あば)かれたくはなかったからだ。

それに冬でないなら、(かべ)(こお)()いてないので、壁をよじ登って脱走することなど容易(たやす)い。

こうして俺は堂々(どうどう)と門から出て外に向かった。

途中ポンテスが言った。


「怒ってるニャ?」


俺はフッと笑って言った。


「別に。ただ遊んだだけさ。

ポンテス、俺の()わりにローゼスとフィリアちゃんの面倒(めんどう)(たの)むな。

尻尾(しっぽ)ギュって(つか)まれても、決して怒るなよ」

「う、ニャぁ……」

「俺は、修行を()えたら帰って来る。

そうしたら次はどこかの小姓(こしょう)になる。

そうしたら今度は殿下のペイジに成れるかどうか、パパから王様にお願いしてみようと思うんだ。

(きび)しい修行だってセルティナだったら()えられる。

それまでの辛抱(しんぼう)だ……(はく)をつけて帰って来るから」

「そうニャね、きっと小僧ならできるニャ」

「ああ、一年ちょっとの辛抱だ。

あっという間だよ、たぶんね。

剣は好きなんだ、強くなれるなら何でもするさ」


ポンテスはそんな俺を見ながら言った。


夢中(むちゅう)になれるお前さんを見ていると、いつも心に元気が()いてくるニャ」

(めずら)しい、()めてくれるのか?

良かったら残る?」

「いや、寒いのは……」

冗談(じょうだん)だよ、また会うのは来年だ」


この様に特にとりとめのない話をしながら、俺とポンテスは一路(いちろ)ジリの家を目指す。

しばしの別れが間もなく来ることを実感(じっかん)しながら。




ジリの家に辿(たど)り着いた俺達は、さっそくエリクサーをジリに渡し、そしてラーナちゃんに飲んで貰った。

薬を飲んだラーナちゃんが発光(はっこう)し、その光の全てが消えた時、彼女は何度も深呼吸(しんこきゅう)をする。


(せき)が出ない……息も苦しくない」


ラーナちゃんがそう言った時、ジリは何度(なんど)(ささや)くように「本当かラーナ」と言った。


「兄さん、苦しくないよ」


ジリは次の瞬間(しゅんかん)ラーナに()き着いた。


「あ、ああ、ひっぐ、うわぁぁぁぁぁっ!」


次の瞬間泣き始めるジリ「良かった、俺はお前しか残っていなかった。ひっぐ、本当に良かった……」そう言って男泣(おとこな)きに泣いている。

その様子を見せたくて、俺はポンテスを(かか)え上げた。

ラーナちゃんはそんな俺を見て言った。


「ラリー、本当に(わたし)(なお)ったの?

(うそ)じゃない?

後でお金も要求(ようきゅう)しない?」


俺は「お金って……」と言って笑った。


「する訳ないじゃん、ラーナちゃん俺をそんな風に見ていたの?」

「でも、貴族ってそういう風にするんでしょ?」


何処(どこ)の貴族だよ……そう思った俺は安心させるようにラーナちゃんに言った。


「ウチはしないよ、そもそもウチのパパに所領(しょりょう)は無いんだ、法服(ほうふく)貴族(きぞく)だから。

他の貴族は知らないけど……」


おびえすぎだろ?そう思いながら答える俺。

するとラーナちゃんは首を何度か横に()りながら「ラリーは信じる……」と言った。


「うん、信じて信じて」


その様子が(なに)(しめ)しているのか分からないから、とりあえず明るく答える俺。

するとふと一瞬(いっしゅん)ジリが俺を(するど)(にら)み、そして次の瞬間フッと目を横に()らしたのが視界(しかい)(すみ)(はい)った。

なんだ?と思うとラーナちゃんが言った。


「ラリー、世界には(きたな)い人がたくさんいるんだよ。

(じい)さんからお金を()き上げた人も居た。

貴族でね、税金(ぜいきん)で少し足りない分が出た時。

はじめはお金を来年返せばいいからと言って()し付けて、その後で証文(しょうもん)が変わるの。

言っていた内容(ないよう)(ちが)くて、利子が信じられないくらい高くて……

だけどサインしたから絶対に返せって……

だからみんなでガーブに逃げたんだ。

ここならだれも追手(おって)に来ないから……

ガーブ軍に手を出す貴族は何処(どこ)にもいないしね。

でも結局(けっきょく)お爺さんは、(たお)れて()くなっちゃった」


貴族世界の末席(まっせき)に居る俺はその話を、衝撃(しょうげき)を持って受け止める。

そんな俺の顔を見て、ラーナちゃんは急いで訂正(ていせい)して言った。


「でもラリーなら大丈夫!

信じているから!」


そして次に泣きそうな顔でこう呟いた。


「ラリー、いつまでも変わらないでね、(えら)くなっても今のままのラリーでいて。

()(まま)でも(こわ)くても良い。

汚ない人に()らないで、それが出来るくらい強い人でいて」

「…………」

「そうじゃないと負けて捕虜(ほりょ)になったら、身代金(みのしろきん)(おさ)めないといけなくなるよ。

みんなそうやって、民衆(みんしゅう)からお金をむしる貴族になるの、これでお金が手に入るんだって知って、みんな変わっていくのよ……」


そう(うった)えるラーナの目は真剣(しんけん)だった、その様子にジリとラーナの、悲惨(ひさん)な過去が()けて見える。

その目の(あま)りの必死さに、俺はたじろぐ。

やがて俺は彼女の問いに回答(かいとう)を出さなくてはと思い、こう答えた。


「分かった、それを俺の“(みち)”にするよ。

決して汚くはならない、それが出来る(ほど)に強くなる……それを約束する」


ラーナは大きく頷いて微笑(ほほえ)んだ。

この話を聞いていたジリは大きな溜息を返事の代わりにこぼす。

やがてジリは、ラーナちゃんから体を離し、そして俺に(たず)ねた。


「ラーナ、治ったんだよな?」


するとポンテスが俺の(うで)の中で、言った。


間違(まちが)いないニャ、健康体(けんこうたい)で生まれてきている限り、エリクサーで治らニャイ病気はないニャ」


その声を聴いたラーナちゃんはパァァッっと顔を明るくさせ、そしてジリに言った。


「兄さん、良いでしょっ?

外に行って来てもいいでしょ?」

「あ、ああ……」

「行ってくるね!」

「でも、(にわ)だけだぞ!庭だけだからな!」

「はーい」


ラーナちゃんは、自分の呼吸(こきゅう)を確かめるように、(くつ)()きそして外に歩いていく。


「嘘みたい、体が軽い……」


ラーナはそう言葉を残して、扉からこの小屋を出て行った。

その背中を見ながらジリが(つぶや)く。


「ラリー、本当にありがとう。この事は一生(いっしょう)(わす)れない……」


昼の光の中に歩き出す、健康(けんこう)になったばかりのラーナ。

それを見るジリの目に(うれ)いが宿る。

まだ何かを心配しているのだろう。


俺は「礼はポンテスに……」と答える。

ジリは目元(めもと)から憂いを(はら)い、笑顔を見せて「ポンテス、俺に出来る事があったら何でも言ってくれ。なんでも力になる」と言った。

それを聞いたポンテスは、近付(ちかづ)(わか)れに、(さみ)しそうな顔をしながら答えた。


「またいつか会えたら、その時頼むニャ」

「ああ、本当にありがとう……」


俺は無言でポンテスをジリに差し出し、彼はそれを抱くと感謝(かんしゃ)(いの)りを込めるように抱き上げた。

ポンテスはやがて(ゆか)()ろされる。


そして(あらわ)れた、どこか静かな世界……


パチパチと音を立てながら燃えるストーブの中の(まき)、思わず目を向けると、窓の向こうに見える雪を根元(ねもと)(かか)えた木々(きぎ)(たち)が見える。

その木々を(いだ)く様に()一日(いちにち)と寒くなり、冬に向かうガーブの景色(けしき)

その少し寂しい空気の中で、ジリがうちのネコに尋ねた。


「ポンテス、いつココを立つんだ?」


ネコは「明日でお(わか)れニャ」と答えた。


「寂しくなるな、(しゃべ)(ねこ)なんて初めて会ったけど、お前は良い奴だったよ」

「どういう事ニャ?」

「……忘れはしないから」


答えになってないよ、と思ったが。突っ込むのはやめた。

彼らの話がひと(だん)落着(らくつ)いた時、俺はここでジリに(たの)(ごと)をする(こと)にした。


「ジリ、(じつ)は俺から一つお(ねが)いがあるんだ」

「お願い?」

「実は一年間、付き合ってくれないか?

どうしても身に着けたい技があるんだ」

「技って、剣の?」

「うん“(たわ)()り”って言うんだ」

「撓め?」

「そう、そして来年。

アイツを()りたいんだ」

「アイツって誰……」

(はは)()()


俺がその名を出したとき、ジリの顔色が変わる!


「お前、まだアイツを(あきら)めて無いのかよ!」

「ああ……

アイツは俺の(ほお)に、(たて)一筋(ひとすじ)傷跡(きずあと)を残した。

あのままおめおめと()()がれない」

「だけどアイツは今や、ガーブ中で追跡(ついせき)されている。

俺達が出る間もなくいずれ討伐(とうばつ)されるぞ」


“母無し子”はあの後、悪魔(あくま)(たに)から姿(すがた)を消した。

追手(おって)から行方(ゆくえ)をくらまし、どこに居るのかも分からない。

死んだマスターワースモンと(ゆかり)のあった剣士を中心に、必死(ひっし)捜索(そうさく)が続いている。


「ジリ……

あのゴブリンは他のゴブリンと(ちが)って()れない。

しかも狡猾(こうかつ)だ……ガサツなガーブの連中に捕まるものか。

服を石鹸(せっけん)で洗ってから()りに出てくるような連中だぞ?

あの時だって、姿を見せない“母無し子”は、俺達がどこに居るのかを正確(せいかく)見定(みさだ)めていた。

見える所に居ないんだから、(のぞ)かなくてもどこに居たのか、(おお)くの時間(じかん)把握(はあく)していたと考えるのが普通(ふつう)だ!

石鹸(せっけん)(にお)いだ、奴は鹿(しか)やイノシシと同じやり方で、俺達の居場所(いばしょ)を知っていたに決まっている」

「まぁ。(おそ)らくはそうだけど……」

「連中はハンターは見下(みくだ)して助言は聞かないんだ。

それはバームスからも聞いた。

これは俺の(かん)だけど、だから“母無し子”は捕まらない。

純粋(じゅんすい)剣士(けんし)じゃアイツに()()かれて終わりだ!」

「う、うーん」

「なぁジリ頼むよ、奴の()の中に俺一人で飛び込むのはさすがに無理(むり)だ。

かと言ってあんなガサツな連中と一緒じゃ、勝てるものも勝てなくなる。

……それに“撓め斬り”の事は(かく)しておきたいんだ。

今のまま“狼の家”の連中と練習(れんしゅう)していたら、絶対にこの技を破られてしまう。

俺は気絶してまでこの目でこの技を見てきたんだ、例えこの技を使いこなせるようになったとしても、できればこの技を秘密(ひみつ)兵器(へいき)にしておきたいんだ」

「なんで?あそこにも(つか)()は居るだろう?」

「遣い手が居るのが問題なんじゃない、俺が遣い手だと思われていないのが大事なんだ!」


俺がそう言うと彼は俺の言葉の真意(しんい)(はか)りかね「どういう事?」と尋ねた。


「来年俺は“白銀の騎士”を目指す。

若い剣士の中で一番の剣士だ」

「そうなんだ、それで?」

「今“狼の家”に居る連中は味方だけど、同時にライバルでもある。

アイツらに、俺の全ての手口(てぐち)を見せたくないんだよ……」


俺がそう言うと、ジリは目を見開き、全てを理解して言った。


「ああ、そういう事か。

困った時初めて試合で使う的な……」

「そういう事だよ!

俺は来年“白銀の騎士”に出たい。

だけどその為には10歳以下の中で一番にならないといけない。

その時に、隠し玉も無く(いど)むなんて馬鹿らしいだろ?

俺はその時のための準備(じゅんび)を今から進めたいんだ。

だから練習(れんしゅう)相手(あいて)が必要なんだ!」

「うーん、まぁ付き合う分には……」

「ジリ、俺は今回本気だ。

正直(しょうじき)(ほか)の仕事も受けてほしくない、だからこれを持ってきたんだ」


そう言って俺は持ってきた(ふくろ)の中の金貨を見せた。


「金貨が60枚ある、その中から毎月4枚4000サルトを払う用意がある」

「え?……」

「もちろんゴッシュマの依頼(いらい)は一緒に受けよう、これまでの様に“狼の家”で訓練(くんれん)をするのも変わらない。

ただそれ以外の時間で、仕事は()れないで()しいんだ」

「…………」

「どうかな?」

「今すぐには決められないよ。

話を聞いたばかりで混乱(こんらん)している」


そう言った次の瞬間、ジリは両手で顔を(おお)って「ああ、畜生(ちくしょう)」と言って(なげ)いた。


「あんなおっかないゴブリンに、会いに行こうだなんてどうかしてるぞ……」

「戦うのは俺だけでいいんだ、上手(うま)くいかなかったら逃げれば……」

馬鹿(ばか)野郎(やろう)……

これもちろん大人には、誰にも言っちゃダメだよな?」

「もちろん……止められるからな」

「お前は本当に御曹司(おんぞうし)か?

俺の知っている奴は偉そうだけど、そんな事はしなかったぞ。

ああ、クソッ。考えさせてくれ……」


承諾(しょうだく)言葉(ことば)期待(きたい)したが、それがすぐに帰って来ることは無い。

俺は(色の良い返事は無理かな?)そう思いながら(なや)む彼の様子(ようす)見守(みまも)った。

……やがて時は()ぎて夕方になり、俺はポンテスを連れてこの家を後にした。




家に帰ると中はガランとしていた。

(セル)(ティナ)()()す家族の(ため)明日(あした)旅立(たびだ)ちに向けて、部屋の荷物が次々と馬車に()まれたからだ。

その中を御者(ぎょしゃ)のワナウが心を無にして働いている。

その“明鏡(めいきょう)止水(しすい)”の表情にポンテス(だましい)を感じた俺は、心の底から(頑張(がんば)れ、()えるんだ!)とエールを送る。


……じゃあ、今年も雪かきお願いね。


こうして明日の準備(じゅんび)を終え、後は旅立ちを残すのみとなった俺の家族。

夕食は、まともな食器(しょっき)梱包済(こんぽうず)みなので、皆でバルザック邸の食堂でご飯を食べる事になった。

……バルザック家が用意してくれた食事は豪華(ごうか)だった。

また家族が集まって、また食事を(かこ)むのが、いつになるのか分からないから、その配慮(はいりょ)だと思う。

俺達はこの心配(こころくば)りに感謝(かんしゃ)して夕食を始める。

……ただ、感謝する事ばかりとは言えなくて。


「ラリー、剣術(けんじゅつ)ばかりじゃなく。

ちゃんと勉強(べんきょう)もするんだぞ?」


パパがそんな小言(こごと)をぐちぐちと言い始めた。


「分かりました、大丈夫です」


ああ、今度のガーブ生活はスポンサーが付いた瞬間から勉強付きかぁ。

朝もずっと“狼の家”で練習をして居たいのに……

これまでは、家庭教師をつけようにもお金がなかったからできなかったが、これからはパパがその分のお金を、毎月送金してくれるそうだ。

いらぬ事を……


こうして俺は王都に居た時と同じように、早朝(そうちょう)(あさ)(れん)→勉強→練習→日が落ちたので就寝(しゅうしん)と言う生活サイクルになる事が決定した。

しかも小言はまだまだ終わらない……

一人暮らしを始める息子に対し、親が言う事は何処(どこ)も一緒だった。

両親(りょうしん)(いわ)く……


―身なりはきちんと(ととの)えろとか。

―ごみ捨ては決まったルールに従えとか。

―同じ服は着たらダメだとか。

―食べ物は(かたよ)りなく食えとか。

―部屋はきれいにしろとか。

―あと俺は異常に気が短い所があるから気をつけろとか……


そういう事を嫌になるくらいに言われ続ける。

しかもなぜか二人とも同じ意見だから、まるで悪魔のステレオだ。

逃げ場も無い俺。

食事の味も分からない(ほど)散々(さんざん)に言われた俺は、豪華な食卓も早々にここを後にする。


 「あのお母様、ちょっとトイレに行ってきます」


 適当(てきとう)口実(こうじつ)を作って逃げだした俺。

 俺は廊下(ろうか)を歩き回りながら愚痴(ぐち)をこぼす。


「はぁ、早く王都に行ってくれないかな……」


ああも言われるとさすがに、残り(わず)かな時間でも居たくないもので、俺は親不孝(おやふこう)(のろ)いを()きながらバルザック邸の中を逃げるように歩く。

目的も無く歩いていると、赤ん坊が「あはっ、きゃぁぁぁぁ」と可愛(かわい)く笑っている声が聞こえてきた。

弟ちゃんかな?そう思って声がした方を(のぞ)いた。


「あばばばばば、ばぁ」

「キャッ、キャッ!」


そこには弟を(いと)おし()()いたマルキアナ叔母さんと、フィリアちゃんが居た。


「かわいい、かわいい!」


フィリアちゃんはウチの弟を見て、ハイテンションにはしゃぐ。

女性二人に(かこ)まれてローゼスはご満悦(まんえつ)だ。

生まれてすぐにパパのDNAを強烈(きょうれつ)に感じさせる、(おんな)()きの彼。


「ローゼス、あなた本当に可愛いわね」

「ママ、この子の(かみ)の毛の色、パパと同じだ!」

「え?あら本当……この子もバルザック家の血が()ゆいのかもね。

男の子だもんね、君も剣を(なら)うのかな?」

「私の弟だよ」

「ええ……そうね。

ねぇ坊や、うちの子にならない?」

「アー、うーアー……」

「ママ、成ってくれるって!」

「赤ちゃんの言葉が分かるの?

アハハハ、もうフィリアったら……」


えっと、奥さん。それ(ぼく)の弟なんですが……

あ、いえ。

返してくれるならそれでいいのです、ええまぁ別に……


やがて弟はむずがる事無く、そのまま叔母さんの腕の中で眠りにつく。

……まるで電池(でんち)が切れた様に。

その様子を見ながら俺は、叔母に悪いので回収(かいしゅう)してママの所に連れて行こうか?と考えた。

すると叔母さんが、心の底から愛おしそうな顔で、弟を()でながら呟いた。


「この子だったら、うちの子にしても良いわ。

こんな可愛い男の子がずっと欲しかったの。

フィリア(あなた)の弟がずっとね……」


(あふ)れんばかりの愛情(あいじょう)指先(ゆびさき)宿(やど)る、そしてその様子を見つめるフィリアちゃんもそれは同様(どうよう)だった。

二人の(あいだ)宝物(たからもの)の様に眠る赤ん坊。

俺はその様子を見て弟を回収するのを躊躇(ためら)い、そしてこの場を離れた。




やがて俺は、行く当てもなく中庭(なかにわ)にやってきた。

空は(くも)り、星は無く、月も無い寒い夜。

(こご)えるほどの寒さに湿(しめ)り気が混じり、雪が()りそうだった。


俺は中庭に落ちている(えだ)(ひろ)い、そして(かま)えた。

()(うし)(かま)え、(すき)の構え、(てつ)(もん)……

屋根(やね)貴婦人(きふじん)以外の構えを(ため)す。

(えだ)を剣に見たてて試行(しこう)錯誤(さくご)()り返した。


「……(げい)がない、かぁ」


屋根の構えにばかり頼り過ぎた俺を、あの日ボグマスは嘲笑(わら)った。

……その(とき)(やつ)は『芸がない』と言った。

ガーブに帰還(きかん)した俺は(お前のせいだ!)としばらく憤慨(ふんがい)した物である。

だが(いきどお)る前に、上に行くならにそれを修正(しゅうせい)しなければならないと考えた。

……自分でも限界が見えていたからだ。

今の(かたち)のままじゃ上達(じょうたつ)は無い。

別の形を探す。

今と違う剣の形を……


ここでふと、どうしてこんなクセが付いたのかを考える事にした。

俺はかつて、(ざつ)でしっかりと握りこまない剣の振り方をしていた。

かつてボロボロに傷ついた(てのひら)はその証拠(しょうこ)だろう。

(つか)が手の中で暴れて(こす)れたからだ。

そのクセを修正(しゅうせい)するのに、相当(そうとう)苦戦(くせん)した覚えがある。

どうしてこうなったか?と言うと。

ボグマス自身、子供達にまず剣を好きになってもらう事を優先したきらいがあり、そこまでうるさく言わなかったからだ。


だから(むかし)綺麗(きれい)車輪(しゃりん)()りが出来なかった。

下からの斬り()げは、腕の下部分の筋肉(きんにく)が弱いと安定しない、そして(にぎ)りが甘いと剣の刃が相手を()らえず、(たた)く剣になる。

下からの斬り上げは難しいのだ。


威力(いりょく)が出ない攻撃は、試合では有効打(ゆうこうだ)とみなされない。

かと言って雑な俺は、防具(ぼうぐ)隙間(すきま)をついて有効を(かせ)げるほどの、技が身についていなかった。

そこで威力を稼ぎやすい上段からの攻撃を、ボグマスは俺に仕込(しこ)んだのである。

なので『芸がない!』と言ったボグマスに。

『上から斬れと言ったのはお前だ』

と、ボグマスに(ののし)(かえ)そうかと思った。

しかしそれは弱くなる、剣士の考え方だと思い(あきら)める。

……課題(かだい)を解決した事にはならないからだ。

今や俺は“その時”を過ぎ、次のステージに入る時が来た。

だから『芸がない』と言われたのだ、そう思うようにした。

これから上を目指(めざ)すなら”芸“を身につけなければならない


ボグマス(アレ)も(しゅ)行先(ぎょうさき)がガーブの男だ、だからココの連中らしく、自分の事以外は適当(てきとう)なんだろう。

……そう思えば腹も立たない。

そして今、色々な構えから剣を振るうのだが、どうもしっくりこなかった。


「ああクソ!

どうしても屋根、貴婦人、鉄門以外はしっくりこない。

ボグマスめ、きちんと教えろよ!」


俺がそうぼやいていると後ろで「分からないのか?」と誰かが声を上げた。

急ぎ()()くとそこには叔父さんが立っていた。


「ガルボルム様……」

「ラリー、君は甥なのだから叔父さんか、ルバーヌと呼びなさい」

「すみません、ルバーヌ叔父さん」

「うん、ラリー、後ろでお前の剣を見せてもらっていた。

お前がどうしてしっくりこないのか分かるか?」

「すみません分かりません」


俺が素直(すなお)にそう言うと、叔父さんは(うなず)き、そしてこう(さと)した。


「お前は刺突(しとつ)苦手(にがて)なのだよ」


いきなり言われた結論(けつろん)に、思わずたじろぐ俺。

叔父さんは厳しい顔でこう言った。


「構えで悩んでいるなら、いくつか助言を上げよう……

ラリー、剣歌(つるぎうた)を知っているか?」


俺は被りを振るって「知らないです」と答えた

叔父さんは一つ頷くと、俺にこう言った。


「剣の歌に構えについての歌がある。


―ただ4っつの(かま)()

―そして平民(へいみん)を嫌う

―牡牛、愚者(ぐしゃ)、犂

―そして屋根を知らない(はず)はない


愚者とは今我々が言う鉄門の構えだ。

その他に様々な構えは多々あるが、全てはこの4つの構えより出でたモノなのだ。

意図(いと)を隠すために双角(そうかく)(しん)鉄門(てつもん)などお前の知らぬ構えはまだある。

それはいずれ知る者に出会えよう……

とにかくラリー、全てはこの4つなのだ。

よってお前の不得意(ふとくい)なものはただ(ふた)つ、牡牛と犂と言える。

この二つは切っ先を相手に向ける構えだ、すなわち刺突用の構えなのだよ。

いま一度言うが、お前は刺突が苦手なのだ。

だから刺突に(てき)したこの二つの構えもまた苦手なのだ」


俺は自分の戦い方を見て、振り返り、そして「あっ」と気が付いた。

自分は常に斬撃(ざんげき)を放っている。


「ラリー、斬撃は手段に過ぎない。

刺突もまた同じだ。

攻撃に(はば)を持たせるなら、()きを(みが)く事だ。

磨き抜かれた突きを嫌い、()み込む相手の()(せん)を取って、斬撃を加えた方がより合理的に手数(てかず)()らせるじゃないか。

斬撃を見破(みやぶ)られたとしても、今度はハーフソードから相手の剣を(つか)んで、我が物にすると言う事も出来よう。

そうなれば戦いの場に流れる、時間(じかん)距離(きょり)も、我等(われら)の思うがままだ。

時間を取ると言うのは、その決定的な場面に(いた)るまでに流れる時間を、この様に相手の選択肢(せんたくし)を実は(せば)めておいて、初めて()れる。

相手の選択肢を奪って初めて、敵がどう動くのか、その判断(はんだん)が出来るのだ」

「……(はげ)みます」

「まだ(むずか)しかろう、これからの事は、ゴッシュマに(たず)ねると()い。

一年はあっと言う間に過ぎる、精進(しょうじん)(おこた)るなよ」


そう言うと叔父さんは立ち去った。

残された俺は枝をもって犂の構えからの刺突を繰り返した。

どうすればもっと(はや)く、もっと(するど)く……

そればかりを考える。


◇◇◇◇


翌日は朝からわずかに雪が()っていた、赤土の上にわずかに雪が降り()もる。

早朝、霜柱(しもばしら)が立ち、ザクザクとした音を立て、赤い地面が歩く(たび)(くだ)ける。

俺は両親が乗る馬車の(かたわら)でボグマスが見せた“撓め斬り“の練習をしていた。

(ちな)みにこちらもパッとしない。

足と手がバラバラになるし、そして剣が戻るのに時間がかかりすぎる。

無駄(むだ)がまるでなかったボグマスの動きを理想として、必死に思い出そうと剣を振る俺。


「全然だめだ……」


自分は才能がないのか?と自信を失いそうである。

そう思って肩を落とす俺。


「ラリー」


背後(はいご)で昨日のように叔父さんの声がしたので振り返る俺。

すると叔父さんが蝋板(ろういた)鉄筆(てっぴつ)を俺に差し出した。

3枚の蝋板を裏表(うらおもて)(ろう)で流し込んで6(めん)もある奴で、()っか状の金具(かなぐ)で止めてある。


(くすり)のお(れい)の代わりに見せてやろう。

一手毎(ごと)に止まるから絵で()くと言い。

グラニールから聞いたぞ、絵が得意なんだってな」

「は、はい……」


すると叔父さんは(ぼっ)(けん)を構え、そしてボグマスが見せた動きを、ゆっくり、静かに見せた。

それ必死にスケッチする俺。

そして叔父さんは“防壁(ぼうへき)”までも見せてくれた。

一連の動作が終わり、やがて叔父さんは、少しずつ降る雪の中で微笑む。


「本当は私が教えてやりたいがそれは出来ない。

もしお前が剣士免状を取るほどの腕にならなければ、私がお前に教える事は生涯(しょうがい)()いであろう」

「…………」

(はげ)むのだラリー、剣士としてまた会えることを楽しみにしている!」


それを言うと、叔父さんは自分の馬車に乗り込んだ。

俺は蝋板を見ながら叔父さんの馬車に深々と頭を下げる。

走り出す叔父さんの馬車、そして両親を乗せた我が家の馬車……

ガーブの雪はまだ(あたた)かく、そしてこれから人を飲み込むほどの(さむ)さとなる。


この大地で、俺の剣術修行はいよいよ本格的(ほんかくてき)なものになる。


いつもいつもありがとうございます。

おかげさまでたくさんの方に見て頂き、大変感謝しております。

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これからもよろしくお願いします。


仕事の関係でこれから更新の頻度が落ちてしまいます。

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